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18 羽純 2
しおりを挟む庄田は危なげなく志望校に受かり、羽純は高校3年生になった。
2人の付き合いは1年半近くになっていて、その頃には羽純は庄田への仄かな恋心を隠さなくなっていた。勿論それは庄田がそうなるように仕向けた結果だったのだが、純粋な羽純がそれに気づく事はなかった。
ささやかだけれど庄田の合格を祝いたいと、羽純はカジュアルなイタリアンカフェに庄田を呼び出した。幸いにも体調が安定していてバイトは続けられているものの、羽純はバイトで稼いだ給料を家計と貯金にも回していて、小遣いとして使える額はそれほど多くはない。庄田もそれは知っていたけれど、それでも庄田を祝いたいという羽純の気持ちを無下にはしたくなくて、ありがたく受けた。
ちょっとしたコース料理を堪能して、ドルチェのトルタサケルを食べていた時、それまで談笑していた羽純がふと静かになった。
『どうしたの?』
庄田の問いかけに、羽純は首を振って答えた。
『匠君が大学生になったら、きっとあまり会えなくなるね。ウチの店に来る理由もなくなったし、生活リズムも変わるだろうし。』
予備校に通わなくなったら羽純のバイト先のドーナツショップでの時間潰しも必要なくなる。大学生になった庄田は、会わないようになればきっと自分の事など忘れていくだろうと、羽純はそう思っているのだ。羽純の気持ちが庄田には手に取るようにわかっていた。
これからあまり会えなくなるかもしれない相手に、別れを惜しむように祝いの席を設けた羽純の気持ちにいじらしさを感じる。
タイミングが来た、と庄田の中の何かが囁いた。
『羽純君、聞いてほしい事があるんだ。』
『うん、どうしたの?』
『好きなんだ。俺と、番前提で付き合って欲しい。』
それまで、とても優しいけれどあくまで生真面目な友人、というスタンスを崩さず、庄田は羽純に接していた。そんな彼の突然の告白に、羽純はとても驚いたようだった。
『…嘘。そんな素振り…。』
『好きになってしまった事を気づかれて、羽純の信頼を裏切りたくなかった。』
それは庄田の本心だ。庄田は羽純にとって、絶対的に安心できる人間にならなければならなかった。信じて全てを委ねてしまいたくなるほどに。
『羽純君の人生をこの先ずっと守れる権利が、俺は欲しい。』
『匠君…。君みたいな人が、ほんとに僕で、良いの…?』
『君だから良い。羽純しか考えられない。』
羽純の澄んだ瞳からは、清らかな涙が次々溢れた。小さな店だから、席は離れていても聞こえていたのだろう。プロポーズだと思われたのか、他の客席からはパチパチパチと疎らな拍手が聞こえだした。それに気づいた羽純は恥ずかしそうにしていたけれど、嬉しそうに笑った。
涙でくしゃくしゃの顔で泣き笑う羽純の愛しさ。庄田は彼を、一生守るのだと誓った。
2人は恋人として付き合い始めた。そして羽純が高校を卒業するのを待って、婚約。
庄田が大学を卒業し、就職してから直ぐに番になった。
羽純は高校を卒業してから、バイト先だったドーナツショップの正社員として雇用されていたが、庄田の卒業に合わせて退職していた。2人とも、早く子供が欲しかったからだ。幼い頃から共働きだった両親に殆ど構われず、兄弟も無かった羽純は、あたたかい家庭に憧れていた。殊更両親と不仲な訳ではないけれど、自分の育った家庭とは違う、優しくあたたかい家族を理想としていた。そして庄田も、羽純の願いは何でも叶えてやりたかった。
羽純のヒートにあわせてセックスをしていけば、アルファとオメガの事だ。高確率で子供は授かる。あとはタイミングだけだねと2人で話していた。
結婚して半年目の羽純の事故の日。本当は失われたのは羽純一人の命ではなかった事を、庄田は羽純が運び込まれた病院の医師から知らされた。
優しくて、健気で、まっすぐで。庄田にとって、羽純という人間の印象は、最初から一貫して変わらなかった。
羽純の家庭とは違う意味で両親とは不仲だった庄田にとって、歪まず清廉な心を持ち続け、両親の支えになりたいと頑張っていた羽純は、この世の何よりも尊く愛しい人だった。宝物だった。
庄田が回復したからと、気遣いなのか単にデリカシーが無いのか、親戚からはポツポツと見合いや再婚話が持ち込まれた。それらを全て固辞して、2度と番は持たないと言った。
羽純のような人間なんかこの世に2人とはいない。それなら何時か寿命が来るまで一人で時間を潰すだけ…庄田はそう考えていた。
菱田 斗真という、何の変哲もないベータの男と出会い、寝るまでは。
斗真から羽純と同じあたたかさを、庄田は感じたのだ。
素面の斗真と体面した時。
思った通り、羽純と同じ、優しくて澄んだ魂を内包した瞳だ、と思った。優し過ぎるが故に、理不尽な事で傷つけられて悲しみに曇らされている斗真。今すぐ庇護が必要だと思った。
羽純の時と同じようにじわじわと囲い込んだら、誰にも傷つけさせないように大切に、安全な箱の中に閉じ込めてしまおう。
斗真を見つめる庄田の脳内は、そんな思考で埋め尽くされている。笑顔で話しているその間も、ずっと。
(もう絶対に失敗なんかしない。もう何者にも奪われたりなんかしない。)
行き場を失くしたアルファの過剰な庇護欲が斗真に向かい始めたのは、どういう巡り合わせなのだろうか。
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