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騎士になる夢
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まだカエデが六歳の頃、偶然にもカエデは王子と会ったことがある。迷子になって街を泣きながらさ迷っていたカエデは、フードを目深に被った少年にぶつかって尻餅をついてしまった。母親とはぐれたうえに痛い思いをして、カエデの心は限界だった。地面に座り込んだまま、カエデは声を上げて涙を流す。そんなカエデの頭を、フードの少年が優しく撫でた。
「すまない。痛かったな。怪我をしていないか?」
「うっ……痛く、ないもん……」
泣きながらそう言うカエデに少年は苦笑しながら、きょろきょろと周りを見渡す。
「ひとりか? 家族は一緒ではないのか?」
「……お母さんと、一緒だったけど……」
「はぐれたのか?」
「……うん」
カエデの言葉を聞くと、少年はひょいとカエデを抱き上げた。突然のことにカエデは驚き、今まで溢れていた涙は一瞬で止まってしまった。
「な、何……?」
「一緒に母親を探してやる。きっと向こうもそなたを探して困っているだろう」
「え、でも……」
カエデは俯く。
「……知らない人にはついて行っちゃ駄目なんだよ……?」
カエデの言葉に、少年はぷっと吹き出した。その拍子に被っていたフードがふわりと揺れる。そこから覗いたのは宝石のように輝く金髪と、空と海を閉じ込めたような色の青い瞳だった。
思わず見惚れてしまったカエデに、少年はふっと笑う。
「身元なら安心しろ! 私はこの国の第一王子、ウィルだ!」
「……王子、さま?」
美しいその瞳は嘘を吐いているようには見えない。少年——王子と名乗るウィルはカエデを抱く腕に力を入れて人混みの中を颯爽と歩く。
「母親を見つけたら、私に言うのだぞ?」
「う、うん……」
こうしてウィルは、カエデの母親が見つかるまで街の中をカエデを抱いたまま歩き続けた。
ウィルの腕の中で、カエデは思った。本当に、この人はこの国の王子様なのだろうか。もしも、本当だったら——。
「本当に、ありがとうございました! カエデ、あなたもお礼を言って!」
カエデの母親は、何度もウィルに頭を下げる。ウィルは何も言わず微笑んでその場を後にしようとした。カエデは慌てて母親の袖を引っ張る。本当に王子様だったら、たくさんのお礼をしなければならないと思ったのだ。
「お母さん、この人はね……」
カエデが言葉を紡ごうとしたその時、ウィルがくるりと振り返り、人差し指を自分のくちびるに当てて「しーっ」と内緒だという合図をした。
「あ……」
「ばいばい、カエデ君。また会ったら遊ぼうね」
そう言い残し、今度こそ本当にウィルは街の中に姿を消してしまった。
——また、会ったら……。
会えるのだろうか、また。あの優しい人に……。
「お母さん、お、お兄ちゃんはどこに住んでいるのかな?」
「さぁ……どこかしらね……」
母親は首を傾げる。
「とてもしっかりした息子さんだから、きっと立派なところに住んでおられるわ。けれど、どうしてあんな汚れたフードなんか被っておられたのかしら?」
「……」
遠くでラッパの鳴る音が響いた。城が朝、昼、夜の始まりを告げるための音色だ。今のは夜を告げる音。辺りはすっかり暗くなっていた。
「さぁ、早く帰ってご飯にしましょうね。今夜はシチューよ」
「う、うん……」
ラッパの鳴っている場所……城に、ウィルがいるかもしれない。なら——。
「お母さん、騎士になれば、お城で働けば王子様に会えるかな?」
カエデの言葉に、母親は目を丸くした。
「ええ、きっとお会いできるわね。カエデ、騎士になりたいの?」
「……うん。王子様を守る仕事がしたい」
「まぁ……」
母親は驚く。人見知りをする大人しい性格のカエデが、このような大きな夢を語る日がくるとは思ってもみなかったのだ。我が子の成長を微笑ましく思い、彼女はカエデの頭を撫でる。
