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第一部 一章、旅の始まり

12、冬ごもり

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 「ウフ。ウフフ……ウフフフフ……!!
 私なんて年中、毎日、一日も欠かさずに頑張って、自分の肌のお手入れをしているのよ?
 なのに……そんな私とあなたのお肌の質感で、ほとんど大した違いを感じ取ることが出来ないなんて。一体どういうことなのよーッ!?」

 「「(まーた始まったか)」」



 ミラ自身が己のその美貌を保つために、普段からどれだけの努力をしているのか。
 そのことを俺とステラの二人は共に、よーく理解しているつもりだった。


 嫉妬とはまた違う感情。つまりは謎。
 サーシャとステラ。彼女たちが送る日常の生活内容は、お世辞にもまともで健康的なものである、とは決して言い難いだろう。
 それなのにあのスタイル、あの美しさだ。
 ミラがそのことに対して疑問を感じるのも必然。納得である。



 「えぇ?そんなことを急にあたしに言われても……。
 たまたま?偶然持っていた体質ってやつのお陰?なのかなぁ……」

 「あっ、それ!そういえば、リーゼも前に言ってたな。
 『私はミラのように毎日時間を掛けなくても、寝る前の簡単なお手入れだけしておけば、なんとかなるから』って」

 

 リーゼの場合は、まだそこまで気にする年頃ではないと思うが。
 「きっと、若さの違いですッ!」なんて、俺が本人にそのまま言ったら、間違いなくミラからしばき倒されそうだな。



 「体質だけで片付けられる問題だったら、私自身もこんなに悩んでいないわよ!
 原因。そうっ!きっと何か原因があるんだわ!私のお肌を傷つけている何かが。それは一体――」

 「原因?ンー……例えば、ストレスとか?」



 「おいッ、バカやめろ!」――俺は小声でステラに対して忠告したが、時すでに遅し。
 ちょうどその時。店の出入り口にある扉をあけて、サーシャを含む給仕の女の子たちが、揃って買い出し先から戻ってきた。
 沢山の荷物を抱えて厨房に向かう他の子たちとは違い、サーシャは両方の肩を力なくぶら下げた状態で、ピリピリとした雰囲気を漂わせている俺たちの元へと近づいて来る。

 

 「あー疲れた~。今日はお客さんが少ない日だから『ラッキー!』って思ってたのに。まさか買い出し当番が回ってくる日だったとはねー」
 


 ポスンッと気の抜けた音を立てて椅子に腰かけたサーシャは、目の前にあるテーブルの上に自らの上半身を引き伸ばし、リラックスしたポーズをとる。



 「エドワーズ~。お仕事で疲れきってしまった、お姉ちゃんのことを癒しておくれー。
 ――ホレホレ。今ならとびっきりの美少女である私の肩や背中を、合法的にいくらでも好きなだけ揉めるのよ~?」

 「あ、あのな?サーシャ。実はいま……ッて!!」
 「――うわッ、ヤッバッ!!(巻き込まれないように、爆速で緊急避難)」
 


 いつの間にか鬼の形相をしたミラが、サーシャの真後ろにまで音もなく移動してきて立っていた。仁王立ちである。
 そのことにサーシャはまったく気づいた様子もなく、頭だけをテーブルの上に突っ伏したまま、自らの両手両足をパタパタと動かし始めた。



 「(ジタバタ、ジタバタ)」

 「ふむふむ、なるほどね。『疲れたからお腹がすいた。リーゼが作ってくれる美味しいごはんが食べたいよ~』だってさ」

 「はぁ?なんでそんなことが分かるんだ?
 俺にはサーシャが自分の手足を動かして、あそこでもがき苦しんでいるようにしか見えないんだけど……」

 

 サーシャの奇行を目にしたステラが、その心の内の声?を分かりやすく言葉にして説明してくれた。
 お前は超能力者か何かなのか?なんて、今さらツッコミを入れても仕方がない。付き合いの長いステラだからこそ、分かることもあるのだろう。
 


 「んー……ま、なんとなく?実はテキトーに言ってみただけなんだけど」



 なんて思っていたら、実は適当だったんかーい!!
 俺とステラの二人が下らないやり取りをしている間に、般若はんにゃの如く怒りで顔を歪ませたミラが、サーシャの腰回りに自らの両腕を伸ばして、その全身を背後からガッチリ拘束してしまう。



 「ハレッ?エッ、ちょっとちょっと!一体何なの?」

 

 己の身に起きた事態を把握できていないサーシャが、完全に混乱した様子で声を上げていた。
 
 

