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第5章 聖女として……
第四十九話 王城での緊急会議
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赤い絨毯が敷かれた部屋。
蜜蝋の蝋燭で灯されたシャンデリアが、艶めく大きな木製テーブルに写り込んでいる。
そのテーブルにつく幾つもの人影が。
ルーベルト王国王城の王の執務室付近にある会議の間にて、アデレード王含め数人の者がその場に集まっていた。
緊急招集が王の命でかけられたのである。
勇者と賢者、そして聖女である結菜が今日の昼近くに魔物の大群発生により、転移魔法陣を使って緊急出動した後、すぐに侍従がその事を王の元へ報告してきた。
それを聞いたアデレードはすぐさま、国の重要人物や大臣、宮廷魔術師長などに招集をかけた。
今回の魔物の大群発生は国の緊急事態であったからだ。
それから数時間後、主要人物は会議の間に到着した。
今回ばかりは勇者達しか使用を許していない転移魔法陣の使用もアデレードは許可した。
中には国の中央から離れた位置にいる者もいたからである。
人払いを済ませ、アデレードは席に着席した一同を見渡し、口を開いた。
「此度は緊急招集によく駆けつけてくれたものだ。感謝する」
「いえ、めっそうもございません。ところで、アデレード様。先程ちらりと小耳に挟んだのですが、魔物の大群が我が国内で発生したとか………」
初老にさしかかる公爵が、自身の蓄えた白ひげを撫でた。
彼はルーベルト王国の中でも三つの指に入るほどの権力を持ち、忠臣であった。
名はフィリス·フォン·レデグルス。レデグルス家の者であり、俗にフィリス公爵と呼ばれている。
「何でも、今回の討伐には賢者様や勇者様だけでなく、最近選定をなさった聖女様が行きなさっているとのこと。やはり、先の会議にて出ておった報告も真のようですな」
「そうですな。どう考えても、魔物の発生率が上昇しているとしか…………。同じ地域で月二度も発生するとは思いもしませんでしたぞ?」
厳つい顔をしかめながら、フィリス公爵に同意するルイス将軍。
ルーベルト王国の軍事を担当する者で、彼もまた王国に忠誠を誓う者である。
アデレード王は深刻な面持ちで頷いた。
「うむ。あの辺境は確かにこの国の中でも魔物が発生しやすい場所ではある。他の地域ではその代わりあまり発生することはない。だが、年々国内の魔物発生率は上がっている。このままだと流石に大変だからな。我は以前から探させていた聖女となれるほどの者を今回やっと見つけ、選定に臨んでもらったのだ」
「あぁ、それであのユーナ様を聖女に。聖女は魔物の発生の原因となる瘴気の浄化ができると伝説でも有名な話ですからね」
納得したようにうんうん頷く宮廷魔術師長に、アデレードは「話が早いな」と笑みを浮べた。
「そうだ。彼女の存在はつい数週間前にわかった」
「もしかして、あの高難易度ダンジョン崩壊ですか?」
出回っていないはずの情報を既に持っているとは。流石宮廷魔術師長である。
彼は魔法に関する事ならあらゆることを徹底的に調べる節があった。
しかも、持てる情報網は全て使ってである。彼は貴族階級の中でも位は高い方なので、だいたいは調べ上げてしまうのだ。
主に自身の知識欲を満たすためだけに彼は動く。
アデレードは苦笑した。まぁ、彼の習性は気にするだけ無駄なので放ってはいるのだが………。
「よくわかったな」
「当たり前です。あなた様と賢者様直々に、極秘で彼女の魔力測定と魔法属性の測定を頼まれたのですから。詳しく調べさせたらすぐに出て来ましたよ」
「今回はどんな手を使ったんだ?」
「わかっていらっしゃるでしょ?主に宮廷魔術師関連ですよ」
含み笑いをする宮廷魔術師長。
(これは、幻術魔法でも使って調べさせたな……………)
白い目で彼を見つめ、アデレードは咳払いをした。
「そこでだ。今回の討伐にて、賢者からの要請もあり、彼女に討伐に参加してもらった。事前に話合いも済んでいる。なに。少女である彼女に戦闘には参加しろというわけではない。彼女の役割は浄化である。賢者と勇者もそう言っていた」
「ふむ。なら、納得ですな。しかし、そのユーナ様とやらは本当に大丈夫なのですか?」
側近であるフエルト卿が尋ねる。
どうやら、結菜が真の聖女となったのか疑問のようだ。