「きっと、なれるわ」
「……うん」
王子、さま。
王子様。
助けてくれてありがとうございます。次は自分があなたを守る番です。カエデの心は強く燃えた。
その日の出来事は、今でも強くカエデの心の支えとなっている。
「すまない。痛かったな。怪我をしていないか?」
「うっ……痛く、ないもん……」
泣きながらそう言うカエデに少年は苦笑しながら、きょろきょろと周りを見渡す。
「ひとりか? 家族は一緒ではないのか?」
「……お母さんと、一緒だったけど……」
「はぐれたのか?」
「……うん」
カエデの言葉を聞くと、少年はひょいとカエデを抱き上げた。突然のことにカエデは驚き、今まで溢れていた涙は一瞬で止まってしまった。
「な、何……?」
「一緒に母親を探してやる。きっと向こうもそなたを探して困っているだろう」
「え、でも……」
カエデは俯く。
「……知らない人にはついて行っちゃ駄目なんだよ……?」
カエデの言葉に、少年はぷっと吹き出した。その拍子に被っていたフードがふわりと揺れる。そこから覗いたのは宝石のように輝く金髪と、空と海を閉じ込めたような色の青い瞳だった。
思わず見惚れてしまったカエデに、少年はふっと笑う。
「身元なら安心しろ! 私はこの国の第一王子、ウィルだ!」
「……王子、さま?」
美しいその瞳は嘘を吐いているようには見えない。少年——王子と名乗るウィルはカエデを抱く腕に力を入れて人混みの中を颯爽と歩く。
「母親を見つけたら、私に言うのだぞ?」
「う、うん……」
こうしてウィルは、カエデの母親が見つかるまで街の中をカエデを抱いたまま歩き続けた。
ウィルの腕の中で、カエデは思った。本当に、この人はこの国の王子様なのだろうか。もしも、本当だったら——。
「本当に、ありがとうございました! カエデ、あなたもお礼を言って!」
カエデの母親は、何度もウィルに頭を下げる。ウィルは何も言わず微笑んでその場を後にしようとした。カエデは慌てて母親の袖を引っ張る。本当に王子様だったら、たくさんのお礼をしなければならないと思ったのだ。
「お母さん、この人はね……」
カエデが言葉を紡ごうとしたその時、ウィルがくるりと振り返り、人差し指を自分のくちびるに当てて「しーっ」と内緒だという合図をした。
「あ……」
「ばいばい、カエデ君。また会ったら遊ぼうね」
そう言い残し、今度こそ本当にウィルは街の中に姿を消してしまった。
——また、会ったら……。
会えるのだろうか、また。あの優しい人に……。
「お母さん、お、お兄ちゃんはどこに住んでいるのかな?」
「さぁ……どこかしらね……」
母親は首を傾げる。
「とてもしっかりした息子さんだから、きっと立派なところに住んでおられるわ。けれど、どうしてあんな汚れたフードなんか被っておられたのかしら?」
「……」
遠くでラッパの鳴る音が響いた。城が朝、昼、夜の始まりを告げるための音色だ。今のは夜を告げる音。辺りはすっかり暗くなっていた。
「さぁ、早く帰ってご飯にしましょうね。今夜はシチューよ」
「う、うん……」
ラッパの鳴っている場所……城に、ウィルがいるかもしれない。なら——。
「お母さん、騎士になれば、お城で働けば王子様に会えるかな?」
カエデの言葉に、母親は目を丸くした。
「ええ、きっとお会いできるわね。カエデ、騎士になりたいの?」
「……うん。王子様を守る仕事がしたい」
「まぁ……」
母親は驚く。人見知りをする大人しい性格のカエデが、このような大きな夢を語る日がくるとは思ってもみなかったのだ。我が子の成長を微笑ましく思い、彼女はカエデの頭を撫でる。
「きっと、なれるわ」
「……うん」
王子、さま。
王子様。
助けてくれてありがとうございます。次は自分があなたを守る番です。カエデの心は強く燃えた。
その日の出来事は、今でも強くカエデの心の支えとなっている。
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