19 / 88
19 暗い海
しおりを挟む『今夜予定が無ければお食事ご一緒しませんか?』
午後の休憩中。何時ものお茶の代わりにエナジードリンクを飲んで気合いを入れようとしていたところに入ったメッセージ。庄田からだ。
あれから2度、会社帰りに食事に行った。
あの店で、ただ食事をしながら色々な事を話す。
穏やかで、心地よい時間だ。最初の出会いの気まずさを払拭して、また一緒に過ごしたいと思うには十分なほど。
庄田は斗真に気を遣っているのか、妙な色気も出してこない。とても丁寧に接してくれる。大切な友人に対するように。
「…今夜か。」
別に予定は無い。だからまっすぐ帰って適当に食事を作って、録り溜めたドラマでも観ながらゆっくり過ごそうかと思っていた。だが、食事に誘われると気持ちが揺れる。
「あの店、美味かったなあ…。」
前回の店が殊の外気に入っている自分に気づいて、斗真は少し笑った。どれだけ食い気だ。
(…行くか。)
本当に最近は週末も休日も予定は無い。あれから雅紀からも連絡は無いし、此方から連絡を入れるのも憚られて様子がわからない。気まずくなってしまったのだろうか。それとも忙しくしているのだろうか。
気にはなるが、斗真から接触すると変な期待を持たせてしまいそうだ。放ってはおけない、けれど気持ちを受け入れる事も出来ないのだから。
知っていてくれるだけで良いなんて言っていたけれど、それが本音ではないのもわかっているから。
(…やめよう。)
斗真は考えを振り切るように首を振る。今は考えても答えは出そうにない。
気を取り直して庄田へメッセージを帰した。
『大丈夫です。』
すぐに既読がつき、返信がくる。
『6時頃に迎えに行くね。』
くだけた調子で返ってきたメッセージ。それくらいには、庄田との親密度は上がっている。今や彼との時間は、斗真にとって癒しになっていた。
それに了解のスタンプで返して、斗真は椅子に座り直してパソコンに向かう。
さて、もうひと頑張りだ。
少し片付け事をしながら時間を待って、下へ降りた。会社のビルを出てすぐに、庄田が声を掛けてきた。
「とまくん、お疲れ様。」
「お待たせして。」
「俺も今来たとこだよ。今日は一緒に食事に行けると思ったら楽しみでソワソワしちゃったよ。」
つい3日前にも会ったばかりだというのに、庄田は大袈裟に思えるほど嬉しそうに笑う。そんな時の彼は、まるで子供のようで微笑ましい。
「今日は車を停めてるんだ。」
そう言われて、少し首を傾げる。庄田は移動にはタクシーを使う事にしていて、仕事の行き帰りもそうだと聞いていたからだ。
「珍しいね。仕事で使う事でもあったの?」
そう聞くと、庄田は首を振った。
「いや、実は今日は午後から休みを取ってて。少し出かけてたんだ。それで。」
「そうなんだ。」
用事で半休でも取ったらしい。それで車なのか、と納得。
「近くのコインパーキングに停めてるんだ。ほら、そこの。」
庄田が指し示す方には、通勤時に横を通って見慣れたパーキングの看板がある。話している内にパーキングに到着して、彼が歩み寄ったのはメタリックな黒のレクサスだった。やはりアルファは良い車に乗っている。
「乗って。」
助手席のドアを開けられて、一瞬躊躇した後乗り込んだ。男友達の車の助手席なんか乗り慣れているのに、自分は何故躊躇ったのだろうと斗真は不思議に思った。
「あれ?」
車が走り出して暫く。何時もの店とは道が違うような気がして、斗真は庄田に顔を向けた。
「今日は違うとこに行くの?」
庄田は前方を見たまま、頷いた。
「ふふ。今日はね、違う店を予約してあるんだ。」
「違う店?」
確かに何時もの店に行くのか、なんて確認を取った訳ではなかったけれど、てっきりそのつもりだと思っていたのに。
「どこに?」
「もうすぐ着くよ。」
そのまま10分ほど走って着いたのは、海沿いにあるレストランだった。昼間ならロケーションが良いのだろうが、夜では…と思っていた斗真は、なるほどと思った。
暗い海は時折波が明かりを反射するくらいしか見えないが、沿岸の街明かりはそれなりに綺麗で情緒がある。
店内の照明は薄暗くしてあり、各席に燭台に点された蝋燭の灯りに雰囲気を演出させているよう。おそらく海沿いの夜景が見易いように、という事だろうか。
配置されているインテリアもレトロ調だ。いや、そもそも本当に古いものなのかもしれない。
「わぁ…良い雰囲気だね。」
小さく感嘆の声を上げる斗真に、庄田は微笑んだ。
「毎年、この日はこの店に来るんだ。」
「毎年?」
「…ここ何年かは一人でね。」
その答えを聞いて、気づいてしまった。もしかしてこの店は…。
戸惑いを含んだ斗真の視線に気づいた庄田は、今度は眉を下げて困ったような…切なそうな笑顔を作って言った。
「…ごめんね。今日、墓参りだったんだ。亡くなった彼の。ここは彼のお気に入りだった店。」
彼、とは亡くなった庄田の番の事だろう。まさか今日がその命日だったとは知らなかった。だから半休を取って車で出かけていたのか、と腑に落ちた。
だが、何を答えたら良いのかわからない。だから斗真は、そう、とだけ答えた。そんな大切な思い出の店に、何故自分を連れて来たりしたのだろうと思いながら。だが、それを聞くのは何故か酷な気がして、口を噤む。
蝋燭の柔らかな光に照らし出される庄田の横顔。
「ごめん、何も言わずにとまくんを連れてきたりして。でも、…今夜は一人でいたくなくて。」
ガラス越しの暗い海を見つめながらそう言った庄田の瞳が濡れているように見えて、斗真は何も言えなくなった。
40
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
【if/番外編】昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、夢の中で僕と結婚する
子犬一 はぁて
BL
※本作は「昔『結婚しよう』と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する」のif(番外編)です。
僕と幼馴染が結婚した「夢」を見た受けの話。
ずっと好きだった幼馴染が女性と結婚した夜に見た僕の夢──それは幼馴染と僕が結婚するもしもの世界。
想うだけなら許されるかな。
夢の中でだけでも救われたかった僕の話。
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま
中洲める
BL
錬金術をこよなく愛する転生者アッシュ・クロイツ。
両親の死をきっかけにクロイツ男爵領を乗っ取った叔父は、正統な後継者の僕を邪魔に思い取引相手の辺境伯へ婚約者として押し付けた。
故郷を追い出された僕が向かった先辺境グラフィカ領は、なんと薬草の楽園!!!
様々な種類の薬草が植えられた広い畑に、たくさんの未知の素材!
僕の錬金術師スイッチが入りテンションMAX!
ワクワクした気持ちで屋敷に向かうと初対面を果たした辺境伯婚約者オリバーは、「忙しいから君に構ってる暇はない。好きにしろ」と、顔も上げずに冷たく言い放つ。
うむ、好きにしていいなら好きにさせて貰おうじゃないか!
僕は屋敷を飛び出し、素材豊富なこの土地で大好きな錬金術の腕を思い切り奮う。
そうしてニ年後。
領地でいい薬を作ると評判の錬金術師となった僕と辺境伯オリバーは再び対面する。
え? 辺境伯様、僕に惚れたの? 今更でしょ。
関係ここからやり直し?できる?
Rには*ついてます。
後半に色々あるので注意事項がある時は前書きに入れておきます。
ムーンライトにも同時投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる