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47 怒り
しおりを挟む庄田のスマホが鳴ったのは、朝森雅紀と会った翌晩の事だった。
取り敢えずは斗真の所在がわかり、傍で支えてくれる友人も居るとなれば、会えなくとも幾らか気持ちは落ち着いた。それで、和久田に調査を任せ、ここ数日で溜め込んだ仕事を片付ける事にした。どうせ斗真が帰らなくなった日から、また眠れなくなっている。仕事に没頭して長い夜をやり過ごそうと考えていた、そんな矢先の事だった。
『斗真が、…いなくなりました、すみません。』
上がった呼吸、焦ったような声の背景は、明らかに室内とは違う空気感。
「いなくなった?え、それはどういう…」
『さっき帰ったら、書き置きが…。外に近所を出て探してみてるんですけど、そもそも出て行ったのが何時頃かもわからなくて…。』
涙混じりになっていく声を聞きながら状況を理解するにつれ、胸が重く冷えていく。
「そんな、何故…っ」
『すみません、でも今朝までは変わりなかったんです。昨日、帰ってからそれとなく庄田さん達が来た事を伝えた時にも取り乱した様子はなかったし…。でも、まだ話すタイミングが早かったのかもしれません。』
「…そんな…。」
『本当に申し訳ありません、今から駅の方まで行ってみます。
あ、もしかしてそちらに帰る可能性もあるかもしれませんよね。もし戻ってきたら連絡ください。じゃ、また後ほど。』
早口でそう言って、切れた通話。スマホを耳から離し、呆然とする庄田。
やっと足跡を捕まえたのに、また、消えてしまった?
朝森はタイミングが悪かったのかも、と言った。つまり、斗真はまだ庄田に会う気が無いという意思表示なのか…。
脱力して、ソファに深く沈み込んだ。
「……何故だ…斗真。どうして…。」
朝森が悪い訳では無い。彼は助けを求めた斗真に応えただけの、善意の友人だ。会うのは斗真が落ち着くのを待ってやってくれと言っていた。そんな朝森なのだから、会えと急かした訳では無いだろう。なのに、斗真は出て行った…?
こっちに戻る可能性も、と朝森は言った。けれど、おそらくそれは無いような気がした。戻る気があるなら、相変わらず表示されないGPSはどう説明する?
「……斗真。」
そんなにも自分に会いたくないのだろうか。やはり庄田の関係者が原因という事なのか?それとも、乱暴された事を恥じて?斗真のせいでは無いのに?
今、一人になった斗真がどれだけ苦しんでいるのかと思うと、苦しくて堪らない…。
その時、再びスマホが鳴った。朝森からだろうかと表示も見ずに出ると、相手は和久田だった。
「和久田、斗真がいなくなったと、」
『ああ、さっき朝森君から電話もらった。斗真君の事はおいおい見つける。それより、わかったぞ。』
和久田の言葉に、庄田はガバッと起き上がった。
「本当か?」
わかった。つまり、斗真をレイプした犯人がーー。
和久田は続けた。
『斗真君が寄ったってコンビニのオーナーな。あの辺一帯に同じ系列店を幾つも展開してる奴なんだが、俺の知り合いだった。』
「そうなのか。」
『事情を話したら快く協力してくれてな。』
「……そうか。」
和久田の言う"快く"は何時も眉唾だが、庄田は身を乗り出してスマホの音量を上げた。
和久田は職業柄、更には本人のコミュニケーション能力の高さもあり、かなり人脈が広い。そして、いざという時に"快く"協力してもらう為に相手の弱味を握っておく事も忘れないという抜かりの無さ。調査方法を詳しく聞いた事は無いが、和久田の代になり調査の精度が上がったのは、使用する機材やモバイル性能の進化のお陰ばかりではないだろうと庄田は思っている。
『コンビニの内外に設置してある防犯カメラの録画を見せてもらった。実際にはコンビニに斗真君は入店していなかったが、外のカメラ映像には映ってたよ。』
「そうか、映ってたか。」
『入る手前で声を掛けられて、少し立ち話をした後歩き去っている。その先は見切れててな。』
「前置きはいい。それで、声を掛けてたのは?」
説明にまどろっこしくなり先を急かすと、和久田は息を吐いてからその名を口にした。
『鳥谷だ。拡大して確認もした。画像は鮮明だった、間違いない。』
「やっぱりか。」
沸々と沸いた怒りは、すぐに煮え滾り殺意に変わった。
運命の番に関しては鳥谷との話はとうに終わっている。あんなものは、単なる遺伝子相性に過ぎない。人間同士の相性となると別だ。性格も価値観も嫌悪の対象としかならない相手と体だけの番になる気は無い庄田は固辞したし、それ以降話もしなかったから、鳥谷も納得したのだと思っていた。何故今更になって、しかも斗真に接触したのか。その上、真昼間にレイプとは。
本当に下衆な奴だ、と庄田は憤怒の形相になった。
決して許してはおかない。
斗真はベータで契約は結べないが、庄田が愛した人間だ。出来る事なら仕事も辞めさせて安全な家の中に囲っておきたい。けれど、ベータ男性である斗真はそれを望まないから、本人の意志を尊重している。
どれだけ譲歩してでも、隣に留めておきたい。やっとそんな人間に巡り会えたのだ。
誰が何と言おうと、斗真は庄田の番同然の伴侶だ。
(後悔させてやる。俺の番に手を出した事。)
愛する者を傷つけられたアルファの怒りを思う存分味わうと良い。
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