光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ

文字の大きさ
41 / 41

40

しおりを挟む

 住む場所を王宮に移してから、ふた月近く経った。

 同じ境遇の二人がいるから、疎外感はいつの間にか薄れている。時々食事を一緒にするが、べったりなんてことはなく、蓮は気ままにすごしていた。

 だいたい、二人は学園に通っているので日中はいない。

 ――年齢詐称して、一緒に通う?
 ――最高権力使えばいけるよ。

 なんて真顔で澪に誘われたが、丁重にお断りした。
 二十一で高校生と言われる年代に混ざるのもどうかと思うし、着なくなって久しい制服なんて、コスプレのようで恥ずかしいものがあった。

 ――じゃ、家庭教師頼む?
 ――知識は絶対必要、教育受けるといいよ。

 そんな澪からの提案を受け、ありがたく手配してもらった家庭教師に教わり、蓮は勉強に追われている。知らないより、知っている方が断然有利なことは多いので、久しぶりに知識を必死で吸収した。

 最初は環境の変化に対して色々憂鬱だったけれど、今ではそれなりに充実した日々を送っている。蓮よりも先に王宮に馴染んでいる、二人が色々と気を配ってくれているおかげもあった。

 ――行きたい場所とかあったら、ハル連れて行けば大抵のとこに行けるよ。

 そそのかすようなアドバイスを澪にもらった時には、聖女である澪ではなく、なんで悠真? と疑問に思ったけれど。

 ――第一王子であるアルフレッドさんの婚約者だから。

 疑問に答えるように、さらりと告げられ、蓮は愕然とした。

(なんでそうなった!?)

 心の叫びは、伝わったらしい。表情にも、出ていたのかもしれない。

 ――なんか色々あって?

 補足にならない補足を、悠真がしてくれた。

 けれどそれで、嘘や冗談の類いではないと理解する。ついでに、この世界では同性同士の結婚も、当たり前のようにありえるのだと蓮は知った。
 だからどうということは、ないのだけれど。

 ――ハルは、ヒロイン枠だから。

 にっこり笑って告げた澪は、何枠なのか気になる。普通に考えれば、澪がヒロイン枠だ。けれど、絶対に本人は違うものを目指しているのが伝わってきて、蓮は触れない、を賢い選択とした。

「レンさん、ディルクさんとこに、戻らなくていいの?」

 誘われたお茶の席で、お菓子に手を伸ばしながら澪が尋ねてくる。同じように蓮もお菓子に手を伸ばしながら、んー? と、軽く語尾を上げた声を蓮は返した。

 ――俺は、今まで通りの生活がしたい。

 二人に訊かれ口にした希望は、いまだ実現していない。
 できないのではなく、蓮がしていない。望めば、それが実現してしまうからだ。

 王族である上司のアルフレッドが命令すれば、ディルクは拒否できない。やっと以前の生活に戻れた、ディルクの迷惑になるのは本位ではなかった。

 なんていうのは建前で、拒絶されるのが怖い。そんな本音を、澪が聞き上手なせいか、うっかり吐露してしまった。

「とりあえず、会いに行ってみたら?」
「え」
「来ちゃった、はーと、みたいな感じで」
「誰だよ、それ」
 想像して、蓮はげんなりする。

「ま、はーと、は別にして、会いに行ったらいいんじゃない?」

 引っかかったところは、悠真も同じだったらしい。苦笑しながら、フォローを入れた。

 ただ、頷けるかどうかは別だ。
 ディルクに会いたくないわけではない。むしろそんな風に言われれば、会いたい気持ちが強くなる。けれどそう思うのは蓮だけなのかもしれなくて、躊躇してしまった。

 もうずっと、ディルクのことを考えれば考えるだけ、感情がくるくるゆらゆら忙しなくまわる。まるで風見鶏のようだ。だから最近は考えるのはやめ、目を背けていた。

「直接会って話すと、案外悩む必要はなかったって、なるかもだしさ」
「簡単に言うけど、城の外に出るのが無理だろ」

 相変わらず、蓮には護衛がついている。城の外へ出るのは、難しいはずだ。
 それを言い訳にして、ずっと足踏みしていた。

「簡単だよ! ってことで、ハル」
「はい、これ」

 なぜかディルクからもらったバッグを、悠真から手渡される。え? と戸惑っていると、唐突にアルフレッドの姿が現れて、蓮はぎょっとした。

「ディルクさん、今日休みなんだって」
 少しも驚いていない悠真が、さらりと口にする。

「ディルクさんも騎士だから、護衛として申し分ないでしょ?」
「城に帰ってくる時は、ディルクに送ってもらってくれ」

 笑いを含んだアルフレッドのその台詞を最後に、視界が歪む。神殿に転移したときのような感覚があり、不快感に目を閉じる。次に瞼を上げると、見覚えのある風景が広がっていた。

 蓮は目を見開く。周りを見回すと、他に誰もいない。

(まじかよ……やられた)

