超高級会員制レンタルクラブ・『普通男子を愛でる会。』

Q矢(Q.➽)

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58 メンタルは自分で復活できます

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スマホのアラームが鳴った。

少しは寝た筈なのに、頭がどんより重い。いや、少ししか寝てないからそうなってるのか。

「…一限からだったよなあ…。」

只今の時刻は6時半。何時もの月曜なら、早目に起きて猫達の飯や水の用意をして、それから大学へ行く準備を始めるんだけど、寝てないし夜通し泣いたしで地味に体力を消耗してて起き上がる気力が湧かない。
自分で勝手にやった事でどんだけダメージ受けてんだ…。まるで俺の方が振られて失恋したみたいじゃん、と鼻で嗤ってしまう。

三田の一途さを知って、嬉しい反面、重荷だった。彼奴の事が気になってる自分の気持ちに気づいてしまって、引き返せなくなる前に突き放そうと思ったんじゃないか。
俺は器用じゃないから、目的の為の今の仕事と恋愛は両立出来ない。三田を受け入れてしまったら、罪悪感から仕事を辞めざるを得なくなるだろうし、辞めたとしてもやってきた事を知る三田への罪悪感を持ち続ける。お客への接客のやり方自体は割り切ってるし後悔はしてない。でも付き合う相手に対しては、きっと悪いと思ってしまう。
これは三田だけに限らず、多分この先恋愛関係になる事を望まれる度に、その相手に対して思う事かもしれない。
それがこの年齢で分不相応な報酬を得ている対価だとしたら、皮肉だなと思う。いや、それは個人差か。仕事だから体を売ってても気にしない人だっているだろうからな。それは個々の気持ちの持ちようによるのかも。
只、俺は駄目そうだって話だ。だから人間のパートナーは作らずに猫達と暮らして一生を終えようと思ってた。俺には、人間は向かない。

「…行くか。」

ベッドの中でウダウダと考えていても何も変わらないんだから、大学に行こう。
せっかく親が出してくれた学費を、アクシデントならともかく色恋沙汰未満の事で無駄には出来ない。

枕元で丸まっていた毛玉を確認すると、リンかと思ってたら次男猫のひよ助だった。ウチには3番目に来た保護猫で、名前の由来は来たばかりの頃によくフミフミしていたヒヨコのぬいぐるみによる。
昨夜、寝る前に確認した時には三男猫の長谷川さんと一緒に隣の猫部屋で寝ていたから、夜中に聴こえてきた俺の嗚咽に反応して起きてきたんだろう。猫の事だから、別に慰めに来てくれたんじゃないんだろうけど、柔らかい温もりに触れるのは辛さを軽減させてくれるらしい。
世の中なんか知らねえよって顔で丸くなって寝てるひよ助を眺めて撫でている内に、俺は大丈夫って気がしてきた。うん、大丈夫。

レンタルクラブの仕事は、ある日降って湧いた話だった。只歩いていただけの、"普通"の容姿を持つ以外はつまらない大学生でしかなかった俺に、突然提示されたスカウト条件は、笑い飛ばして無かった事にするにはあまりにも破格過ぎた。だから俺は、一週間考えた末に、店の誓約書にサインをした。
レンタルクラブは、夢の為に俺が自分で選んだ手段だ。だから、言い訳はしない。
俺の目標は、大学卒業迄に一般的な会社員の生涯所得だと言われる、2億円を貯める事だ。出来れば、それ以上。その為に、取れる単位は3年迄に取ってしまって、4年になったら就活はせず、卒論に掛かる時期を除いては出来る限りクラブのシフトを入れる予定だ。

やりたい事の為には、恋愛なんかにかまけてる暇なんか無い。

(よし、大丈夫、大丈夫。俺は大丈夫。)

俺は心の中で呪文のように呟きながら、ベッドから降りた。
重怠い足を踏み出して、窓迄歩いてカーテンを引いた。陽が入り一気に明るくなる部屋。今日も青空だ。
そろそろ試験が始まって、もう数週間もしない内に大学は夏休みに入る。という事は、バイトは稼ぎどきだ。凹んでる場合じゃない。
真面目な俺は体が2つ欲しいくらいに忙しいんだ。

窓ガラスを開けると、朝から既に生温い空気が入ってきた。今日も暑くなるな、と思いながら伸びをする。丸まっていた体のあちこちを伸ばして、肩や腕をぐるぐる回して首と胸を反らす。

「……よし。」

今日はバイトは無いから早目に帰って来よう。やらなきゃならない事はたくさんある。


ふと、視界の端がチラチラして、下の道路を見下ろした。

「……。」

「……。」

こっちを見上げていた三田と目が合った。
え、何で居る?今、朝の6時半過ぎだぞ?

びっくりして凝視していると、三田は唇を噛み締めるようにして、クシャッと泣きそうな笑顔を作る。
それからゆっくりと、自宅方面へ歩いて行った。
俺は呆然とその背を、角を曲がって見えなくなるまで見つめていた。
朝から大声を出せる筈も無く、呼び止める事は出来なかった。呼び止めたって追いかけたって、俺に何が言ってやれる訳でもない。

それなのに疑問がぐるぐる頭の中を駆け巡っている。

どうして居たんだろう。何時からあそこに立ってたんだろう。何を思って俺の部屋の窓を見てたんだろう。

俺が起きて窓を開けたって、気づくかなんてわからないのに。


持ち直した筈のメンタルが、ぐらぐらと揺れそうで危うい。

なるな。駄目だ。なるな。


好きに、なるな。



そしてその後、気持ちを揺らさないように平静を保ちながら向かった大学の何処にも、三田の姿は見つける事はなかった。



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