 「ん?私、なんか身体が宙に浮いてない?」

 「私の……ねぇ――?」



 あの細腕のどこに、こんな力があるのだろう?
 ミラは、両腕に抱えたサーシャの身体を持ち上げて、そのまま自身の上体を反らしながらバックドロップをおこなう体勢に入る。
 

 
 「私のストレスが溜まる原因はねぇ……サーシャ!あなたのせいなのよーッ!!」

 「キャーーー!?」
 

 
 ミラの手によって後方から勢いよく、店の床上に叩きつけられてしまったサーシャ。
 ドスンッと重々しい音が辺りに鳴り響き、サーシャの身体はその場からピクリとも動かなくなってしまう。
 


 「「ヒィィーーーッ!!」」

 「フシュゥー……!あー、スッキリしたわ!」

 
 
 恐怖で身を震わす俺とステラの目の前で、ミラが「やってやった」と言わんばかりに、双方の肩を大きく回転させながら息を吐く。
 サーシャは完全にしろ目を向いているようだ。あれをくらって生きているだけでも相当な耐久力である。
 


 「なーに~?あなたたち。また騒がしくしちゃって。
 ――あらサーシャ。なんでこの子、床の上で寝てるのかしら?」

 「サーシャ、そこにいられると邪魔になる。通りづらい」


 
 厨房から出てきたエルメダとリーゼの二人が、足元で悶絶しているサーシャに対して容赦ない言葉を浴びせながら、俺たちのいるテーブルの方にまでやって来た。



 「はい」



 ――コツンッ。



 リーゼが俺の目の前に、湯気の立ったスープのお椀を一つ置く。どうやら「飲んでみろ」ということらしい。
 というわけなので、俺はそれを自分の口の中へと入れてみる。



 「……うまい」

 「試しに新しく作ってみたものだから。少し心配だったけど、それなら良かった」



 いつものスープの味とはだいぶ違う。しかし、これはこれで問題なく美味しいと思った。
 俺の感想を聞いたリーゼの表情が僅かに緩む。昨日よりは多少、機嫌が良くなってくれたみたいだ。
 あまりリーゼを怒らせすぎると、俺自身が手痛いお仕置きを受けるのは目に見えている。先ほどミラから言われた通り、あとでもう一度しっかりとリーゼに謝っておこう。
 ――今のサーシャと同じような思いをするのは、できるだけ勘弁してもらいたいからな。



 「あらあら。お熱いわね、お二人さん。
 ――ね、エドワーズ。あなた将来、リーゼみたいなこんなにいい子を、ゼッータイに逃しちゃダメなんだからね?」

 「……任せて。エルメダおばさんに言われなくても、エドワーズの面倒はちゃんと私が自分で見ていくつもりだから」



 「そういう意味とはちょっと違うのよねぇ……」――エルメダは自らの頬に手を当てながら、やれやれといった様子で苦笑する。
 事情を知らない者が聞けば勘違いされそうな言葉だが、リーゼはマジだ。本気でこの先もずっと、俺のそばにいるつもりである。
 無論、恋心なんて感情を、彼女は俺に対して抱いてくれちゃいないだろう。そうすることが当たり前。「俺とローレンの二人が一緒にいる」。そんな生活がリーゼにとっての人生の一部であり、幸せな日常なのだ。
 


 「ふぅ……たった今、帰ったぞ!
 今日は冒険者の連中が随分と街の外に出払っているみたいだな」
 
 「あら、あなた。――お帰りなさい!」

 
 
 威圧感のある大きな巨体が、入り口の扉を開いて建物内に入って来た。
 外出先から戻ったラッセルは、真っ先に近づいてきたエルメダに対して数枚の紙を手渡しながら、目の前でぶっ倒れていたサーシャの姿を見て、怪訝そうな顔つきをする。



 「なんだ。何でこんなところで寝ているんだ?サーシャの奴は?」
 
 「さあ?それが私にも分からないのよ。
 それであなた。この用紙に書かれている内容って……」



 エルメダの手元に握られている紙の束。どうやら定期的に執り行われている、この街の会合に関する記録の写しのようだ。

 

 「それ、何かあったんですか?ラッセルさん」
 
 「おっ?気になるのか坊主。――なんでも、今年の冬はとんでもない冬嵐ブリザードがくるんだとよ。
 期間はひと月。例によって、東の森人族エルフから事前に通達があったらしい」
 
 

 聞けば、人族の領域で自然による災害が起きる場合。それらの予兆を事前に察知することができる森人族エルフたちから、警告という形で国に対して連絡が届くらしい。
 大雨や台風、長期間の干ばつなど。今回のものは冬嵐と呼ばれている、非常に強力な吹雪の嵐みたいなものだ。
 

