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王弟殿下

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「大丈夫か?」
「ええ、まぁ……」

あの後、マティアス殿下から引き離してくれたのは、天井から落ちて来た男だった。彼は城の離宮を借りているようで、その部屋へ連れていかれた。
彼は、私と向き合って座り、打撲した腕に鎮痛の軟膏を塗り包帯を巻いてくれていた。
その姿をじろりと睨む。

「何か言いたそうだな?」
「とっても言いたい事があります! 私が苦労して造った探索のシードを返してください!!」
「無理だな。あれは、すでに俺の身体に埋め込まれている。君よりも、俺の方が探索のシードの適正があったのだろう。よく考えて使え」
「よく考えて、誰もいないあの部屋で使ったのですよ! あの部屋には、近くに人もいなかったのに!!」
「驚いたのは俺だ! 天井がいきなり崩れたんだぞ!」
「天井に人がいるなんて予想外です!」

ツンとしてそっぽを向いた。誰が天井に人が忍び込んでいると思うのか。

「婚約破棄と聞こえたが……君が婚約者のセレスティア・ウィンターベルだったのか?」
「そうですけど……聞こえていた通り、先ほどお別れしました。理由は、あなたとの不貞を疑われたからです。あんな現場を見られたので何を言っても無駄でしょう」
「そうだったのか……あの王太子殿下には、どこから落ちて来たか言わなかったのか?」
「言って何になるのです。どうせ信じませんし、私が探索のシードを造っていたことは秘密でしたから……」

私から婚約破棄をするために、浮気現場を押さえようとして探索のシードを造っていたことなど誰も知らない。何の証拠も出せないどころか、あの状況で言えば、私が言い逃れをしたと疑われそうだ。
無駄にマティアス殿下の身分が高いせいばかりに。
しかも、証拠の探索のシードはもうない。この男から取り出すしかないのだ。

「セレスティア。名を名乗ってなかった。俺は、シュタルベルグ国の王弟ヴェイグだ」
「王弟殿下と仰っていましたが……本当に王弟殿下ですか?」
「そうだ。俺の兄上がシュタルベルグ国の陛下だ。仕事で昨日からカレディア国に来ていたのだが……」
「……あの……お聞きしてもいいですか?」
「かまわないが……」
「その王弟殿下が、なぜ、天井にいるんですか!」
「少し調べ物をしていただけだったのだが……」

怪しい。天井で調べ物をする王弟殿下なんて聞いたことがありません。

怪しいと思いながらジッとヴェイグ様を見ていると、彼がにこりとして笑顔を返してくる。どうやら、天井に潜んでいた理由は言いたくないらしい。
にこりと笑顔を見せるヴェイグ様だけど、引き締まった眼のせいか、笑顔までもが怪しい。

「とりあえず、探索のシードを返してください」
「あれは貰う」
「返して下さらないと困ります! 婚約破棄をされたんですよ! 私の有責で! このまま、マティアス殿下が何かしてきたら……」

探索のシードは、相手を探るのに都合の良いものだ。シードを身体に埋め込んでいるから、探索の魔法が使える。それを使えば人や物の居場所など隠している物がわかるから、人知れず調べるのには最適なはずだったのに……!

「……婚約破棄をされたと言ったな」
「ええ。先ほどサインを早々にしてきたばかりですわ。おかげ様で慰謝料をたっぷり払う羽目になることになりましたわ」
「そうなのか? そうか……それは、すまなかったな」
「……あのまま、殴られていたら慰謝料の減額にも訴えられたのに……」
「バカなことを言うな。何もしてないのに、殴られていいわけがない」

真剣な眼差しで彼が言う。この人だけが、私が不貞をしていないとわかっているのだ。
少しだけ、目尻が潤んだ。この国の王太子殿下から庇ってくれたことに、少しだけ感動したのかもしれない。そんな私に、彼が頬を撫でる。

「セレスティア。詫びに助けてやろう。探索のシードも頂いたことだしな」
「……そうしてください。そして、探索のシードは返してください。あれは三ヶ月もかけて苦労して造ったのです」
「君が造ったのか?」
「そうです。全てのシード(魔法の核)が作れるわけではありませんけど……」

ふむ、と考えているシュタルベルグ国の王弟殿下が、こちらを向いた。

「名を名乗ってなかったな。俺は、ヴェイグだ。ヴェイグ・シュタルベルグ」
「私は、セレスティア・ウィンターベルです。王弟殿下」

ご存知の通りです、と思えば、にこりとした怪しい笑顔を向けるヴェイグ様と目が合う。
天井から落ちて来たので、名乗る暇もありませんでしたけどね。

「……セレスティア。呼び方は王弟殿下ではなく、ヴェイグと呼びなさい」
「ヴェイグ様ですか?」
「そうだ」

いいのだろうか。大国シュタルベルグ国の王弟殿下を名前呼びで……とは思うが、腕の包帯が巻き終わったのに、彼は私の手を掴んだままで緊張する。
それに、天井で何をしていたかは言いたくないらしい。怪しさ満点だけど……。

「あの……ヴェイグ様。助けて下さるとは、慰謝料を立て替えて下さるのですか?」
「そうしてもいいが……一つ提案がある」
「何でしょうか?」
「俺と婚約しないか?」
「……婚約?」
「詫びをすると言っただろう。責任は取ろう。良いものを頂いたしな」
「いや……だから、返してください。あれがないと……」
「それに、俺の婚約者なら、マティアス王太子殿下も手は出せないぞ」

確かにそうだ。このままでは、私はふしだらな聖女のレッテルを張られる。すでに多くの近衛騎士たちに見られているのだ。
人の口には戸が立てられないということは、大いにある。

それに、このままだと、私は婚約破棄をしてもマティアス様の側妃に召し上げられるかもしれない。きっとエリーゼの教育係という名目で彼女の仕事を押し付けられる気もしている。

だから、探索のシードを使って逃げるしかないのだ。でも……。

「一緒にシュタルベルグ国に帰ろう。それでどうだ?」
「……本当に私をここから連れ出してくれるのですか?」
「必ず、守ってやろう」
「私は……聖女も疑わしいのですよ」
「そうなのか?」
「聖女には、こんな黒髪はいないのですよ……気持ち悪くないですか?」
「確かにそう聞いたことはあるが……まぁ、どちらでもいい。何の問題でもない」
「探索のシードを返す選択は?」
「ない。あれはずいぶん俺に合っている。おかげで、すでに俺に馴染んでいる。拒否反応もない」

それは、薄々気付いている。だから、あの場所で、私ではなく天井に潜んでいたヴェイグ様に向かって飛んで行ったのだ。

困惑しながらヴェイグ様を見ると、黒い笑顔を私に向ける。

「セレスティア。返事は?」
「……よ、よろしくお願いします……」
「ああ。よろしく頼む」

そう言って、ヴェイグ様が私の手をそっと口付けをした。





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