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87 やっぱり選択肢はなかった

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「……さて、まずは何から話したもんか……」

 ギルマスの部屋にて、バルドが疲れたようにため息をつくのを横目に、聖は懐かしいなぁと、その壁を眺める。
 それは何の変哲もないただの壁だが、英雄王のメッセージ付きの不思議空間へと飛ばされた場所でもある。
 そんな様子に気付いたのか、バルドが口を開く。

「……あそこへは一度しか行けないからな」
「え? そうなんですか? ……残念です」
「まあ、英雄王たちのメッセージはあちこちにあるとされてる。興味があるなら探してみろ」

 落ち人でなければ見つけられないそうで、あまりわかっていないそうだ。
 そのことに、聖はちょっとだけ興味を引かれ、春樹は目に見えて瞳が輝きだした。

「……ま、それはともかく、まずはそれからいくか」

 と言って、バルドの目線がいまだに聖の肩にいるロティスで止まる。

「えーと、スライマー? でしたっけ? やっぱりかなり珍しいんですよね?」
「珍しいというかむしろ奇跡的な話というか……、とりあえずその『スライマー』ってのはあのじいさんが言ってるだけで他では通じないからな」
「「え?」」
「普通にスライムテイマーだ。と言ってもスライムをテイムすること自体ないからどっちにせよ通じないだろうがな」

 頭をがりがりと掻きながらバルドは言う。
 なんでも、あの老人は昔からテイマーという職業に憧れており、その中でもスライムをテイムしたという伝説のお話がとてもお気に入りだったらしい。で、その結果、いつの間にか『スライムテイマー』が略されて『スライマー』になっていたそうだ。

「まあ、俺は昔から聞かされてたからな。もう耳に馴染んじまったが、あれが普通の呼び方じゃないからな、そこは間違わないでくれ」
「「……あ、はい」」

 何とも迷惑な話であった。
 うっかり、そういうものなのだと思ってしまった。こちらの常識が分からないと時としてこういう事が起こるのだと、2人は深く実感する。

「ちなみにその伝説の人って、落ち人だったりします?」
「落ち人だな。お前たちにわかりやすく言うと、英雄王の時代の落ち人だ。なんでもスライムが好きすぎて、スライムのために何処かに国を作ったという話もあるくらいだ。ま、本当かどうかはわからんがな」

 それは流石に無いだろう、と言わんばかりの言い方に、思わずロティスに視線を向ける。
 するとロティスはぐにょんと曲がった。

「あるぞ?」
「は?」
「へー、あるんだ?」
「どこにあるんだ?」
「何処って言われてもな、……俺様もいろいろ旅をしてきたから、まあ、近くに行けばわかるとは思うが」
「どんなところなんだ?」
「それはもう綺麗なところだぞ! 俺様のような由緒正しいスライムが住む場所だからな!」
「それはぜひ見たいな! 近くまで来たら案内してくれ!」
「お、そうか? 考えておこう」
「ぜひとも!」

 おお、春樹とロティスがやたらと意気投合してるなぁと、のほほんと眺めていると、バルドが口をあんぐりと開けてこちらを凝視しているのに気付いた。

「? バルドさん、どうかしたんですか?」
「……す、スライムが、しゃべった!?」
「あ、やっぱりスライムって喋らないものなんですね……」

 あまりの衝撃で忘れていたが、バルドの様子からやはり普通は喋らないものだと理解する。というか、自動翻訳機能があるのでわからなかったが、どうやら人語を喋っているようだ。
 すごいなロティスと、思っていると、その張本人が気付いたのかテーブルの上へとぽよんと飛ぶ。

「ふふん、俺様は由緒正しい白銀スライム『ロティナガス・カラリウス』様だ! そこいらの野良スライムと一緒にされちゃぁ困るな!」

 えへん、と胸を張ってバルドを見るが、当のバルドはどうやら驚きすぎて固まっているらしい。ただただ目を見開いて凝視している。

「ん? 白銀って、お前真っ白だろ」
「あたり前だろ、銀色になるのはきらめくときだと決まってる!」
「きらめくのか!」
「きらめくとも!」

 何やら2人で理解し合っているのだが、聖にはこれっぽっちも理解できない。というか、たぶん説明されても理解できる気がしなかった。
 なので放置して、いまだ呆然としているバルドに視線を移す。
 どうにも話が進まないので、とりあえずいつでも飲めるように用意済みのチャンティーを取り出し、バルドの前に置く。

