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113 驚かない日はきっと来ない

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 目の前に広がる大海原。
 鼻をくすぐる潮風に、威勢のいい海の男たちの喧騒がひっきりなしに聞こえる。
 間違いなく港だった。港のはずだった。けれど。

「……船?」
「……船、なんだろうな?」
「……だよねー」

 海の上に浮かぶ無数の船、だと思われるもの。
 2人の目には、どう見ても木製のタライというか桶に見えてしまう。
 いや、別にそれが悪いというわけではないのだが、見渡す限り、頭の中にある『船』というものがどこにもないということに、若干の不安を感じた。
 なにせ、ここから聖ディモーナ王国への船が出ていると聞いていたので。

「あのタライで、渡るのかな?」
「不安しかないよな。まあ、異世界だし、実際乗ってみたら、なんかとんでも設備になってる可能性もあるが……」
「……うん、あとで考えようか! まずは魚介!」

 確かに、春樹のいうことも一理ある。なにせ英雄王の国である。あの中がどんな面白おかしい素敵空間になっていたとしても、不思議はない。
 よって、聖は問題を先送りにすることを選択した。どうせ行くのはまだまだ先のことである。

「えっと、露店も出てるみたいだけど……」
「なんかこう、直売所的なものがあればいいんだが……」

 きょろきょろと辺りを見渡していると、人がわらわらと吸い寄せられるように近づいていく場所を発見した。
 顔を見合わせ、その波に乗るようについて行くと、何かの列に並んだようだ。

「えっと、何の列?」
「つか、もう出れないぞ、これ」

 謎の列からは、もはや逃げられず、前に進むことしかできない。しかも、前後の人に話を聞こうとするも、ぎゅうぎゅう詰の上、ざわめきが大きくて「すいません!」「何だってー!?」「あのっ!」「あー?」みたいな状態であり、まったく会話ができない。
 それでも並ぶこと数十分、よくわからないが、ぽんと先頭に出た。
 すると、頭に撒いた鉢巻きに、小さな大漁旗を挿した男性が、ご機嫌に問いかける。

「おう、兄ちゃん! どれだけ欲しいんだ? 1キロ銀貨2枚だ!」
「5キロください」
「太っ腹! 5キロのお買い上げぇ――!」
「「「お買い上げぇ――!!」」」

 どん、と塊を受け取り、ほくほくとした足取りでその場を離れる。


【ツブツブの貝】
 巨大、とにかく巨大。そのため、見つけるのは簡単だが港まで持ってくるのが難しいと、漁師泣かせな貝である。だが、煮て良し、生でも良しと、こりこりとした食感が美味しいので人気は高い。ちなみに、綺麗に中身だけを抜いて再び海に戻すと、いつの間にか中身が復活しているという謎の生態を持っている。


「ツブ!」
「ツブ! 煮たやつ食べたい!」
「よし来た! 食べ応えありそう!」

 何せ塊である。
 どうやって取り出しているのかは疑問だが、目の前で巨大な貝殻と、その横に並べられた中身? から切り出された塊である。
 好きな大きさに切って、煮込んで食べるのが正解だろう。きっと美味い。
 ウキウキしながら港を歩き出す。

「ちゃんとあったね、海の幸!」
「ほんとな。1つでもあってよかったよなー」

 これでもう、この先どんなびっくりなものが出てきてもダメージは軽い。

「ん? あ、掲示板があるよ」
「お? なんだろうな、どれどれ……」


『港の落しもの 掲示板』
 ○月×日 悪魔の吸盤
 ○月△日 海の男
 ○月○日 何かの目玉
 以上、お心当たりの方は港の係員まで。


「「……。……」」

 沈黙。
 たぶん、落ちてちゃいけないものがある。というか、内容には問題しかないのだが、誰一人として不思議がる様子はない。ということは、これはここではごくごく一般的な内容であり、あたり前のことだということになる。

「……すごいな、港」
「……すごいよね、異世界」

 ダメージが軽くなる、なんて嘘である。
 軽くなるどころか、増した。

「……帰るか」
「……そうだね」

 どっと疲労が増したので、まだまだみる気だった港を後にした。
 またの機会にしよう。


□ □ □


 そして、戻ってきたのはルーカスの家。
 実は現在、ずっとルーカスの家にお世話になっている。
 本当は宿を探そうとしたのだが、部屋が余っているから使ってくれと言われたのだ。
 なんでも昔、この場所の雰囲気が気に入ったルーカスの両親が、たまたま売りに出されていた宿屋を買い取り、あちこちリフォームしながら使っていたらしい。
 なので、あちこち変わってはいるが、元は宿屋なこともあり、使われていない部屋があるので使ってくれた方がありがたいとのことなので、お世話になることにした。
 もちろん、宿泊費はタダである。
 たまにご飯をつくってくれればいいそうだ。
 いい人過ぎる、と聖と春樹は思っているが、実際はルーカスとしてもヴァルフォルグのことがあり、目の届く場所にいて欲しいという思惑もあったりするのだが、まあ、どっちもどっちだろう。

「お、今日は早かったな」
「はい、ちょっと港まで行ったんですけど、疲れちゃいまして」
「少し遠いからな。連日あちこち歩き回ってるんだ、その疲れも出たんだろ」
「……そうですね」
「……そうだな」

 確かに連日歩き回っている。
 所謂、観光名所と言われる場所もまわりまくった。
 英雄王の石像が建てられた広場とか、よくわからない馬っぽいもののレース場とか、なんか食虫植物っぽいものが集められたガーデンとか、謎の観光地を巡っていた。
 ……うん、確かにそれは疲れたかもしれないと、思い出して納得する。まあ、とどめは港で間違いないが。