 吹雪とは通常、ある程度の風速を常に伴っているものである。
 冬嵐の場合は、人が立っていられない程の猛烈な吹雪が継続して続くのだ。今回はそれがひと月以上もあるという。
 いつもは長くても、大体一週間から二週間ほどで収まっていたのだから大変だ。こりゃあ今年の冬は、ほとんどの時間を家の中で過ごすことになりそうだな。



 「ヤリィ!じゃ、もしかして今年の冬は殆ど働かなくてもいい感じなんですか?マスター?」

 「そんなわけないでしょう!寧ろ例年よりも、お店に来るお客さんの数は増えるわよ。
 この街にいる冒険者の人たちは、ほとんど全員が宿暮らしみたいなものだしね。今のうちから食糧品の備蓄をして、冬の営業のためにしっかり備えておかないと!」

 「うへぇ最悪。せっかく楽できると思ってたのに……」
 


 やる気に満ち溢れているエルメダとは違い、ステラはげんなりした様子で何事かをぼやいている。
 とりあえず家に戻ったら、家主であるローレンの判断を仰ぐとしよう。エルメダが話をしていた通り、冬に備えた準備をするなら、出来るだけ早いうちから取り掛かった方が良いと思うしね。
 

 家に帰ってから真っ先に、昨日のことについてリーゼに謝っておいたのだが……そこで俺は、ある一つの約束事をさせられた。
 


 ――今後何があっても、リーゼの決めたことに対して口答えをしないこと。
 


 色々と思うところはあるのだが、現状の家事全般を全て任せているのは事実なので、俺は大人しくこの要求を受け入れるしかなかった。
 元々、俺たちの家ではリーゼの言うことは絶対だ。それを念押しする形で取り決められた、今回の新たなルール。どうやらローレン自身も、過去にリーゼに隠れて酒を飲んでいた時期があり、その時に同様の約束事をさせられたらしい。
 それにしても、リーゼって本当に……、



 「俺のことが大好きだよなっ?」

 「……それ、本当に恥ずかしくなるからやめて欲しい」
 


 照れたリーゼから、思いっきり強烈なビンタを食らってしまった。痛い。


 


*****





 冬が来た。俺が異世界に出戻りしてから、今回で数えて五度目となる冬だ。


 普段はどこまでも緑が続く森の中だが、今はその上を真っ白に降り積もった雪が覆い隠している。
 雪というものは一目見ただけで、その者に気温とは別の寒さを感じさせるものである。


 白の世界。冬の訪れを実感するのに、これほど明確で分かりやすい答えはないだろう。
 雪が降る。ああ、だからこそ今年も冬が来たんだなと。実に短絡的な考え方だとは思うが、別に間違いではない。
 そして、そんな俺と一緒に同居している他の二人も、どうやら同じ意見のようだ。



 「ワッ!スゴーい。全部まっしろ……」



 一晩明けて、朝になって目覚めてみたら一面の雪景色。ローレンにとっては、いったい何度目の冬になるのだろう?
 はしゃぐリーゼを二人で見守りながら、俺たちは揃ってこの時期がやってきた事を、お互いに言葉も交わさず確かめ合うのだ。
 


 「――三日後だって?そりゃまた、思っていたよりもかなり早いな」


 『蜜蜂の酒場』の店内に集まっている大人たち。街の役場会に所属しているメンバーの話では、もう既に隣国の辺りまで冬嵐ブリザードの目となる部分が近づいてきているそうだ。
 俺たちが住んでいるこの辺りの地域も、あと三日ほどで国が指定した外出禁止区域となる。
 

 基本的に塀の内側の出歩きは自由。それより外に出ることは、役場の決まりごとで固く禁じられている。
 余程の自殺願望でもない限り、この時期に遠出をおこなう奴なんていないだろう。遭難なんてしても、二次災害を恐れて誰も助けになんて来てくれないからだ。
 

 ともかくあと少しで、この国は約一ヶ月間の冬ごもりに入る。
 備えの方は数週間ほど前に全て終わっているので、特にこれといった問題は発生していない。
 


 「でもローレン、本当に大丈夫なの?
 冬嵐の期間中、うちの二階にある奥の部屋なら、自由に使ってもらっても構わないんだけど……」

 「ホッホッホ。まぁ多分、なんとかなるじゃろ。
 これまでも問題なくやってこれたんじゃ。ありがたく気持ちだけ受け取っておくよ」

 

 心配そうに話すエルメダからの提案を、やんわりと断るローレン。
 確かにローレンの言う通り、ひと月限りの缶詰め生活であれば問題は起きないだろう。期間が伸びただけで、冬嵐自体は初めて経験することではない。
 その危険性については十分承知しているし、リーゼだってノコノコと外を出歩くような真似はしない筈だ。
 


