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昨夜ベッドに入るときにもまだ降り続いていた雨も、ヴィンが目覚める頃にはすっかりあがっていた。
からりと晴れた空は青い。季節は、夏へと向かっている。魔法で快適に保たれている城から出ると、肌が汗ばむような暑さを感じた。
まだ雨の名残が残る道を、ヴィンはジュジュと共にゆっくり歩く。散歩も兼ねていた。けれど目に眩しい日差しに、自然と眉間にシワが寄る。たまにはと思って外に出てみたものの、すでに室内が恋しい。用を済ませ、さっさと戻ることに決めた。
「アマイノトリニク?」
「そうだよ」
やろうと思えば、一年中快適な気候に保てるのだが、季節を感じられた方が楽しいだろうと、人間よりも人間らしい感性で、アーティスは自然に対して最低限の干渉しかしない。
けれど雨が続きすぎればどんよりとした鈍色の雲を散らし、日照りが続きすぎれば雨雲を呼ぶ。他にも自然がもたらす脅威が襲えば退けてくれるのだから、人の住む地よりも穏やかな地だった。
「ヴィン、昼間に外で見かけるなんて珍しいな。どこ行くんだ?」
「さくらんぼ取りに行く」
「そういえば食べ頃だったな」
「そう、ひまだろうから収穫してこいって言われた」
「あー」
「なに」
「いや、おつかれさん」
そんな雑談を交わすと、じゃあな、と手をひらりと振って背を向ける。
魔族も人と変わらない。この地へ捨てられ――この表現が的確だとヴィンは知っている。人間たちの建前は、贄。魔族との和平の証として、魔王へ献上。何百年に一度の、魔族と人間との間で取り決められた約束事。本当かは、ヴィンは知らない。
両親は贄となるそのときまでは大切に育て、泣く泣く大切な我が子を手放した。そんな実際とは正反対の、くだらない美談に仕立て上げているはずだ。
事実を知っている者は皆、間違いなく口を閉ざす。保身と、打算で。
血縁上の両親に兄妹たちは、贄となったヴィンはすでに命を落としていると思っている。だから平気で、自分たちに都合のいい話を作り上げ、吹聴する。醜悪だな、と呆れるだけだが。
ほんのわずかな情のカケラさえ持ち合わせいないのはきっと、お互いさまだ。
時々何かの思考のきっかけで意識の底から浮上して、ああ、そんなひとたちがいたなとしか思えないのだから、ヴィンも正しく血族なのかもしれない。正直、顔も覚えていなかった。家名さえ、うろ覚えだ。
出生の証として装飾品を持たされたが、それはいつか再開を願ってなんて涙を誘う愛情からではなく、贄を一門から出したという証でしかない。とっくの昔に、分解して売った。
宝石を取り出すためにぱきりと割る子どもの手を見て、なぜかアーティスが苦い顔をしていたのをヴィンは覚えている。
――どうかした?
――いや、ためらいがないなって。
――このままの方が、高値が付いた?
――いや。
まるで、痛みに触れられたような顔だった。意味がわからなかったせいか、しっかりと記憶に刻まれている。
ヴィンとしては、いらないものを有効活用しようと思っただけだ。無価値のものを、価値あるものにする。それ以外の意味を持たなかった。むしろあの家ときれいに縁が切れて、ヴィンはすっきりしたくらいだ。
――ほしかった?
――なんでだよ。
惜しむような顔をしたから、と思ったが言わないでおく。気のせいだったのかもしれないと、思い直したからだ。
繊細な意匠をバラバラにして宝石を外したはいいが、ヴィンはどうしていいかわからない。保護してもらい、以前とは比べものにならない快適な暮らしを送れるようになり、せめて生活費の足しにしてもらおうと思ったのだが、金にする方法を知らなかった。
そのことをきっかけに、ヴィンには常識が足りない、知識が必要だと、ラルフを教育係としてつけられた。
おかげで、今ではなぜアーティスがあんな顔をしたのか、理由に見当がつけられる。だからと言って、結果は変わらない。今のヴィンの手元にあれがあっても、間違いなく同じことをした。
アーティスの気持ちを察することができても、あんなものを手元に置く価値は見いだせない。むしろ、よくぞさっさと手放したと、ヴィンは自分を褒めたくなった。
「ヴィンコレオイシイヨ」
眉間にシワを刻んでいたせいか、ジュジュが心配そうに顔をのぞき込み、先ほど必死にくちばしで取ったさくらんぼをヴィンに差し出す。軽く頭を指先撫で、ひとつはヴィンの口に、もうひとつは種と取りジュジュの口に放り込んだ。
「アマイオイシイ」
「うん、甘くておいしいね」
「アマイノイッパイトレタ」
「そうだね、チェリーパイを作ってもらおうか」
「パイスキ! ハヤクタベタイ」
食べ頃のさくらんぼでいっぱいになったカゴを手に、ヴィンは来た道を戻る。すでに肌には汗が浮いていて、日差しがある中外に出たことを後悔していた。
けれどカゴを渡しパイを頼むと、案外ちょうどいいことに気付く。シャワーを浴びて汗を流すつもりでいたが気が変わり、ヴィンはアーティスの執務室へと向かった。
