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第一部 一章、旅の始まり
14、古代の叡智
しおりを挟むローレンからの頼みごと。それは特に珍しいことではない。しかし、今回の場合は何かが違うようだった。
いつになく真面目な顔つきをしている老魔術師。その細長い指先が指揮棒を振るうようにして弧を描く。たちまち室内に溢れる魔力の風。それは辺りに散乱していた魔導書を全て巻き上げ、部屋の隅の方に段々と積み重ねていく。非常に洗練された魔力操作だ。
綺麗に片付いた床の上からようやく起き上がることが出来たフレアは、クワッと自らの表情を大きく歪ませて、
「エドワーズッ!!――ッて、え?
ロ、ローレン殿?一体何時からそこに……」
驚いた様子で声を上げる。ローレンは絶賛混乱中である彼女のことを気にもせず、「フレアさんには、先に伝えておかねばならないからのう」と言って、傍にいる俺の存在を掌で指し示した。
「例の件に関して、この子にも手伝いをしてもらおうと考えている。
お前さんは国へ帰ったあと、この事を王室に対して報告する必要があるんじゃろう?ワシとエドワーズ、二人で力を合わせることが、問題を早期に解決するための手段であると、そのような判断をした訳じゃ」
「なっ!?あれをこの生意気な……ゲフン、ゲフンッ!まだ子供であるエドワーズに任せるのですか?
……お言葉ですがローレン殿、私は反対です。我が国の最重要機密を、こんな形で秘匿性の低い者に対して教えてしまうのは……」
「専門的な知識を持っている、ワシが下した結論じゃ。どうしても必要なことだからこそ、こうしてフレアさんには事前に教えている。
――何か不満でもあるのかのう?」
フレアは「あっ……いや、しかし……」と、困り果てた顔をして呟きながら、何故か俺のことを穴があくほどジーっと見つめてきた。
何がなんだか訳がわからない。それはすぐ隣にいるリーゼも多分同じだろう。
「さて、エドワーズ。お前さんだけは、ちょいとワシと一緒についてきてくれないか。色々と説明しておきたい事があるんじゃよ」
「はい、分かりました」
とりあえず俺は言われた通り、ローレンの後に続いてリーゼたちをその場に残し、部屋を出る。廊下を並んで歩いている間は、お互いに終始無言だった。ローレンの自室の扉を開けて中に入り、二人きりの静かな空間が出来上がる。
この場所にやって来たのは、かなり久しぶりのことだ。
年期の入った机と本棚、その他の調度品類。
壁際に立て掛けられている、握り手の太い魔装具の杖。謎の動物の形を模した置物。
ベッドは寝室用の部屋に置いてあるので、ここにはなかった。
魔術師らしからぬ……つまり、整理整頓が行き届いた室内の様子は、俺の記憶の中にある昔の光景とまったく変わらない。
「いよいよ改まって、先ほどの本題にでも入るのか?」なんて考えていると、ローレンは本棚の中段あたりから一冊の魔導書をその手に取った。『魔法大全の裏表』。
そして空いた隙間部分に自らの片腕を突っ込み、何かを回すような動作を数回ほど立て続けにおこなう。
――ガチャリ。ギギギギギィ…………ガコンッ。
本棚自体が真横に向かって音を立てながらスライドし、その奥から地下へと続く隠し階段が現れた。予想外の事態に内心驚きながら、俺たちはその場所を通り抜けて先の方に進んでいく。
恐らく、例の魔導書を保管してある地下室とは、ちょうど真逆の位置あたりになるらしい。五年もこの家に住んでいて、今初めて知った。
さて、ここまで厳重に隠されている地下室の中には、一体何があるのだろう?最後に重々しい鍵付きの大扉を通り抜けた俺は絶句する。
何故ならそこは魔術師にとっての叡智の結晶、数え切れないほどの宝の山によって埋め尽くされていたからだ。
(なっ……なんじゃこりゃあ~!?)
