少年は雨を連れてくる

桐坂

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一章

4

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 霧開きの儀式が無事に終わり、各々の片付けも大方終わったところで、体を清め、シュウは弟分であるニナギの家に来ていた。ニナギの父親は里をまとめる族長をしているから、彼の家でもあるわけで、里の中では他の家よりは立派にできている。

 シュウの父親はニナギの父親の弟で、族長は叔父に当たるから、小さい頃から目をかけてもらっていた自覚はある。ニナギが生まれた頃、シュウは七歳で弟ができたようでとても嬉しかった。実際この十五年間、兄さん兄さんと後をついてくる姿はとても可愛く、何かあっては構ったものだ。

 玄関の扉をコンコンと二回たたくと、中からどうぞという声が聞こえる。

 了承を得て、シュウは木の扉を開くと中に入った。全面板張りの床は、絨毯がひかれ、それほど大きくない空間だが、暗くならないように何カ所かでろうそくの火が揺れている。

 左奥にある寝所とは綿織りのカーテンで空間を仕切っていた。
 族長は部屋の中央で、一人の老女と話しているところだったようだ。壮年の男性が背を向ける老女の肩越しにこちらを見て、おいでと言うように手をひらひら振っていた。

 族長――ユハ。対面しているのは巫女カルラ。里の二大支柱であり、実質的な統制の要だった。

「巫女様も居たんですね。お話中失礼しました」
「いいよ。大方の話は終わったからな。巫女様もお手間を取らせました」
「わしこそいいのじゃよ。齢八十なれどまだまだ現役。相談一つされない時は引退時じゃよ」

 しわくちゃな顔に優しげな笑みを浮かべるカルラに、男は表情を崩す。普段は族長として厳格な雰囲気を保っているユハも、自分が幼い頃すでに巫女の職に就いていた老女には頭が上がらないらしい。一族をまとめる長として、がっちりとした体格を持つ彼だが、一回りも二回りも小さいカルラの口にはまだ敵わない。
 二人がまだ話しているのを邪魔しては悪いと、シュウラは近くに腰を下ろして、胡座をかく。

「ユハはいつまでたっても真面目じゃのう。少しは息子を見習って、奔放に振る舞ってみい」
「いや、さすがに、私ももう大人ですので」

 勘弁してくださいと頭を下げる叔父。

「で、シュウはどうしたんだ」

 甥が来ていたことをこれ幸いにと、ユハが話を変えた。

「あぁ、すみません。儀式が無事に終わったので、族長に報告を兼ねて、ニナギの顔を見ておこうと」
「あれは役をもらったことに張り切っていたからなぁ」

 しみじみとつぶやいたユハは、ふと頭を傾ける。

「来てもらって悪いんだが、ニナギはまだ帰っていないぞ」
「そうみたいですね。他の奴らに雑用を頼まれてたから、まだ終わってないのかもしれません」

 儀式の場所で分かれてから今まで姿を見てないから、どうしてるかと思ったのだが。
 シュウは思案する。興奮冷めやらぬで、へましていなければいいのだが。
 族長の息子だからという部分を除いても、昔から活発で甘え上手だった弟分は、里の者たちからとてもかわいがられていた。何でも表情がころころと変わることろが面白いらしい。

 好奇心の赴くままに行動することがあるから、変なところに発揮されていなければいいのだがと、心配なところはある。

「あれも十五だ。閉じの儀式では舞手にも選ばれた事もあって張り切っているのはいいが、どこか抜けているから我が息子ながら里の皆には手間をかける」

 軽く頭を下げるユハに恐縮する。

「いえ、舞手に選ばれたのだって実力あってのことです。抜けているという部分は否定しませんが、ちゃんと自分の考えを持ってる里の男ですよ」
「否定はしないのじゃな」

 聞いていたカルラが発言に突っ込むが彼女もニナギのことをよく知っているからそれ以上は何も言えないらしく、口をつぐんだ。

「そう言ってもらえると嬉しいのだがな。ま、そろそろ帰ってくるだろう」

 族長がそう言ったすぐ後だった。
 戸口の方からがたがたと音がして、何かがぶつかるような音も聞こえてきた。あの慌ただしさはニナギだと、家の中にいる全員が思った。

「ニナギ、少しは落ち着きなさい」

 族長が家の外に向かって声をかける。
 族長が話しかけた甲斐もなく、横開きの扉はバンと音を立てて開けられた。
 戸口の先には息を切らしたニナギが立っている。その背にはニナギと同じぐらいの体格をした何者かが背負われていた。肩からだらんと垂れ下がった腕からは水滴がしたたり落ち、戸口の先に水たまりを作っていく。