 「い、や、だ~!!私、リーゼと熱々のお風呂に入ったり、同じベッドで一緒に寝たりしようと思っていたのにー!!」
 
 「はいはい。そんなに文句があるなら、あんたは今日から向こうの家の子になりなさい。
 ……ってことで、うちのサーシャ姉がこんなことを言っているんだけど。そこんとこ、リーゼはどう思ってる?」
 


 ステラが明らかに返答の内容が分かりきっている質問を、目の前のリーゼに対して問いかける。



 「無理。私はおじいちゃんとエドワーズの面倒を見るので手一杯になるから」

 「はいっ、というわけで結論出ました!
 ――残念だったでちゅねぇ~?自分だけ店の仕事をホッポリだして楽な思いをしようとしてても、そうはいかないから!!」

 「いや、それさ。本当に楽をしたいと考えているのは、ステラの方じゃね?」

 

 二人一組で仕事をするため、片方が欠ければ残った者に対する負担が自然と大きくなる。
 ……ステラが最も嫌がりそうなことだ。常に楽をしたいと考えている彼女にとって、サーシャの抜け駆け行為は絶対に見逃せないらしい。
 


 「でも……でもさぁ!これから先、一ヶ月間もリーゼに会えなくなるんだよ?
 そのことを考えたらわたし……わたし……フェェェェェェンッ!!!」

 「はいはいサーシャ。嘘泣きお疲れ様。
 ――それでね、リーゼ?前にあなたに話しておいた、私の使っている新しい香水の件なんだけど……」

 

 速攻でミラに嘘泣きをバラされたサーシャは、ムッとした表情をして何故か俺の方を見る。



 「プクゥー……!」

 「(知らん知らん。大人しく諦めろ)」



 「どうにかしろ!」ということらしいが、どう考えても無理だろう。今回に限ってリーゼが許可を出すとも思えない。
 すまんなサーシャ。冬の間はここにいる皆と一緒に、頑張って肉体労働にいそしんでくれたまえ。


 しかし、ここにいる騒がしい愉快な面子とは、これから暫く会えなくなるのか。
 冬嵐の時期だけという明確な期限付きだか、それがひと月の間も続くとなると、確かに少しだけ寂しい気持ちにはなってくるな。



 「うえーん!僕も……僕もミラ姉さんと会えなくなるのは悲しいよ~!!」

 「――あーあ。サーシャ姉に便乗して、またエドワーズが嘘臭い泣き真似を。
 まったく、このエロガキは……」

 「ムッ!なるほどね。私の弟は天才か?
 だったら私も……リ~ゼ~ッ!!」

 「――ッ!!(サーシャを迎え撃つ高速往復ビンタ)
 どうでもいいから、二人ともさっさと離れて」
 
 「あらあらまあまあ……」



 全員を巻き込んでのドンチャン騒ぎ。収拾がつかなくなったそのカオスな空間は、ある意味俺にとっては心地よい、自分自身の居場所であるような気がした。



 「坊主の奴、モテモテじゃねえか!
 あの調子じゃリーゼも将来、色々と苦労しそうだな……」

 「そうなのよ。あの子、あまり自分の好意を表に出さない性格をしているから。
 私も今から心配で心配で……ああッ!胃がキリキリとしてきたわ!」

 「フム。まぁ子供のうちは、あのくらいの距離感がちょうどいいじゃろ。
 ――ワシも早いところ、あの二人の孫の顔を拝んでみたいとは思っておるんじゃがのう」
 
 

 ラッセル、エルメダ、ローレンの大人たち三人は、何やら俺に対して色々と思うところがあるようだ。
 それにしても、もうすぐ冬嵐の時期がやって来るのか。
 今年の冬も結局のところは、いつもと変わらないものになるだろう。


 室内で実践できる、リーゼ専用魔術師の訓練メニュー。
 手付かずである魔導書の山。それと関連した俺の研究作業についても、問題なく取り組める。
 ローレンは趣味である執筆作業が捗るだろうな。リーゼは最近になって覚え始めた、裁縫の腕前を上げたいらしい。
 
 
 いつもと同じ。俺とリーゼ、ローレンの三人だけで送る冬の生活。そこにある変化が訪れようとしていた事を、このときの俺自身は少しも想像してはいなかった。
 
 



 二日後。俺はベシュリンの街の近くにある森の中で、ローレンの家の補修作業をおこなっていた。
 恐らく、例の冬嵐ブリザード自体は今日の夕方頃からやってくる。
 嵐の前の静けさというやつだろう。まだ昼間だというのに空の色は薄暗く、辺りには凍てついた空気が流れている。
 
