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三章
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頭を抱えているニナギに、シュウは遠慮無く笑った。
「ニナギは素直だよな」
ニナギは微妙な表情でがっくりとうなだれる。
「はぁ。俺はこう、何でもさらっとこなせるようになりたいのに」
地面にしゃがんでふて腐れているニナギをシュウは見やる。少し考えて口を開いた。
「すぐに剣を扱えて?」
「そう」
「一回教えられただけで完璧に型ができて?」
「そうそう」
「努力しなくても舞手に選ばれる?」
「そう」
シュウは顎に指を当てて言葉を探す。
「でもそれって、ニナギがずっと目標にしてきた。十五歳で舞手になるっていう夢、簡単に叶って面白くないだろ」
「うーん、言われてみれば。もしそうだったら夢にさえしなかったかも……」
「だろ? もしそれがなかったらお前何してたよ」
「んー、わかんない。何してたんだろ俺。だいたい稽古してるか、里の手伝いしてるかだからなぁ……」
従兄に言われ、考えて始めて夢のために費やした時間がどれほど多いか自覚したニナギは、改めてびっくりした。
従兄に追いつけないと悩んだことだって、舞手になりたいがための努力の上にあった。父に叱られて泣いたことも、その後こなくそと頑張って、どうにか難しいと言われている型を覚えたのだって。厳しかったけれど、それもニナギが本気でやりたいと思ったことだからだった。
「な? 俺はニナギが頑張っているところ好きだよ。それを見て、俺も頑張んないとって思うからな」
「兄さんが?」
「そ、俺はお前のことみて、努力することを学んだんだよ」
「へぇ……、え?」
なんか今とんでもないこと言われたような気がする。
ニナギは抱えていた頭を上げて、従兄を見たのだが、シュウはこちらも見ずに、自らの木刀を用意していた。軽く準備運動をして、やる気は満々だ。
「ほらニナギ、久しぶりに手合わせしよう」
こちらを向けて構えた従兄は、挑発するように切っ先を上下に振った。話していた事をうやむやにされたような気がするが、シュウとの稽古は久しぶりで、胸の辺りがうずうずする。
「する!」
ニナギも地面に転がっていた自分の木刀を掴むと、シュウと全く同じ構えをとって、仕掛けてくるのを待った。
のだが、結果から言うと惨敗だった。
「なんでそんなに、強いんだよー」
「だって手加減するとニナギ怒るだろう」
「そうだけど」
自分の性格をよく知っていらっしゃる従兄の稽古に一切の甘さは存在しなかった。草の上に転がって荒い息をしているニナギに、シュウが自分の水筒の水を分けてくれた。自分の分はとうに飲み干してしまっていたからだ。
「ありがとう」
ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干すニナギに、優しい従兄は全部飲んで良いよと言ってくれた。
ありがたい。
冷たい水が腑に染み渡る頃には、型の練習をした時に感じていたわだかまりのようなものは無くなっていた。肩からすとんと力が抜けて呼吸がしやすくなった。
体に変に力が入っていると、普通の呼吸もしづらい。そうなると人はいつも通り動けなくなるし、考えもまとまらなくなる。いらいらしたり、人に当たったり。
影響が自分だけにあるなら良いが、それで他人に迷惑をかけるのは違うと思う。
こうやって稽古につきあってくれた従兄はニナギの心情なんてお見通しだったんだろう。
「うわー負けた気分」
元より勝っているところなんて無いけれど。こうやってつきあってくれる従兄は優しい。今すぐ追いつくことは無理だけれど、それは自分で追いつけるように努力すれば良い。
「何が」
「なんでもなーい」
「なんだよ教えろよ」
釈然としない顔をしているシュウがおかしくて笑ってしまった。そしてこんな兄がいて、自分は本当に恵まれていると思うのだった。
「で、最近の悩みはなによ」
忘れてくれてはいなかったらしい。
ニナギは自分がすっきりして忘れかけていただけに、従兄の追求に誤魔化す準備ができていなかったのを呪った。こうなったシュウはこっちが話すまでとことん追い詰めてくるから、しらを切り通すのは難しい。
ニナギは諦めて話し出した。
それにすっきりとした分、自分でも客観的に見られるようになった気がする。
