異世界転移した町民Aは普通の生活を所望します!!

コスモクイーンハート

文字の大きさ
47 / 75
第5章 聖女として……

第四十五話 ビンタが炸裂

しおりを挟む
「…………聞き間違い、ですよね?」
 眉間に皺をよせながら、厳しい目で副団長が団長を見る。団長のその発言はとても許しがたい言葉であった。
 まさか騎士達が犠牲になってもいいというようなふざけたことを仮にも団長の立場にある彼が言うとは思ってもみなかった。
 いつも緊急時でものんびりしていて自己中心的で、不正などの噂もあるほど悪どい所もある彼だが、まだ人として最低ではないと信じたかった。
 しかし、まさか悪魔に魂を売ったような最低な人間だったとは………………。
 信じたくはなかった。信じたくはなかったのだ。騎士達はこれが自分達の上司なのかと情けなくなった。ぐっと濁流のような気持ちを抑え込む。
「だから何度も言わせるな。ポーションもシールドも使用許可は出さない。とっとと行け‼」
「無理です‼このまま怪我を放っておくと危険な者までいるのですよ⁉」
 なおも言い募る騎士達。彼らももう我慢の限界であった。
 幾度となくこの男に怒りを覚えて、その度にどれほど我慢してきたか彼は知らないだろう。
 それに、あの魔物との戦闘で死にかけた者がたくさんいたのを見てきた。
 確かにあの場に戻ることは本能で避けたいと思っているのは事実である。
 だがしかし、勇者と賢者が命を賭してこの辺境を守ってくれている。本来ならば、我々が守るべき場所なのにだ。いつもいつも、魔物の集団が来る度に駆けつけて来てくれる。そんなあの二人の勇敢な行動に騎士達は大きな恩を感じていた。
 それなのに、自分達だけが危険のない場所でぬくぬくと勇者達の帰りを待つなどというような無様な真似だけはできない。
 騎士達が勇者達と共に魔物を倒しこの辺境を、この国を守りたいと思っているのもそれもまた事実であった。
 しかし、あくまで団長の対応はとても冷ややかなものであった。
「お前達がどうなるのかなど関係ない。この辺境を守りきり、勇者様と賢者様と聖女様が無事に王都に帰還さえすればいいのだ。それとも何だ?まさか勇者様方を助けに行かないとでも言うのか?」
「……ッ‼違います‼」
「なら今すぐ行け。今も勇者様方は魔物と戦っているのだぞ?」
 これ以上言うことはないというような有無を言わさぬ口調で言い放つと、煙草の火を灰皿でぐりぐりと押し消す。
 不甲斐なさや怒りで歯ぎしりする騎士達。
(………………まったく………)
 こんな人間が騎士団長などとは絶対に認められない。結菜は堪えられないほど湧き上がる不快感と、それを包み込むような熱い何かを感じた。
 一見自分が正しいように彼は言っているが、それはあまりにも横暴な発言であったのだ。
 勇者や賢者の応援に行ってほしいと思ってはいるが、結菜はそのために騎士達に犠牲になってほしいとは思ってはいない。むしろ、全員が無事で魔物もいなくなるというハッピーエンドを望んでいたのだ。
 騎士達の犠牲は勇者や賢者も絶対に望んでいないはず…………。
 嫌な空気に耐えきれず、その上自分の命令をすぐに実行に移さない騎士達に苛立ったのか、団長がソファから立ち上がった。一番近くにいる騎士に八つ当たりをするように突き飛ばす。
「ゲホッ」
 突きがみぞおちに入ったのか、騎士が呻きよろめく。
「あまり私をあまく見るな」
 腹を抑え込んでいる騎士を一瞥し、嫌悪感を包み隠すことなく睨めつける団長。彼の本質は貴族。どうやら自分の思い通りに行かないことに完全にキレかけているらしい。
 そんな団長の横暴で自分勝手な姿に、既に導火線に着火されていた結菜の感情が遂に爆発した。
 立ち上がりながら低く構える。
 全身の気を右腕に集めながら、結菜はふぅっと息を深く吐いた。右腕を大きく後ろに引く。
 