 手際の良さから察するに、最初からきっと仕組まれていた。
 深々と、蓮はため息をつく。

 一人で放り出されればもう、覚悟を決めるしかない。
 ゆっくりとした動作で、蓮は足を踏み出した。

 まだふた月しか経っていないのに、妙に懐かしく感じる。玄関のドアの前まで行くと、わずかに迷って、蓮は来客を知らせるベルを鳴らした。

 鼓動が大きく跳ねて、うるさく騒ぎ出す。
 留守だった、なんてオチじゃ、と思ったところでドアが開いた。

 ぱちん、と合った濃紺の瞳が、見開かれる。久しぶりに見る顔に、蓮は胸が熱くなって、思考は真っ白になった。

「えっと……来ちゃった?」

 わずかに視線を泳がせ、鈍い思考をむりやり回し、耳に残っていた台詞をつい口にする。まさかこんな台詞を、口にする日が来るとは思ってもみなかった。

 かわいらしい子に言われるならディルクも嬉しいだろうが、相手が蓮ではときめきようがない。なんだか、申し訳なくなった。

「ああ」

 頷くディルクの表情に、どことなく憂いを感じる。やっぱり迷惑だったかと、蓮は心臓が冷えた。
 帰りは送ってもらえと言われたが、それさえも迷惑なのかもしれない。

「あーっと」
「ここはもう、レンの帰る場所ではないのか」
「え」

 想定外のことを言われ、蓮はすぐに理解できない。ディルクを見つめたまま、ぱたぱたと瞬きを繰り返した。

「殿下から、レンの望みが優先されると聞いてから、ずっとレンが帰ってくるのを待っていた」

 むすりとしているが、怒りは感じない。
 むしろ――と、蓮はディルクの顔を窺い見た。

(これは、拗ねている?)

 気付いてしまえばもう、そうとしか思えなくなる。じわじわと、喜びが蓮の胸の内に広がっていった。
 ああ、本当に、会えばこんなに簡単だ。
 今まで散々悩んだことが馬鹿らしくなって、蓮は笑いたくなった。

「俺、ここに住んでいいの?」
「当然だ。なんなら、二人で住む家を買うが」
「――は?」

 なんでもないことのように、とんでもないことをディルクは言い出す。
 その提案はおかしい。今の蓮の扱い的に必要なのか? と、一瞬考えたが、そんなわけはないとすぐに否定した。

「もっと、広い家の方がいいだろう?」
「いやいや、ここでいいだろ!」

 家を買うなら結婚相手と相談すべき――と考え、蓮は胸の辺りが重くなったように感じる。疑問に思うより先に、ディルクが口を開いた。

「神殿にも部屋があるからか?」
「あれ、知ってんの」
「殿下から聞いた」
「そうそう、あ、そこのすげぇ設備の整ったキッチンで、最高級の材料使って、とっておきのケーキ作ってきたんだ」

 だからお茶にしようと、蓮は表情を明るくしてディルクを誘う。
 あの日作ったオペラを、いつかディルクにも食べさせたいと、バッグに保存しておいた。

「ああ、いいな」

 嬉しそうな顔に、帰ってきたことを実感する。お茶を淹れるためにキッチンに立つと、ひとり暮らしのマンションから、実家に帰った時と同じ感覚があった。

 ここに居たい、と蓮は強く感じる。王宮には豪華な部屋も、食事も、すべておいて完璧に揃っているけれど、どこか満たされない感覚が常につきまとっていた。

「どうぞ、召しあがれ」
「きれいだな」
「口に合えばいいけど」
「……うまい」

 久しぶりに見る、一見わかりにくく喜ぶディルクが、かわいいと思う。
 するすると気持ちがほどけて、蓮は幸せを感じた。

「もう、城に戻らなくていいんだろう?」
「え、どうだろう? 一度戻るよ。悪いけど、後で送って」

 眉間のシワが、深く刻まれる。そんなに嫌そうにしなくてもと、蓮は笑った。

「挨拶くらいはしないと」
「……わかった」
 渋々とわかる返事だ。

「なあ、ほんとに俺、ここに住んでていいわけ?」
「ああ。責任は持つと言っただろ」

 少しも迷いのない台詞が、心地好く耳に響く。
 なんだか、蓮は胸にぐっときた。

「ありがと。そんで、これからもお世話になります!」
 自然と、表情が緩む。

「俺の方こそ、ふつつかものですがよろしくお願いします」
「……はい?」
「違ったか? 聖女様に、レンを家に迎えるときには、こう挨拶すればいいと教わったんだ」
「いや、うん……」

 ある場面でよく聞くフレーズに、何を教えてんだと蓮はなんとも言えない気持ちになる。曖昧に頷くに留めて、説明は放棄した。

 どんな経緯で、教えられたのかという疑問は残るけれど、聞かないでおく。
 ただなんだか楽しくなって、ディルクと顔を見合わせ、笑い合う。

 この気持ちが、まだなんなのかはわからない。
 正しく名前をつけることはできないけれど、ディルクのそばでは、蓮が蓮自身でいられる。この先どうなるかなんてまったくわかならいけれど、今はまた一緒に過ごせる時間をとても愛おしく感じ、蓮はディルクと一緒に甘さを頬張った。

しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

異世界召喚に巻き込まれた料理人の話

ミミナガ
BL
 神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。  魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。  そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません

ミミナガ
BL
 この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。 14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。  それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。  ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。  使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。  ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。  本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。  コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。

不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました

織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない

muku
BL
 猫の国の第五王子ミカは、片目の色が違うことで兄達から迫害されていた。戦勝国である鼠の国に差し出され、囚われているところへ、ある日竜帝セライナがやって来る。  竜族は獣人の中でも最強の種族で、セライナに引き取られたミカは竜族の住む島で生活することに。  猫が大好きな竜族達にちやほやされるミカだったが、どうしても受け入れられないことがあった。  どうやら自分は竜帝セライナの「エサ」として連れてこられたらしく、どうしても食べられたくないミカは、それを回避しようと奮闘するのだが――。  勘違いから始まる、獣人BLファンタジー。

処理中です...