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4話 透明な共犯
しおりを挟む琉生は半熟、大和は固焼きの目玉焼きを好み、琉生は意外と朝に強くて、大和は弱い。
比べれば比べるほど真逆の二人だが、凹凸の様に何かしっくりくるものがお互いあるのだろう。
「これ、渡しておくね」
男が朝ご飯を作るようになり何回目かの朝を迎えた。
今朝も虎児の次に起きたのは琉生、そして朝のテレビキャスターが朝の八時を知らせたと同時にベッドの中を芋虫のようにもぞもぞと目を覚ましたのは大和だった。
「あー……ども」
渡された一万円札を琉生は受け取ると、虎児をじっと見上げる。
「足りなかった……? ごめん、今手持ちがこれしかなくて」
二人は必ず深夜近くに帰宅した。夕飯は何処かで済ませているのだろう。
「……いや多いし」
そう言って琉生に返されてしまった虎児は、慌てて琉生に突き返す。
「いいんだ、好きに使ってくれて」
「あー、そう……まあいいけど。てかあんた時間、遅れるんじゃね?」
諦めたように琉生は一万円札を受け取ると、興味無さげに机にぽい、と置いた。
ニュースのうさぎを模したキャラクターが八時五分を知らせる。味噌汁を啜りながら琉生は虎児を横目に、早く行けと促す。
「う、うん。……じゃあ、二人とも気をつけて行ってらっしゃい」
腕時計をもう一度確認した虎児は、今日も走っての出社を覚悟した。
「ふーん」
バタバタと慌ただしく仕事に向かった男を琉生は横目に見送ると、背後のベッドから聞こえた不機嫌な声に振り返る。
「んだよ」
「……お金大好きなお前が、ああいうこと言うんだと思って」
大和はそう言って自分の芸術的な寝癖をかきあげながら、大きく欠伸をした。
「いやあいつの金が無くなったら俺らが困んだろ」
「そんな風には見えなかった」
「はあ? 何が言いてえんだよ」
ベッドからようやく出た大和は琉生の隣に座ると、作り置きされラップのかかった固焼きの目玉焼きにマヨネーズをかける。
「なんか気許してない? お前。あいつ俺の事キモい目で見てたおっさんなの忘れてね?」
「……忘れてねえよ」
舌打ちをして立ち上がった琉生は、キッチンへ向かうとまだ温かい味噌汁と白米をそれぞれ茶碗によそった。そのふたつを黙ったまま大和の前に置き、再び箸を取る琉生。そんな琉生に大和もまた沈黙を貫く。
綺麗に朝食を完食した琉生は、食器を重ねキッチンの流しで一通り洗い、いつの間にか、この家に増えた分だけ追加された食器を水切りラックに並べた。
「早く食え、置いてくぞ」
そう言いながら、ベランダへ煙草を吸いに行った琉生に、大和は小さな溜息を吐いた。
***
胃が重たい。取引先との接待が長引いてしまい、終電ギリギリに間に合った事にほっとしながら、駅を降りた虎児はやっと自分の名前が呼ばれた事に気が付いた。
「虎児だろ?」
何故か悪いことをしていなくとも、その姿を見るだけで何か見透かされたような気持ちになるのは、全人類共通の事だろう。
しかもその、制服を着た男が自分の、しかも下の名前を知っているとなれば逃げたくもなる。
それに隠したい事は今の自分には十分あった。
「ほら、中学の時同じクラスだった柳井だよ。覚えてないか?」
親しい友人は学生の頃いなかった。昼休み遊ぶ相手も、給食中に楽しく会話する相手もいなかった自分にとって、目の前の男が自分を覚えているなんて信じられない。
「……体育祭の時の?」
名前を言われ、薄らと蘇る記憶に少しだけ胸が傷んだ。
中学最後の体育祭。借り物競争で[友達]を引いた自分に手を差し伸べてくれたクラスメイトだ。
この頃から正義感が強かったのだろう。でもまさか警官になっているとは思わなかった。
「そうそう。よかった、覚えていてくれたんだ。たまにお前のこと見かけてたんだけど、俺も仕事中だし話しかけるタイミングなくてさ」
「……そ、うなんだ」
