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82 真夜中の着信は
しおりを挟む月岡に胸の内を話した斗真は、
「少し気持ちが軽くなった。」
と言って、笑った。
途中、1度コーヒーを入れ直した時に、月岡は軽く摘めるようにと貰い物のクッキーを皿に載せて出したが、斗真がそれに口をつける事はなかった。
斗真は、痩せた。
車で迎えに行って、一目見て窶れたとは思ったが、首も、セーターの袖口から出ている手指も以前より目に見えて細い。
きっと鷺宮の変化を感じ取ってからの数ヶ月、斗真は1人思い悩んでロクに食事も喉を通らなかったのだろうと思った。
心配だった。こんな状態で一人暮らしの部屋に帰して大丈夫なんだろうか。帰せば今度はひとりで泣いて、また暫く食事もとらないのではないか。そんな別れ方をしても、出社したら鷺宮の姿がある。
なかなか気持ちの整理がつかないのではないだろうか。暫く泊めて、会社を休ませようか...。
しかし月岡の危惧を他所に、斗真は何処かスッキリした顔をして言った。
「よし、もう大丈夫。」
「ええ?」
「ものは考えようだよな。運命の番って、確率的になかなか出会えないもんなんだろ?一生出会えないのが普通なんだよな?
だとしたら、俺とつき合ったみんなが運命の人と出会ったのはすごい事なんだよな。
そんな相手と番になれたら、きっと幸せになれるんだよな。」
斗真の言葉に、月岡はどう答えたら良いものか迷った。
運命の番などとロマンティックな言い方をしているが、実際のところは単なる遺伝子相性が他より抜きん出て高いというだけだと言われているからだ。
しかし、それも良き悪しき。
遺伝子相性が最高の組み合わせだからと言って、性格が合うとは限らないからだ。性悪なオメガに狙われた慶太のケースを考えてみれば、それがよくわかる。そしてそれは、オメガとアルファが逆転しても起こり得る事象だ。
運命の番は他の全てを凌駕し最優先されるべき存在とされている。
それは恐らく、出会ってしまったが最後、通常では考えられない量の誘引因子を排出し、引き離す事が非常に困難になる事と、番の遺伝子相性が高ければ高いほど、2人の間に生まれてくる子供が優秀である率が高いとデータが取れているからだ。
それならば最高の相性である運命の番であれば最高のアルファが生み出せる、という理屈なのだろう。
実際、過去に運命の番として結ばれた夫婦の間に生まれたとされるアルファは、総じて優秀とされるアルファ達の中でも突出して能力値が高かった。
だが、遺伝子相性が良い運命の相手だからといって、その2人が幸せになれるとは限らない。遺伝子を残す為に生殖を急き立て体を支配しようとする本能と、本人の感情のありかは別だと月岡は思っているからだ。それは慶太に話を聞いた時に1度確信し、今しがた斗真に聞いた鷺宮の『でも俺が愛してるのはお前だ。』という言葉でも再び確信を深める事になった。斗真の以前の恋人でオメガだった朝森雅紀も、運命と思しき相手と出会いながらも斗真に心を残していた。
やはり本能と心は別なのだと月岡は思う。
それでも、本能を振り切れないならば...同じなのかもしれないが。
運命の番として出会い、惹かれて結ばれたアルファやオメガが必ずしも幸せになれるなんて、何方も奇跡的にフリーの場合か神話でしかあり得ない。
人はそう単純ではない。運命に出会ったからと過去の記憶が消える訳ではない。育んできた愛情が消える訳でもない。
斗真が願うように、彼が良かれと思って別れてきた恋人達が幸せになっているとも、なれるとも月岡には思えなかった。
だが、そんな可能性を示唆して何になるのだろう?
「さね?」
答えに詰まって僅かに俯いた月岡を訝しく思ったのか、斗真が顔を覗き込んできた。少し目線を上げると、どうした?とでも言いたげな焦げ茶色の瞳とかち合う。
(可愛い...)
斗真が深く傷ついているこんな時でも、彼のあらゆるところにそんな気持ちを抱いてしまう。
抱きしめてしまいたくなる衝動を抱いてしまう事に罪悪感を持つ。
俺にしておけと口走ってしまいたくなる自分は未練たらしい馬鹿だ。
失う恐怖に怯えて、親友でいようと決めたのは自分自身だった筈なのに...女々しくて情けない。
言ってしまえ。抱きしめてしまえ。今なら、弱っている今なら、つけ込める。十分に勝算はある筈だ。
告白するなら今だと、頭の中で囁くいじましい自分を消そうと固く目を瞑るが、消えてはくれない。
もう限界だ。
「斗真、俺、」
最大限に意を決した月岡は、横に座っている斗真に体を向けて口を開いた。
「ん?なに、どうした?」
黙って考え込んでいたかと思ったら急に身を乗り出してきた月岡に少し驚きながら、斗真は瞬きをする。
「あの、ずっと言えなかったけど、俺...」
次の言葉を告げる前に、突如として月岡のスマホがけたたましく鳴り出した。
斗真と連絡を取り合う為に着信音を大きくしたままだった事を悔やむ。
無視して続けようかと思ったが、斗真の方がスマホを取らなくて良いのかと気にしているから、画面を確認せざるを得なかった。
そして、こんな時間に誰だと渋々手に取ったスマホの画面には、兄の名前が表示されていた。
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