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一章
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霧開きの儀式は昼の三つ鐘が鳴った頃から執り行われた。
里の中心にある巫女の社前では、大掛かりなかがり火が焚かれている。かがり火の前には簡易的な祭壇がもうけられ、青みがかった水晶が一つ、恭しく置かれていた。
水晶は『龍宝珠』と呼ばれ、代々里で神宝として祀られてきたものだ。
遙か昔、ニナギの一族がこの山に移住してくる前。暴れ龍を封じた時に出現したとされる宝珠で、封じられた龍の心臓とも、力の源とも言われているが、詳しいことはあまり語られていない。
辺りは夕方に近づいたからか少し薄暗さがある。灯り用にと焚かれた松明の周りには、里の人たちが集まり始めている。
ニナギは、儀式の準備のために、シュウと共に社の横にある、控え場所にいた。ニナギとシュウの他にも、控えの場所には巫女、そして族長であるニナギの父親、そして、他の補佐たちが控えている。
今回のニナギの役割は舞手の介添えだ。出番は最後の方にあたる。
「ニナギ、大丈夫か?」
緊張しているニナギとは対称的に何年も儀式に参加しているシュウは落ち着いたものだった。
「うん、多分」
「おいおい、昼間の威勢はどこ行ったんだ」
「だって、緊張して」
「仕方ないなぁ。大丈夫、何かあっても俺がなんとかするよ」
苦笑するショウラの顔は、完全に弟を見る顔だ。
「えー、それじゃあ介添えの意味がないじゃんか」
「そう言うなって」
せっかく役割をもらったのに、このままでは、ショウの手を煩わせてしまう。ニナギは、文句を言いつつも、気を引き締め直した。
縦笛の音が聞こえてくる。儀式の始まりだ。
従兄が、かがり火の前に出て行く。動きやすい薄衣は肩の部分で落とされ、鍛えられた筋肉がのぞいている。下はたっぷりと余裕のある作りだが、舞の時に絡まったりしないよう、裾は足首のところで纏められていた。
端正な顔は、面で覆われている。
舞手に選ばれた人は、手順に則って足を踏み、装飾された剣を振る。舞っている間、剣は鞘に納められているが、黒塗りの鞘を金の装飾が取り巻いて、かがり火の光を反射させる様はとても見事だ。
祭壇の前に進み出たシュウが腰を落として右前方に足を踏み出した。両手で握られた装飾剣は地面と水平に掲げられ、切っ先はまっすぐ前を向く。
どんと太鼓の音が鳴って縦笛がまた鳴らされた。
ゆったりとした、流れる様な笛の音の中に、時折ひらめく雷鳴のように太鼓の音が打ち鳴らされ、それにあわせて、面を被った従兄が動き出す。
剣の先端がぱっとひらめいて、横薙ぎに振るわれる。
切っ先がぴたりと止まることにニナギは感嘆する。
装飾剣は、その細身の見た目に反して同じ長さの剣より少し重く作られている。ああやって振るった後きれいに止められるのは、相当の稽古を積んだ者の証だ。
眼前のシュウラは見ている間にも一つ一つ型を決めていく。
いつくかある型を、決められた順番で決めていく。全ての型に意味があって、開きの儀式と、閉じの儀式は使用される型は同じだが、その順番が逆になる。
中でも重要視されるのは、天・人・地の型。
開けの儀式は人から始まって天で終わる。これは大地を人から天に、つまり神様に一時的に返すのだと言うことを表していると、ニナギはこの型を教わる時に一緒に習った。
型の意味を知った上で動きなさいと、ニナギは父から教わった。
ドドンと、太鼓が空気を振るわせて従兄が舞を踏む。二つの型を決めて、最後が天。
天の型の前に、舞手は装飾剣を鞘から抜き放つのだが、その鞘の方を受け取り横で控えるのが今回のニナギの役割だった。
二つ前の型が終わると舞手同様、ニナギは顔を面で隠し、かがり火の横を通って、場の中央近くへと寄っていった。大きく燃え上がった火の熱さが、ニナギの左側に感じる。
シュウラが祭壇の前で、剣を抜く。舞が始まった時と同じように地面と水平に掲げられた剣は、その刀身を表すと同時に、前のかがり火で、橙色の光を帯びる。
従兄は剣を抜いた鞘をニナギの方を見ずに渡した。
ニナギはそれを、両手を掲げて受け取る。
シュウラは抜き身の剣を、祭壇の上に置かれてある水晶の上へとかざす。
太鼓が、またドドンと打ち鳴らされた。
滔々と従兄が歌を紡ぐ。
開けよ開け、霧よ開け。
また閉ざされるその日まで。
ゆらゆらと水晶の中でもやのようなものが揺れる。面の隙間からそれを眺めていたニナギは、紡がれていく歌に合わせてそのもやが形を変えているように思えた。
――て。
今、何か。
