運命だとか、番とか、俺には関係ないけれど

Q矢(Q.➽)

文字の大きさ
70 / 88

70 無意識の残酷

しおりを挟む

男子高校生が向かっている先には大きな建物が見えていた。校舎だ。校門の学校銘板に記されているのは、『県立 宮南高等学校』の文字。間違いなく本日の目的地、斗真の通っていた高校だった。時間的に考えて、只の遅刻ではなく何らかの事情での遅刻なのだろうから連絡済みだろうに律儀にもあんなに急いで…と、少し微笑ましくなった。自分ならゆっくり歩いて行くだろうと思う。この土地の人達は生真面目なのだろうか。それとも、単に本人の性格か。

男子生徒は閉ざされた門扉の横に付いているインターホンを押し、何か話してかけているようだった。様子を見ていると、中から教師らしき中年男性が門扉を開けに来て、男子生徒は無事に校内に入って行った。
 
何時までも校門前に居るのも不審に思われそうで、庄田はゆっくりと学校を囲む黒いフェンス越しに歩き始める。フェンス沿いに植えられた木々の向こうの校舎からは、授業中なのか生徒の声ひとつ聞こえない。通りを挟んで反対側には緑色のネットが張り巡らされており、その向こうにグラウンドが見える。端にある建物は部室棟だろうか。和久田の調べ上げた調査結果には、斗真は1年生の間、弓道部に所属していたと記載されていた。弓道部ならば袴などの弓道衣に白足袋か…と、頭の中で少し若い斗真の袴姿を想像して、さぞ似合っていただろうと少し唇の端が上がる。
昨日から今日にかけて、斗真が育ってきた場所や歩いていたであろう道を歩きながら、彼が幼い頃から徐々に成長する姿を思い浮かべるという作業をしている。庄田は現在の斗真しか知らない。最初、交際を躊躇った彼から別れた元恋人達に関する辛い経験の事は聞き出したが、それ以外の事は聞いた事がなかった。出会う前の彼がどんな事で思い悩み、何を楽しく思ったのかを、一度も知ろうとはしなかった。

愛していると思い、躍起になって囲い込もうとしていた筈の相手。それなのにその過去には興味を持たなかった自分に今、愕然とさせられている。自分の事について語りたがらないのを良い事に、彼の意志を尊重した気になっていた。単にその方が都合が良かっただけではないのかと思うとじわじわと自己嫌悪が湧いてくる。
今の彼だけが"在れば"良いと言うのは聞こえは良いが、裏を返せば彼の人格を形成した諸々には興味が無いという事にも思える。自分は、羽純を感じられる、羽純の媒体としての彼が欲しかっただけなのではないのか。
この地に来てもなお、そんな自問自答を繰り返してきた。

けれど、庄田の中で斗真が成長していく度、斗真という人間の個としての輪郭がはっきりしていく度、そうではないと思う自分もいる。

今や完全に庄田の中の羽純と斗真は剥離していた。
羽純とは違う顔を持ち、羽純とは違う体を持ち、羽純とは違う生き方をしてきた菱田斗真という1人の男として斗真の中に存在している。

確かに羽純と斗真の嗜好は似ていた。しかし時には違う物を採ろうとした事もあったのだ。それを庄田がそれとなく誘導していた。それに合わせてくれたのは、おそらく斗真の優しさだ。或いは斟酌かもしれない。
彼に甘えて自分の居心地の良い状況を作り出していた癖に、彼に尽くしている気になっていた。
察しの良い斗真は何時から庄田の独りよがりに気づいていたのだろう。気づいてから、斗真はどれだけ苦しんだのだろう。鳥谷より自分の方が余程彼を傷つけたのではないか。そう思うと胸が苦しい。
こんな自分に斗真に戻って来て欲しいなんて言える資格は無い。そんな事はわかっているのに、どうしても気持ちを断つ事が出来ない自分の女々しさに嫌気がさした。

「斗真…。」

名を呟くと、胸が締め付けられる。これは愛ではないのか。もう、そう思ってはいけないのだろうか。


ぼんやりとグラウンドを見つめていると、何か冷たいものが頬にあたった。指先でそれを拭う内に、それはアスファルトの道にもポツポツ打ち付けてきて忽ち色を変えていく。

(…雨?)

一昨日夕方の到着時から今の今まで、曇天ではあったけれど降ってくる事は無かったから油断していたが、とうとう降り出す事にしたのか。庄田は辺りを見回して、少し先に見えた古い喫茶店に逃げ込んだ。
ドアを開けるとカウベルの音がして、いらっしゃいませと女性の声がした。コートの肩や腕を見ると水滴が付いていたが、少量だからか染み込まずに弾いている。ポケットからハンカチを取り出してそれを拭いながら店内を見渡す。やはり内装も年季が入っていて、コーヒーを飲んで読書をしていたらしい若い女性客と、離れた席に座って新聞を広げていた中年の男性客が目を丸くして庄田を見ている。長身にチャコールグレーのチェスターコート姿の見目良いアルファは、多少賑やかなこの街でも物珍しいようだ。
出てきた女性店員に案内されて、庄田は席に座った。やはり古い店らしく、煉瓦調の壁に掛けられている大きなボードにはたくさんの写真が貼られていた。
ホットコーヒーをオーダーしてから、その写真達に見入る。写っている人々は年代も性別も様々だけれど、さっき見たばかりの制服姿が複数人で写っているものが多いところを見ると、どうやらあの高校は寄り道にそれほど厳しくはないらしい。

(高校か…。)

羽純と出会ったのもその頃だった。庄田が羽純に恋をしていた高校時代、斗真も遠く離れたこの地で別の誰かと恋をしていたのだろうか。自分にも羽純が居たのにそんな事で不快になるのは身勝手な感情だとわかっているのに、胸の中がモヤモヤする。
今までは『大事なのは今だから』なんて綺麗事を言って斗真の過去の恋愛を気にしなかった癖に、羽純と剥離した途端に嫉妬が生まれたのはどういう理屈なのだろうか。
羽純は庄田が初めての恋人だった。だから、羽純の媒体だと思っていた間は気にならなかった…?

(本当、勝手だな、俺は…。)

自分の無意識の非道さにゾッとして一瞬目を伏せる。それから気を取り直して再び視線を上げた時、目に入った一枚の写真に庄田の目は釘付けになった。






しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」 仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

処理中です...