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71 月岡 実仁(つきおかさねひと)1
しおりを挟む月岡 実仁が地元にUターンしてきて母校の教師になり、もう3年が経つ。彼には、もう10年以上も片想いしている親友がいた。
菱田斗真。
高校で出会い、見た目もタイプも違うのに、何故かとてもウマが合う友人だった。
月岡はアルファで、斗真はベータ。1年のクラスは同じだったが、2年からはクラスが別れた。けれど所属している部が同じだった事もあり、2人の親交は続いた。
友情だと言い切るには何処か濃密な何かを含むその感情の正体にとうとう気づいてしまったのは、2年の冬休み明けの事だ。年末年始、多忙にかまけていて、会うのは久しぶり。月岡を気遣う彼の様子に安心した筈なのに、何時もの彼の体臭に妙な不純物が混ざっているような気がして落ち着かないような気になった。それによくわからない違和感と不快感を感じながら、彼の方には変わった事は無かったかとそれとなく聞いてみた。
『ああ…え~っと、な…。』
少し気まずそうな、はにかんだような。そんな様子で口ごもった斗真だったが、もう一度催促すると観念したように白状した。
『恋人ができてさ。』
それを聞いた瞬間の事は忘れられない。何故自分はこんなにもショックを受けているのかと混乱するくらい、それは衝撃的だった。
『…へえ、全然知らなかった。何時からだよ…。』
声の震えを抑えりのに精一杯で、動揺を隠せていたかはわからない。だが斗真は気づいてはいないようで、照れたように月岡の問いに答える。
『クリスマスの日に呼び出されてさ。何でこんな日にと思ってたら、告白されて。』
『クリスマス…?』
『そう。お前から映画キャンセルの連絡が入った後に。』
約2週間前の記憶が蘇ってきた。そうだ、あの日。クリスマスイブの、12月24日の朝。だいぶ前から入院していた祖母の状態が良くないと病院から連絡が来た。いつ危篤になってもおかしくないと言われ、月岡達家族は急ぎ病院に向かう事になった。
予定キャンセルの電話を入れた時、斗真は躊躇無く
『お祖母さん、心配だな。映画なんかまた日を改めりゃ良いんだから気にすんな。何かあった時に後悔しないようにしないと。』
と言ってくれた。優しい彼らしい、思いやりのある言葉だった。その後、月岡は祖母の病院に向かい、祖母はそれから3日も生死の境を彷徨った後、亡くなった。それから葬儀やら初七日やらで喪中に入った月岡家の年末年始は忙しくなり、友人と会うのも三学期の始業式であるその日が久しぶりの事だったのだ。
愕然とした。
『……そうか、あの日に…。』
『ごめんな。サネは大変な時だったし、連絡もしづらくて。』
つき合うつもりは無かったのに、告白が熱烈過ぎて断れなかったと話す友人。実はクリスマスの日だけてはなく、前から何度もアプローチはあったのだという。根負けしたのだと苦笑した笑顔に心が抉られていく。
『…どんなコだ?』
そして、平常心を装って聞いた質問に友人がくれた答えは、月岡の心に更なる衝撃を落とした。
『慶太だよ。』
慶太。槙原慶太。
それは弓道部の1年後輩の名だった。面倒見の良い友人に、特に懐いている、背が高く優秀で見目の良い彼は、本人は公言していないものの、アルファであろうと噂されている生徒の1人だった。
慶太が斗真に好意的なのは知っていた。斗真と居ると刺すような視線を感じた事もある。嫉妬なのだろうとわかっていたが、斗真に最も近い人間であると自惚れていた月岡は、慶太の視線を受け流していた。その頃、恋愛経験が無かった斗真本人も自分に向けられる好意に鈍いところがあり、慶太の気持ちが恋愛的なものであるとは気づいていないようだった。だからまさか、自分が少しばかり離れた隙間を縫うようにして斗真にアプローチを重ねていたとは知らなかった。そして、斗真がそれに傾いていた事も。
『絆されちゃったんだよな。まさか自分が男とつき合うなんて想像した事もなかったけど、あれだけ一生懸命になられたら、悪い気しないなって。』
『…そうか。そんなものかもしれないな。』
声を絞り出して答えながら、斗真の性格を思えばそうなっても不思議は無い気がした。人一倍優しく穏やかな彼が他人の気持ちを無下にし続けられる訳がない。
ならば、自分も勇気が出せていたら気持ちが届いていたのだろうか…と悔やむ気持ちが胸の中に湧き上がり荒れ狂い始める。だが、もう遅い。斗真は慶太の気持ちを受け入れてしまった。先ほど斗真を見ていても感じた違和感と不快感は、他のアルファの手が付いた事によるマーキングの為だろう。通常ならアルファのマーキング対象はオメガだが、ベータだからとできないものでもない。うなじを噛めず、番にはできないが、匂いを付けて自分の物だとアピールする事はできる。
慶太が月岡に向けて斗真の所有権をアピールしているのは明らかだった。
悔しさに唇を噛み締めても仕方ない。関係を壊すのを恐れて動けなかった自分が悪い。
『まあ、良かったな。幸せにやれよ。』
『ありがとう。サネにそう言ってもらえて良かった。』
ホッとしたように微笑んだ斗真を見ると、また胸が痛んだ。この優しい親友は、もう他の男のものなのかと。
アルファであろう慶太は、きっと斗真を抱くのだろう。恋愛としての交際が初めてであるという斗真を相手にすぐに手を出すとは思えないが、近い未来には、きっとそうなる。
慶太の腕の中に抱かれる斗真を想像すると、目の奥が嫉妬の熱に焼けるようだった。
(悔しい…。)
そうなる前に奪ってしまいたい。けれど、その気の無い斗真にそれを実行したなら嫌われるのだろう。それは嫌だった。
結局、月岡はむざむざと目の前で斗真が奪われていくのを見つめ続けるしかなかった。
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