 ………いつの事であっただろうか……。合田家の長男、まぁ彼は結菜の兄なのだが、彼が某アニメにドハマりし、すこぶる恥ずかしいコスプレ(美少女戦隊もの猫耳カチューシャ付き)を結菜に着てほしいと懇願したことがある。
 尊敬する兄のために恥をしのんでコスプレしたのだが…………。
『そのまま、俺をビンタしてくれ‼』
 ……こともあろうに、兄はさらりとぶっ飛んだことを言いのけた。
 結菜が我も忘れて強烈なビンタを繰り出したのは言うまでもない。……まぁ、ある意味兄の望みは叶ってしまったのだが…………。これは黒歴史並の技であった。
 
 引いた右腕に全体重を乗せるかのように、普段出さないような家事場の馬鹿力並の気合で放たれる技。
 その技は強烈かつ強力な技であった。
 それは、「バチンッ」とか「パーン」という軽い感じの生易しいものなんかではなく、


 パコォォォォォォォオオン‼


 ボウリングの玉がピンを弾くような凄まじい音と共に、パリパリと音を立てながら電気の光を放っている結菜の右手が高速で鞭のようにしなりながら、まだ騎士に八つ当たりを続けようと一歩踏み出した団長の頬を打った。
 団長の身体がドリルのように回転し、地面に打ち付けられる。
 一瞬で結菜の一撃で気絶する団長。
(私の手、光った?………光の魔法使えるから不思議じゃないけど)
 結菜は倒れ伏した団長など目もくれず、自分の手を見た。「はて?」と光が出たという謎現象に首を傾げる。まぁ、すぐに切り替えたが…………。
 「ヘブゥゥ」とか「グェェ」とか叫び声を一切上げることなく、団長は死んだ魚のように床を転がっていく。
「ふぅ…………」
 パンパンッと手をはたいて、結菜は騎士達ににこりと優しい微笑みを見せた。……団長には一切目もくれない。
「さて、皆さん行きましょうか」 
「えっ………………?」
 急な出来事に理解が追いつかない騎士達。いつも冷静沈着な副団長もぽかんとしている。
「だから、勇者さんと賢者さんを助けにです。まずは負傷した騎士さん達の手当てですよね?さぁ、行きましょう」
「えっ、あっ、ちょっと。聖女様?」
「どうしたの?」
 扉の方に歩いていた結菜はくるりと騎士達の方へと振り向く。
 彼らの顔には動揺が浮かんでいた。
「回復ポーションを使うには最終決定権を持つ団長の許可がなければ、」
 言いよどむ騎士達。
 結菜はちょっと気になることがあって、鑑定さんに聞いてみた。自分の聖のスキルのことである。
(鑑定さん。私の聖ってヒールとかって使える?聖女だからたぶん使えると思うんだけど……)

《告。ヒールは聖のスキルの派生で使えます。聖女になったこともあり、過去最高ランクの聖のスキルと変化しました。最上級の回復魔法も使えるので安心してください。死人以外なら全快させることができますから。他にも瘴気の浄化及び汚染防御などもできます。いわば、回復系や浄化系なら何でもありスキルですね》

 ………………予想以上にお茶目な回答であった。日に日に鑑定さんの会話モードがスムーズになっていっているのは気のせいであろうか………………?
 っというか、死人以外なら全快させるとか軽く引くワードまでさり気なく盛り込まれていた。ここまでいくと軽く人外、………いや考えるのは止めよう。
 結菜は思考を素早くチェンジした。
 日に日にスルーの力が伸びていくのを改めて実感する結菜。
「大丈夫‼私がなんとかするからさ‼」
 諸々のことをスルーしたからか、朝日のように眩しい笑顔を見せる。
「私、聖女だよ?ヒールでも浄化でもどんと来いなんだから‼」
「ほ、本当ですか⁉」
「聖女様、ありがとうございます‼」
 半泣きになりながら結菜に感謝を伝える騎士達。その顔にはもう憂いとか怒りとかは浮かんでいなかった。
 相当腹に据えかねていたのだろう。中には、気絶して転がっている団長を簀巻きにしている騎士もいた。…………皆さん切り替えが早くて本当に何よりである。
(良かった。やっと笑顔になったね‼)
 やっと騎士達の笑顔が戻って来たのだとわかり、ホッとする結菜。
「さぁ行こ?放置すると大変なくらい大怪我な人もいるんでしょ?」
 照れくさくなってきて、結菜は騎士達を急かした。
 扉を開けて騎士団を出る。
 結菜は副団長率いる騎士達に連れられて、負傷や瘴気汚染を受けてしまった騎士のいる町の門付近まで行った。



しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

処理中です...