見習い騎士の節約レシピ

水鳥ざくろ

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騎士になる夢

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 カエデが遠い記憶に思いを馳せている間に、騎士見習いの列はゴール地点である寮の入り口にたどり着いた。先頭を走っていた教官である男性が響く声で言う。
 
「よし! 今日はここまで! 各自、明日に備えて調整するように!」
「はい!」
 
 やっと終わった……カエデはふうと息を吐く。今日は十キロ走っただけだというのに、膝がぷるぷると震えて限界だった。
 
「カエデさん、お疲れ様です!」
「あ、お疲れ……」
 
 自分のひとつ前を走っていたルーが赤い毛を揺らしながら振り向いて微笑む。彼はまだ十六歳で、二十歳を超えているカエデから見れば、その若さはとても眩しいものだった。
 
「今日は距離が短くてラッキーでしたね。午前中の剣の稽古はキツかったですけど」
「……そうだね」
 
 確かに十キロは距離が短いと言えるメニューだ。だが、それを笑顔で喜べるほどにカエデに体力は無い。午前中の木製の剣を使用した稽古だって、後半になるにつれて腕が重くなって大変だった。
 ぴゅう、と風が吹く。秋の、冷たい風だ。それは汗をかいた身体の熱を奪っていく。
 ルーが小さくくしゃみをした。

「うひ……寒くなってきましたね。もう冬になっちゃいますね」
「そうだね。風邪に気をつけないとね」
 
 そういえば、とルーはカエデの顔を覗き込む。
 
「カエデさんは、お酒飲めるんですか?」
「お、お酒!?」
「アルコールって、温まるって聞いたんです。僕はまだ未成年だから分からないんですけども」
「な……」

 騎士は飲酒することを禁止されている。その見習いが酒を飲むなんてもってのほかだ。カエデは首を振って全力で否定した。
 
「お酒なんか飲んだら、教官に殺されちゃうから! 殺される前にクビになっちゃうから!」
「酒がどうしたって?」
 
 低い声が耳に届いて、カエデは肩をビクつかせた。振り向けば、すぐそばに教官が立っていて、カエデとルーのことを腕を組んで見つめていた。
 
「教官、お酒って良いものなんですか?」
「ちょ……!」
 
 屈託のない笑顔で訊ねたルーにカエデは慌てたが、教官は特に気にする様子を見せずに豪快に笑った。
 
「ははっ! 俺は飲んだことが無いから分からんな!」
「えっ? 生まれてから一度も?」
 
 目を丸くするルーに教官は頷く。
 
「自分で言うのもなんだが、俺は優秀だったからな。成人する前に騎士見習いはクリアした。だからこっそり酒を飲む機会は無かったんだ。俺の同期で陰で遊んでいた奴らは、皆、騎士の道を諦めていった。ま、そういう世界だ」
「へぇ……」
「ま、酒は飲むだけのものじゃないだろ。料理に入れたり、チョコレートだったか……入ってるやつもあるしな。めちゃくちゃ酒に弱い奴は駄目だが、その程度なら騎士も、見習いも禁止されているわけじゃない。楽しむならその程度で楽しめ」
「はーい」
 
 明るくルーは返事をした。なんとなくだが、ルーは酒が強そうだな、とカエデは心の中で息を吐く。きっと彼は才能があるからとんとん拍子に出世して、自分を追い抜いてしまうだろうから酒を飲む機会はないだろう、と自虐的な考えが浮かんだ。
 
「そうだ、カエデ」
「は、はい!」
 
 軽く教官に肩を叩かれて、カエデは姿勢を正す。
 
「ちょっと話がある。これから時間はあるか?」
「はい! 大丈夫です!」
「あ、それじゃ、僕はお先に失礼します!」
 
 空気を読んだルーが、駆け足で寮の方に向かって消えていく。その背中を見守りながら、教官はどこか言いにくそうに口を開いた。
 
「……騎士管理課の空きがある。受けてみないか?」
「え? 騎士管理課?」
「ああ、そうだ」
 
 首を傾げるカエデに、教官は続ける。
 
「仕事内容は名前の通り、騎士の管理だ。騎士が行う毎日の報告をもとに振り分けられた騎士たちの任務や健康状態を……」
「ま、待って下さい! それは知っています!」
 
 騎士は各々が自由に動いているわけではない。しっかりと彼らは「管理」をされ、適正な任務を振り分けられて動いている。いつかカエデも騎士になれば、騎士管理課によって自分に見合った任務を与えられることになるのだ。
 その管理課を受けてみないか、ということは……カエデの背中に冷たい汗が伝う。
 
「……教官。私は騎士になりたいんです。ですから……」
「いや、分かっている! お前の強い気持ちは誰よりも指導している俺が分かっているつもりだ! だがな……」
 
 教官はどこか悲しげに目を細めた。
 
「……毎日、辛いだろう? かなり無理をしているように見える」
「それは……」
「お前は誰よりも真面目に鍛錬に励んでいる。だが……それが肉体を壊すこともある。カエデ……俺はお前の将来を潰したくない。今からなら別の道でも活躍出来る」
 
 カエデは息を呑んだ。
 無理をしていない……と言えば嘘になる。筋肉がつきにくい体質で、体格にも恵まれていない。身長だって、百七十センチを超える前に止まってしまった。
 見習いとして過ごすには時間が経ちすぎていることも分かっている。本当なら、もう実践をこなしている年齢だ。だが……どうしても、幼い頃からの夢を追いかけたかった。けれど、指導者からの直接の言葉は、カエデの胸に真っ直ぐに刺さる。自分には騎士の才能が無い。これが、悲しい現実なのだ。
 
「……少し、お時間をいただけますか? その……いろいろと考えたくて」
 
 カエデの言葉に、教官は深く頷いた。
 
「もちろんだ。もうすぐ、騎士採用試験もあるからな。その結果が出てからでも遅くはない」
 
 教官はまたカエデの肩を叩いた。
 
「ま、こんなことを言った後になんだが、俺はずっとお前を指導してきたんだ。一番はお前が試験に受かることを願っている」
「教官……」
「ただ、身体を大切にしてほしいんだ。俺は若い人間を潰すことは絶対にしたくはない」
「……はい。ありがとうございます」
 
 カエデは軽く笑った。本当に教官は自分のことを心配してくれていたのだと思うと、沈んでいた心が少し軽くなった。
 
「それじゃ、ゆっくり休めよ。お前は……あっちか」
 
 教官は寮とは反対の方向にある、少し古びた小屋を指差す。カエデは頷いた。
 
「では、失礼いたします」
「ああ、お疲れ」
 
 カエデは、姿勢を正したまま小屋の方に向かって歩き出す。早く小屋の中のベッドに飛び込みたい、そう思った。
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