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第一部 一章、旅の始まり
13、嵐の前の訪問者
しおりを挟む「こんにちは。この場所に何か用ですか?」
俺が声をかけると、女騎士はゴホンッと咳払いをしながら、少し歯切れの悪い口調で尋ねてくる。
「あぁ、いや……その……すまない。ここは『白の大賢者』ローレン殿のお宅で合っているのだろうか?」
「はい、そうですよ(白の大賢者……?)。あとローレンさんは今、この森から歩いて一時間ほどの距離にある、街の方にまで出掛けているので不在です」
「なに?そうなのか……。
――クッ!可能な限り早くお会いして、現状起きていることを報告できれば良いと思っていたのに……」
ほうほう。考えていることが口から出るタイプの人なのね。
見た目は性格キツそうな女騎士。冒険者ではなく、国に仕えている軍人のような格好である。
「この国の人間じゃない」――彼女を一目見た瞬間に、俺は察した。どこから来たのかは知らないが、随分と持っている荷物の量が少なく感じる。一人で長旅を続けてきた様子はない。何を警戒しているのか、ソワソワと不安げに辺りの様子を見回している。
(落ち着きのない人だな)
歳は若い。まだ二十を超えていないだろう。
ローレンを訪ねてきたという話だが、多分お互いに直接的な面識はないと思われる。
とりあえず外はかなり寒かったので、俺は女騎士をすぐ側の家の中に招き入れることにした。
建物へ入り、台所にある食卓の前まで案内する。
どうやら彼女は、かなり疲弊していたらしい。部屋に入った途端、酷く疲れた顔色を浮かべながら、椅子の上にドッカリと腰をおろす。
急いでいる様子ではあったが、大人しくついてきたところを見ると、思考がうまく回っていないようだ。
「厄介ごとの匂いがプンプンする」とは思ったが、家主のローレンが街から帰ってくるまで待つしかないだろう。
俺は冷えた室内の空気を暖めるために、壁際に設置してある暖炉に向かって魔法を放ち、火をつける。
「(――ビクッ!!)」
ボウッと火が燃える音に反応した女騎士は、少し驚いた表情をして、俺の顔を見つめてくる。
「どうぞ。お茶です」
「えっ?あぁ……す、すまないな……」
俺は温かい飲み物を二人分用意したあと、それを自分と女騎士の目の前に一つずつ置いていく。
……きっと、ほぼ無意識にだろう。自然と伸ばされる彼女の腕。掴んだコップに口をつけた。その瞬間、
「熱ッ!?」
涙目になって悲鳴を上げる。熱々の液体を、自分の喉へ向かって一気に流し込んでしまったのだから当たり前だ。
女騎士は苦しそうに幾度となく咳き込みながら、ややあってしっかりと姿勢を正し、正面に座っていた俺の顔を見据えて口を開く。
「すまない。見苦しいところを見せてしまったな。
私の名はフレア・シーフライト。オストレリア王国、王室親衛隊所属の騎士見習いだ」
「エドワーズといいます。ローレンさんとは、ここで一緒に住んでいます。
オストレリア王国といえば、確か人族最北の国でしたよね?あの場所までは、ここから歩いて数年は掛かると思うんですけど……」
「ああ!実はそれに関しては、少し特別な方法を使ってやって来たんだ。
しかし……一回限りの奥の手だったからな。帰り道の方は時間をかけて、ここから自分の足で歩いて帰るつもりだよ」
本当のことを言いたくないのだろうか?うまくはぐらかされた気がするが……まぁいい。
それにしてもオストレリア王国ね。魔族領との境界線上に位置する大国。あまりにも遠い場所にあるため、知っている情報がほとんどない。しかもだ。鎖国体制の国であると聞いている。
「そんな所から何しにここへ?」と俺が考えるのも、当然の疑問だろう。
王室親衛隊所属と言っていたな……。恐らくそれは、王族の人間が自分たちの手で管理している直属部隊。そこからの命令を受けて、騎士見習いであるフレアが使いとして派遣されてきた形か。
「それにしても君は凄いな!その歳であれほど見事な『魔力防御』を習得しているとは。
やはりそれは、ローレン殿から直に教わったものなのか?魔法の才能だけではなく、剣士としての教養も持ち合わせているとは……。
――いや、実に素晴らしいッ!!」
「ま、そんなところです」
いちいち説明をするのが面倒なので、そういうことにしておいた。
しかしな。歩いて帰るとは言っても、もうすぐとんでもない規模の冬嵐がやって来るんだぞ?
