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72 月岡 実仁 2
しおりを挟む3年に上がり、夏休みを境に月岡と斗真は部を引退。
受験勉強に本腰を入れる為だったが、弓を引く斗真の凛々しい姿をもう見られないのかと思うと、月岡は少し残念な気もした。
斗真が地元を離れた遠い都会の大学を志望していると知り、月岡も隣県の国立大学から彼と同じ大学に変更した。
月岡の家は地元の古い酒造会社で、実仁はそこの次男坊。跡取りの立場にある兄と違い比較的自由を許されていたので、都会の大学に行きたいと言ってもそこまで反対はされなかった。
初秋が訪れた頃、斗真が慶太と別れた。
『別れたんだ。』とだけ言ったきり、理由に口を噤み寂しげに微笑む斗真に、月岡は何も問えなくなった。恋人同士だったのは斗真と慶太であり、そこに月岡は部外者だ。また黙って見守る事しか出来ないのかと気を揉んでいた矢先、慶太から会いたいという旨の連絡を受けた。
慶太は部活中ですら、何故か月岡に関わろうとはしなかった。そんな彼がこのタイミングで月岡にコンタクトを取ってきたという事は、十中八九斗真との事だろうと見当がつく。事情を聞けるかもしれないと思えば、断る選択肢は無かった。
メッセージで指定された場所は、月岡の自宅からほど近い公園。もう日が落ちれば肌寒い季節だが、まだ8時前。田舎とはいえ駅前まで歩けば開いているカフェはあるだろうに、わざわざ人気の無い夜の公園を選んだのは人に聞かれたく無いからだろうか。
カーディガンを羽織り向かった小さな公園。入って右奥にあるブランコの左側に腰掛けて肩を落として項垂れている慶太の姿が見える。
何も声をかけずに前に立つと、それに気づいた慶太が顔を上げた。
『月岡先輩…。』
それにも何も答えず、月岡は空いた片方のブランコに座る。色の変わりかけたチェーンが重みで軋み、ギシッと座板が沈んだ。
『何だ?』
今しがた見た顔が酷く憔悴していた事に内心少し驚きながら月岡はそう問いかけ、慶太はそれに肩を跳ねさせた。
ややあって。
慶太が口を開いた。
『すいません。斗真先輩と別れました。俺が悪いんです。俺が、浮気して。』
聞いた瞬間、反射的に立ち上がった月岡は、慶太の左頬を拳で殴り飛ばしていた。慶太はブランコから落ち、地に転がった。
『浮気?アイツを恋人にしておいて、浮気だ?』
怒りに震える体から絞り出した声が震えているのは当然だ。胸と腹の奥でちりちりと小さく揺らめいていた青い炎が、酸素を得て燃え上がるように、月岡は怒りをあらわにした。斗真と同じく温厚な性格で通っている月岡が見せる初めての激情に、慶太は顔を青くして震えている。月岡が慶太をアルファだと目していたように、慶太の方も月岡をアルファなのではと疑っていた。それが、今の月岡の発する圧で明確になった。しかもそれが、自分よりも上位のものであるとわかって、ますます項垂れた。
『すいません…。月岡先輩も斗真先輩を好きなのを知ってて、水を差すような真似をしました。』
アルファ同士が相手のレベルを計る為に腹の探りあいをしたり、より優位に立とうとマウントを取り合うのは珍しい事ではない。いわば本能のようなものだ。
だからアルファとして覚醒したての慶太が、同じアルファである月岡に対してそれを発動したのも、それ自体は不思議な事ではない。だが、月岡が大事にしている斗真に心を惹かれる事になってしまったのは、慶太としても誤算だった。
中学までサッカーをしていた慶太が経験もない弓道部に入部を決めたのは、デモンストレーションで見た斗真の姿に、心を掴まれてしまったからだった。
白の上衣に黒の袴姿で的に向かって姿勢良く矢をつがえる斗真は清廉で美しく、同じように出ていた他の部員数人が霞んでしまう。格好良い、と思った。自分もあんな風に弓を射る事が出来るようになれたら…そう思い入部した弓道部。
1年先輩の菱田斗真は、どう見ても普通の男子生徒だ。顔立ちは平凡、身長も平均的。だが誰にでも親切で、語りかける声が優しい。かと思えば熱を帯びた指導をする。彼は他のどの先輩部員よりも後輩の指導が丁寧で上手かった。
生来の要領の良さと斗真の指導により、慶太はみるみる上達し、それに比例して弓道が楽しくなっていく。最初は斗真を良い先輩だと思っていた慶太の心が、徐々に傾倒して違う欲を帯びていくのに時間はかからなかった。
更に、常に斗真の隣に寄り添う月岡の存在が、慶太の負けん気に拍車を掛けた。
本人は明かしていないが、どの特徴をとっても自分と同じアルファだとわかる優秀な月岡。斗真にはそんな月岡の眼差しが、どの瞬間にも注がれている。月岡が斗真を想っているのは一目瞭然だった。
てっきりつき合っているのかと思ったが、その割りには斗真の方が月岡に向ける視線には、同じ熱は感じない。月岡の片想いなのだと察した慶太は、内心ほくそ笑んだ。
つき合っている訳ではないのなら、自分にもチャンスはあるという事だ。そう思い、斗真へのアタックを開始した。スペックが被って何となく気に入らない月岡を出し抜いてやれるチャンスだという気もあった。
けれど、今は後悔している。2人の間に割って入ってしまったにも関わらず、斗真を深く傷つけてしまった事を。
慶太は自分でも思っていた以上に斗真を深く愛してしまった。
にも関わらず、たまたま出会ってしまったオメガの香りの誘惑にも抗えず、斗真を裏切ってしまったのだ。
今回慶太が月岡を呼び出したのは、斗真に浮気を責めてももらえなかった自分に、鉄槌を下す人間が欲しかったからだった。
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