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86 思いがけない収穫
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(70からの戻り)
庄田の視線を縫い止めた、一枚の写真。
そこには、決して見間違える筈もない、斗真の姿があった。と言っても、その顔つきはあどけなく、現在よりもずっと若い。飾り気無く額に降りた黒髪、成長途中特有のすんなり伸びた細い首に腕。白い上衣、黒の袴、右手には濃紺のカケ。メインで写っているのは同じ年頃の男子生徒が6人だが、周囲にはもっと人が居そうな雰囲気だ。皆同じ道着で、弓を持っている者と賞状を持っている者もいる。背景が何処かの体育館のように見える場所で、斗真は真ん中の男の左側に居て肩を抱かれて笑っていた。
全員の出で立ちと、先ほど思い出していた情報が頭の中で結び付く。斗真は高校時代、弓道部に所属していた。賞状を持っている部員が居るという事は、おそらく何がしかの大会に出た時のものなのだろうか。
「斗真…」
思わず唇から名前が漏れた。
「お待たせしました、ブレンドのホットです」
ごく近くで、落ち着いた女性の声がした。
その声の方に視線を向けると、先ほど席に案内してくれた中年の女性店員が、トレイからテーブルにコーヒーを置いたところだった。続けてテーブルの真ん中にシュガーポットと小さなミルクピッチャーを置いていく彼女に、庄田は話しかけた。
「あの、この写真って…」
話しかけられるとは思っていなかったのか、女性店員が僅かに驚いたような表情になる。それを見て庄田は後悔した。古そうな店だから働いている店員まで古くから勤めているとは限らないのに、つい気持ちが先走ってしまった。
「写真?」
「あ、いや…」
だが、女性店員は庄田が見ていた写真に視線を移して、少し見入ってからこう言った。
「ああこれ。そこの高校宮高の弓道部が県大会で準決勝まで行った年の…もう何年だったかしら」
「ご存知なんですか?」
「この通り近いもんだから、生徒さん達も先生達も常連さんが結構居るんですよ」
そう言いながら彼女は、空いたトレイを左脇に抱え、右手の指で1人ずつを指差しながら名前を呟いていく。
「確かこの子が室君で、隣が原西君。真ん中が主将の月岡君」
「月岡…」
「あら、月岡君をご存知?」
「ええ、まあ…」
聞き覚えのある名だ、と庄田はその真ん中に写る男子生徒を改めて見つめた。月岡といえば確か、斗真が失踪した時に和久田が調べ上げ、コンタクトを取った人物の名ではなかったか。斗真とは学生時代からの友人で、何度も告白を断られたという話だったが、まさかこんなに近しい友人同士だったとは思わなかった。
写真を見つめ続ける庄田の横顔をまじまじと見ながら、女性店員が言う。
「なるほどねえ、類は友を呼ぶって事かしら。お客さんもすごく格好良いものね」
「あはは ありがとうございます」
「弓道着姿で弓を射る姿が凛々しいって、ファンも多かったのよ。遠くの学校から見に来る子達もいてね」
「へえ、そうですか…」
言われてみれば、6人の中で月岡だけが明らかに異質だった。他の部員達よりも高い身長、庄田とは違うタイプの端正な顔立ち。周囲が同じような年格好で居るからこそ隠しようがない。庄田の住む都会や、他の地方都市ならアルファを見るのはそう珍しい事ではない。だが、この辺りでは目立つ筈だ。事実、この地にやってきた一昨日から今日にかけて、庄田は自分以外のアルファを見かけていない。
しかもこの月岡は、庄田の目からもそれなりのランクのアルファに見えた。なのに、斗真はこの月岡ではなく、他に恋人が居たという。その恋人の素性まではわからないが、アルファだという事だけはわかっている。
(こんな男がずっと傍に居るのに、斗真は他の人間を選んだっていうのか…?まさかその、恋人だった奴がコイツ以上のアルファだった…?)
