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第6章 王都への帰還の前に

第六十一話 怪しい動き

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   ◆
 
 ルーベルト王国王都から遙か遠く。東の隣国、リガーデン王国の王城では各地の大貴族が集まり、何やら話合いをしていた。
 国王を含めた約五十人が広々とした一室に集まり、長いテーブルについている。
 室内は薄暗く、いくつかの蜜蝋の燭台が唯一の光であった。
 ジジッと音がする。揺らめく炎が壁にいくつもの影を照らし出し、不気味に輪郭を象っていた。
「やはりルーベルト王国が聖女を選定したのは真であったのだな」
「今日の昼に、あの魔物がよく出る方角から清らかな大魔法を観測したとか。いや、恐ろしや恐ろしや」
「あの聖王国のことだ。聖女が出ようが仕方ないだろうが」
「いやそうだとしても、あの国はすでに世界樹の加護がある。魔物が出ると言えども、あの辺境にほぼ限定されているではないか。我が国とは違ってな」
「あぁ、口惜しや。聖女が我が国におれば良かったと言うのに」
 ざわつく貴族達。
 そこには、隣国が魔物に対抗する手段をいくつも持っていることへの不満が溢れていた。
 近年魔物の発生が増加している中、聖魔法を使える者もおらず、リガーデン王国では魔物の被害が増加していた。
 対して、ルーベルト王国は魔物が発生すると言っても辺境にほとんど限られており、その辺境は魔の森に接する所に存在しているため魔物も発生しやすい。
 だが、発生しやすいのはその辺境とその周りだけで他はあまりない。被害も辺境付近以外はないにも等しい。
 辺境近くの漁港の町が壊滅したのを除けば、深刻なものはさしてないのである。
 加えて勇者に賢者の存在。世界樹が国の中心にあるので魔物の発生も抑えられている。その上、巨大な浄化能力を持つ聖女の存在。聖女もまた世界樹と同様に魔物の発生を抑える存在なのだ。
 しかし、そんな者もおらず世界樹からも離れた隣国では魔物の被害はやはり相当深刻であった。
 集まる大貴族の中にも領地が多大な被害を受けている者が数多くおり、国中で魔物の被害が多発している。 
 そんな彼らが隣国への不満を覚えるのも無理もない。
 薄暗い室内でぼそぼそざわざわと話す貴族達。
「そもそもあの国にはすでに勇者と賢者がいるではないか!なぜ我らにはその恩恵がないのか‼」
「そうだ!あの国だけが対策をこさえている。それに今回の聖女の件。我らにも恩恵を‼」
「まぁまぁ落ち着け。いやしかし、私も同意せざるを得ないですな。私の領地も魔物共のせいで被害が出たのでな」
「私の所もだ。いやはや、全く口惜しい限り」
 皆悔しそうに顔を歪めている。
 白熱する議論は留めを知らない。「我らにも恩恵を!」と次第に議論の流れは変わっていった。
 その中でも冷静に彼らを見つめる者が一人。いや、冷静というよりも死んだような目でそれらをただ見つめている。
 彼は"傀儡"。この国の王。名をレン·カリール·リガーデン。
 前王が急に崩御し、王位継承者たる王子が若くして王となったのだ。彼は賢く帝王学や様々な勉学を学び、次代の王となるとの期待は高かった。
 しかし、期待があろうとも力がなければ話にならない。さもなくば自分の利益のためだけに動く貴族達に囲まれたこの世界では自由は得られないのだ。
 彼は自力で国全ての貴族を従える力はなかった。ゆえに傀儡となったのである。
 レンは冷たくざわつく貴族達を見つめる。
 感情など切り捨てた仮面のような表情。美しく、下手すれば女性に間違えられそうなほどの美貌はその冷たさを際立たせていた。
 瞳も髪も薄い黄金色なのは王族の正統継承者たる者の象徴。何代もそれは続いている。
 レンは氷のような金の瞳を細めて、すっと一同を見渡した。ピリッと空気が張る。
 レンが口を開こうとしたが、その瞬間を狙うかのようにある者が発言をした。
「いやぁ、皆様の意見は最もであります。あの王国はあまりにも恩恵を受けすぎた。これでは不公平」
 語りかけるような公爵の話に全ての貴族が耳を傾ける。
 レンが一旦支配した空気は公爵によって呆気なく塗り潰された。
「公爵。何を言うつもりだ」
「何と言われましても、陛下。ここは私めにお任せくださいませ。この陛下の後ろでいつもあなた様を守る私めに……」
「公爵。そなたは、」
「陛下!」
 レンの声を遮る公爵。鋭い眼光が射るように彼を見つめる。
 発言は許さないとでも言うかのように。傀儡は意志を持つことは許されないとでも言うかのように。
 場は緊張に包まれ、シンと静まり返った。一同がそっと伺うように二人を見つめる。
 殺気すら感じるその目を見て、レンは開いた口を閉じた。
 微かに揺らめく瞳の光が迷いを表している。
 その様子を見届けると公爵は目を彼からすっと離し、伺うように自分を見つめる貴族達をぐるりと見渡した。
「我が国は魔物共によって危機に瀕しています。今までは聖王国、ルーベルト王国の恩恵には目をつぶっていたが。まぁたまに酷い時には勇者と賢者を派遣してくれていましたからなぁ。だがもう我慢の限界。あの国の恩恵は過ぎている。これでは不平等。皆様もそうだと思うだろう?」
 その場を支配しきったのは王ではなく公爵であった。
 またもや語りかける口調で公爵は目を笑みの形に歪めながら言葉を紡いだ。
 その貴族達の感情に即した言葉は、違和感なくするりと彼らの心に届く。
 またざわつく貴族達。それを見て薄く笑う公爵。
「そこで提案なのですが、聖女を我が国に"迎え" られないでしょうか」
「な⁉」
 あまりの度の過ぎた発言にレンは絶句した。迷いを讃えていた瞳が驚愕に見開かれる。
 公爵の言葉からレンは瞬時に隣国の聖女を正式に迎えるわけではないと理解した。
(戦争でも起こす気なのか…………⁉公爵…………‼)
 レンはあり得ないと公爵を見つめた。公爵はそんな彼の様子を気にすることなく、貴族達の反応を見てほくそ笑んでいる。
 貴族達は、……貴族達は公爵の甘い甘言に載せられかかっているかのようだった。
 今まで以上にざわつく貴族達。貴族達は公爵の言葉に賛否両論であった。
 しかし、賛成派が多いようである。悲しきかな。自分の利益のみしか見ていない者が多いようだ。
「何、戦争など起こす気はありません。聖女をこちら側の味方とするのですよ。できるだけこちらを優先的に魔物の対処をしてもらえるようにね。一旦、我が国へと案内して差し上げるのです。彼女がいればこの国は安泰に近づく」
「確かに聖女の存在は素晴らしい効果を示すだろうが……………」
「しかし、どうやって我が国に招くのです?公爵」
「それは私にいい案があります。私に任せてくれればそれでいい。さすれば我が国の安泰とあなた方の安全を保証できるかもしれません。どうですか?」
「なら………」
「うむ。流石、公爵殿だ。あなたに私は賛成しますよ」
「それなら私も賛成ですな」
「なら私も」
 次々と賛成を示す貴族達。公爵の手の平で転がされているのも知らずに彼らは安直に判断する。
 反対していた者達も上位貴族が賛成を示したのでなすすべなく賛成を評した。
「陛下。それで宜しいですね?」
 圧をかけながら公爵はレンを見つめた。
 同意を求めているようで、実際はそうではない。貴族達は公爵によって意見を纏められてしまった。
 ぎりっと唇を噛み締めるレン。
 もっと自分に力があれば彼を跳ね除けるというのに。
 レンは感情を噛み殺し、凍てついた仮面を取り付ける。そうしなければレンはどうにかなりそうであった。
 ふたたび冷たさを宿した金の瞳で貴族達を見つめる。
 シンと静かになる一同。
「………いいだろう。公爵、お前に任せる。くれぐれも丁重にな」
「かしこまりました。王よ」
 胸に手を当て頭を下げる公爵。そんな彼を見つめているようで瞳に何も映していないレンの表情は何処か悲壮感を漂わせていた。
 しかし、それを貴族達に悟らせることはしない。
 議論は終わった。
 