 
 家の補修とはいっても、大体は点検作業みたいなものだ。雨漏りのしている箇所は、全て上から頑丈な木板で補強してある。それらの状態を外側から軽くチェックして、劣化があれば新しい物と交換するのだ。
 このような時に魔法という力は便利である。俺みたいな弱い腕力しかない子供でも、重さのある木材を宙に浮かせて自在に運ぶことが出来るからだ。



 「よっこらせっと」



 俺は地面から屋根の真上に飛び乗って、足元にある板の部分をゲシゲシと踏みつけてみる。素人目線ではあるが、問題はなさそうだ。
 

 身体能力の方は、ここに来たばかりの頃と比べてみると、かなり大きく上昇した。
 魔力を利用した運動機能の底上げ。一般的には『魔力防御』と呼ばれている。
 その練度が高いほどより固く、速さのある肉体を手に入れられる。近接戦の勝敗を左右する、極めて重要なスキルの一つだ。


 俺の基本戦闘スタイルは魔術師なので、本来であればあまり必要としない技能である。
 支援と牽制。可能であれば、遠距離からの魔法攻撃により敵を殲滅。
 つまるところ、魔術師とは徹底した後衛役だ。何が起きても絶対に前に出ない。常に敵対している者とは距離を置く。
 相手が人であれ、人外の魔物であれ、その立ち位置は変わらない。
 冒険者たちがパーティーを組む場合は前衛2、後衛1をベースとして、更に追加の人数がいればそれぞれに割り振っていく。


 しかしそれだと「もしも、一対一の状況に陥った時にはどうするんだ?」という話になる。
 その答えは至極簡単。タイマンなんてしなけりゃいい。尻尾を巻いて、仲間のところにまで一目散に逃げるのだ。
 戦術としては一番理にかなっているものだろう。固定観念とはいえ、そうすることが己の生存力を向上させる。
 


 (だが……俺の場合は、その当たり前の常識が通用しない環境だった)



 圧倒的強者たちとの、命を懸けた正真正銘の殺し合い。
 当時、世界最強と言われていた『深淵の魔術師』と相対した時、俺が考案した特別な戦術と魔法は、奴を死の淵にまで追い詰めるための切り札となった。
 

 ――『超近接型魔法戦闘技法ゼロ・アーツ』。
 魔術師共通の弱点である速さと回避能力を、『魔力防御』によって補いながら、攻撃の起点としていくスタイルだ。
 

 
 ①戦闘能力の上昇。取れる戦術手段の増加。魔法を利用した近接戦により、敵を殲滅。

 ②戦局の支配。事前にありとあらゆる魔法術式を記憶しておき、相手の攻撃手段を見極めながら、常に優位な状況で対処できる。

 ③【虹の魔法】。『魔力防御』との相性が良く、普通の魔術師たちが採用する立ち回り方では、まともに扱うのも難しい。



 リーゼにはこれを習得目的とした訓練を常日頃からさせている。要するに相手に近づいて殴る蹴る。決め手は破壊力のある魔法で一発ドカンッ!だ。
 筋肉だるまの雪女を想像してみてほしい。そう、あれだ。あれなのだ。そんなヤバい奴と、まともに戦って勝てる奴なんていないだろう。
 


 (でも……それはそれで、ちょっと嫌だな)
 

 
 リーゼにはいつまでも、可憐で可愛い女の子のままでいて欲しい。
 朝早く。そんな状態のリーゼが台所に立って俺の朝食を作っていたら……なんて考えると、恐ろしくて身体が自然とブルッちまうね。おー怖い怖い。



 (おや?あれは……?)



 屋根の点検を終えたばかりの俺は、何者かが近づいてくる気配を感じて、その方向へ視線を向けてみる。
 そいつは大きなマントを着ていた。顔は頭から隠れているので、まったく見えない。不審者のオーラがビンビンだ。
 

 明らかに怪しい奴だが、一方的な決めつけをするのはあまり良くない。  
 できることなら友好的に。とりあえず俺はマントの人物から話を聞くために、乗っていた屋根の上から地面に向かって飛び降りた。



 「ウワッ!」



 どうやら驚かせてしまったみたいだ。それにしても、想像していたより可愛い声を出す人なんだな。一気に警戒心が薄れた俺の目の前で、その人物が自らの顔を覆い隠していたマントのフードを脱ぐ。



 (……ワォ)
 
 

 金髪、ピカピカの鎧、気の強そうな瞳。
 典型的な女騎士の格好をした奴がそこにいた。




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