昔の自分を知る人間に会うと、酷く居心地が悪くなる。この歳になっても何の変わり映えのない自分が情けない。
「今帰りか? ちなみに俺は補導中」
「補導?」
「最近ここら辺多いんだよなあ……ってほら、噂をすれば」
そう言って柳井は何かを見つけたらしく、落ち着いた様子で制服を着た二人組の男子学生の方へと歩いていく。
「……え、ちょっと、まって、」
声を掛けたその相手に、虎児は慌てて柳井を追いかけた。
「やな、い!」
「……あ? おっさん?」
朝よりは閑散としているが、まだ帰宅途中の人通りの多い駅前で、虎児は声を精一杯張り上げた。
こちらに気付いた琉生と大和の二人は、柳井もとい、警官にあからさまに警戒している。
「ん? なんだ、虎児の知り合いだったか?」
「あ、ああ、そうなんだ」
なんで今日に限ってここに二人がいるんだと、この不運を恨むしかないが、どうにかこの場を凌ごうと虎児は柳井と二人の間に割り込んだ。
「まあでも一応名前と学校だけ聞かせてもらえる?」
「あ?」
敵意をむき出しにした琉生が警官の柳井を睨むも、柳井自信は慣れた様子でにこにことしている。
「柳井、ごめん。俺が悪い。二人とも親戚なんだけど、今日、預かる事になってて、ここで待たせてたんだよ」
下手な演技だと我ながら思うことはあったが、なりふり構ってはいられず、必死に嘘を並べた。
「うーん。まあお前が言うんなら、本当なんだろうけど。未成年をこんな時間に待たせるのは大人としてどうかと思うぞ」
ごもっともな柳井の言葉に、自分から口にした嘘だったが何故か虎児の背中は丸みを帯びる。
「人通りが多くても、こんな遅い時間帯に何の事件に巻き込まれるか分からないだろう。いくら保護者が許可していたってなあ」
何も言えなくなってしまった虎児にそう続ける柳井は、呆れたような溜息を吐いた。
「説教が長ぇんだよ。おっさん謝ってんだろハゲ」
「る、琉生君、今は……」
苛立った様子の琉生に、今だけは大人しくしてれと虎児が振り返るも、琉生の視線の先には柳井がロックオンされている。
「……そうだな、虎児悪かったな、職業病だ。まあそいつの煙草のにおいも気になるが、虎児に免じで今日は見逃してやる。いいな?」
柳井の穏やかな笑みの向こうに不穏なものを感じ、今にも琉生が殴りかかるのではと虎児は琉生の腕を掴み自分の真後ろに隠す。
「お、俺からも二人に言っておくから、……悪かったな」
「いーよ。なあ今度飯でも行こうぜ。あ、ガキは置いてこいよ」
はは、と爽やかに笑う柳井に自分は上手く笑えていただろうか。
無線か何かが入ったらしく、短い挨拶を最後に柳井はそのまま交番の方へと急いで向かって行き、虎児はほっと胸を撫で下ろす。
「なんで俺たちが親戚なんだよ」
無意識に腕を握ったままだった虎児の手を琉生が振り払う。
「ごめん、それしか思い浮かばなくて」
そもそも頭の回転も悪い自分が、こんな時に思いつく嘘なんてたかが知れている。
「つうか、こんな事慣れてるし、ああいう奴らに一々何をどう思われようがどうでもいい」
「……でも二人は頑張って学校に行ってるじゃないか」
「は?」
「もしこんな事で頑張ってる事が台無しになってしまうんなら、それは勿体ないと思うんだ」
毎朝遅れないように、いくらギリギリでも学校へ行く二人を短い期間だったが毎朝見てきた虎児にとって、それをどうでもいい事とは思えなかった。
「でも、……変に二人に迷惑をかけてしまってたならごめん」
「……迷惑だと思ってんのはあんただろ」
喧騒の中、琉生の消えそうな声がはっきりと聞こえた。
そんな事ない、そう虎児が言葉にしようとした時には琉生は人混みの中へと向かい、それを追うように大和も虎児に背を向ける。
まだ幼さの残るような二人の背中を虎児はすぐに見失った。
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