厚みのある鎧を着ているとはいえ、それだけではいくらなんでも不十分だ。道中ぶっ倒れて、猛吹雪の中で凍死してしまう未来が目に見えている。
近くにあるベシュリンの街で宿をとるなら、早い所ここを出発した方がいい。俺が目の前にいるフレアに対して、そのことを伝えようとした時、
「ふぅ。やっと家まで帰って来れたわい」
「中、凄くあったかい!暖炉の火の匂いがする……」
まさに天の助け。家の玄関口にある扉が開き、ローレンたちが外出先から帰ってきた。
俺はすぐさま席を立って、二人のことを出迎えにいく。慌てて後ろを付いてきたフレアも一緒だ。見慣れない人物の姿を目にしたリーゼたちは、ちょっと驚いた表情をしながら扉の手前で固まっていた。
「この人はフレアさん。ローレンさんと会うために、北の方にあるオストレリア王国から来たそうです」
「オストレリア王国……じゃと!しかもその鎧に刻まれている紋章は、王室直属の証である『リエーナの薔薇』か……」
「はい。とはいっても、私はまだ騎士見習いなのですが……。
王室より最重要機密の手紙を預かって参りました。かつてローレン殿が残していかれた、緊急時に使用する座標通りに――」
「いや、少し待ちなさい。話の続きはそこにある、ワシの部屋の中で聞くことにしよう。
リーゼ、それからエドワーズ。お前さんたちは二人だけで夕食を食べなさい。いつも通り冬嵐が来ている間は、建物の外へ出掛けるのは禁止じゃぞ?
――では行くとしようか。ついてきなさい、フレアさん」
ローレンは一方的にそれだけを俺たちに対して告げると、正面に立っていたフレアを引き連れて、自分の部屋の中へと入っていってしまった。
あんな様子のローレンは初めてだ。フレアの言葉の中にあった、国の最重要機密とやらに関してもかなり気になる。
俺は、ローレンの部屋の扉の前まで移動して立ち止まると、室内でおこなわれている会話の内容を盗み聞くために、自らの全感覚を研ぎ澄ませていく。
「西部の大半は――既に……。国内は――のせいで、未だにまともな受け入れ体制が整わず――」
「……なんと。では――するしかあるまい。すぐに取り掛かることにしよう。しかし、まずはその状態の方を見てみないことには……何とも言えんが。
こちらとしても出来る限りのことを――」
断片的だが、どうやら俺の想像通り、あまり良くない事態が起きているらしい。
さらに詳しい内容を聞き取ろうとしてみたが、「盗み聞きはダメ」とリーゼに怒られてしまったので、渋々その場は諦めることにした。
「リーゼはあのフレアっていう、金髪の女の人のことを知ってたか?」
「知らない。今日、初めて会った」
「オストレリアっていう、国の名前に聞き覚えは?」
「多分、ないと思う」
「だよなあ……」
この国からの往復距離だけで、いったい何年くらい掛かるのか?