まず目についたものは、天井までの高さがある古い保管棚。
『治癒大葉』、『火線茸』、『共振石』等々……。応用の利く様々な便利素材が、数百という数の引き出しの中に仕舞われている。
『紫魔蝶の鱗粉』――短時間の間、周囲の魔力探知を妨害することができる魔蝶の素材だ。以前、俺が作成した囮用魔導具『魔導風船人形』にも使用されているものである。
魔法薬を詰めるためのガラス瓶。調合用に加工された鉄製の器具。作業机の上には、素材を切り分けるために必要なナイフが置かれている。
『鎧蜥蜴の刃尾』は長期間研がなくても、切れ味が落ちてしまう心配はまったくない。『泡獣の表皮』で作られた網状の装置は、高い濾過機能を持っている。
「フム。その様子だと、ここがどういった場所なのか、よく分かっておるようじゃの」
「理解はしています。でもこれは……いくらなんでも、流石に想定外すぎて……」
まさかこの家の中に、魔術師専用の工房があるとは思わなかった。素材の内容と在庫は充実しており、まさに夢のような環境である。
しかし何故、今になって俺はこの場所にまで連れてこられたのだろうか?それを知る答えは、ローレンが見つめる視線の先にあった。
「エドワーズ。これが何なのか、お前さんには分かるかのう?」
「(壺の破片?それとも、何かの魔導具か……)」
凡そ原型を留めていない、バラバラに砕け散った謎の物体。
その正体を特定するためのヒントはいくつかある。破片に刻まれた術式図。断面部分から見て取れる、素材自体の希少性。
昔の記憶と照らし合わせて、俺の脳裏に浮かんだもの。それは、
「――『古代魔導具』」
「その通り。まさか一発で言い当てられてしまうとは。
それの名称は『ハーマイルの球体』という。いにしえの神話に登場する八大神徒の一人、『黄金の守護者バルメル』が使役していた神獣の名前と同じものじゃよ」
『八大神徒』ね。この世界をゼロから創造したとされている、神が遣わし八名の使徒。
その内の一人である『黄金の守護者バルメル』は、ハーマイルと呼ばれる三匹の神獣を自らの手元に飼っていた。人々の心の内に渦巻く悪意や嘘を見抜いて、その感情のみを捕食する。
「黄金に輝く堅牢な皮膚を持っており、その身は決して傷ひとつ負うことはなかった」というのが、『八大神徒の伝承』に記されている内容だ。
(ハーマイルは『魔』の存在に対する、高い耐性があったとされていたよな……)
魔物、魔族の天敵。またはそれらを監視する者。
有名な神話の中から、わざわざ取って付けられた名称だ。つまりその古代魔導具がもたらす効果も、自ずと予想できてくるというもの。
「結界用の魔導具ですか?そして恐らく、それは特定の条件を満たしている外敵のみを対象とした……」
「なんと!いやはや、恐れいったわい。ワシはエドワーズのことを過小評価していたのかもしれんのう。
――確かにこれは結界用の魔導具じゃ。それも非常に広範囲の領域に展開できる」
ローレンは感心した様子で頷きながら、作業机の上にあった破片の一つを俺に対して掲げてみせる。
「何とかして修復したい。手を貸して貰えないだろうか?」
「これを?どう見たってガラクタですよね」
「それは分かっておる。しかし、どうしても必要なことなんじゃ」
ローレンにしてはかなり無茶なお願いだな。しかも本体がこの破損状況では、修復というより同じような模造品を最初から作るようなものだろう。
「ちなみに『ハーマイルの球体』の数は全部で三つある。一つは本国のオストレリアに。そして残りの二つは我々のすぐ目の前に」
「それでその内の二つを直せと?具体的な期限とかはあるんですか?」
「――可能な限り早く。目標としては五年以内じゃ」
そりゃ無理だ、爺さん。確かに俺は魔導具に関してある程度の知識を持っているが、それとこれとは訳が違う。
古代魔導具の修復なんて絶対に不可能だ。運良く全ての素材を揃えられたとして、最も重要である本体の復元についてはどうするのだろう?
(専門家でもないのにそんな事を……って待てよ?専門家か……)
俺はふと頭の中にとある人物の顔を浮かべて、ローレンが記したものと思われる、古代魔導具の研究資料を手に取った。
びっしりと書き込まれている綺麗な文字。『白銀砂』、『霊狼の毛』……リストの下の方にあるものは、どれも高額で入手しずらい素材ばかり。
驚いたことに資料の中には、古代魔導具本体の精巧な図面が一部混じっていた(それでも分かるのは、全体の約六割程だが)。
目を通してみると、やはりと言うべきだろうか。しっかりと理解することができる。
『絶封の魔術師』の異名を持つ俺の師匠。封印、結界魔法のエキスパートであり、それらの分野においての第一人者。
その弟子である俺自身も当然、並みよりは遥かに高水準となる知識量を詰め込まれていた。結界系魔法の基礎、応用、対策、無数の組み合わせと術式図。
古代魔導具に関する文献にも目を通したことがある。その中に『ハーマイルの球体』と似たような記述があったのだ。
(時間は掛かるかもしれない。でも、これならやれそうだ)
出来ることなら、ローレンからの期待には全力で応えたい。
……フレアの件もあるからな。何か只事ではない事態が起きているのは確かだろう。
「やれるだけやってみましょう。修復に掛かる時間を明確に伝えておくことは、出来ませんけどね」
「おおっ!ありがとう、エドワーズ。やはりお前さんに相談をしてみて正解じゃった。
今日からこの場所は自由に使って貰っても構わない。必要なものがあれば、すぐにワシの方で手配をしよう」
今後の方針と意見が纏まり、二人揃って工房の外に出てみると、そこには頬をぷっくらと膨らませて怒っているリーゼの姿が。曰く、「二人とも揃いも揃って、無茶ばかりをする似た者同士」らしい。
強制的に風呂と食事、その後で自室にあるベッドの中へとぶちこまれる。ローレンに至っては、リーゼ直々の有無を言わさない、寝室までの強制連行だ。
フレアは意気揚々とその後に続いて行ったみたいだが、一緒に部屋の中に入るや否や速攻で締め出されてしまったらしい。閉ざされた扉の反対側から、それっぽい物音が聞こえてくる。
俺はふと思った。フレアは今、一体どこで寝ているのだろう?