 誰もいない廊下を速歩きで進む公爵。厳つく険しい顔で彼は突き進む。王都にある貴族街の屋敷へ帰るために、彼は門へ向かって歩いていた。
 暗い廊下には所々ある蜜蝋の蝋燭の灯りだけが頼り。彼の深い顔の陰影を暗い光が浮かび上がらせていた。
「あの王子が………!黙っていれば良いものを‼」
 誰もいないのをいい事にアドス公爵は壁に拳を打ち付けた。
「私が後ろ盾となったんだ。傀儡は傀儡らしくしておいてほしいものだな。あの王子は無駄に賢すぎる」
 憎々しげに呟く公爵。
 彼はレンが王子の時から彼の後ろ盾として権力を握っていた。公爵はその時から彼を傀儡王にしようとしていたのだ。
 そのためにレンには大きな権力を持つ者を遠ざけながらも、自分の影響力を日々広げてきた。レンの周りにいる有力者は全て公爵の手が及ぶ者で固める。
 そして着々と国内の貴族に自分の力を根付かしていたのだ。
 レンが王となり、その事に気づいた時は時すでに遅し。彼は力を持たない王となっていた。
 レンが味方だと思っていた者は全員公爵の手の者だったのだから。
 そうして徹底的にレンの力を削いで、自らの力を影で蓄えていた公爵。
 それはただ、ある目的を果たすために……。
 そのためだけに彼は動いていた。彼もまた自分の利益を追う者であったのだ。
 勢いよく打ち付けた拳を下ろし、公爵は深い息を吐いた。
 仄暗い笑みを浮かべる。
「あの傀儡には警告をしておかねばな……………」
 噛み殺すような笑い声をあげる。公爵は怪しく光る目を隠すことなく廊下を去っていった。
 
   ◆

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