運命だとか、番とか、俺には関係ないけれど

Q矢(Q.➽)

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70 無意識の残酷

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男子高校生が向かっている先には大きな建物が見えていた。校舎だ。校門の学校銘板に記されているのは、『県立 宮南高等学校』の文字。間違いなく本日の目的地、斗真の通っていた高校だった。時間的に考えて、只の遅刻ではなく何らかの事情での遅刻なのだろうから連絡済みだろうに律儀にもあんなに急いで…と、少し微笑ましくなった。自分ならゆっくり歩いて行くだろうと思う。この土地の人達は生真面目なのだろうか。それとも、単に本人の性格か。

男子生徒は閉ざされた門扉の横に付いているインターホンを押し、何か話してかけているようだった。様子を見ていると、中から教師らしき中年男性が門扉を開けに来て、男子生徒は無事に校内に入って行った。
 
何時までも校門前に居るのも不審に思われそうで、庄田はゆっくりと学校を囲む黒いフェンス越しに歩き始める。フェンス沿いに植えられた木々の向こうの校舎からは、授業中なのか生徒の声ひとつ聞こえない。通りを挟んで反対側には緑色のネットが張り巡らされており、その向こうにグラウンドが見える。端にある建物は部室棟だろうか。和久田の調べ上げた調査結果には、斗真は1年生の間、弓道部に所属していたと記載されていた。弓道部ならば袴などの弓道衣に白足袋か…と、頭の中で少し若い斗真の袴姿を想像して、さぞ似合っていただろうと少し唇の端が上がる。
昨日から今日にかけて、斗真が育ってきた場所や歩いていたであろう道を歩きながら、彼が幼い頃から徐々に成長する姿を思い浮かべるという作業をしている。庄田は現在の斗真しか知らない。最初、交際を躊躇った彼から別れた元恋人達に関する辛い経験の事は聞き出したが、それ以外の事は聞いた事がなかった。出会う前の彼がどんな事で思い悩み、何を楽しく思ったのかを、一度も知ろうとはしなかった。

愛していると思い、躍起になって囲い込もうとしていた筈の相手。それなのにその過去には興味を持たなかった自分に今、愕然とさせられている。自分の事について語りたがらないのを良い事に、彼の意志を尊重した気になっていた。単にその方が都合が良かっただけではないのかと思うとじわじわと自己嫌悪が湧いてくる。
今の彼だけが"在れば"良いと言うのは聞こえは良いが、裏を返せば彼の人格を形成した諸々には興味が無いという事にも思える。自分は、羽純を感じられる、羽純の媒体としての彼が欲しかっただけなのではないのか。
この地に来てもなお、そんな自問自答を繰り返してきた。

けれど、庄田の中で斗真が成長していく度、斗真という人間の個としての輪郭がはっきりしていく度、そうではないと思う自分もいる。

今や完全に庄田の中の羽純と斗真は剥離していた。
羽純とは違う顔を持ち、羽純とは違う体を持ち、羽純とは違う生き方をしてきた菱田斗真という1人の男として斗真の中に存在している。

確かに羽純と斗真の嗜好は似ていた。しかし時には違う物を採ろうとした事もあったのだ。それを庄田がそれとなく誘導していた。それに合わせてくれたのは、おそらく斗真の優しさだ。或いは斟酌かもしれない。
彼に甘えて自分の居心地の良い状況を作り出していた癖に、彼に尽くしている気になっていた。
察しの良い斗真は何時から庄田の独りよがりに気づいていたのだろう。気づいてから、斗真はどれだけ苦しんだのだろう。鳥谷より自分の方が余程彼を傷つけたのではないか。そう思うと胸が苦しい。
こんな自分に斗真に戻って来て欲しいなんて言える資格は無い。そんな事はわかっているのに、どうしても気持ちを断つ事が出来ない自分の女々しさに嫌気がさした。

「斗真…。」

名を呟くと、胸が締め付けられる。これは愛ではないのか。もう、そう思ってはいけないのだろうか。


ぼんやりとグラウンドを見つめていると、何か冷たいものが頬にあたった。指先でそれを拭う内に、それはアスファルトの道にもポツポツ打ち付けてきて忽ち色を変えていく。

(…雨?)

一昨日夕方の到着時から今の今まで、曇天ではあったけれど降ってくる事は無かったから油断していたが、とうとう降り出す事にしたのか。庄田は辺りを見回して、少し先に見えた古い喫茶店に逃げ込んだ。
ドアを開けるとカウベルの音がして、いらっしゃいませと女性の声がした。コートの肩や腕を見ると水滴が付いていたが、少量だからか染み込まずに弾いている。ポケットからハンカチを取り出してそれを拭いながら店内を見渡す。やはり内装も年季が入っていて、コーヒーを飲んで読書をしていたらしい若い女性客と、離れた席に座って新聞を広げていた中年の男性客が目を丸くして庄田を見ている。長身にチャコールグレーのチェスターコート姿の見目良いアルファは、多少賑やかなこの街でも物珍しいようだ。
出てきた女性店員に案内されて、庄田は席に座った。やはり古い店らしく、煉瓦調の壁に掛けられている大きなボードにはたくさんの写真が貼られていた。
ホットコーヒーをオーダーしてから、その写真達に見入る。写っている人々は年代も性別も様々だけれど、さっき見たばかりの制服姿が複数人で写っているものが多いところを見ると、どうやらあの高校は寄り道にそれほど厳しくはないらしい。

(高校か…。)

羽純と出会ったのもその頃だった。庄田が羽純に恋をしていた高校時代、斗真も遠く離れたこの地で別の誰かと恋をしていたのだろうか。自分にも羽純が居たのにそんな事で不快になるのは身勝手な感情だとわかっているのに、胸の中がモヤモヤする。
今までは『大事なのは今だから』なんて綺麗事を言って斗真の過去の恋愛を気にしなかった癖に、羽純と剥離した途端に嫉妬が生まれたのはどういう理屈なのだろうか。
羽純は庄田が初めての恋人だった。だから、羽純の媒体だと思っていた間は気にならなかった…?

(本当、勝手だな、俺は…。)

自分の無意識の非道さにゾッとして一瞬目を伏せる。それから気を取り直して再び視線を上げた時、目に入った一枚の写真に庄田の目は釘付けになった。






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