探していたからといって、そう簡単に聖女の素質がある者などいない。むしろ、今回結菜が見つかったのはほぼ偶然であった。
もしダンジョン崩壊がなければ見つかりはしなかったであろう。
「あぁ、大丈夫だ。選定の間での選定は成っている。お前も知っているだろう。選定は世界樹しかなせない神聖な儀式であると」
「うむ。確かにその通りですな。選定の間に近づけるなら只者ではありますまい」
唸るフエルト卿。周りの者達も確かにと腕を組んでいる。
「それにですね?ユーナ様は三属性持ちで魔力量も異常なくらい多いんですよ。魔力の質も最上級の逸品ですね。もし、彼女が聖女じゃなかったら自分の所に是非欲しいくらいですよ」
残念そうに話す宮廷魔術師長に、一同は驚愕した。
宮廷魔術師団は入るのはとても難しい。
なんせ宮廷魔術師長である彼自身が見極め、認めた者しか入らせないからだ。
魔法ヲタクと化している彼には、もちろんお金や権力など通じるはずもなく、宮廷魔術師団に入れることは貴族の誉とも言われている。
そんな彼に、是非宮廷魔術師団に欲しいとのたまわせる彼女の魔術師としての素質はいかほどのものなのであろうか。………想像に難くない。
「それほどの者だとは…………。失礼した。ふむ、なるほど。それで陛下は今回招集をかけたのですな?」
「今回招集をかけたのは魔物の大群発生の件だ。聖女のことはもう少し後の王家主催のパーティーの際に話そうと思っていたのだが………。まぁ、仕方がない。話を戻すぞ。此度の魔物の発生は極めて異常である。そこでだ。今後の対策や状況を共有しようと思っている」
「そうですな。それに、今まで通り勇者様や賢者様に頼りきりというわけにはいきますまい」
頷く一同。
「それならば一つ提案がございますぞ?」
ルイス将軍が口を開いた。
「我々騎士団が警備を強化するのです。その際、魔術師団との連携ができれば戦力は増大するかと」
おぉと声を漏らす一同。
いい提案である。
しかし、その提案に魔術師長が反応した。
「でも、魔術師団の人数は限られてますよ?」
「それは第一師団である貴君の宮廷魔術師団であるからだ。宮廷魔術師団は魔術師長である貴君が、直々にお目に適った者しか入れていないであろうが。他の下にある通常の魔術師団を幾つかお借りしたい」
「う~ん。確かにそうですね………………。いいでしょう。ただし、魔術師団はあくまで魔術師団です。指揮権はあなたに託しますが、管轄は我々にあることをお忘れなく」
「あい、わかった。陛下、それならばよろしいですかな?」
話がまとまり、将軍はアデレードの同意を求めた。
アデレードも良い案だと思い、頷く。
「よかろう。当分その対策で行こうと思う。誰か意見のある者はおらぬか?」
ぐるりと見渡すが、誰も何もないようだ。
案は通った。
「ならば、これでゆく。将軍、魔術師長。そなた達は案を具体化しなさい。報告は忘れぬように」
「「畏まりました」」
「官吏長。そなたは予算の配分などを考えておくのだ。そこの二人とも意見を交わしておくのだぞ?」
「仰せの通りに。我が王よ」
官吏長がすっと頭を下げる。
「よかろう。ではこれにて緊急会議は閉めさせてもらおう。本当にご苦労であった。貴君らの部屋の手配はしておる。十分に休んでゆきたまえ」
緊急会議はものの数十分で終わったが、もともと以前した会議でだいたい煮詰めていた案件だったため、問題なくスムーズに終わった。
がたがたと椅子から立ち上がり、皆が扉の方へ向かう。
会議の間の厚い扉がすっと開かれる。
続々と会議の間を出て行く将軍達。
話も弾んでいるようだ。……本当に何よりである。
アデレードは彼らを見送りながら、自身の執務室に戻った。
彼を待っていた侍従がさっと執務室の扉を開ける。
「ありがとう。しばらく一人にしてくれないか」
側にいる侍従に人払いを頼む。侍従はすぐに紅茶の用意をし、扉の前で礼をして去って行った。
ふぅとため息をつきながら、アデレードはソファに腰を深く沈めた。
色々あったため、少し疲れてしまったようである。
「…………まさか、また魔物が出るとはな………………」
皺が寄った眉の間をぐりぐり押しながら、ため息混じりでアデレードはぽつりと呟いた。
この頃は異常なことが多すぎる。
ダンジョンが崩壊したり、大気中の瘴気が増えたり、もちろん魔物の大量発生もである。
大気中に瘴気がたくさん増えたからであろうか。魔物の大量発生は。
