23 / 88
23 心変わり
しおりを挟む「そう…なんだ。」
平坦な声。雅紀の声ではないみたいだと斗真は思った。付き合っていた頃の雅紀は、素直に感情を出すタイプだった。けれど、今は逆だ。辛い経験が彼を変えたのだろうが、それでも以前の明るい雅紀を知っているから胸が痛んだ。
「何時からか、聞いても良い?」
雅紀の問いに、斗真は少し言いにくそうに答えた。
「…一昨日だ。」
「一昨日…。」
僅かに表情を歪める雅紀を見ていると、やっぱりバツが悪い。気持ちを知りながらスルーして庄田を選んでしまったようで、何か悪い事をしてしまったような気分になってくる。とはいえ、斗真は雅紀に対して友人としての同情は持っているが、以前のような恋愛感情は無い。雅紀もそれは心得ているのだから、罪悪感を持つ必要などない筈なのに。何とも言えない気分だ。
雅紀の質問は更に続いた。
「…あの人が好きなのか?」
そう聞かれて、何と答えたら良いのか戸惑った。好きだと正直に言ってしまって良いものだろうか?余計に雅紀を傷つける事にはならないだろうか。
(いや、今まで十分傷つけてるか…。)
再会してから雅紀の目の前で2人と付き合っていたのだから、今更だ。そう思って、はっきりと気持ちを口にした。
「…うん、好きだ。」
聞いた雅紀の顔に驚きの色が滲んだ。何故なら雅紀の知る限り、今までの斗真の恋愛と言えば。最初は相手から押せ押せで来られて、熱意に押し切られて始まり、次第に斗真の方も気持ちが傾いていくというパターン。雅紀の時もそうだった。なのに、今回は出足から違うらしい。
どうせまた半年か1年だろう、待ちついでに待つかと決めかけていた雅紀の心に、僅かに嫌な予感が落ちた。
何なのだ、あの男は。最初から斗真の心を手に入れているというのか…と、じんわりとした何かが湧き上がる。
さっき帰ってきた斗真の服装や持ち物から察するに、金曜の仕事帰りにそのまま泊まってきたという感じだろうか。
(金曜日の晩から、日曜日の昼まで…?)
その間の事を嫌でも想像してしまって、嫉妬で胸が焦げそうになった。金曜から付き合って、もう体を許したというのか。雅紀の時にはキスまで進展するのに3ヶ月かかった。最初の別れが手酷くて、臆病になっていた斗真を口説き落として、やっと心を開かせた。好きになってくれてからは、全てを雅紀最優先にするほど愛してくれた。
…それを裏切ってしまったのは、自分だけれど…。
とにかく、人を好きになるのにそんなにも慎重な斗真に、これだけはっきり言わせるとは大したものだ。
しかし。
「でも、斗真。違ったら悪いけど、あの人って…アルファじゃないのか?」
雅紀の言葉を受けた斗真が僅かに肩を揺らしたのを見て、やはりと思った。
マンション手前の道に停めた車の横で抱き合っていた2人を見ていた時から感じていた事。愛しげに斗真を抱きしめていた長身の男の特徴は、どう見てもアルファのものだった。距離もあったし、近くに寄ったとしても嗅覚が殆ど失われている雅紀には匂いは嗅ぎ取れなかっただろう。けれど、わかる。伊達にアルファと番になってきていない。
じっと凝視していると、斗真は諦めたように頷いた。
「…うん。言う通り、あの人はアルファだ。」
やっぱりと言う気持ちと、軽い失望感。そんな失望感を感じる資格が無いのはわかっていても、止められなかった。つい恨み言のような言葉が口をついて出てしまう。
「斗真、もうアルファとオメガとは恋愛したくないって言ってたじゃん…。なんでものの数週間で心変わりしたの?」
あれだけ泣き落としても、あの後連絡一つ寄越さなかった癖に、まさか裏に別の人間が居たなんて予想もしていなかった。別れたばかりの斗真は何時だって立ち直るのに何ヶ月もかかると知っている。だからこそ、逆に安心していた。今の状態の斗真なら、新たに近づいてくる人間を受け入れたりはしないだろうと。真摯な告白をした雅紀を気にかけるだろうと。
とんだ目論見違いだった。
「…俺も、そんな気は全く無かったんだ。でも、何だろ…?あの人の、何も見返りを求めて来ない優しさとか、背負ってる痛みを感じさせない強さとか…。気がついたら惹かれていたっていうか。」
「…気にならなかったの、アルファだって事。」
「うん。あの人も雅紀と同じでさ、番と別れてるんだよ。…あの人の場合は、死別だけど。」
「……死別…。」
(やられた…。)
上には上がいた。
悔しさに目の前が真っ赤に染まるようだ。鳶に油揚げを攫われるとはこういう気持ちなのか。
斗真の優しさに漬け込もうとした雅紀が言えた事ではないが、やられたと思った。いや、本当にそんな不幸を味わった人に、こんな事を思うのは間違っているのだろうが、それにしても悔しいと思う気持ちは止められない。
だが、そんな悔しさを斗真にぶつける訳にはいかない。勝手に目論んで期待したのは自分自身だ。
雅紀は目を閉じて、ふぅ、と息を吐いた。自分を落ち着かせる為だ。今は静まれ、この場だけでも冷静になれ。
そして、再び目を開いた時には何時もの薄い微笑みを浮かべて、言った。
「そっか。斗真がそれで良いと決めたのなら、仕方ないね。おめでとう。」
今は笑ってやるよ。
そして待つだけだ。
また傷ついた斗真が、雅紀の前に落ちてくるのを。
40
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
【if/番外編】昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、夢の中で僕と結婚する
子犬一 はぁて
BL
※本作は「昔『結婚しよう』と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する」のif(番外編)です。
僕と幼馴染が結婚した「夢」を見た受けの話。
ずっと好きだった幼馴染が女性と結婚した夜に見た僕の夢──それは幼馴染と僕が結婚するもしもの世界。
想うだけなら許されるかな。
夢の中でだけでも救われたかった僕の話。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま
中洲める
BL
錬金術をこよなく愛する転生者アッシュ・クロイツ。
両親の死をきっかけにクロイツ男爵領を乗っ取った叔父は、正統な後継者の僕を邪魔に思い取引相手の辺境伯へ婚約者として押し付けた。
故郷を追い出された僕が向かった先辺境グラフィカ領は、なんと薬草の楽園!!!
様々な種類の薬草が植えられた広い畑に、たくさんの未知の素材!
僕の錬金術師スイッチが入りテンションMAX!
ワクワクした気持ちで屋敷に向かうと初対面を果たした辺境伯婚約者オリバーは、「忙しいから君に構ってる暇はない。好きにしろ」と、顔も上げずに冷たく言い放つ。
うむ、好きにしていいなら好きにさせて貰おうじゃないか!
僕は屋敷を飛び出し、素材豊富なこの土地で大好きな錬金術の腕を思い切り奮う。
そうしてニ年後。
領地でいい薬を作ると評判の錬金術師となった僕と辺境伯オリバーは再び対面する。
え? 辺境伯様、僕に惚れたの? 今更でしょ。
関係ここからやり直し?できる?
Rには*ついてます。
後半に色々あるので注意事項がある時は前書きに入れておきます。
ムーンライトにも同時投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる