超高級会員制レンタルクラブ・『普通男子を愛でる会。』

Q矢(Q.➽)

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21 黒川さん事情

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黒川さんの予約が入っている時間帯は特に決まってはいなくて、早い時間帯の時もあれば遅い時間帯の時もある。
それでも時間の前後に限らず一緒にご飯を食べるってのは決まってる。
先のお客さんにご馳走になった後で黒川さんちに来る日でも、それは変わらない。だから仕事前の予約確認の時に黒川さんの名前が後予約で入ってる時は、先のお客との食事はセーブしながら食事をしている。

プリン作り、食事、膝枕で話を聞いてあげながらの甘えタイム、気が済んだらのおやつタイム、時間終了前の普通の会話。それが黒川さんとの過ごし方だ。
でもそれは今迄の三時間や3時間半の間でのルーティンであって、今日みたいにオーラスで長い時間を過ごすのは初めてで…。残り半分の時間を何して過ごしたら良いのか、俺は少し悩んでいた。黒川さんはオールで予約取れたのを喜んでたって聞いたけど、何か他にしたい事があるんだろうか。

俺は白い大理石のカウンターの上に置いたトレイに作ったプリンを6個並べた後、両手からミトンを外して横に置いた。セレブあるあるの、やたら高級素材で出来てる癖に生活感の無いキッチンは、何時使っても緊張する。
黒川さん一人暮らしで自炊もしないらしいのに、何でこんな凝ったキッチンにしたんだろ。
俺はそんな事を思いながら黒川さんの待つダイニングテーブルに歩いた。



「わぁ…綺麗。」

テーブルには綺麗に並べられた懐石料理が並んでいた。季節を感じさせる涼し気な器が幾つも使われて、硝子の平皿には鮎の塩焼き、別の硝子の鉢には数種の刺身。他にも天ぷらや鱧の押し寿司、お吸い物、他にも小鉢が彩り良く並んでいる。あれ?これって本格的な京料理の仕出しでは?
何時もはもう少しコンパクトな漆塗りのお弁当箱とお吸い物、って感じなのに今日は品数も量もある。
俺は思わず黒川さんを見た。

「今日は前も後も無くて此処だけだから、良いでしょ?」

黒川さんは右の唇の端を上げて、ふっと笑った。それが気が遠くなるくらいカッコ良くて、ぐっと来てしまう。クソ、これがトップ俳優の力か…。
つーか、え、もしかして…。

「やっぱり毎回、気を使ってくれてたんですね。」

だから敢えて少な目の弁当だったんだ。量は少な目でも内容は毎回豪華だったから、そうなんだろうとは思ってた。

「前後の仕事との兼ね合いってあるよね。ユイ君の体は一つしかないもん。」

ユイ君呼び。という事は、どうやら今日は食事の時間も普通の話し方で良いらしい。良かった。

「ありがとうございます。嬉しいです。」

「俺も今日は嬉しいよ。ずっとユイ君にご馳走したかったんだ。」

黒川さんは甘えモードじゃなくても嬉しそうだった。


「今日はどうしてフルで呼んでくれたんですか?」

黒川さんが大人モードの時間は貴重なので、少しくらい突っ込んでも良いかなと質問してみた。
黒川さんは、少し考えて、

「ユイ君とちゃんと話してみたかったから、かな。」

と答えてくれた。そうだったの?!
黒川さんが擬似ママ上じゃない俺個人と話したいとか思ってくれていた事に驚きを隠せない。

「ごめんね。俺、何時もあんな感じだろ。この歳であんなの引くだろうなってのはわかってるんだけど、ユイ君に会った瞬間、安心しちゃって箍が外れちゃうんだよね。」

「そんな。会うと安心してくれてるなんて、光栄ですよ。」

馴染みのお客さんにそんなにも済まなそうに言われたら、何だか気の毒になってしまった。思ってた通りフラストレーション溜まりまくりなんだなー。

俺は鮪の刺身を口に運びながら、向かいで鮎の尾を持ち、箸で身を解しながら骨を外している黒川さんを眺めた。伏し目になった黒川さんの目は黒くて長い睫毛が白い肌に映えて綺麗だ。
センター分けのショート。黒くて柔らかそうな髪が耳に掛けられていて、それが俯くと頬に疎らに落ちてきて色気を放つ。少しだけ疲れたようなソレは、若いだけの男には出せない色香だ。
マザコンでさえなければ最高なんじゃなかろうか、なんて失礼な事を考えていたら、黒川さんが口を開いた。

「俺、5歳下の弟居るって言ったでしょう。」

「はい。お母さまと同居されてる弟さんですよね?」

「そう。俺、弟とは仲が良くなくてね。というか、一方的に嫌われてるだけなんだけど。母は子役デビューした俺にかかり切りで、弟は随分寂しい思いをしたんだと思う。」

「そうだったんですか…。」

「母を独占してたのは本当だから、恨まれても仕方ないとは思ってたんだ。
弟は高校からは全寮制に進学して、大学も実家から出て一人暮らししながら通って、就職も決めて。本当に全部、一人で決めたんだ。」

「自立心旺盛だったんですね、弟さん。」

「俺とは真逆なんだ。早くからしっかりしてた。
…いや、しっかりせざるをえなかったのかもなあ。」

黒川さんは記憶を思い起こすような遠い目をしながらそういって少し笑った。

「何年も音信不通で、やっと連絡してきたのが3年前。結婚相手を実家に連れて来るって言ってね。」

「意外と最近だったんですね。」

「うん。そしたら、母が喜んじゃってさ。
また、連れてきた婚約者の彼女が良い子でね。母は直ぐに彼女を気に入って、弟が彼女と結婚して彼女が妊娠したら、傍で手助けをしたいって同居迄しちゃったんだ。俺には、『お兄ちゃんはもう大人だから大丈夫よね。』って言って。」

寂しそうに言う黒川さんに対して俺が思ったのは、
(そっか。黒川さんのお母さま、黒川さんの事、お兄ちゃん呼びだったのか。)
という事だった。


黒川さんの嘆きは続く。






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