どちらにしろ、大変なことになっているのは事実である。逃げようもない事実なのだ。
「……また、被害が出ているのだろうか………………。辺境の民達は大丈夫なのだろうか………」
心の中は色々な考えがグルグル渦巻き、嫌な想像が頭の中を占めていく。
町が壊れ、逃げ惑う人々。
暴れる魔物達。
今回は十体以上の魔物が発生したらしい。
勇者と賢者は大丈夫であろうか…………。ユーナ殿は大丈夫であろうか………………………。
後ろのソファに預けていた頭をもたげながら、アデレードはふぅと息をはいた。
「やれやれ……………この頃はため息ばかりついてるな…………」
また娘のフィーナに「幸せが逃げるよ」って怒られてしまうなとぼやく。
身を起こして、温かい紅茶を飲むとだんだん気持ちが落ち着いてきた。
「………美味いな…………………」
ほぅと息を吐く。
さてと………。アデレードは扉の方を見やり、しっかり閉じているか確認した。ソファから立ち上がり、カーテンを閉め切る。
「影。影はいるか?出て来なさい……………」
アデレードの声が広い室内に響く。
何も変化はない。
アデレードは気にせず、またソファに身を沈めた。
紅茶カップを持ち上げ、口元に持ってゆく。
「…………何用でございますかな?」
カーテンを締め切った室内にシャンデリアの光だけが揺らめく中、部屋の一角の陰りから闇が膨張して人の形を象った。
やがて闇は『影』となる。
影が王の近くまで滑る様に近付いていき、ソファに座り直したアデレードの側に寄った。
足音は一切ない。
人か人でないかよくわからないほどの動作であった。
「アデレード様…………。お呼びですかな?」
カチャリと紅茶カップの置く音。
「あぁ。……影、辺境では今どうなっておる。今現在の状況は?勇者と賢者は?聖女は大丈夫なのか?」
屈む様に揺らめく闇に瞳を向け、アデレードは問いかけた。
半ば憔悴気味に問うアデレードに影は心配を隠せなかった。
この頃主は色々なことを気に負いすぎている。
しかし、影は気持ちをぐっと抑えて、主の望みを叶えんとする。
彼もまた、忠誠を誓う者の一人であった。
「そうですな。少々お待ちくださいませ。…………………………………」
誰かに通話しているかのように黙り込む影。
(………………民は………勇者と賢者は……………………ユーナ殿は無事なのであろうか……………………)
ゆらゆらと思案している影をアデレードはじっと静かに見つめ続けた。
蜜蝋の蝋燭で灯されたシャンデリアが、艶めく大きな木製テーブルに写り込んでいる。
そのテーブルにつく幾つもの人影が。
ルーベルト王国王城の王の執務室付近にある会議の間にて、アデレード王含め数人の者がその場に集まっていた。
緊急招集が王の命でかけられたのである。
勇者と賢者、そして聖女である結菜が今日の昼近くに魔物の大群発生により、転移魔法陣を使って緊急出動した後、すぐに侍従がその事を王の元へ報告してきた。
それを聞いたアデレードはすぐさま、国の重要人物や大臣、宮廷魔術師長などに招集をかけた。
今回の魔物の大群発生は国の緊急事態であったからだ。
それから数時間後、主要人物は会議の間に到着した。
今回ばかりは勇者達しか使用を許していない転移魔法陣の使用もアデレードは許可した。
中には国の中央から離れた位置にいる者もいたからである。
人払いを済ませ、アデレードは席に着席した一同を見渡し、口を開いた。
「此度は緊急招集によく駆けつけてくれたものだ。感謝する」
「いえ、めっそうもございません。ところで、アデレード様。先程ちらりと小耳に挟んだのですが、魔物の大群が我が国内で発生したとか………」
初老にさしかかる公爵が、自身の蓄えた白ひげを撫でた。
彼はルーベルト王国の中でも三つの指に入るほどの権力を持ち、忠臣であった。
名はフィリス·フォン·レデグルス。レデグルス家の者であり、俗にフィリス公爵と呼ばれている。
「何でも、今回の討伐には賢者様や勇者様だけでなく、最近選定をなさった聖女様が行きなさっているとのこと。やはり、先の会議にて出ておった報告も真のようですな」
「そうですな。どう考えても、魔物の発生率が上昇しているとしか…………。同じ地域で月二度も発生するとは思いもしませんでしたぞ?」
厳つい顔をしかめながら、フィリス公爵に同意するルイス将軍。
ルーベルト王国の軍事を担当する者で、彼もまた王国に忠誠を誓う者である。
アデレード王は深刻な面持ちで頷いた。
「うむ。あの辺境は確かにこの国の中でも魔物が発生しやすい場所ではある。他の地域ではその代わりあまり発生することはない。だが、年々国内の魔物発生率は上がっている。このままだと流石に大変だからな。我は以前から探させていた聖女となれるほどの者を今回やっと見つけ、選定に臨んでもらったのだ」
「あぁ、それであのユーナ様を聖女に。聖女は魔物の発生の原因となる瘴気の浄化ができると伝説でも有名な話ですからね」
納得したようにうんうん頷く宮廷魔術師長に、アデレードは「話が早いな」と笑みを浮べた。
「そうだ。彼女の存在はつい数週間前にわかった」
「もしかして、あの高難易度ダンジョン崩壊ですか?」
出回っていないはずの情報を既に持っているとは。流石宮廷魔術師長である。
彼は魔法に関する事ならあらゆることを徹底的に調べる節があった。
しかも、持てる情報網は全て使ってである。彼は貴族階級の中でも位は高い方なので、だいたいは調べ上げてしまうのだ。
主に自身の知識欲を満たすためだけに彼は動く。
アデレードは苦笑した。まぁ、彼の習性は気にするだけ無駄なので放ってはいるのだが………。
「よくわかったな」
「当たり前です。あなた様と賢者様直々に、極秘で彼女の魔力測定と魔法属性の測定を頼まれたのですから。詳しく調べさせたらすぐに出て来ましたよ」
「今回はどんな手を使ったんだ?」
「わかっていらっしゃるでしょ?主に宮廷魔術師関連ですよ」
含み笑いをする宮廷魔術師長。
(これは、幻術魔法でも使って調べさせたな……………)
白い目で彼を見つめ、アデレードは咳払いをした。
「そこでだ。今回の討伐にて、賢者からの要請もあり、彼女に討伐に参加してもらった。事前に話合いも済んでいる。なに。少女である彼女に戦闘には参加しろというわけではない。彼女の役割は浄化である。賢者と勇者もそう言っていた」
「ふむ。なら、納得ですな。しかし、そのユーナ様とやらは本当に大丈夫なのですか?」
側近であるフエルト卿が尋ねる。
どうやら、結菜が真の聖女となったのか疑問のようだ。
探していたからといって、そう簡単に聖女の素質がある者などいない。むしろ、今回結菜が見つかったのはほぼ偶然であった。
もしダンジョン崩壊がなければ見つかりはしなかったであろう。
「あぁ、大丈夫だ。選定の間での選定は成っている。お前も知っているだろう。選定は世界樹しかなせない神聖な儀式であると」
「うむ。確かにその通りですな。選定の間に近づけるなら只者ではありますまい」
唸るフエルト卿。周りの者達も確かにと腕を組んでいる。
「それにですね?ユーナ様は三属性持ちで魔力量も異常なくらい多いんですよ。魔力の質も最上級の逸品ですね。もし、彼女が聖女じゃなかったら自分の所に是非欲しいくらいですよ」
残念そうに話す宮廷魔術師長に、一同は驚愕した。
宮廷魔術師団は入るのはとても難しい。
なんせ宮廷魔術師長である彼自身が見極め、認めた者しか入らせないからだ。
魔法ヲタクと化している彼には、もちろんお金や権力など通じるはずもなく、宮廷魔術師団に入れることは貴族の誉とも言われている。
そんな彼に、是非宮廷魔術師団に欲しいとのたまわせる彼女の魔術師としての素質はいかほどのものなのであろうか。………想像に難くない。
「それほどの者だとは…………。失礼した。ふむ、なるほど。それで陛下は今回招集をかけたのですな?」
「今回招集をかけたのは魔物の大群発生の件だ。聖女のことはもう少し後の王家主催のパーティーの際に話そうと思っていたのだが………。まぁ、仕方がない。話を戻すぞ。此度の魔物の発生は極めて異常である。そこでだ。今後の対策や状況を共有しようと思っている」
「そうですな。それに、今まで通り勇者様や賢者様に頼りきりというわけにはいきますまい」
頷く一同。
「それならば一つ提案がございますぞ?」
ルイス将軍が口を開いた。
「我々騎士団が警備を強化するのです。その際、魔術師団との連携ができれば戦力は増大するかと」
おぉと声を漏らす一同。
いい提案である。
しかし、その提案に魔術師長が反応した。
「でも、魔術師団の人数は限られてますよ?」
「それは第一師団である貴君の宮廷魔術師団であるからだ。宮廷魔術師団は魔術師長である貴君が、直々にお目に適った者しか入れていないであろうが。他の下にある通常の魔術師団を幾つかお借りしたい」
「う~ん。確かにそうですね………………。いいでしょう。ただし、魔術師団はあくまで魔術師団です。指揮権はあなたに託しますが、管轄は我々にあることをお忘れなく」
「あい、わかった。陛下、それならばよろしいですかな?」
話がまとまり、将軍はアデレードの同意を求めた。
アデレードも良い案だと思い、頷く。
「よかろう。当分その対策で行こうと思う。誰か意見のある者はおらぬか?」
ぐるりと見渡すが、誰も何もないようだ。
案は通った。
「ならば、これでゆく。将軍、魔術師長。そなた達は案を具体化しなさい。報告は忘れぬように」
「「畏まりました」」
「官吏長。そなたは予算の配分などを考えておくのだ。そこの二人とも意見を交わしておくのだぞ?」
「仰せの通りに。我が王よ」
官吏長がすっと頭を下げる。
「よかろう。ではこれにて緊急会議は閉めさせてもらおう。本当にご苦労であった。貴君らの部屋の手配はしておる。十分に休んでゆきたまえ」
緊急会議はものの数十分で終わったが、もともと以前した会議でだいたい煮詰めていた案件だったため、問題なくスムーズに終わった。
がたがたと椅子から立ち上がり、皆が扉の方へ向かう。
会議の間の厚い扉がすっと開かれる。
続々と会議の間を出て行く将軍達。
話も弾んでいるようだ。……本当に何よりである。
アデレードは彼らを見送りながら、自身の執務室に戻った。
彼を待っていた侍従がさっと執務室の扉を開ける。
「ありがとう。しばらく一人にしてくれないか」
側にいる侍従に人払いを頼む。侍従はすぐに紅茶の用意をし、扉の前で礼をして去って行った。
ふぅとため息をつきながら、アデレードはソファに腰を深く沈めた。
色々あったため、少し疲れてしまったようである。
「…………まさか、また魔物が出るとはな………………」
皺が寄った眉の間をぐりぐり押しながら、ため息混じりでアデレードはぽつりと呟いた。
この頃は異常なことが多すぎる。
ダンジョンが崩壊したり、大気中の瘴気が増えたり、もちろん魔物の大量発生もである。
大気中に瘴気がたくさん増えたからであろうか。魔物の大量発生は。
どちらにしろ、大変なことになっているのは事実である。逃げようもない事実なのだ。
「……また、被害が出ているのだろうか………………。辺境の民達は大丈夫なのだろうか………」
心の中は色々な考えがグルグル渦巻き、嫌な想像が頭の中を占めていく。
町が壊れ、逃げ惑う人々。
暴れる魔物達。
今回は十体以上の魔物が発生したらしい。
勇者と賢者は大丈夫であろうか…………。ユーナ殿は大丈夫であろうか………………………。
後ろのソファに預けていた頭をもたげながら、アデレードはふぅと息をはいた。
「やれやれ……………この頃はため息ばかりついてるな…………」
また娘のフィーナに「幸せが逃げるよ」って怒られてしまうなとぼやく。
身を起こして、温かい紅茶を飲むとだんだん気持ちが落ち着いてきた。
「………美味いな…………………」
ほぅと息を吐く。
さてと………。アデレードは扉の方を見やり、しっかり閉じているか確認した。ソファから立ち上がり、カーテンを閉め切る。
「影。影はいるか?出て来なさい……………」
アデレードの声が広い室内に響く。
何も変化はない。
アデレードは気にせず、またソファに身を沈めた。
紅茶カップを持ち上げ、口元に持ってゆく。
「…………何用でございますかな?」
カーテンを締め切った室内にシャンデリアの光だけが揺らめく中、部屋の一角の陰りから闇が膨張して人の形を象った。
やがて闇は『影』となる。
影が王の近くまで滑る様に近付いていき、ソファに座り直したアデレードの側に寄った。
足音は一切ない。
人か人でないかよくわからないほどの動作であった。
「アデレード様…………。お呼びですかな?」
カチャリと紅茶カップの置く音。
「あぁ。……影、辺境では今どうなっておる。今現在の状況は?勇者と賢者は?聖女は大丈夫なのか?」
屈む様に揺らめく闇に瞳を向け、アデレードは問いかけた。
半ば憔悴気味に問うアデレードに影は心配を隠せなかった。
この頃主は色々なことを気に負いすぎている。
しかし、影は気持ちをぐっと抑えて、主の望みを叶えんとする。
彼もまた、忠誠を誓う者の一人であった。
「そうですな。少々お待ちくださいませ。…………………………………」
誰かに通話しているかのように黙り込む影。
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