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夜と共に訪れる

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 とは言ったものの。

(安請け合いしちまったかなあ...。いや、そうでもねえか)

 あの後話が纏まると、花瀬は次の講義があるからと一足先に大学へ戻って行った。俺はそのままカフェに居残り。元々、今日は3限目が空きで、女の子とイチャつく気分でもなかったから、この店でゆっくり暇を潰そうと思っていたのだ。ここはほんとにたまたま見つけた静かなお気に入りの店だ。女連れで来た事は無いから、アタリをつけて追って来られる事も無い。花瀬を連れて来たのは、お喋りな女の子達とは違って大人しく、隠れ家を知られても差し支えない相手だと踏んだからだ。
 まあ、話の内容は際どかったから、少し焦りはしたが。
 
(...あの花瀬が、セックスしたい、ねえ...)

 それも女とではなく、男の俺と。しかも抱きたいではなく、抱かれたい。まあ、抱きたいと言われたら、俺の答えも変わっていただろう。いくら享楽主義の俺でも、突然男に『抱かせてください』と言われたら、流石に即断る。抱く側だから了承したのだ。女を抱くのと男を抱くのとでは、どう違うのかと興味があったから。
 
『少し手間はかかるけど女とは違う気持ち良さが味わえるから、人によってはハマる』

なんて言っていたのは、どの友人だっただろうか。
その"少し手間"の部分をもう少し突っ込んで聞いておけば良かったと、今更ながら後悔する。

(...とりあえず、少し調べるか。男同士ってからには、アナルセックスだよな)

 トートバッグからスマホを取り出し、『ゲイ・アナルセックス・準備』のワードを打ち込み、検索を掛けてみた。すぐに幾つもの結果が表示され、その中の一つをタップする。丁寧な文章での解説が図解付きで出て来て、俺はそれをスクロールしながらじっくり読み込んだ。そして、ゲンナリした。
 通常、排泄器官である肛門。ソコを使ってのセックスには、気をつけなければならない事が思っていたよりも多いと知ったからだ。これまで遊んだ女の子の中には、『後ろも良いよ♡』なんて気軽に言う子も居たから、そんなに大変だとは思わなかった。まあ、その時の俺はそんなとこに挿入するなんてゴム越しでも勘弁、だったから、苦笑いしながらお断りしたのだけど。なのに何故、男の花瀬のソコには挿入してみても良いと思ったのだろう?
 自分の心なのに、自分でもわからない。ただ、ゲンナリしても花瀬とヤってみたい気持ちは変わらない。
 スマホを手にしたまま目を閉じると、仄暗い瞼の裏にさっき花瀬が一度だけ見せた微笑みが浮かんで、消えた。



 花瀬が俺のマンションのオートロックを鳴らしたのは、その夜の7時55分だった。
 約束の時間きっかりでもなく、5分前というところが花瀬らしい。サークルの旅行で待ち合わせ場所に来る時も、花瀬はそんなふうだったように思う。こう、全てが相手に負担にならない程度の感じ。

「いらっしゃい。迷わなかった?」

 部屋に迎え入れながらそう聞くと、花瀬は

「大丈夫です。経路出ますから」

と言って俺の顔を見上げた。身長180センチの俺と花瀬の身長差は10センチほど。けれど花瀬はだいぶ細身なので、かなり華奢だ。半端に伸びた前髪が目に掛かって邪魔臭いが、顔立ちはまあまあ。頭が小さく全体的なプロポーションは悪くないのだが、何故かいつ見ても同じような野暮ったい色褪せた灰色かカーキ色のフーディーとジーンズという服装なので、そこもお洒落な学生が多い旅行サークルでは浮いている一因だった。
 とまあ、それはさておき。
 俺は花瀬を、狭いワンルームの部屋の中に招き入れた。狭いと言っても、通学に20分圏内、築年数が浅くてセパレートに拘ると、親が設定した予算内で探した中では一番良い物件だったので俺は気に入っている。
 とはいえ、狭いものは狭い。なので、最も場所を取るベッドはソファベッドにして、普段はソファとして使い、少しでも広く見えるようにしている。だが、今日は花瀬を迎える為に最初からベッド仕様にしておいたので、より狭かった。

(やっぱりローテーブルも避けとくか...)

とりあえず花瀬をベッドに腰掛けさせ、ローテーブルを畳んで部屋の隅に立て掛ける。それから、冷蔵庫から500mlの水のペットボトルを二本出して、一本を花瀬に手渡した。

「ごめん。酒以外、これしか無い」

「ありがとうございます」
 
 適当にドリンクを買って帰るつもりが、検索した事で頭がいっぱいになって、ぼんやりしたままコンビニも自販機も素通りして帰宅してしまった。ゴムは常備しているものの、必需品らしきローションは残量が少ない。足りるだろうか、微妙だ。買いに行くか?と一瞬悩んだが、(何故、頼まれた側の俺がそこまで...)と妙なプライドが出て、そのまま。そうこうしている間に約束の時間が迫り、汗ぐらい流しておこうと慌ててシャワーを浴び終わったところに花瀬が到着したのだった。
 
 花瀬は俺から受け取った水を開栓してふた口ほど飲んでからまたキャップを閉め、それを手に持ったまま隣に腰掛けた俺に言った。
 
「水村先輩。今日は無理なお願いを聞いていただいて、本当にありがとうございます」
 
「ああ、うん」

 それから、数秒の沈黙。見る限り表情に変わりはないようだけど、花瀬も緊張してるのだろうか。そんな事を思っていると、徐に花瀬が口を開いた。

「最初に謝っておきます」

「何を?」

 聞き返すと、花瀬は体ごと俺に向いて、目を見ながらこう言った。

「頼んでおいて何なんですが、俺は先輩と違って初心者なので、お手数お掛けするかもしれません。出来るだけ、準備はして来たんですけど...」

「準備...」

「どれだけ好きにしてくださっても構わないので...よろしくお願いします」

 そう言って花瀬は、俺の首に両腕を回し、唇を重ねて来た。ラグマットにペットボトルの落ちる鈍く重い音が聴こえたが、俺は思いの外柔らかな花瀬の唇に夢中になって、その細い背中を抱きしめた。




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