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79 2人目のアルファ
しおりを挟む当時から斗真には、恋人が出来るとその相手を最優先にする傾向があった。友人を大切にしなくなる訳ではないが、恋人が嫌がれば友人と会う事を控えたし、限られた時間も自ら全て恋人の為にあてた。
自然、恋人のいる期間は友人達とはどうしても疎遠気味になる。
だが、恋人を大切にする事自体は悪い事ではない。もし月岡が斗真と恋人になれたなら、やはり自分を最優先してくれたなら嬉しいと思うだろう。そう思えば、恋人優先の結果疎遠にされても、斗真や恋人を恨む気にはなれなかった。
世の中には、恋愛体質という言葉がある。斗真は過去のトラウマから、恋愛に対しては一歩引いたスタンスでいるようだが、月岡から見れば十分に恋愛体質だ。そうでなければ、いくら熱心に口説かれたからといって、最大のトラウマ要因であるアルファやオメガの告白を受け入れたりしない。一歩引いているのは事実だろうが、性格的に押しに弱く絆され易い。
そんな風に斗真を客観的に分析出来るにも関わらず、何故あと一歩の勇気が出せないのだろう、と思う。
本気過ぎて、僅かにでも引かれる事に臆病な自分が疎ましかった。
新たに斗真の恋人になった鷺宮という先輩アルファは強引な性格で、且つ嫉妬深く独占欲の強い…言わばアルファのステレオタイプのような男だった。そしてその性質をそのまま反映するように、付き合い始めて間も無く斗真の生活は彼に管理され始めた。それこそ、交友関係にも口を挟んできて、古くからの友人にも関わらずアルファというだけで、月岡は1番最初に撥ねられた。
大学の頃は斗真に恋人がいても、彼は月岡と同じマンションに住んでいて、恋人だった朝森自身も友人関係を左右する事を考えるような性格ではなかったから斗真の交友関係は保たれていた。しかし就職して斗真が部屋を探し引越して、鷺宮と付き合い始めてからは、会うどころか、通話、果てはLIMEでの遣り取りすら難しくなってしまい、じきに連絡が取れなくなった。
鷺宮はまるで、オメガに対するようにベータの斗真を囲い始めたのだ。
それは高校の頃に付き合っていた慶太の比ではなく、初めての状況に月岡の心には焦燥が生まれた。
あまりの連絡の無さに、まさか監禁でもされているのではと心配になり、斗真の会社の近くまで様子を見に行った月岡が目にしたのは…仲睦まじく揃って会社を出てくる斗真と恋人の鷺宮の姿だった。通りを隔てて立ち竦む月岡の存在に気づく事も無く、ほんの5、6メートル先で2人は笑っていた。しかしたったそれだけの距離が、今の月岡にはまるでスクリーンの向こうの別世界のように遠い。
(良かった、元気そうだ…)
自分の心配が杞憂であった事に安堵する反面、胸の中は鉛でも飲み込んだように重苦しくなる。
今この瞬間、あの男といて笑顔を浮かべている斗真の心に月岡は存在しないのだろう。鷺宮以外の人間と連絡を取る手段を奪われてしまった事を、斗真は何とも思っていないのだろうか。5、6年越しの親友も、所詮はその他大勢と同じ扱いなのだと思うと、虚しさに襲われた。
あまりに拗らせ過ぎて気持ちを伝える事が出来ないから、良き友人として彼の幸せを願い、見守ろうと割り切った筈だった。だが、その友人の中でさえ、自分は特別にはなれなかったらしい。
2人から目を逸らし、月岡は帰路に着いた。
最寄り駅から乗り込んだ電車の中、たまたま空いた座席に座った月岡は、スマホを開いた。画面をスクロールしながら、頭の中には先ほど見た2人の姿が浮かんだ。
表示したのは斗真とのトーク画面。一昨夜送った月岡の送信に既読は付いているが、返信は無い。それどころか斗真からのメッセージは2週間前のものが最後だった。
既読は付くからブロックはされていないのだろう。しかしメッセージを入れても、間隔を開けて返ってくるのは、申し訳なさそうなごく短い言葉だけだ。きっと鷺宮にチェックされているからだろう。月岡や他の友人達からのメッセージに、独占欲の強い鷺宮は良い顔をしないに違いなく、何なら不機嫌になるのかもしれない。ブロックまではさせていないのは、流石にそこまですると斗真に嫌われると思っているからだろうか。
はぁ、と長い吐息が漏れる。同時に、それならもう良いか、と諦めのような感情が胸を過った。
子供でもあるまいし、友人が連絡をくれないからと拗ねても仕方がない。斗真にも、自分の幸せを守る為の事情があるのだ。
斗真は笑顔だった。相手がどんな人間であれ、今の彼は幸せなのだろう。アルファである鷺宮の束縛は、愛情の証だ。斗真は愛されている。愛されているから、ベータであるにも関わらずあれほどまでに囲い込まれているのだ。そして、そうする鷺宮の気持ちが月岡にはよくわかってしまった。おそらく月岡だってそうする、斗真が恋人ならば。
第一、斗真がその状況を受け入れているのだから、そこに月岡の心配や連絡は余計なお世話なのだろう。
ならばもう、今は変に接触せずにいよう。
何かあれば、きっと斗真の方から連絡してくる筈だ。もしその時に月岡が必要なら力になってやれば良い。それまでこちらから連絡をするのは止めよう。
そう気持ちの整理を付け、月岡は斗真への連絡を止めた。すると、今度は斗真の方から定期的に近況を知らせるメッセージが届くようになった。
『なかなか連絡できなくてごめん。俺は元気でやってる。実仁も体には気をつけて。』
それは毎回同じような文面の短いものだったが、忘れられていない事が嬉しく、月岡もやはり毎回同じような短い返事を返した。
『変わりないようで安心した。体に気をつけて、鷺宮さんと仲良く。』
そして、すぐに付く既読にホッとする。
互いの安否を気遣うだけのそんな遣り取りはその後暫く続いたが、次に月岡が斗真に会ったのは約一年後の事だ。
憔悴した様子の電話の声に、慌てて車で迎えに行ったあの日。
久しぶりに会った親友は、見る影も無く窶れていた。
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