「とりあえず、飲んで落ち着いてください」
「あ、ああすまない。……ん? これはひょっとしてチャンティー、か?」
「そうです、お土産に頂いたので」

 そういえば飛ばされたんだったな、とちょっと笑って、ゆっくりと味わうように飲む。
 そしてバルドは、1つ息を吐いて、ロティスへと視線を移す。

「えーと、大丈夫ですか?」
「ああ、そうだな。……俺は今、先祖代々の言葉を深く実感したよ……」

 バルドが力なく笑みを浮かべ、その言葉を思い出す。

 『落ち人とは、常識を叩きつけてくる存在だ』

 常識を壊すでもなく、新たな常識を作り出すでもなく。落ち人がそういうものだと思ったことを、避けようもない至近距離から抉りこむように繰り出してくる、そういう存在だと。

「……ようやく理解したよ。……まあ、気にしないでくれ」
「あ、はい」

 何やら、視線が生暖かくなったのは気のせいだろうかと思ったが、深く追及するのは躊躇われた。ので、素直に頷く。

「うんうん、でそのスライムのことはまあ、各ギルドの専属とギルマスには通達しておく。だが、通常は見せない・言わない方が無難だな」
「やっぱり目立ちますか?」
「いや、目立つとかいう問題じゃなくてな。言っただろ? スライムのドロップアイテムが高値で取引されたと」

 どうやらいろんな意味で危ないようだ。
 ロティス本人はどう思ってるのだろうかと、じっと見る。

「ん? ああ、野良スライムのドロップアイテムか。あれは別にどうでもいいぞ?」
「え? いいの?」
「ああ、そもそもあれらと俺様たちは違うからな」
「……違うものなのか」

 新たな事実が発覚。
 どうやら詳しくいう気はないようだが、別ものらしい。

「でも、そうだな……」

 ロティスはちらりと春樹と聖を見上げて、頷く。

「あれはお前たちには役立ちそうだし、あえて競争相手を増やすこともないな。……俺様はポケットにでも入ってることにしよう」
「え?」

 よくわからに事を言って勝手に納得し、するりと聖のポケットへと入る。
 ……ちょっと不自然なふくらみになっているので、もう少し何か考えた方がいいかもしれない。

「……普通のポーチでも買うか?」
「あー、それがいいかもね。……えっと、ちなみに魔物って街中で連れて歩いても大丈夫なんですか?」

 どうにも忘れそうになるが、ロティスは一応魔物である。なので念のための確認である。

「ああ、通常テイムした魔物はギルドへの登録と、目印となる首輪が義務付けられてるんだが……」
「……スライムって、どこに首輪したらいいんだ?」
「出来なくはなさそうだけど、締まるよね……」

 スライムのフォルムを思い浮かべ、そろってため息をつく。
 すると何故か解決策は再びポケットから飛び出してきたロティスによって出された。

「何言ってんだ? 魔法紋様刻んでるぞ?」
「「は?」」
「そうなのか!?」

 なにやらバルドが驚きの声を上げるが、聖と春樹にはよくわからない。というかそもそも魔法紋様がわからない。

「ああ、俺様から刻んでるからな、ほれ」
「え、うわっ」
「お、お?」

 言った瞬間、ロティスの周りを何かの文字が帯状に回り始め、それが聖へと続いている。

「え、ちょ、何これ?」
「……ロティス、これって特に害はないんだよな?」
「あるわけないだろ。俺様はそんなヘマはしない」
「ん、ならいい」
「いや、そうじゃなくて、説明!」

 痛くもかゆくもないが、帯状の何かが己へとつながっている状態の正確な説明が欲しかった。
 そんな聖にバルドが笑いながら、口を開く。

「ああ、心配するな。そっちのスライムももう消していいぞ、確認した」
「ん」
「これは言ってた通り、魔法紋様って言ってな。魔物側から死ぬまで仕えてもいいと思ったときに刻まれるものだ」
「え?」

 驚いてロティスを見る。

「テイマーとしては最高の契約になる。……まあ、あまり例はないが全くないわけじゃない」
「えっと、ロティス?」
「俺様は人を見る目には自信がある!」
「……えーと」

 なにやら評価してくれているようなのは嬉しいと思うのだが、その9割はレモの実が占めている気がしてならない。というかこの短時間での評価なので間違いなくそれである。
 どれだけ好物なんだと思わないでもない。
 ちなみに春樹は何やら満足げに頷いているので無視である。

「えっと、じゃあこれで問題ないんですよね?」
「ああ、むしろ魔法紋様の方が安全だからな、こっちとしては。……まあ、唯一の難点はこちら側から破棄できないことだがな」
「…………」

 ああ、だから選択肢がなかったのかと、納得した。
 一方的なのはどうかとも思ったが。


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