そう考えて、いや、と思い直した。斗真は見た目や条件で相手を選ぶ人間ではない。おそらく、その相手とバース性を超えて深く惹かれ合う何かがあったのだ。庄田がベータである斗真にどうしようもなく惹かれたように。恋愛は理屈ではない。
「それで、こっちが月岡君の隣が、」
「菱田斗真、ですよね」
話を続けようとする女性店員の声に被せるように斗真の名字を口にすると、それまで表情の乏しかった彼女の顔に笑みが浮かんだ。
「そうそう、菱田君。月岡君と仲が良くて、この頃はよく一緒に…あ、菱田君もお知り合い?」
「はい、…友人です」
従業員の問いに、月岡の時とは違いはっきり答えた。実際はお知り合いどころではなく恋人なのだが、それは初見の相手に勝手に告げて良い事ではないだろう。しかも、斗真には『少しの間離れよう』と言われてしまっていて、近々別れを切り出されてしまうかもしれないと胸の中は不安でいっぱいだ。
しかし、次に女性の口から出た質問に、庄田は戸惑った。
「もしかして、菱田君と一緒?月岡君の方とお約束?」
「えっ…」
「あ、ここで待ち合わせ?…でもまだこの時間じゃ授業中よね。お昼までまだ間があるし」
「…授業中?」
「あら、ごめんなさい。つい勝手にペラペラと…。知ってる子達の事だと、つい嬉しくてね」
「いえ、そんな」
どういう事だろうかと思いつつ、庄田がにこりと曖昧な微笑みを浮かべると、女性店員もホッとしたような笑顔になって言った。
「まあ、ウチはこの通り昼の間は暇だから、何時間でも居てくれて良いわよ。ごゆっくり」
「ありがとうございます」
意外にお喋りだった女性店員がカウンターに戻って行く後ろ姿を見送りながら、庄田は脱いだ後に隣の椅子の背に掛けてあったコートのポケットからスマホを取り出す。
そして画面ロックを解除すると、和久田にメッセージを打った。
庄田の視線を縫い止めた、一枚の写真。
そこには、決して見間違える筈もない、斗真の姿があった。と言っても、その顔つきはあどけなく、現在よりもずっと若い。飾り気無く額に降りた黒髪、成長途中特有のすんなり伸びた細い首に腕。白い上衣、黒の袴、右手には濃紺のカケ。メインで写っているのは同じ年頃の男子生徒が6人だが、周囲にはもっと人が居そうな雰囲気だ。皆同じ道着で、弓を持っている者と賞状を持っている者もいる。背景が何処かの体育館のように見える場所で、斗真は真ん中の男の左側に居て肩を抱かれて笑っていた。
全員の出で立ちと、先ほど思い出していた情報が頭の中で結び付く。斗真は高校時代、弓道部に所属していた。賞状を持っている部員が居るという事は、おそらく何がしかの大会に出た時のものなのだろうか。
「斗真…」
思わず唇から名前が漏れた。
「お待たせしました、ブレンドのホットです」
ごく近くで、落ち着いた女性の声がした。
その声の方に視線を向けると、先ほど席に案内してくれた中年の女性店員が、トレイからテーブルにコーヒーを置いたところだった。続けてテーブルの真ん中にシュガーポットと小さなミルクピッチャーを置いていく彼女に、庄田は話しかけた。
「あの、この写真って…」
話しかけられるとは思っていなかったのか、女性店員が僅かに驚いたような表情になる。それを見て庄田は後悔した。古そうな店だから働いている店員まで古くから勤めているとは限らないのに、つい気持ちが先走ってしまった。
「写真?」
「あ、いや…」
だが、女性店員は庄田が見ていた写真に視線を移して、少し見入ってからこう言った。
「ああこれ。そこの高校宮高の弓道部が県大会で準決勝まで行った年の…もう何年だったかしら」
「ご存知なんですか?」
「この通り近いもんだから、生徒さん達も先生達も常連さんが結構居るんですよ」