とてもじゃないが、分かったものではない。リーゼが知らないのも当たり前だろう。
考えられる可能性は一つ。ローレンのかつての出身……つまり故郷が、北の果ての方にあるオストレリア王国だったということ。
今から二十年ほど前。ローレンはある別の国から、この田舎にある森の中へと移り住んできたらしい。
理由は分からない。王室から個人宛の手紙が送られてきたということは、ローレン自身が国にいた頃のかつての地位は「それなりのものだった」と、そのように解釈しておくべきだろう。
「ミラもステラも、エドワーズに会えなくて寂しがってた。
サーシャだけは『今日の夜になったら、エドワーズの枕元にまで会いに行くから問題ない』って、話していたけど……」
「そうかいそうかい。どうか安らかに成仏してくれ。
――どうせ一ヶ月後には、みんなまた会えるんだ。あっという間さ」
日が落ちると共に外の風が強まり、ガタガタと窓を揺らす音が響いてくる。
雨のような吹雪がその場所から見える景色を遮り、塗り潰す。闇の向こう側には何が潜んでいるか分からない。白と黒の二色が織り成す自然のカーテンが全てを包み、俺たちがいる空間を建物ごと外界から隔離する。
「かなり降ってきたみたいだな」
「うん……」
本格的に冬嵐がやって来たのだ。もう今晩からは外に出られない。
結局その日。ローレンの部屋の扉が再び開くことは、一度もなかった。
*****
翌朝。目覚めた俺が食卓へ向かうと、そこにフレアが座っていた。
ローレンは見当たらない。リーゼはこちらに背を向けながら、台所に立って朝飯の用意をしている。
……いい匂いだ。意識がスッキリと覚醒してくる。いつもの見慣れた朝の光景。そこへ新たに加わったプラス一人は、昨日まで身に付けていた鎧を全て外しており、今は袖口の長い白地服の格好をしている。
「(ボケー………)」
何故だろう。フレアはすでに軽い放心状態。
もしかすると、朝が苦手なタイプなんだろうか?窓の外はかなりの猛吹雪で、昨日の晩よりも風の勢いが増してきているようだ。
「あっ!――おはよう。エドワーズ」
「おはよう、リーゼ。朝早くからお疲れさん」
声をかけてきたリーゼに対して挨拶を済ませてから、俺は近くにある自分の席に着く。
ふと壁際に意識を向けると、頑丈そうな鞘の内側に収められている長剣が視界に入ってきた。材質は非常に高価なもの。柄の部分には小さな黄色の宝石がはめ込まれおり、キラキラと砂粒のように光輝いている。
(……魔剣。それもかなりの一級品だな)
ボケッとしている持ち主の目を盗んで、刀身を半分だけ抜いてみた。刻まれている術式の効果は身体強化。つまり、使用者の『魔力防御』を高めるものだろう。
術式の種類や効果を見極めるスキルは、こういう時に役に立つ。フレアは自分のことを「騎士見習いである」と話していたが、とてもそうは思えない。『王室直属』――実際、かなり腕が立つのだろう。
そんな彼女がある重要な任務のために、この田舎の森の中に住んでいる、ローレンの所を訪れた。
「メニューは冬花草を使ったスープか?それと焼いたパンの間に、野鳥の肉を挟み込んだサンドイッチ……。
こりゃあ、冬ごもり初日にしては、随分と豪勢な部類の朝飯だな!」
「うん。保存が効く食材は、大体後回しにしてるから。
――そこにいる金髪の人も合わせて四人分。今日から毎日用意しておいてくれって、さっきおじいちゃんから言われたの」
やはりというべきか。今日から一ヶ月間、目の前にいるフレアとは、この家で共に暮らすことになるらしい。
一応、食糧品の備蓄は余裕をもって二ヶ月分ほど用意してある。飲み水は外の雪を溶かせば簡単に手に入るため、今さら食い扶持が一人増えたところで大した問題はない。
――ぐぎゅルルルルルルル……。
口を開けて間抜けな顔つきをしているフレアの腹の辺りから、獣の唸り声のような音が響いてくる。
昨日から何も口にしていないのだろう。フレアの視線はテーブルの上へと綺麗に並べられている料理の皿に対して……ではなく、それら全てを調理して運んでいる、リーゼの姿に釘付けだった。
「な、ななななな!……なんて可愛らしい生き物なんだ!!」
生き物というか人間です。犬や猫みたいな愛玩動物じゃないからね?
リーゼは年上の同性に相変わらずよくモテるようだ。我が家のアイドル。家事万能の母親みたいな存在。
フレアが送る熱烈な視線に対して、リーゼ本人は何の反応も示さない。「慣れたものだな」と、俺は思った。こういう場合の他人の扱い方というものを、完璧に心得ているらしい。
「おじいちゃん、昨日から何してるのかは知らないけど、夜更かしばかりでとっても不健康。
いい加減、歳なんだから自分の身体に気をつけて欲しい」
「俺もそうは思うけど、色々とやらなくちゃいけないことがあるんだろ。
今の用事が全て片付いたら、いつも通り勝手に部屋の中から出てくるさ」
「うん………」
「納得いかない」といった様子で、頷くリーゼ。
ローレンを心配する気持ちはよく分かるが、今は暫くそっとしておくべきだろう。これが数日間も続くようなら、さすがに考えものではあると思うが。ともかく、俺たちが必要以上に焦ることはない筈だ。
「な、なぁ君?少しだけ頭を撫でさせて貰っても構わないだろうか?
