超高級会員制レンタルクラブ・『普通男子を愛でる会。』

Q矢(Q.➽)

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46 何時もとは違う流れに戸惑う

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食事の後、『海沿いをドライブしようか』、と言われて頷いた。と言っても、既に一ノ谷さんは飲酒している。だから運転するのは一ノ谷さんのお抱え運転手の温和な老紳士・佐野さんである。特級セレブの一の谷さんと外に出かける時は基本、運転手付きの車だからだ。そんな訳でドライブと言っても状況としては、一ノ谷さんと2人で後部座席の窓から真っ暗な夜の海と沿岸の街灯りを眺めて『わぁ~、夜の海だ~。』とキャッキャしているという方が正しい。よくある、彼氏がカッコ良く車を運転して、夜の湾岸線をロマンチックにドライブ…みたいな素敵シチュではない。いや別に望んではいないが。
しかも、『少し夜の浜辺を歩きたい』、という付き合いたてのカノジョのような一の谷さんのリクエストにより、俺と一ノ谷さんがスーツの上着を車に置いて砂地をサクサク歩いている内に何時の間にかドレスシャツの袖を捲り、砂山を作ってキャッキャしている…なんて場面も、佐野さんによって生暖かく見守られている。ついでに浜辺に居た先客のカップル達や花火をしていた若者グループにも不思議そうに見られてスマホを向けられたりしたが、その都度佐野さんがすっ飛んでった。勝手に他人を撮影するなんて失礼な連中だ。元警視庁SP出身だとかいう佐野さんに叱られてしまえ。

どうやら家柄が良過ぎて超過保護に育てられた一ノ谷さんは、通常人が子供の頃に楽しむような事を経験した事があまり無いようだった。そして、長期連休の後にクラスの友人達が行楽地や親戚の住む田舎に滞在して体験した楽しい事を、羨ましく聞いているしかなかったのだという。
先祖代々都会育ちである一ノ谷家には田舎というものもそこに住む親戚もなかったそうである。が、そこはセレブリティ。別荘は各地に所持しているので、夏場にはとある高原にある別荘に避暑に行く事もあったという。だがそこで過ごす間、敷地外への外出は許されず、別荘の庭を散歩したり、バルコニーからの眺望をただただ見下ろすだけという、子供には超絶つまらない休暇を過ごすばかりだったらしい。いやそれ大人でもつまらんがな…。
そんな、ある意味不自由で不憫な子供時代を過ごした一ノ谷さんの為に、俺は時折彼のささやかなお遊びに付き合うのだ。というか、俺も子供の頃はあまり活動的な子供とは言えなかったから、友達と遊んだ記憶も殆ど無くて、だからそのお遊びが楽しい。
大人になってから子供の頃に出来なかった事を一緒に履修してる感じと言えば伝わるだろうか。
色んなものに恵まれて生まれ育っても、寂しく育つ人は結構居るのかもしれないな。





パールパレス2001号室に戻って、俺と一ノ谷さんは共にバスルームに居た。海辺で潮風にあたったし、夏物とはいえスーツを着てたから日が落ちてようが暑かったから汗だく。シャワーを浴びたいと言ったら、バスタブに湯を張ってひんやりするバスソルトを入れてくれた。澄んだグリーンの、ライムの爽やかな香りのするやつ。何種類か置いてある入浴剤の中でもお気に入りだ。後はラベンダーのも地味に好き。自分の家では冬場以外はバスタブになんか浸からないし、冬場でも祖父ちゃん愛用の温泉の素一択だけど。

「楽しかった。」

何時ものように俺の髪や体を丁寧に洗ってくれた後、一緒にバスタブに浸かった一ノ谷さんはそう言って微笑んだ。その顔は子供のように無邪気で、本当に楽しかったんだとわかる。
俺もそれに答えて言った。

「俺も楽しかった。砂遊びなんて人生2回目くらいだよ。」

異質が故に遠巻きにされていたから、教室内でぼっちで出来る遊びしかしていなかった。家族で遠出した事もそんなになかったし、両親がカナヅチだという理由で、海水浴に行った事も、砂で山を作った事も覚えている限りではたったの1回しかない。
だから靴の中に砂の侵入を許しながらも一ノ谷さんとした砂遊びは、本当にとても楽しかった。トンネル掘って繋げたのも楽しかった。直ぐ崩れたけど。

「ユイ君といると、童心に帰れるというか…素の自分になれるんだよね。何してても楽しい。」

一ノ谷さんが、宝石のように綺麗な湯を両手で掬い、パシャッと俺に掛けてきた。それが顔にも掛かった。うわ、油断した。

「ごめんごめん、大丈夫?目に入った?痛い?」

見せて、と接近して来た一の谷さんの手が顔に。顎クイされて上を向かされると、至近距離に濡れ髪セクシーな一ノ谷さんの顔が迫っていた。見慣れたとは言えドキッとする。いや、これは不可抗力。
濡れた肌同士が触れ合って、少しゾクッとした。
いや、俺がおかしい訳じゃないと思う。こんだけの美形に全裸で接近されたら、誰でも同じようになる筈だ…。多分。

片手で腰を支えられ、片手で顎を取られ、じっ、と目を見つめられる。育ちを体現するかのような、エレガントでノーブルな美貌。

こんな人が、何で俺なんかを好きなんだろう…。不思議で仕方ない。

「目、滲みる?」

「…大丈夫です。ギリ入ってないし…。」

ホントに大丈夫だよとの意味を込めて、俺も一ノ谷さんをじっと見つめて笑ったら、そのまま唇を重ねられて抱きしめられた。

…あれ?何時もの流れと違うんですけど…。


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