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一章
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ニナギは、従兄の後ろを、儀式に使われる材木の束を抱えて歩いていた。
両腕にやや余るが、きつく縄で縛ってある。枝葉は落としてあるが、切り口が少しチクチクした。
視界を覆うそれに辟易しながらも、ニナギは兄と慕う男の背中を追った。
従兄の名前はシュウと言う。
年が離れているということもあって、ニナギはシュウの事を兄のように慕い、シュウのようになりたいと、背中を追いかけ続けてきた。
七つ年の離れた従兄は、ニナギの身長より頭半分ほど高く、肩幅も広い。数年間族長の補佐として働いているだけあって、機転が利いて、優しいし、人望もある。
そして今もその背を追って、今日の夜に行われる儀式用に、山から枝を切り出し、それを抱えて山道を下っている。何年も父や従兄について同じ事をしてきたが、今年は特別な思いと共に夏という季節を迎えようとしていた。
「ニナギ大丈夫か? 何だったら俺が変わってやってもいいんだぞ? 重いだろ」
「兄さん、それは流石に軟弱もの扱いしすぎ」
従兄の言葉にニナギは苦笑をこぼす。
確かに重いけれど、持てないほどではない。隙間から落ちそうな枝を揃えて、抱え直した。
「別にそうは思っていないんだけどな。現に今年最後の舞手、ニナギが選ばれたじゃないか」
この兄は若干自分に対して過保護な嫌いがある。本当の兄弟同然に過ごしてきたから、弟扱いは抜けないだろうが、ニナギも今年で十五だ。里では大人の仲間入りを果たす歳でもあった。
「舞手に選ばれたら一人前、でしょ? 俺の頑張り、兄さんも見てきたよね」
「それに対しては何も心配してないんだけどなぁ」
言っていることとは裏腹に、不安と心配を表情に滲ませるシュウは、張り切っているニナギを見て、そっとため息をついていた。
春終わりの『霧開きの儀式』と、それと対をなす夏終わりの『霧閉じの儀式』。各儀式に一人ずつ選ばれる舞手は、その年の実力者という証でもあった。それに選ばれるということ自体が名誉なことで、十五歳を超えた男達にとっては一人前になった証でもある。
ニナギは初めて見た儀式のことを未だに鮮明に覚えていた。ぽっかり空いた空間の中で、一人だけ舞手が立っている。腰に佩いた装飾剣を抜くと、綺麗な軌道で型が決められていく。衣装も、表情を隠している面も決して華美ではないけれど、精錬された動きが見る者の目を引く。
いつかあの場所の立てたらと何度夢見たことか。稽古する父と従兄の姿を食い入るように見て、真似し、時間があればすっ飛んでいって直接稽古をせがんだ。
はじめはまだ早いからと断っていた彼らも、次第に呆れた顔をしながらも教えてくれた。
基礎ができるようになってからは一人で稽古することが多いが、シュウラなどは今でも時間を見ては相手をしてくれる。
ちなみにかく言うシュウラはここ五年ほど連続で舞手を務めている実力者だ。今年も『霧開きの儀式』ではシュウラが舞手を務めることになっている。
「本番前に倒れるなよ?」
整備された山道を下りながら、シュウラはそう言ってニナギをからかった。
ニナギは頬を膨らませて従兄に不満を示す。振り向いたシュウラが苦笑するから、子供扱いされているなぁと改めて感じたニナギだった。
「兄さんこそ、『開き』の方を成功させないと始まらないんだからしっかりね」
「おう、ありがとう」
嫌みも混ぜたつもりなのに軽くいなされ、温かい目を向けられた。なにを言っても応援に聞こえるのかもしれないと口をつぐむ。
住んでいる里は生まれたときから少し特殊だった。一年の四分の三は、霧に周りが囲まれ、外には出られなくなる。同時に外からも里に来られない。交流のある商人の女の子が言っていた。この里は他と比べると大分変わっていると。