その……念のために言っておくが、決して邪な考えなんてないからな?うん、絶対に!……う、嘘じゃないぞ?」
「ね、エドワーズ。なんかこの人、サーシャに凄く似ている気がする」
「あんなアホな知り合いは、もう一人だけで結構なんだが……。
――はい、ちょっと待って、ちょっと待って。うちのリーゼちゃんに対するお触りは、我が家のルールで全て禁止となっておりますのでッ!!」
「なっ!なんだと?そんなルールが………。
別に、少しくらいならいいじゃないか。ケチくさいぞ!」
「そもそも私。触っても良いなんて、まだ一言も言っていないけど?」
面倒な女騎士様だ。こうしている今も、未練がましくリーゼのことを見つめている。
話を聞かない所なんかは、本当にサーシャとそっくりだ。先ほどまでの様子といい、こりゃあ意外とポンコツな人なのかもしれないな。
どうやら今年の冬は、例年よりもかなり騒がしくなりそうだ。
「何か新しいことが起きる気がする」と、この時の俺は若干の期待を込めて、そう楽観的に考えていた。
さて。この世には、どうしても馬が合わない人間というものが存在する。
言い訳なんて人それぞれだ。自覚をしたその瞬間から、お互いは常に敵同士。俺とフレアの二人の場合がまさしくそれである。
犬猿の仲であり、ことあるごとに衝突を繰り返す。それはなんの変哲もない、日常生活の中でもだ。
「エドワーズ、君は何もしないのか?リーゼばかりに、家事や掃除を全て任せて。同じ家に住む者同士、もう少し協力性というものをだな――」
「(………め、めんどくせぇ~!!)」
俺が自室で寝転びながら魔導書を読んでいると、フレアがノックと同時に部屋の中へと突撃してきた。
これで四日連続である。事情も知らないのにあれやこれやと、俺に対する文句を延々と言ってくるのだ。他にやることがないのかね?
基本リーゼは塩対応だし、ローレンは自分の部屋にこもったまま出てこない。要するにこれは、フレアの暇潰しみたいなものなのだ。
それに付き合わされている俺自身は堪ったものではない。というわけで簡単な解決策を思いついた俺は、すぐにそれを実行へ移すことにした。
「だったらフレアが、自分でリーゼのことを手伝えばいいんじゃないか?」
「ヴッ!?――私もそう考えて、リーゼに声をかけてみたんだが……」
「もしかして『いらない』って言われた?」
「あ……ああ。実はその通りなんだ……」
なら、もうそれでいいじゃないか。問題解決!
しかし面倒なことに、フレアの話はそれだけでは終わらなかった。
「……しかしだな。それですぐに諦めてしまうのは、あまり誉められたことではないと私は思うぞ?
それに男なら言い訳なんかせずに、自分自身で考えて行動をするべきだ。子供の頃から変に怠け癖がついていると、将来は色々と痛い目を見ることに――」
「あーはいはい。大丈夫、だいじょーぶだから!分かってるって!」
お節介って言葉、知ってます?
俺のいい加減な態度を目にしたフレアは、不快そうな表情を隠そうともせずに、こちらを威圧するような目つきをして左右の腕を組む。
「……エドワーズ。『はい』は、一回にしておけ」
わざとらしい、フレアの「怒っていますよ」アピールに吹き出しそうになったが、俺は辛うじて自らの感情を押さえつけながら、チョコットだけおどけた様子で答えを返す。
「アイッ、アイッ!……アイアイアイアイアイアーイッ!!」
「――グッ!……クゥ~ゥ!!き、貴様ぁー!?」
おーおー。随分と汚い言葉を使いなさる。
俺は自らクソガキを演じることで、フレアに対する反論と抵抗を試みた。そして現在、お互いの関係性は以前と比べるとかなり悪化。ここ数日の間は、毎日のように二人で言い争いをしている状況だ。
「エドワーズッ!貴様のその腐りきった性根、私が直々に叩き直してくれるッ!」
「ワー!暴力反対!……年下の女の子相手に欲情している、変態騎士様だけには言われたくないね!!」
「なっ!?わ、わたしは別に……リーゼを相手に欲情なんてしていない!」
「いや、それは絶対に嘘です。
――この前、風呂場に置いてあるリーゼが使ったタオルの匂いを、フレアが隠れてこっそり嗅いでいたっていうネタは、すでに上がっているんだぞ?」
「な、なぜ貴様がそのことを知っている!?……まさかあの時、中の様子を扉の隙間から覗き見ていたというのか?