耳を掠めていった何かに、ニナギは一瞬意識をとられるが、それも歌と太鼓、笛の音の中に消えていった。
開けよ開け、霧よ開け。
里の中心にある巫女の社前では、大掛かりなかがり火が焚かれている。かがり火の前には簡易的な祭壇がもうけられ、青みがかった水晶が一つ、恭しく置かれていた。
水晶は『龍宝珠』と呼ばれ、代々里で神宝として祀られてきたものだ。
遙か昔、ニナギの一族がこの山に移住してくる前。暴れ龍を封じた時に出現したとされる宝珠で、封じられた龍の心臓とも、力の源とも言われているが、詳しいことはあまり語られていない。
辺りは夕方に近づいたからか少し薄暗さがある。灯り用にと焚かれた松明の周りには、里の人たちが集まり始めている。
ニナギは、儀式の準備のために、シュウと共に社の横にある、控え場所にいた。ニナギとシュウの他にも、控えの場所には巫女、そして族長であるニナギの父親、そして、他の補佐たちが控えている。
今回のニナギの役割は舞手の介添えだ。出番は最後の方にあたる。
「ニナギ、大丈夫か?」
緊張しているニナギとは対称的に何年も儀式に参加しているシュウは落ち着いたものだった。
「うん、多分」
「おいおい、昼間の威勢はどこ行ったんだ」
「だって、緊張して」
「仕方ないなぁ。大丈夫、何かあっても俺がなんとかするよ」
苦笑するショウラの顔は、完全に弟を見る顔だ。
「えー、それじゃあ介添えの意味がないじゃんか」
「そう言うなって」
せっかく役割をもらったのに、このままでは、ショウの手を煩わせてしまう。ニナギは、文句を言いつつも、気を引き締め直した。
縦笛の音が聞こえてくる。儀式の始まりだ。
従兄が、かがり火の前に出て行く。動きやすい薄衣は肩の部分で落とされ、鍛えられた筋肉がのぞいている。下はたっぷりと余裕のある作りだが、舞の時に絡まったりしないよう、裾は足首のところで纏められていた。
端正な顔は、面で覆われている。
舞手に選ばれた人は、手順に則って足を踏み、装飾された剣を振る。舞っている間、剣は鞘に納められているが、黒塗りの鞘を金の装飾が取り巻いて、かがり火の光を反射させる様はとても見事だ。
祭壇の前に進み出たシュウが腰を落として右前方に足を踏み出した。両手で握られた装飾剣は地面と水平に掲げられ、切っ先はまっすぐ前を向く。
どんと太鼓の音が鳴って縦笛がまた鳴らされた。
ゆったりとした、流れる様な笛の音の中に、時折ひらめく雷鳴のように太鼓の音が打ち鳴らされ、それにあわせて、面を被った従兄が動き出す。
剣の先端がぱっとひらめいて、横薙ぎに振るわれる。
切っ先がぴたりと止まることにニナギは感嘆する。
装飾剣は、その細身の見た目に反して同じ長さの剣より少し重く作られている。ああやって振るった後きれいに止められるのは、相当の稽古を積んだ者の証だ。
眼前のシュウラは見ている間にも一つ一つ型を決めていく。
いつくかある型を、決められた順番で決めていく。全ての型に意味があって、開きの儀式と、閉じの儀式は使用される型は同じだが、その順番が逆になる。
中でも重要視されるのは、天・人・地の型。
開けの儀式は人から始まって天で終わる。これは大地を人から天に、つまり神様に一時的に返すのだと言うことを表していると、ニナギはこの型を教わる時に一緒に習った。
型の意味を知った上で動きなさいと、ニナギは父から教わった。
ドドンと、太鼓が空気を振るわせて従兄が舞を踏む。二つの型を決めて、最後が天。
天の型の前に、舞手は装飾剣を鞘から抜き放つのだが、その鞘の方を受け取り横で控えるのが今回のニナギの役割だった。
二つ前の型が終わると舞手同様、ニナギは顔を面で隠し、かがり火の横を通って、場の中央近くへと寄っていった。大きく燃え上がった火の熱さが、ニナギの左側に感じる。
シュウラが祭壇の前で、剣を抜く。舞が始まった時と同じように地面と水平に掲げられた剣は、その刀身を表すと同時に、前のかがり火で、橙色の光を帯びる。
従兄は剣を抜いた鞘をニナギの方を見ずに渡した。
ニナギはそれを、両手を掲げて受け取る。
シュウラは抜き身の剣を、祭壇の上に置かれてある水晶の上へとかざす。
太鼓が、またドドンと打ち鳴らされた。
滔々と従兄が歌を紡ぐ。
開けよ開け、霧よ開け。
また閉ざされるその日まで。
ゆらゆらと水晶の中でもやのようなものが揺れる。面の隙間からそれを眺めていたニナギは、紡がれていく歌に合わせてそのもやが形を変えているように思えた。
――て。
今、何か。
耳を掠めていった何かに、ニナギは一瞬意識をとられるが、それも歌と太鼓、笛の音の中に消えていった。
開けよ開け、霧よ開け。
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