しかし、霧に包まれている里だが、日はよく届いて、草木の育ちもいい。元々土地の力が強いところだったらしく、春終わりの今の時期は、草刈りを少し怠れば、山道などは下草で覆われる。山の恵みも多く、里人が暮らしていくには十分だった。父が子供の頃などはもっと山に活気があったようだが、その頃はよくわからない。
ニナギは時折、道の外から山道に覆い被さってきている下草をよけながら、ショウの後を追った。
「にしても今年はなんだかいつもより山が静かだね」
長いこと山の守り役を務めてきたニナギの一族は、山のことに詳しい。族長を務める父の他に、里の神事に大きく関わる巫女という役割があるが、誰よりも高齢で、誰よりもこの山のことを知っている。彼女が、山の気配を読み取って、儀式の日取りを決めるのだ。
今年は山の気配がいつもと違うとこぼしていたのは、春初めのことだった。
ニナギもいずれは父の後を継いで族長になる。山の事は小さい頃からよく教えられて、気配を読むのには長けていた。
「ニナギが言うならそうなんだろうな。山はなんて言ってる?」
「うーん、そこまでは……」
熟練してくると、山が何を欲しているのかわかると言うが、ニナギにはまだ実力も、経験も足りなかった。
「巫女様に聞いたらわかるかな。もう八十年も生きてるから山のことには誰よりも詳しいし」
「そうだね」
話しながら山の気をさらっていたニナギは、シュウの言葉に曖昧に返事を返す。シュウは上の空なニナギを見て、やれやれと笑った。
二人はその後もとりとめのない話をしながら、山を降りる。
「舞手のことはもちろんだけど、開きの儀式の方でも介添えなんだから、忘れるなよ」
「わかってるよ。俺ももう十五なんだ。きっちり熟すよ」
「それならいいけど」
春終わりの開きの儀式に、夏終わりの閉じの儀式、その間に四回ある鎮めの儀式で、一つの神事を形作る。
その間だけは、里を覆う霧の結界は弱められ、人が出入りできるようになる。
「今年は開きの儀式が済んだ辺りでシーラたちが来るって言ってたか、楽しみだな」
「え、ほんと? ネルーにも会いたいし、楽しみだ」
この時期にはいつもやってくる少女の事を、ショウラの言葉で思いだし、ますます、これからが楽しみなニナギだった。
ひとまずは準備に専念しよう、と浮き足立つ心をゆっくりとなだめるのだ。
両腕にやや余るが、きつく縄で縛ってある。枝葉は落としてあるが、切り口が少しチクチクした。
視界を覆うそれに辟易しながらも、ニナギは兄と慕う男の背中を追った。
従兄の名前はシュウと言う。
年が離れているということもあって、ニナギはシュウの事を兄のように慕い、シュウのようになりたいと、背中を追いかけ続けてきた。
七つ年の離れた従兄は、ニナギの身長より頭半分ほど高く、肩幅も広い。数年間族長の補佐として働いているだけあって、機転が利いて、優しいし、人望もある。
そして今もその背を追って、今日の夜に行われる儀式用に、山から枝を切り出し、それを抱えて山道を下っている。何年も父や従兄について同じ事をしてきたが、今年は特別な思いと共に夏という季節を迎えようとしていた。
「ニナギ大丈夫か? 何だったら俺が変わってやってもいいんだぞ? 重いだろ」
「兄さん、それは流石に軟弱もの扱いしすぎ」
従兄の言葉にニナギは苦笑をこぼす。
確かに重いけれど、持てないほどではない。隙間から落ちそうな枝を揃えて、抱え直した。
「別にそうは思っていないんだけどな。現に今年最後の舞手、ニナギが選ばれたじゃないか」
この兄は若干自分に対して過保護な嫌いがある。本当の兄弟同然に過ごしてきたから、弟扱いは抜けないだろうが、ニナギも今年で十五だ。里では大人の仲間入りを果たす歳でもあった。
「舞手に選ばれたら一人前、でしょ? 俺の頑張り、兄さんも見てきたよね」
「それに対しては何も心配してないんだけどなぁ」
言っていることとは裏腹に、不安と心配を表情に滲ませるシュウは、張り切っているニナギを見て、そっとため息をついていた。
春終わりの『霧開きの儀式』と、それと対をなす夏終わりの『霧閉じの儀式』。各儀式に一人ずつ選ばれる舞手は、その年の実力者という証でもあった。それに選ばれるということ自体が名誉なことで、十五歳を超えた男達にとっては一人前になった証でもある。