「ナユタのことだよ。仲良くなったと思うんだけど、すこしよそよそしい部分もあって、どうにかできないかなって」
「ナユタか。得体の知れないところがあるからな」
「もー、兄さんまでそういう事言う」
「里のもんがいろいろ話してるのは、嫌でも耳に入ってくるからな」
「うん、ナユタもあまりいい気はしないと思う」
人に不信感を持たれて、良いという人はいない。里は狭いから噂話だって、本人に届くのにそう長い時間は掛からない。ナユタと歩いていた時も、なんとなく嫌な感じを覚えたことがある。
「鎮めの儀式からこっち、ぼーっとしてることもあるし、確かに何考えてるのかわからないところはあるけど良いやつだよ」
人の笑っているところを見るのが幸せだと言うようなやつだ。悪いやつじゃないことは明白ではないか。
「俺もそうだけど、里の者はナユタのことあまりよく知らないからな。よく知らないと、良いのか悪いのか判断が付きにくい。もともと結界のこともあって、閉鎖的な里でもあるし、突然現れた記憶喪失の人間っていうのは、たとえ受け入れようとしてても、無意識が負の方に引きずられるって言うのはよくある話だと思うぞ」
「そうかもしれないけどさ」
それでも釈然としないところはある。関わったら絶対に良いやつだってわかるはずなのだ。
「じゃあ、逆に聞くけど、最初から不信感全くなかったニナギはそこのところどう判断してんだよ」
拾ってきて言葉を交わして、それで信頼関係を作ったところはある。でも言われてみれば自分は最初から、ナユタを警戒していたわけではないし、ましてや不信感を持っていたわけでもなかった。
何でだろう。
どうして自分は……。
「うーん、勘? 悪い人じゃないって最初からわかってた気がする」
悩んで苦し紛れに出した答えだけれど、こぼれた言葉はすとんと心に落ちた。
「はぁ?」
どうにも考えつかなくてこぼしたそれは、シュウに疑問を抱かせるのに十分だった。過保護が発動して、ちゃんと警戒しろとか、人を見極めろとか、さんざん言われて、族長に顔向けできないとまで言われたら、いたたまれなくなった。
ぺろっと勝手なことをしゃべった自分の口を恨む。
それでも間違ってないと思うのだから、あまり説教が効いているとは思えない。従兄には悪いが、多分これからも変わらないだろう。
ニナギは心の中で謝っておいた。
「ニナギは素直だよな」
ニナギは微妙な表情でがっくりとうなだれる。
「はぁ。俺はこう、何でもさらっとこなせるようになりたいのに」
地面にしゃがんでふて腐れているニナギをシュウは見やる。少し考えて口を開いた。
「すぐに剣を扱えて?」
「そう」
「一回教えられただけで完璧に型ができて?」
「そうそう」
「努力しなくても舞手に選ばれる?」
「そう」
シュウは顎に指を当てて言葉を探す。
「でもそれって、ニナギがずっと目標にしてきた。十五歳で舞手になるっていう夢、簡単に叶って面白くないだろ」
「うーん、言われてみれば。もしそうだったら夢にさえしなかったかも……」
「だろ? もしそれがなかったらお前何してたよ」
「んー、わかんない。何してたんだろ俺。だいたい稽古してるか、里の手伝いしてるかだからなぁ……」
従兄に言われ、考えて始めて夢のために費やした時間がどれほど多いか自覚したニナギは、改めてびっくりした。
従兄に追いつけないと悩んだことだって、舞手になりたいがための努力の上にあった。父に叱られて泣いたことも、その後こなくそと頑張って、どうにか難しいと言われている型を覚えたのだって。厳しかったけれど、それもニナギが本気でやりたいと思ったことだからだった。
「な? 俺はニナギが頑張っているところ好きだよ。それを見て、俺も頑張んないとって思うからな」
「兄さんが?」
「そ、俺はお前のことみて、努力することを学んだんだよ」
「へぇ……、え?」
なんか今とんでもないこと言われたような気がする。
ニナギは抱えていた頭を上げて、従兄を見たのだが、シュウはこちらも見ずに、自らの木刀を用意していた。軽く準備運動をして、やる気は満々だ。
「ほらニナギ、久しぶりに手合わせしよう」
こちらを向けて構えた従兄は、挑発するように切っ先を上下に振った。話していた事をうやむやにされたような気がするが、シュウとの稽古は久しぶりで、胸の辺りがうずうずする。
「する!」
ニナギも地面に転がっていた自分の木刀を掴むと、シュウと全く同じ構えをとって、仕掛けてくるのを待った。
のだが、結果から言うと惨敗だった。