 いつもなら父にしかられて軽く謝罪するのを忘れないニナギが、深刻な表情をしていることに驚いた。

「どうしたんだ」

 衝撃から最初に立ち直ったのはユハだった。険しい顔をして、腰をあげる。

「父さん! 沢の近くで倒れてて、どうしよう、体すごく冷たい!」

 背負われたまま身じろぎもしない何者かの事を言っているのだろう。

「まずこっちへ! シュウは手ぬぐいを持ってきてくれ」
「は、はい!」

 族長の一声で、シュウの体は動き始めた。これはのんきにやっている場合ではないと、組んでいた足を起こし、部屋の隅にある物入れに行った。昔から厄介になっているから、大抵の者の場所がわかるのが幸いした。

 シュウが布を集めている間に、ニナギは背負った人物を父の用意した敷物の上に下ろし、混乱した表情を見せている。

「いかんな、体温が低い、もっと火を焚きなされ。体も濡れとる」

 巫女様はそう言うと、シュウが持ってきた布を受け取って、少年の体を拭いていく。

「俺も」

 ニナギもそれに習って、素早く、しかし丁寧に水気を拭った。
 族長が火をいれた鉢を用意し、少年の近くに置く。
 水気を拭き取り終えると、巫女はしわくちゃな手で、少年の指先や足先を直接温め始めた。ひんやりとした手足に体温が段々と移っていく。少年の頬にやや赤みが見えた頃、やっと四人共が腰を落ち着けることができた。
 はじめにため息をついたのは誰だっただろう。

 忙しなかった空気がやっと落ち着いて、一番混乱していたニナギも、安心したようだった。それでもちらちらと視線をやって少年を気にしている事から、まだ不安はあることが窺える。

「それで、この子供はどうした」

 床に座って腕組みをし、口を開いたのは族長であるユハだ。ニナギは言葉を探しているのか少し視線を彷徨わせて恐る恐る言葉にしていく。

「見つけたのは川だよ。儀式で浸かった衣装を洗っていた時だったんだ。近くの茂みから音がしたから確認に行ったら。そこに倒れてて、急いで連れてきたんだ」
「橋の近く辺りか?」
「そう、段を降りてすぐのところ」
「この時期余所の者が里に出入りするのは難しいんじゃがな」
「そうですね。定期的に取引のある鳥乗りの種族は霧の結界のない空から来ますし」

 霧開きの儀式の直後と考えれば可能性はなくはない話ではあるが、儀式を行ってすぐに霧が開けるわけではない。

「霧って、開けるのに大体丸一日はかかるよね」
「そうじゃな。里に来る商人にも確認したことはあるが、概ねそのようなことを言っておった」

 八十年も生きている巫女が言うなら、それに間違いは無いのだろう。ユハも渋い顔をしている。例がない話ではあるが、犬猫ではないのだから拾ってきたニナギに元の場所に返してこいなんて言うのはさすがにできない。身元の確認だって、本人が目を覚まさないのではどうしようもなかった。

「彼が目を覚ますまで様子を見るしかないんじゃないですか」

 シュウがそう言うと、ユハはますます顔をしかめて頷いた。

「そうだな。そうするしかないだろう」

 それを聞いたニナギはほっとしたように破顔した。

「よかったぁ」
「おいおい、叔父さんもそこまで冷たくはないぞ」
「そうだけど」

 ちょっと不安だったから、と口の中でもごもごと言いながら肩を落とすニナギにシュウは笑った。

「目が覚めるまで、何もない時はお前が面倒を見るんだぞ」
「わかった」

 やれやれとため息をついたユハに、ニナギはお礼を言って早速寝所の方に少年を移すと言って立ち上がった。ニナギが再び少年を担いで奥に消えていくのを見て、シュウは口を開く。

「実際あの子、どうして倒れていたのでしょうね」
「そうだな、警戒しておくにこしたことはあるまい。あいつは彼が目を覚ましても世話を焼こうとするだろうから、お前が見ておいてやってくれるか」
「はい」

 ショウは当然と頷く。

「あれは実直に育ったが、人を信用しすぎるところがある。頼んだぞ」

 そう言った叔父は、父親でもありながら、族長としての目をしていた。
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