「あー、で、疲れてるところ悪いが、ちょっと相談があってな……」
「「相談?」」

 ルーカスが?
 逆はあれど、ルーカスからの相談なんて何も思いつかない。

「実は今日も城に行ってたんだが……、トンデブータのことがバレた」
「……それ、バレっていうか、あんたが喋ったんだろ?」

 なにやら気まずげに視線を泳がせるルーカスに、春樹が半眼で突っ込む。

「いや、本当にすまん! ついうっかりぽろっと口がすべった!」

 ここ最近、トンデブータを使った料理を毎日ではないが出しており、見るからにご機嫌だったルーカスに、ヴァルフォルグが言ったらしい。

『最近、機嫌がよさそうだね。食にこだわる落ち人だ、美味しいものを食べさせてもらったのかい?』
『ええそれはもう! トンデブー……』

 という具合でバレた。というか、バラしてしまったらしい。
 謝り倒すルーカスに、聖も春樹も呆れるしかない。
 まあ、正直なところ特に口止めも何もしていなかったので、起こるべくして起こったのだろうが、それで『相談』とは何かが気になるところである。

「ええと、もういいです。それで相談てなんですか? 会いませんよ?」
「ほんっとにすまん! もちろん会っては欲しいが、そうじゃない。実はトンデブータ、1匹でいいんだが譲ってもらえないか?」
「「は?」」
「……それが、昔一度だけ食べたことはあるらしいんだが、本当に幼少のころらしくあまり記憶にないそうだ。それで、できればもう一度だけ食べてみたいと」

 あまりにも子供すぎて「美味しかった」という記憶はあるのだが、それだけらしい。
 なので、今一度、しっかり味わいたいとのこと。

「どうする?」
「んー、どうしようか?」

 アイテムボックスの中には、まだまだトンデブータはたくさんある。なので1匹ぐらい別にいいとは思うのだが。
 なんてことを考えていると、何かに気付いたらしいルーカスが、慌てたように口を開く。

「ああ、もちろんタダじゃない。ちゃんとお礼はするとのことだ」

 これでどうだと、預かっていたらしい、何故か厳重に封がされた小さな箱をそっと開ける。

「なんでそんなに厳重なんですか!?」
「って、なんだそれ?」

 中にあったのは見たことのない、たぶんお金。全体は漆黒に覆われており、おそらく英雄王だろう顔が白磁で彫られている。
 そして、それを持つルーカスの手は何故だか若干震えていた。

「……王貨だ」
「……あんまり聞きたくないんですけど、なんですかそれ?」
「白金貨はわかるよな? あれの上でこれ以上の上はない、間違いなく一般には出回らないお金だ」
「「……。……」」

 白金貨でたしか100万円ほどで、それの上。しかも、それが10枚も見えてしまうことに、気のせいではなく眩暈がしてしまう。
 だが、復活は春樹が早かった。なにやら「これが主人公、お金チートってやつか、なるほど……」などと呟いている。
 そんな、春樹を見て、聖も冷静になれた。若干ジド目で見てしまうが、それは仕方がない。

「……はあ、とりあえずルーカスさん。それは受け取れません、というか受け取りたくないですそんな物騒なもの」
「気持ちはわからんでもないが……」
「トンデブータの一匹くらい差し上げます。むしろそれを持って帰らなかったらあげません」
「……。……」

 ルーカスが微妙な表情になる。
 どれだけトンデブータが貴重なものか聞かされたので知っているが、それでも譲れないこともある。
 そして、いつの間にか戻って来ていた春樹も、若干残念そうではあるが否は無いようで頷いている。

「あー、まあ、じゃあ代案なんだが、何か欲しいものはないか? もちろん、もう少し金額を下げてくれでもいいんだが」
「別にタダでいいですよ?」
「そういう訳にもいかなくてな。身分が高ければ高いほど、きちんとした代価が必要なんだそうだ」
「そういうものですか……」

 正直、めんどくさいなと思わなくもない。
 けれど、ただ寄越せというような人でなくて、よかったということだろう。もしそんな人物だったなら、おそらく聖も春樹も即王都からおさらば間違いなしである。

「……でも、かわりに欲しいものって、なんかあったっけ?」
「だよな、欲しいものか……」

 欲しいものはたくさんある。数えきれないほど、ある。
 だが、そのすべてはこれから先、見つけて買うか、何処かのダンジョンで発見するか、旅の中で手に入れればいいものであり、楽しみでもある。
 なのでわざわざ代価として欲しいものなど、あまり思いつかない。

「……んー、なんかある?」
「……いや、早々思いつかないが……あ、まて思いついた」
「え、ほんと?」
「ああ、ほら『書の館』だったか? あれ」
「なるほど、確かに」

 王都には、許可がなければ入ることのできない『書の館』というものがある。
 一般に出回っていない、貴重な本が収められているという図書館のようなものである。
 まあ、図書館と違うのは貸し出しが認められていないことだろうか。

「『書の館』の許可証でいいのか? おそらく問題ないと思うが……」

 もっと他に言ってもいいんだぞ? と言われるが、現状これ以上の望みはない。

「いえ、これでいいです」
「ああ、これでいい、寧ろこれがいい!」
「そ、そうか。わかった」

 ルーカスが「本当にこんなものでいいのか?」なんて、思っていることなど露知らず、2人は欲しいものが見つかってよかったと、頷き合うのだった。


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