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59 内藤と鳥谷 1
しおりを挟む「申し訳ございません。私の所為です。遥一様が犯した罪は、全て私の責任なのです。」
内藤は斗真に向かって謝罪の言葉を口にした。それから庄田、和久田にそれぞれ向き直って、やはり深々と頭を下げた。
「何を言ってるんですか、内藤さん。この人はもう三十路前の立派な大人でしょう。幾ら雇用主でも、良い歳した大人のやったことの全てが貴方の責任になる訳ないじゃないですか。」
内藤の謝罪に斗真はそう返したが、彼は首を横に振り、俯いた。
「いや…何をしてるんだ、内藤…。」
狼狽した鳥谷が、信じられないという様子で声をかける。
「遥一様。私が悪うございました。」
「は…あ?何がだよ…?」
「私が貴方をそんな風にしてしまった。人を人とも、罪を罪とも思わないような、非道な人間にしてしまった。」
「……」
「私の身勝手な罪悪感で、遥一様、貴方を大人にし損ねてしまいました。」
鳥谷本人には内藤の言葉の意味がわかったのか、鳥谷は押し黙ってしまった。だが斗真達には2人の事情がわからない。わからないが、内藤が鳥谷に対して何らかの負い目を持っていて、それ故のイエスマンだったという事なのだろうか、と推測した。
だが、斗真のその推測は半分当たりで半分外れだった。
「遥一様、もう庄田様の事は諦めて菱田様にも謝罪なさいませ。これ以上、他の方々へご迷惑は…」
諭すように言う内藤の言葉を、鳥谷が金切り声で遮った。
「うるさい!!」
普段は普通に低めの男の声なのに、そんなに高く出るのかと思うほど、耳障りな声だった。
「お前にっ……お前が…!」
取り乱した鳥谷は苛々が極まったのか、綺麗にセットされていた髪を両手で掻き乱す。
「そうだ、お前が悪い!あの時お前が俺を…、だから俺は…!」
錯乱する鳥谷に駆け寄って、失礼しますと言いながら後ろから抱きしめた内藤。泣き始める鳥谷。
話の展開が見えず、斗真、庄田、和久田は顔を見合わせた。
内藤の家は、曽祖父の代から鳥谷家に仕えていた。祖父も父も叔父達も、若い頃から鳥谷家の当主やその兄弟に付いて仕えていた。が、内藤の兄弟達は、自分の進路は自分で決めて良いと父から言われて育った。父は、自分は親に倣ったが、息子達には家業を押し付けまいと考えていたようだ。そして内藤本人も、将来は違う道を考えていた。だが結局、上の2人の兄と同じように、末弟の内藤も鳥谷家の人間に仕える事を選んだ。
出会ってしまったからだ。
中学に上がってすぐのあの日、3歳の誕生日を迎えたばかりの鳥谷遥一に。
鳥谷…鳥谷遥一は、鳥谷家の末っ子で、普段は使用人がつき面倒を見ていた。これは鳥谷家ではごく普通の事で、子供達はみなそういう風に使用人達に育てられる。そしてその頃、遥一の世話係についていたのが内藤の祖母だった。
内藤の家に生まれた子供は、中学に上がったタイミングで鳥谷家に挨拶に上がるというしきたりがあった。そこで鳥谷家の人間達に目通りする。その歳までは決して鳥谷の邸の敷居はまたげない。内藤家の人間にとって鳥谷家は主であり雇用主、邸は職場だ。仕事の邪魔にならない年齢になるまでは立ち入りを禁じる、という理由で、内藤家の人間は中学になって初めて当主の家族と会うのだ。
もし目通りの時、主筋の誰かに自分の側仕えにと望まれた場合、一定期間は務めなければならないが、それも強制ではない。主従の相性や、仕える本人の意思も最終確認された上での契約事となるから、表面上はごく普通の雇用形態とそう変わらない。だが、1対1の主従関係は、通常かなり密なものになる。実際、内藤の祖父の兄はその当時仕えていた嫡男を守って若くして亡くなった。そんな事を聞かされて、今時の中学生だった内藤がそんな時代錯誤な雇用関係を望む筈が無かった。 それは父や祖父、雇用主である鳥谷家の方でも了解していたらしい。それでも一応の慣習として、内藤は挨拶に鳥谷家に出向いた。
そしてそこで、初めて幼い遥一と出会った。
幼いながらも美しく整った顔立ちは、明らかに周囲の子供達より秀でていた。素直で物怖じしない幼子は、初めて見る内藤に不思議そうに名前を聞いた後、大きな瞳をきらきらさせながら愛らしく笑って言ったのだ。
『みつぐ。だっこしてくれ。』
高く細く甘い子供の声。けれど、貢と名を呼ばれた内藤の体はその声に反応して、遥一を抱き上げた。
『おにわでたかいたかいして。みつぐはとうさまよりは小さいけど、にいさまたちよりおおきい。』
確かに中学一年の内藤の身長は、その時既に170センチを越していて、歳の近い遥一の兄達よりも体は大きかった。よく手入れされた鳥谷家の庭に出て、言われたように高い高いをすると、遥一はきゃっきゃっと子供らしくはしゃいだ声をあげた。その声が内藤の耳には心地良く、胸が弾んだ。
従兄弟達の中でも1番の末っ子で、幼い子供の世話などした事もない。だから新鮮だったのだろうかと、家に帰りついてから思った。
そして、翌日。
『貢を遥一の世話係に加えたい。』
内藤は、そんな当主の言葉を帰って来た父から伝えられたのだった。
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