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58 変化
しおりを挟む「匠は最初から断ってるのにアンタが執着してるだけだろ?頼まれてもないのに拾ってやるって、何?」
早口気味にそう言う斗真の目は、庄田すら見た事もないほど吊り上がっていた。すっかり征服して御し易くなったと思っていた斗真の豹変に、目を丸くする鳥谷。昨日から今日にかけての様子で、斗真を大人しい男だと認識していた内藤も少し目を見開いている。顔合わせの時から姿を消した流れまでの印象で、意外と思い切った事をする人だと認識を改めていた和久田だけが、薄い笑いを浮かべて落ち着いていた。
それぞれの感情をのせた4人の視線などには気づかない斗真の口は止まらない。
「大体、俺の存在を"認めてやる"って何だよ。俺を"認めて"やれば、匠が番を了承するなんて本気で思ったのか?アンタの頭の中、中学くらいで止まってんのか?」
先程までとはうって変わった冷たい口調と視線にたじろぎながらも、鳥谷は言い返す。
「だ…って、運命の番である俺と庄田が番にならないのは不自然だろ。俺だって最初はそれを阻む斗真クンを排除しようと思ったさ。でも俺も斗真クンを気に入ったんだから、纏めて受け入れてやるって温情かけてんのに…」
「だから、頼んでねえよ。」
斗真はその一言で鳥谷の主張を切り捨てた。
「温情って何だよ。どの立場から物言ってんだよ。運命の番が何だよ。片方に拒否られてて、運命もへったくれもあるか。」
「なっ、」
鳥谷の顔が真っ赤になり、羞恥なのか怒りなのかわからない表情になった。それを見た内藤が鳥谷と斗真の居るソファに近づこうとしたが、それに気づいた斗真は内藤をキッと睨みつけながら言い放った。
「内藤さん、アンタ、この人が悪さするのも黙って手伝ってたんですか?その様子じゃ、この人が俺をレイプした時も近くに居たんじゃないんですか?」
それを聞いた内藤の足が止まる。それに僅かな動揺が見えたように思えた斗真は、尚も言い募った。
「もしかして、そうやってこの人が目の前で罪を犯すのを、何度も黙認してたんですか。」
「……。」
「内藤、どうした。早くコイツを黙らせろよ。」
鳥谷が苛立ったように叫び、斗真の後ろに居た庄田と向かいに座っていた和久田は内藤を警戒して立ち上がったが、何故か内藤が動く事は無かった。
「内藤、どうした!動けよ、俺の為に!お前はそれくらいしか能が無いんだろうが!」
ヒステリックな叱責は、悲鳴のようにも聞こえて内藤の胸に刺さった。何時もなら、鳥谷にこんな声を出させる前に何とかしてしまう。悲痛な声や悲しい泣き声を聞くよりも、少し位苛立った声の方がマシだ。けれど、鳥谷のそんな声を聞いても、内藤は足を踏み出せなかった。
目の前で罪を犯すのを何度も黙認してきたのか、と言った斗真の言葉を、無視出来なかった。
今まで内藤にそんな事を指摘した者は居なかった。内藤が鳥谷のワガママを一度たりとも嗜めた事が無かったように。
確かに鳥谷が斗真をレイプしたあの日、内藤は運転手として付いてきていたし、見張りとして路地の入り口付近に立って通行人を近寄らせなかった。何も思うところが無い訳では無かったが、内藤にとっては鳥谷の機嫌を守る事以上の優先事項は無かった為、黙認。斗真の件に限らず似たような事はこれまでにも何度もあり、それをフォローするのも内藤の役割りだった。問題になる前に被害者達に金を握らせて、黙らせた。なのにあの日、鳥谷は斗真の鞄にGPSを仕掛けただけで、手当てもフォローもさせず路地に放置させた。何時もとは明らかに対応が違って、内藤はそれがずっと気になっていたのだ。だから、昨日鳥谷が斗真を連れて来た時、内心では動揺していた。額の怪我や、手袋をした両手を見て、少しばかりの罪悪感を覚えて。斗真の視線を受ける度、責められているような気がした。斗真はあの日、内藤の姿を目にしてもいない筈なのに。
あの日の被害者である斗真の事について、内藤は何も聞かされてはいなかった。内藤が鳥谷に対して質問する事は許されてはいないからだ。鳥谷の言う通り、只々、鳥谷の為に動く事しかできない木偶人形。
16歳の鳥谷の要求を退けたあの日から、全ては変わってしまった。けれど、内藤にはそれに甘んじる事しか出来なかった。
内藤は初めて表情を崩し、痛々しいものを見るように鳥谷を見て、その名を呼んだ。
「…遥一様…。」
「何だよ!」
斗真を睨みつけていた鳥谷が声に反応して、内藤に視線を移しギョッとしたような顔をする。もう10年は見ていなかった、内藤の人間臭い表情。
「内藤…何だよ、どうした?」
「…申し訳ございません。」
「は…?!」
内藤が自分の為に動かない事が信じられないのか、驚愕の表情になる鳥谷。それだけ内藤は、今まで忠実だったという事だろう。だが、その忠実な人間が斗真の言葉で動きを止めてしまった。
さっきまで、鳥谷の為なら誰であろうと飛びかかる勢いだった男の突然の変化。内藤の心の動きを知らない鳥谷だけでなく、見ていた和久田や庄田にも、それは意外過ぎる出来事だった。
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