この家には現在、他に空いている部屋が一つもない状況だ。まさか廊下で?
――いや、奴がどこで寝ていようと俺には関係ないか。余計なことは考えずに、明日からの作業に備えてとっとと寝てしまおう。
(おやすみ……)
その日の夜、俺はある夢を見た。獣のように四つん這いになって、どこまでも後を追いかけてくるサーシャの夢だ。
数日遅れで枕元(正確には悪夢の中)にまでやって来るとは。完全に油断していたよ。あとで聞いた話だが、驚いたことにリーゼも俺とまったく同じ内容の夢を見ていたらしい。
「来年は悪霊避けの準備をしておく必要があるな」と、俺たちは揃って自らの心の中に固く誓い合うのだった。
*****
翌日から古代魔導具『ハーマイルの球体』を修復……もとい復元させるための作業が始まった。
ローレンが手書きで記したリスト表。まずはその内容を精査して、必要となる素材の種類を大きく三つに分ける。
①地下の工房に最初から保管されていたもの。
②在庫はないが、比較的簡単に手に入りやすいもの。
③入手が困難な希少素材。
幸いなことに①と②だけで、リストにある項目の殆どを埋めることができた。
③の素材に関してはひとまず保留。冬嵐の期間が過ぎたら、ローレンの持つ伝手で手配をすることになっている。その全てを揃え終わるまでに、最短でも二年から三年以上は掛かるだろう。改めて考えてみると、本当に気の遠くなってくる話である。さらには、
『破片に刻まれた魔法術式の解析』
『未完成となっている、図面の消失箇所を復元』
この二つの作業も並行しておこなわなければならないのだ。
唯一無事である、本体の見本でもあれば助かったのだが……。それを望めない以上は諦めて、自力でなんとかするしかない。
きっと距離的な問題以外に、どうしても持ち出せなかった理由があったのだと俺は思う。
北の大国、オストレリアが保有する最重要機密『ハーマイルの球体』。手元にある本体の破損状態から推測すると、あまり良くない事実が分かってくる。
それは何者かの手によって、意図的に壊されてしまったのだ。
(つくづく厄介な事態に巻き込まれたもんだなぁ……)
今、俺が座っているテーブルの向かい側にはフレアの姿が。
今日は朝からやけに彼女からの視線を感じる。思い切り見つめ返してやると、あちら側も負けじと大きく両目を見開きながら、俺のことを睨み付けてきた。
「……にらめっこ?」
「「違うッ!!」」
「ワッ!息がピッタリ」
リーゼが放った言葉の意味を、俺たち二人は揃って真っ向から否定する。
この視線の原因となっているのは例の件……つまり、古代魔導具に関係したことだろう。フレアは部外者である俺に対して情報を与えることを、最後まで渋っていたからな。
「どうしてこんな子供に?」なんてことを頭の中で考えているのが、表情を見ているだけでも丸分かりである。
「聞いてエドワーズ。最近、フレアがいつも台所で寝ているの。
いい加減、邪魔になるからなんとかして欲しい……」
「毎晩、こんな場所で寝ていたのか?そいつは確かに迷惑な話だな。
しかしなんとかして欲しいとは言っても……。この家の中には他に空いている部屋なんて――」
「そう、一つもない。だから私はエドワーズにしか頼めない名案を思い浮かべたの」
「フフンッ!」と、珍しく自慢気な表情を顔に浮かべたリーゼが、とんでもない提案を俺たちに対して告げてきた。
「今日から二人は、エドワーズの部屋で一緒に寝ればいいと思う」
「「は?」」
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