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22 帰宅
しおりを挟む土曜もそのまま宿泊して庄田と過ごし、結局斗真が自分の部屋に帰れたのは日曜の午後だった。流石に日曜の内にやっておかなければならない事もあるから、離れたくないと残念がる庄田を説き伏せて自宅マンションに送ってもらったのだ。ホテルで過ごした自堕落な非日常から、何時もの日常に戻る為の時間も必要だ。だから何とか昼過ぎには送ってもらったのに、マンション近くに着いても庄田は車の中で何度も斗真にキスをして離してくれない。
「離れがたいよ。ずっと一緒にいたい。」
恋人同士になった途端に以前の余裕が嘘のように甘えてくる庄田に、斗真の胸は鷲掴みにされた。元々、好きになった相手には尽くしてしまうタイプなので、出来る事なら何でも聞いてやりたくなってしまう。だが…。
「それは、俺だって…。でもさ、ね?」
お互い良い大人で、仕事もある。寂しいけれど、また近い内に会おう。そんな意味の言葉を繰り返して、何とか車から降ろしてもらった。
「じゃあ、また。」
そう言って車を降りた斗真を視線で追っていた庄田だったが、車内から手を振るだけなのに耐えられなかったらしい。運転席から降りてくると、斗真をぎゅっと抱きしめた。
「寂しいよ。君の背中を見送るのが辛い。」
「庄田さん…。」
「匠って呼んでくれないの?」
「えっ…。」
一瞬の躊躇の後に庄田の顔を見ると、本当に寂しげな目をしている。
「…た、匠…。」
そう呼ぶと庄田はぱあっと笑顔になって、また斗真を抱きしめた。
「うん、斗真。」
耳元で名前を呼ばれただけなのに心臓が跳ねてしまって、斗真は困った。
「帰したくないよ…。」
今しがたの笑顔が嘘だったかのように、また悲しげな声でそう言う庄田は、まるで飼い主を引き止める大型犬のようだ。そう思ったらふとおかしくなって斗真がふふっと笑ってしまうと、庄田は不思議そうにどうしたの、と聞いてきた。
「いや、匠…でっかいイヌみたいだなって。」
そう答えると、庄田は体を離して斗真を見つめた。
「犬?」
「あ、ごめん。気に触った?でも悪い意味じゃないよ。駄々こねる犬みたいで可愛いって意味で…。」
慌てて言い直した斗真を、庄田はまだ凝視している。
「…匠?」
どうした、と問いかける前に庄田がふわっと笑って言った。
「それ、良いね。俺、とまくんの犬になりたい。」
そのセリフに目をぱちくりして、斗真も笑ってしまった。
「何かと手のかかりそうな犬だな。特に出かけに。」
そう言うと、庄田は斗真の肩にすりっと頭をすりつけながら答えた。
「犬になってとまくんにかまって欲しいよ。人間じゃなくて犬なら、とまくんをたくさん困らせる事が平気で出来そうだもん。」
「俺は聞き分けの良いお利口なワンコが好きなんだけど。」
斗真が茶化すようにそう言うと、庄田はふう、と小さく溜息を吐いて離れた。
「そうだよね。じゃあ、良い子にしないと嫌われる。」
「そんな事は無いけど…。」
真に受けた訳ではないだろうが、庄田は何時もの落ち着きを取り戻して、微笑んでいる。
「じゃあ、水曜あたりにご飯誘っても良い?何時もの店に。」
「あ、うん。大丈夫。」
急に戻られると妙に寂しい気分になるものだなと思いながら頷く斗真の頬に、庄田は軽くキスをした。本当に庄田には、真昼間だからとかそういう事は気にならないようだ。
同じマンションの住人に見られたりしていないだろうな、とヒヤヒヤする斗真を尻目に、庄田は後ろ髪を引かれるようにして帰っていった。
庄田の車が完成に視界から消えると、斗真は手を振るのを止めて、マンションのエントランスに向かって歩き始めた、のだが。
「斗真。」
後ろから呼びかけられて反射的に振り向いた先には、雅紀が立っていた。
(しまった…。)
と思ったのは、雅紀の顔に表情が無かったからだ。まさか彼に見られていたとは。
前回雅紀に会った時の涙ながらの告白を思い出して、斗真は何とも言えない気分になった。別に雅紀の復縁要請を受け入れた訳でもなく、雅紀だって知っていて欲しいだけだと言っていた。なのに、このバツの悪さは何だろう。
しかし、今の事に言い訳するような理由も無い。斗真は普通に対応する事にした。
「…雅紀、来てたのか。」
「うん。お茶でも一緒にと思って。」
そう答えながら、雅紀は口元だけに薄く笑みを浮かべた。僅かにでも表情が戻った事にホッとしたけれど、相変わらず雅紀の感情は読み取れない。
「そうか…じゃあ、色々やりながらになると思うけど、上がってくか。」
本当は荷物を置いて洗濯機を回したら買い物に出ようと思っていたのだが、仕方ない。斗真は鞄からキーケースを取り出しながら雅紀に問いかけた。妙な場面を見られてしまったが、せっかく久しぶりに来た友人を追い返すのも忍びない気がしたからだ。
雅紀は頷いて、一緒に部屋に上がってきた。
着替えてコーヒーを入れてテーブルに運ぶと、雅紀はそれにありがとうと言い、息を吹きかけて冷ましながら一口飲み、それから呟くように問いかけてきた。
「…あの人と、付き合ってるの?」
「あ、うん。」
隠すのも誤魔化すのもおかしいので、素直に答える。雅紀は、またコーヒーを一口飲んだ。その様子が、何か感情を抑え込む為の儀式のように見えて、斗真は少し気が重くなった。
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