先生、わがまま聞いて

香桐れん

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<十> 綻び

26 夏休みの前に

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     26 夏休みの前に
 
 先生が「卒業するまではしない」と言い出した時、愕然とする瑛斗に向かって小さな子供に言い聞かせるような優しい瞳で言ったのだ。
 ――ちょっとの辛抱だから。十二月に入ってしまえば、慌ただしくなって、三月まであっという間だから。
 思えばその言葉は、瑛斗だけに向けられたのではなく、先生が自分自身に言い聞かせるためのものでもあったのかもしれない。
 そしてその言葉のとおり、受験勉強に追われているうちに年を越し、気がつけば卒業式を迎えている――。そうなることを瑛斗は信じて疑わなかった。
 それが儚い希望であったのだと悟ったのは、先生の家でささやかなお祝いをしてから数日後のことだった。
 
 穏やかに過ぎゆくはずだった終業式までの十日間は、瑛斗の予想に反して怒濤どとうのような日々となった。
 試験の結果は、いつもより良かった科目もあったがそうでないものも多かった。期待したほどの成果を得られなくて、世の中そううまくいくものではないのだな、と身をもって知らされた気がした。大学進学への自信もほとんど失いかけた。
 だが、再び野球をやって、そして先生に見てもらう、という大きな目標に向かってどうにか自分を奮い立たせた。
 
 シード校として地区大会に出場した野球部は、まさかの初戦敗退となった。
 相手は地区大会のベスト16にさえ入ったことのなかった無名校で、野球部のメンバーや瑛斗のみならず、校内全体に衝撃が広がった。
 試合翌日、抜け殻同然でくうを見やる河村にかける最適な言葉を、瑛斗はなかなか見つけ出すことができなかった。
 
 試験が終わっても先生は忙しそうだった。試験の採点や後処理、夏休みに向けた臨時の会議の他、出張や研修に備えた諸々の準備等々……。メッセージのやりとりもままならない状態に、貴重な休日を自分のために割いてくれたのだと瑛斗は改めて知った。
 夏休みに入れば先生は遠方の都市へ出張に出ることになっていた。イギリスの大学へ研修に行く予定もあったから、夏休みはほとんど会えないだろうという話をずいぶん前からしていた。
 だからせめて、短いひと時でいいから、夏休みに入る前に顔を見ておきたかった。
 一ヶ月以上訪れていなかった英語準備室に足を向けたのは、たったそれだけの理由だったのだ。
 
 
 
 
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