「なんでそんなに、強いんだよー」
「だって手加減するとニナギ怒るだろう」
「そうだけど」
自分の性格をよく知っていらっしゃる従兄の稽古に一切の甘さは存在しなかった。草の上に転がって荒い息をしているニナギに、シュウが自分の水筒の水を分けてくれた。自分の分はとうに飲み干してしまっていたからだ。
「ありがとう」
ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干すニナギに、優しい従兄は全部飲んで良いよと言ってくれた。
ありがたい。
冷たい水が腑に染み渡る頃には、型の練習をした時に感じていたわだかまりのようなものは無くなっていた。肩からすとんと力が抜けて呼吸がしやすくなった。
体に変に力が入っていると、普通の呼吸もしづらい。そうなると人はいつも通り動けなくなるし、考えもまとまらなくなる。いらいらしたり、人に当たったり。
影響が自分だけにあるなら良いが、それで他人に迷惑をかけるのは違うと思う。
こうやって稽古につきあってくれた従兄はニナギの心情なんてお見通しだったんだろう。
「うわー負けた気分」
元より勝っているところなんて無いけれど。こうやってつきあってくれる従兄は優しい。今すぐ追いつくことは無理だけれど、それは自分で追いつけるように努力すれば良い。
「何が」
「なんでもなーい」
「なんだよ教えろよ」
釈然としない顔をしているシュウがおかしくて笑ってしまった。そしてこんな兄がいて、自分は本当に恵まれていると思うのだった。
「で、最近の悩みはなによ」
忘れてくれてはいなかったらしい。
ニナギは自分がすっきりして忘れかけていただけに、従兄の追求に誤魔化す準備ができていなかったのを呪った。こうなったシュウはこっちが話すまでとことん追い詰めてくるから、しらを切り通すのは難しい。
ニナギは諦めて話し出した。
それにすっきりとした分、自分でも客観的に見られるようになった気がする。
「ナユタのことだよ。仲良くなったと思うんだけど、すこしよそよそしい部分もあって、どうにかできないかなって」
「ナユタか。得体の知れないところがあるからな」
「もー、兄さんまでそういう事言う」
「里のもんがいろいろ話してるのは、嫌でも耳に入ってくるからな」
「うん、ナユタもあまりいい気はしないと思う」
人に不信感を持たれて、良いという人はいない。里は狭いから噂話だって、本人に届くのにそう長い時間は掛からない。ナユタと歩いていた時も、なんとなく嫌な感じを覚えたことがある。
「鎮めの儀式からこっち、ぼーっとしてることもあるし、確かに何考えてるのかわからないところはあるけど良いやつだよ」
人の笑っているところを見るのが幸せだと言うようなやつだ。悪いやつじゃないことは明白ではないか。
「俺もそうだけど、里の者はナユタのことあまりよく知らないからな。よく知らないと、良いのか悪いのか判断が付きにくい。もともと結界のこともあって、閉鎖的な里でもあるし、突然現れた記憶喪失の人間っていうのは、たとえ受け入れようとしてても、無意識が負の方に引きずられるって言うのはよくある話だと思うぞ」
「そうかもしれないけどさ」
それでも釈然としないところはある。関わったら絶対に良いやつだってわかるはずなのだ。
「じゃあ、逆に聞くけど、最初から不信感全くなかったニナギはそこのところどう判断してんだよ」
拾ってきて言葉を交わして、それで信頼関係を作ったところはある。でも言われてみれば自分は最初から、ナユタを警戒していたわけではないし、ましてや不信感を持っていたわけでもなかった。
何でだろう。
どうして自分は……。
「うーん、勘? 悪い人じゃないって最初からわかってた気がする」
悩んで苦し紛れに出した答えだけれど、こぼれた言葉はすとんと心に落ちた。
「はぁ?」
どうにも考えつかなくてこぼしたそれは、シュウに疑問を抱かせるのに十分だった。過保護が発動して、ちゃんと警戒しろとか、人を見極めろとか、さんざん言われて、族長に顔向けできないとまで言われたら、いたたまれなくなった。
ぺろっと勝手なことをしゃべった自分の口を恨む。
それでも間違ってないと思うのだから、あまり説教が効いているとは思えない。従兄には悪いが、多分これからも変わらないだろう。
ニナギは心の中で謝っておいた。
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