少年は雨を連れてくる

桐坂

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一章

3

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 儀式は最後の太鼓の音と共に終わりを告げた。
 これで今年も霧が開く。里は外に開かれ、人がやってくるだろう。
 ニナギの兄貴分であるシュウは今年もその役割を全うした。閉じの儀式は主役を自分が務めると思うと、今から震える思いだ。

「兄さん、お疲れ様!」

 儀式が終わり片付けになると、ニナギは儀式用の衣装を脱いで額の汗を拭っているシュウの元に寄り、手ぬぐいを渡した。シュウは快くそれを受け取り、礼を述べる。

「ああ、お疲れ様。今回もうまく行って良かったよ」
「格好良かったよ。やっぱりすごいなぁ。型も最初から最後まで全くブレがないんだもんなぁ。俺、兄さんに追いつくまでどんだけやればいいんだよ」

 同じように練習しているつもりだが、やはり年の差は簡単には埋められないらしい。そのことを、誇りに思うと同時に羨ましいと思うこともある。
 そう言うと、彼は笑って言った。

「俺の方が七年長くこの世界に居るからな。お前も頑張れば簡単にここまで来れるさ」
「そうかなぁ」
「そうだよ。むしろ七年たったら俺、お前に抜かれてるかもなぁ」

 毒気を抜かれる笑顔でそう言われては、妬むことすらばからしいと思えるのだから不思議なものだ。

「そうかもね」
「あ、言ったな!」
「ちょっと、やめてよ!」

 生意気なことをこぼしたニナギに、シュウはぐりぐりと頭を撫でる。それはもう撫でると言うより、かき回すといった方が正しいかもしれない。ニナギの髪は暴風が通り過ぎたかのようにぐしゃぐしゃになった。
 それを見てクスクス笑う従兄に文句を言いながらも、先ほどまであった心の突っかかりのようなものは無くなっていたのだった。

「ニナギ、片付け手伝えー」
「あ、はーい!」

 名前を呼ぶ声に返事をし、シュウに向き直る。

「じゃあ俺、呼ばれたんで行ってきます」
「はいよ。頑張れ」

 ニナギがぺこりと頭を下げて、その場から離れるとシュウは周りに居た他の大人たちと話し始めたようだった。
 ニナギは新しく頼まれた仕事を片付けるために、近くの川へと来た。
 両手には儀式で使われていた衣装がこんもりと陣取っている。
 儀式に使われた衣装はその日のうちに洗ってしまうのが規則。若いニナギはそれを洗う役割を仰せつかったと言うわけだ。

 儀式の内では主役の介添えという役割をもらったとはいえ、ニナギはまだ十五になったばかりのひよっこだ。儀式に正式に関わるのは十五になってからと言う決まり事があるため、ニナギは下っ端も下っ端の存在だった。
 かといって、族長の息子だからという理由で贔屓されるのは嫌だから、正当に実力によって判断してくれる一族の者たちがニナギは好きだった。

 巫女の社から少し下ると、橋がある。幅は狭く、水かさもそれほどないが、橋の袂から水面までは高低差があって、雨が続くと増水する。橋を渡らずに逸れると降り道があり、川辺の岸に繋がっていた。里の水回りの仕事は大体そこで行われることが多い。

 土を削り、木を入れて補強しただけの階段を慎重に降りる。両手に抱えたカゴには布が山になってる。
 足元がよく見えないから、歩みはゆっくりだ。

 三つ鐘がなった頃始まった儀式は、夕刻には終わって、今は少しずつ夜の闇が近づいて辺りは薄暗くなっている。今の季節、完全に夜になるのにはもう少し時間がかかるとはいえ、あまり時間をかけすぎると、この辺りも水との境目がわからず危険になる。

 早く終わらせようと、ニナギは急いで冷たい川に手を浸した。
 川の上流にあたるこの辺りは夏になっても水が冷たいから、長い時間触れていると指が冷たさでキーンとなる。休み休み洗っていると、あれほどあった衣装もあらかた片付いたようだった。

「ふう、終わったー」

 達成感に大きく息を吐き出す。長い時間屈んでいたから少し腰が痛い。年でもないのに腰痛は嫌だなと思ったところで、聞き慣れない音を聞いた。

 ニナギの居る辺りは人がよく使うからあまり草が生えていないのだが、少し下れば下草が生い茂っている。どうやらそこからの音のようで、草のこすれるがさがさという音と共に、ガラスを踏んだようなパキパキという音。鈴を鳴らしたようなリンという音。それらの音が混ざって、一つの音のように感じる。

 ニナギは洗い終わった衣装をいれている桶を持ち上げようとしていたが、そのままにして、音の出所を注視した。
 危険なものでなければいいけど。
 見ていた草むらが、ぼおっと淡く光を帯びる。

「なんだろう」

 ニナギは警戒しながらも、好奇心に負けて近付いた。
 そこに居たのは一人の少年だった。薄着の少年が、仰向けに倒れている。意識はないようで、まぶたは力なく閉じられている。

「え、人?」

 里の子供ではないだろう。小さな里では大体が顔見知りだから、一目見ればわかる。しかし、倒れている少年に見覚えはなかった。
 慌てて駆け寄り、青白い肌に手を当てると、驚くほど冷たかった。直前まで水に浸かっていたのか、肌は濡れている。

 この辺では珍しい青みのかかった髪の毛の先からは、水が玉になって落ちて流れていった。顔に掛かる前髪を払ってやると、整った顔が顕わになった。

 年の頃はニナギと同じか、下ぐらい。どのような経緯でここまでやってきたかはわからないが、このまま放置しておく訳にもいかず、洗い終わった衣装もそのままに、少年を背負って自分の家へと急いだ。

 感じる体温は冷たかったが、触れる背中越しにゆっくりと温かさが伝わってくるから、彼がまだ生きているとわかる。

 それに安心しているニナギは、これから起こる出来事をまだ知らないのである。
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