からりと晴れた空は青い。季節は、夏へと向かっている。魔法で快適に保たれている城から出ると、肌が汗ばむような暑さを感じた。
まだ雨の名残が残る道を、ヴィンはジュジュと共にゆっくり歩く。散歩も兼ねていた。けれど目に眩しい日差しに、自然と眉間にシワが寄る。たまにはと思って外に出てみたものの、すでに室内が恋しい。用を済ませ、さっさと戻ることに決めた。
「アマイノトリニク?」
「そうだよ」
やろうと思えば、一年中快適な気候に保てるのだが、季節を感じられた方が楽しいだろうと、人間よりも人間らしい感性で、アーティスは自然に対して最低限の干渉しかしない。
けれど雨が続きすぎればどんよりとした鈍色の雲を散らし、日照りが続きすぎれば雨雲を呼ぶ。他にも自然がもたらす脅威が襲えば退けてくれるのだから、人の住む地よりも穏やかな地だった。
「ヴィン、昼間に外で見かけるなんて珍しいな。どこ行くんだ?」
「さくらんぼ取りに行く」
「そういえば食べ頃だったな」
「そう、ひまだろうから収穫してこいって言われた」
「あー」
「なに」
「いや、おつかれさん」
そんな雑談を交わすと、じゃあな、と手をひらりと振って背を向ける。
魔族も人と変わらない。この地へ捨てられ――この表現が的確だとヴィンは知っている。人間たちの建前は、贄。魔族との和平の証として、魔王へ献上。何百年に一度の、魔族と人間との間で取り決められた約束事。本当かは、ヴィンは知らない。
両親は贄となるそのときまでは大切に育て、泣く泣く大切な我が子を手放した。そんな実際とは正反対の、くだらない美談に仕立て上げているはずだ。
事実を知っている者は皆、間違いなく口を閉ざす。保身と、打算で。
血縁上の両親に兄妹たちは、贄となったヴィンはすでに命を落としていると思っている。だから平気で、自分たちに都合のいい話を作り上げ、吹聴する。醜悪だな、と呆れるだけだが。
ほんのわずかな情のカケラさえ持ち合わせいないのはきっと、お互いさまだ。
時々何かの思考のきっかけで意識の底から浮上して、ああ、そんなひとたちがいたなとしか思えないのだから、ヴィンも正しく血族なのかもしれない。正直、顔も覚えていなかった。家名さえ、うろ覚えだ。
出生の証として装飾品を持たされたが、それはいつか再開を願ってなんて涙を誘う愛情からではなく、贄を一門から出したという証でしかない。とっくの昔に、分解して売った。
宝石を取り出すためにぱきりと割る子どもの手を見て、なぜかアーティスが苦い顔をしていたのをヴィンは覚えている。
――どうかした?
――いや、ためらいがないなって。
――このままの方が、高値が付いた?
――いや。
まるで、痛みに触れられたような顔だった。意味がわからなかったせいか、しっかりと記憶に刻まれている。
ヴィンとしては、いらないものを有効活用しようと思っただけだ。無価値のものを、価値あるものにする。それ以外の意味を持たなかった。むしろあの家ときれいに縁が切れて、ヴィンはすっきりしたくらいだ。
――ほしかった?
――なんでだよ。
惜しむような顔をしたから、と思ったが言わないでおく。気のせいだったのかもしれないと、思い直したからだ。
繊細な意匠をバラバラにして宝石を外したはいいが、ヴィンはどうしていいかわからない。保護してもらい、以前とは比べものにならない快適な暮らしを送れるようになり、せめて生活費の足しにしてもらおうと思ったのだが、金にする方法を知らなかった。
そのことをきっかけに、ヴィンには常識が足りない、知識が必要だと、ラルフを教育係としてつけられた。
おかげで、今ではなぜアーティスがあんな顔をしたのか、理由に見当がつけられる。だからと言って、結果は変わらない。今のヴィンの手元にあれがあっても、間違いなく同じことをした。
アーティスの気持ちを察することができても、あんなものを手元に置く価値は見いだせない。むしろ、よくぞさっさと手放したと、ヴィンは自分を褒めたくなった。
「ヴィンコレオイシイヨ」
眉間にシワを刻んでいたせいか、ジュジュが心配そうに顔をのぞき込み、先ほど必死にくちばしで取ったさくらんぼをヴィンに差し出す。軽く頭を指先撫で、ひとつはヴィンの口に、もうひとつは種と取りジュジュの口に放り込んだ。
「アマイオイシイ」
「うん、甘くておいしいね」
「アマイノイッパイトレタ」
「そうだね、チェリーパイを作ってもらおうか」
「パイスキ! ハヤクタベタイ」
食べ頃のさくらんぼでいっぱいになったカゴを手に、ヴィンは来た道を戻る。すでに肌には汗が浮いていて、日差しがある中外に出たことを後悔していた。
けれどカゴを渡しパイを頼むと、案外ちょうどいいことに気付く。シャワーを浴びて汗を流すつもりでいたが気が変わり、ヴィンはアーティスの執務室へと向かった。
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