超高級会員制レンタルクラブ・『普通男子を愛でる会。』

Q矢(Q.➽)

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91 『遅くなる。』(俯瞰語り)

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『友達と会ったから少し遅くなる。』


大学を出たと思しき時間に家電量販店に寄って帰ると連絡が来たから、少し遅くなるのだとはわかっていた。けれど、次に連絡が来たのは21時過ぎ。
それも、また少し遅くなるとの事。
ふむ、と手に持ったスマホの角を顎に当てて首を傾げる。珍しい事もあるものだ。

(友達…あっくんかしら?)

でも、彼の事を『友達』なんて言い方、するだろうか?でも、もしかしたら、たまに話している大学の友達の事かもしれないと思い直した。
息子の唯斗に友達が少ないのはわかっている。他人を必要以上に警戒して生きなければならなかったから、仕方ない。そういう風に生まれついてしまった事を、申し訳無くも不憫にも思うけれど、その分親である自分達や義父が家族ぐるみでサポートしてきたつもりだ。
けれど、その唯斗もこの間やっと20歳になった。もうそんなにも神経質に守らなくても良くなったのだ、とホッとしたのを覚えている。
けれど、それでも唯斗がバイトや誰か同伴者無しで8時以降に帰った事は無い。
長年染み付いた習慣は早々抜けないのだろう。

そんな唯斗が、こんな時間に、更に遅くなるとの連絡を寄越して来た事に、違和感は拭えない。
けれど、これが成長という事なのかも…と、母は呑気に思った。

そして、

『遅くなるようなら迎えに行くから連絡しなさい。』

と返信して、風呂に入る為にリビングのテーブルの上にスマホを置いて立ち上がった。


だが、この夜唯斗が帰ってくる事は無く、流石におかしいと感じた母が近所にある三田の家を訪れたのは、23時を過ぎてからの事だった。


 



「唯斗、お邪魔してない?」

こんな時間に客?と訝しく思いながらインターホンに応答して、それが唯斗の母だと確認して驚いた。急いで1階に降りて玄関を開けて、開口一番にそう聞かれた時、三田は腹の奥が冷えるのを感じた。
落ち着かない様子の唯斗の母に、三田は動揺を押し隠して答える。

「…いえ…えー…、ゆっくん、まだ?」

「そうよねぇ。あっくんちならそう言うだろうし…。悪いけど何処か心当たり無い?
20歳にもなった子に、過保護過ぎると思われるかもしれないけど…。」

「過保護だなんて…。心配するのは当然の事です。」

言いながら、三田はとある可能性を頭に浮かべていた。もしかしたら…いや、おそらく。

「お父さんは駅の方に行ってるわ。おじいちゃんは家で連絡係に残ってるの。」

不安そうに目を泳がせながら言う唯斗の母に、三田は何とか顔の筋肉を動かして微笑んでみせた。

「俺も心当たりに連絡入れて聞いてみます。多分、大丈夫ですよ。最近、大学やバイト先の同僚なんかとも友達になったりしてるんで。」

「あ、そうなの?」

「俺も共通の友達がいるんで。案外一緒に飲んでたりするのかも。」

心配で強張っていた唯斗の母の表情が、少し和らいだ。
 
「そうなの。そうよね、そうかもしれないわね。」

考えてみれば、自分が大学生の頃だって結構飲み会やコンパでよく遅くなっていた。20歳の男子大学生が少しくらい遅くなったって、本来ならそこ迄騒ぐような事ではないのかもしれない。幾ら唯斗が"普通"だからといっても、既に立派な成人男性なのだから、もう子供の頃のような狙われ方をするとは思えない。

過剰反応し過ぎたのかもしれない。これからは、こういう事が増えていくんだろうに。大人になるとはそういう事ではないか…。

唯斗の母は、そう自分を納得させようとしていた。


「俺、ちょっと聞いてみますし、何かわかったらおばさんに連絡入れますから。それに、ひょっこり帰ってくるかもしれませんよ。
でも、あまり心配ないと思うなあ。」

三田は笑顔を張り付けたまま、唯斗の母に帰宅を促した。大の大人をこんな事で煙に巻けるだろうかと思ったが、『家で待ってみるわね。』と、意外にもあっさりと帰ってくれた。
三田はそれに一先ずホッとして、だが直ぐに顔を険しくした。

唯斗の母が角を曲がるのを見届けてから、三田は右手に握っていたスマホを胸の前に持ち上げた。明るくなる画面。

(やられた…。)

その気持ちでいっぱいになる。悔しい。ここ一ヶ月半もの苦心が水の泡だ。
何の為にあれだけ張り付いていたというんだろうか。

懐柔して、何とか諦めさせる事が出来そうな様子になってきたと思っていた。手応えも感じていたのに、気の所為だったとは思いたくない。

唯斗の番号に通話をタップするが、出ない。
2階に駆け上がって適当な上着を引っ掛けて、ポケットに財布とキーケースを突っ込んでから再びスマホを握って家を出た。
もう一度唯斗のスマホを鳴らしながら、取り敢えずと駅迄の道を走っていた途中で、視界の端に何かが光った気がして立ち止まった。
道の端に転がっていたのは、最近唯斗がお客から誕生日プレゼントに貰ったと言って使い始めたワイヤレスイヤホンと同じ種類の同色のもの。
イヤホンの中ではかなり高額の品で、普通の大学生には敷居が高いのか、あまり使っている学生も見ない。
実家が裕福か、働いている社会人なら持っていても不思議は無いが、それにしたってそんな高価なものをホイホイ落として気づかないとは思えない。しかもこれはケースにも入っておらず、こんな高額商品をそのもの単独でカバンやポケットに持ち歩くとは考えにくい。

使用中に、何かのハプニングで落ちたか落としたかと考えるのが普通ではないだろうか。しかも、耳から落ちたのならその場で気づく。拾う。普通なら―――。

これは唯斗のものなのだろうか?

イヤホンを握り締めて、冬場だというのに、額から冷や汗が流れる。

三田は応答の無い唯斗のスマホを鳴らすのをやめて、別の人物の番号の通話をタップした。

コール3回で、その人物は出た。


「…お前か?」


三田の低い声の問いに、薄い金属板の向こうで笑いを噛み殺すような息遣いが聞こえた。



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