そう言いながら彼女は、空いたトレイを左脇に抱え、右手の指で1人ずつを指差しながら名前を呟いていく。
「確かこの子が室君で、隣が原西君。真ん中が主将の月岡君」
「月岡…」
「あら、月岡君をご存知?」
「ええ、まあ…」
聞き覚えのある名だ、と庄田はその真ん中に写る男子生徒を改めて見つめた。月岡といえば確か、斗真が失踪した時に和久田が調べ上げ、コンタクトを取った人物の名ではなかったか。斗真とは学生時代からの友人で、何度も告白を断られたという話だったが、まさかこんなに近しい友人同士だったとは思わなかった。
写真を見つめ続ける庄田の横顔をまじまじと見ながら、女性店員が言う。
「なるほどねえ、類は友を呼ぶって事かしら。お客さんもすごく格好良いものね」
「あはは ありがとうございます」
「弓道着姿で弓を射る姿が凛々しいって、ファンも多かったのよ。遠くの学校から見に来る子達もいてね」
「へえ、そうですか…」
言われてみれば、6人の中で月岡だけが明らかに異質だった。他の部員達よりも高い身長、庄田とは違うタイプの端正な顔立ち。周囲が同じような年格好で居るからこそ隠しようがない。庄田の住む都会や、他の地方都市ならアルファを見るのはそう珍しい事ではない。だが、この辺りでは目立つ筈だ。事実、この地にやってきた一昨日から今日にかけて、庄田は自分以外のアルファを見かけていない。
しかもこの月岡は、庄田の目からもそれなりのランクのアルファに見えた。なのに、斗真はこの月岡ではなく、他に恋人が居たという。その恋人の素性まではわからないが、アルファだという事だけはわかっている。
(こんな男がずっと傍に居るのに、斗真は他の人間を選んだっていうのか…?まさかその、恋人だった奴がコイツ以上のアルファだった…?)
そう考えて、いや、と思い直した。斗真は見た目や条件で相手を選ぶ人間ではない。おそらく、その相手とバース性を超えて深く惹かれ合う何かがあったのだ。庄田がベータである斗真にどうしようもなく惹かれたように。恋愛は理屈ではない。
「それで、こっちが月岡君の隣が、」
「菱田斗真、ですよね」
話を続けようとする女性店員の声に被せるように斗真の名字を口にすると、それまで表情の乏しかった彼女の顔に笑みが浮かんだ。
「そうそう、菱田君。月岡君と仲が良くて、この頃はよく一緒に…あ、菱田君もお知り合い?」
「はい、…友人です」
従業員の問いに、月岡の時とは違いはっきり答えた。実際はお知り合いどころではなく恋人なのだが、それは初見の相手に勝手に告げて良い事ではないだろう。しかも、斗真には『少しの間離れよう』と言われてしまっていて、近々別れを切り出されてしまうかもしれないと胸の中は不安でいっぱいだ。
しかし、次に女性の口から出た質問に、庄田は戸惑った。
「もしかして、菱田君と一緒?月岡君の方とお約束?」
「えっ…」
「あ、ここで待ち合わせ?…でもまだこの時間じゃ授業中よね。お昼までまだ間があるし」
「…授業中?」
「あら、ごめんなさい。つい勝手にペラペラと…。知ってる子達の事だと、つい嬉しくてね」
「いえ、そんな」
どういう事だろうかと思いつつ、庄田がにこりと曖昧な微笑みを浮かべると、女性店員もホッとしたような笑顔になって言った。
「まあ、ウチはこの通り昼の間は暇だから、何時間でも居てくれて良いわよ。ごゆっくり」
「ありがとうございます」
意外にお喋りだった女性店員がカウンターに戻って行く後ろ姿を見送りながら、庄田は脱いだ後に隣の椅子の背に掛けてあったコートのポケットからスマホを取り出す。
そして画面ロックを解除すると、和久田にメッセージを打った。
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