ニナギは初めて見た儀式のことを未だに鮮明に覚えていた。ぽっかり空いた空間の中で、一人だけ舞手が立っている。腰に佩いた装飾剣を抜くと、綺麗な軌道で型が決められていく。衣装も、表情を隠している面も決して華美ではないけれど、精錬された動きが見る者の目を引く。
いつかあの場所の立てたらと何度夢見たことか。稽古する父と従兄の姿を食い入るように見て、真似し、時間があればすっ飛んでいって直接稽古をせがんだ。
はじめはまだ早いからと断っていた彼らも、次第に呆れた顔をしながらも教えてくれた。
基礎ができるようになってからは一人で稽古することが多いが、シュウラなどは今でも時間を見ては相手をしてくれる。
ちなみにかく言うシュウラはここ五年ほど連続で舞手を務めている実力者だ。今年も『霧開きの儀式』ではシュウラが舞手を務めることになっている。
「本番前に倒れるなよ?」
整備された山道を下りながら、シュウラはそう言ってニナギをからかった。
ニナギは頬を膨らませて従兄に不満を示す。振り向いたシュウラが苦笑するから、子供扱いされているなぁと改めて感じたニナギだった。
「兄さんこそ、『開き』の方を成功させないと始まらないんだからしっかりね」
「おう、ありがとう」
嫌みも混ぜたつもりなのに軽くいなされ、温かい目を向けられた。なにを言っても応援に聞こえるのかもしれないと口をつぐむ。
住んでいる里は生まれたときから少し特殊だった。一年の四分の三は、霧に周りが囲まれ、外には出られなくなる。同時に外からも里に来られない。交流のある商人の女の子が言っていた。この里は他と比べると大分変わっていると。
しかし、霧に包まれている里だが、日はよく届いて、草木の育ちもいい。元々土地の力が強いところだったらしく、春終わりの今の時期は、草刈りを少し怠れば、山道などは下草で覆われる。山の恵みも多く、里人が暮らしていくには十分だった。父が子供の頃などはもっと山に活気があったようだが、その頃はよくわからない。
ニナギは時折、道の外から山道に覆い被さってきている下草をよけながら、ショウの後を追った。
「にしても今年はなんだかいつもより山が静かだね」
長いこと山の守り役を務めてきたニナギの一族は、山のことに詳しい。族長を務める父の他に、里の神事に大きく関わる巫女という役割があるが、誰よりも高齢で、誰よりもこの山のことを知っている。彼女が、山の気配を読み取って、儀式の日取りを決めるのだ。
今年は山の気配がいつもと違うとこぼしていたのは、春初めのことだった。
ニナギもいずれは父の後を継いで族長になる。山の事は小さい頃からよく教えられて、気配を読むのには長けていた。
「ニナギが言うならそうなんだろうな。山はなんて言ってる?」
「うーん、そこまでは……」
熟練してくると、山が何を欲しているのかわかると言うが、ニナギにはまだ実力も、経験も足りなかった。
「巫女様に聞いたらわかるかな。もう八十年も生きてるから山のことには誰よりも詳しいし」
「そうだね」
話しながら山の気をさらっていたニナギは、シュウの言葉に曖昧に返事を返す。シュウは上の空なニナギを見て、やれやれと笑った。
二人はその後もとりとめのない話をしながら、山を降りる。
「舞手のことはもちろんだけど、開きの儀式の方でも介添えなんだから、忘れるなよ」
「わかってるよ。俺ももう十五なんだ。きっちり熟すよ」
「それならいいけど」
春終わりの開きの儀式に、夏終わりの閉じの儀式、その間に四回ある鎮めの儀式で、一つの神事を形作る。
その間だけは、里を覆う霧の結界は弱められ、人が出入りできるようになる。
「今年は開きの儀式が済んだ辺りでシーラたちが来るって言ってたか、楽しみだな」
「え、ほんと? ネルーにも会いたいし、楽しみだ」
この時期にはいつもやってくる少女の事を、ショウラの言葉で思いだし、ますます、これからが楽しみなニナギだった。
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