――この変態めッ!!」
「(マジかよ。今の当てずっぽうだったのに。まさか正解を引いてしまうとは……)」
リーゼも本当に災難だな。フレアといい、サーシャといい、どうしようもない変態どもから好かれる体質。
というよりいくら同性とはいえ、やっていることは犯罪者と同じなんだよなぁ……。
「二人とも、ちょっとうるさい。――もしかして、喧嘩でもしていたの?」
台所で家事をしていた筈のリーゼが、部屋の入り口付近からひょっこりと顔を覗かせる。
どうやら騒がしくしていた俺たちの声を聞きつけて、わざわざ様子を伺うためにやって来たらしい。
途端に借りてきた猫のように、大人しくなるフレア。
その顔色は全体的に青ざめており、恐怖の感情を浮かべた瞳が俺の方へと向けられる。
まさかとは思うが……先ほどのことを、リーゼにバラされるとでも考えているのだろうか?
フレアは目にも留まらぬ早業で俺の口元を完全に塞いでしまうと、慌てた様子で誤魔化すように言葉を捲し立て始める。
「け、喧嘩なんてしていないぞ?これはだな……そうっ!エドワーズの奴が、どうしても私と一緒に遊びたいと言うからな。
仕方なく、こうして付き合ってやっていた訳なんだ!!」
「モガ?……モガもが!(はぁ?テメエッ、嘘つけ!)」
「ふーん……そうなんだ。結構意外。でも二人が仲良しなのはとても良いこと。怪我だけはしないように、気をつけて遊んでね?」
「あ……ああ!それは勿論だとも!――アハッ!……アハハハハハハハハ……!!」
気色の悪い笑い声を上げながら、何とかその場を誤魔化そうとしているフレア。俺を押さえ付けている彼女の身体は全体的にかなり引き締まっており、安易に抜け出すことは難しそうだ。
(――クソッタレ!何かないのか?何か……)
俺は苦し紛れに自由である両腕を動かして、使えそうなものがないか辺りを探ってみる。
薄い布越しに感じ取れる、柔らかで張りのある感触。恐らく、フレアの脇腹付近だろう。俺は藁にも縋る思いで、とにかくその部分を全力でくすぐりまくった。
「ウッ?……クゥ~!!クククッ!……や、止めろエドワーズ。そこは本当に不味い――ッ!!」
俺からの反撃に対して堪えきれなくなったフレアは、身をよじらせながら真横にズッシリと積まれていた、分厚い鈍器のような魔導書の山へ向かってダイブする。
「あーあー……」
「もう……むちゃくちゃ」
ドサドサと雪崩のように上から崩れていく、数万枚の古い紙束。
フレアの太股から先の部分は、頭の方まで完全に埋もれてしまっている。ちょっとした室内災害みたいなものだ。
俺は無防備になった彼女の足裏から靴を脱がせて、剥き出しの肌の表面をツーっと上から下までなぞるように触っていく。
バタバタと膝から下が反応したので、一応生きているらしい。背後でリーゼが「鬼畜……」と、呟いていたのは聞かなかったことにした。
「ウッヘッヘッ……さーてと、どのように料理してやろうかねぇー?」
やりたい放題であるこの状況。俺がフレアに向かって、更なる追加制裁を加えようとしたその時。一際背の高い、見覚えのある巨大な影の持ち主が、ヌッと部屋の中央まで頭上を屈めながら入ってきた。
「――あっ!」
「おじいちゃん!」
「なーにを騒がしくしとるんじゃ?お前さんたちは……」
目の前で起きている惨状を見て、ローレンの口から出た第一声がそれである。四日ぶりに自室から出てきたその姿は、心なしか少しやつれているように思えた。
「ふいー……疲れたわい。この歳で連日の作業をこなすのは、流石に少ししんどいのぉ。全身の筋肉がどこもかしこもカチカチじゃ」
「もうっ!分かっているなら、やらないで。
――すぐに暖かいお茶とごはんを用意するから。お風呂の方も、これから火をつけて……」
「あー……リーゼや。それは実に素晴らしい提案なんじゃが。ちょっと待ちなさい。ワシは先に、そこにいるエドワーズに対して用がある」
「――へッ?俺ですか?」
ローレンは肯定するように頷きながら、深く濁った色をした己の瞳を、真っ直ぐに俺の方へと向けてくる。
「エドワーズ。お前さんにな、どうしても頼みたいことがあるんじゃよ」
応援ありがとうございます!
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