虹の魔術師~元最強の異世界出戻り冒険録~

ニシヒデ

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2章、暗がり山の洞窟

2、眠れない夜

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 リーゼの様子を窺う。……やはり疲れているな。何か口に入れさせた方がいいだろう。俺も腹が減っていることだしね。
 手持ちのリュックの中身を物色してみる。干し肉とチーズ、それと厚みのあるパンを見つけた。半分に切ったパンの間に具材を挟む。リーゼが普段から作ってくれる手料理と比べてみると、その出来映えは微妙なものだが。
 

 手渡した自作のサンドイッチを、リーゼは一口ずつ黙ってもくもくと食べ始めてくれた。昨日の夜から歩き通しで、ようやく少しだけ体を休ませることが出来そうだ。
 

 建物の外側にある通りから、誰かの怒号が聞こえてくる。
 ――「この盗っ人が!」「あっちへ逃げたぞ!」「捕まえるんだ!」。
 なるほど。この街じゃ、盗みなどの犯罪行為は日常茶飯事ってわけかい。この時間から買い出しに出掛けるのは危なさそうだ。今のリーゼを一人にはしておけないし……。
 


 「……エドワーズ」

 「ん?――どうかしたのか?リーゼ」



 それまで長いこと閉ざしていた口を、リーゼが開いた。
 食事を取ったお陰だろうか。先ほどまでとは違い、今は顔に若干血色が戻りつつある。



 「私たち……一体これからどうするの?」

 「まずは予定通り王都へ向かう。そこで『暗がり山』の洞窟に関する情報を集めてみるつもりだ」

 「そう……」



 最悪の場合は、山を越えて行くしかないだろう。
 「とてつもなく長い洞窟がある」――ローレンはそのように言っていた。王都の街から反対側にあるふもとまでの距離は、地図を見る限りだと百キロ以上。しかもここ数年の間、人の手が一切入っていないらしい。道なき道を延々と進むことになる。
 ほんの数日程度の日数で抜けきることは、事実上不可能に近いと思われた。



 「エドワーズは……平気なの?おじいちゃんが、あんな風に死んじゃって……」

 「平気なもんか。……でも立ち止まってはいられない。頼まれたことがあるからな。
 ――それは、リーゼも同じだろう?」



 俺だって、精神的にはかなり参っているさ。
 こうして常に先のことを考えておかないと、頭の中がどうにかなってしまいそうだ。



 「エドワーズは強いね。……私は無理。もうこの先どうしたらいいのか……分からなくなっちゃった」

 「俺は大層な奴じゃない。まともに飯は作れないし、それ以外にも出来ないことが山ほどあるんだ。
 ――だからさ。これからもリーゼの助けが必要になるんだよ」

 「わた……しの……?」

 

 嘘ではない。過去に痛いほど思い知らされた。たった一人で困難に立ち向かう愚かさを。誰かを頼るということが、自分にとってどれだけ大きな支えになるのかを。
 

 「……そう。うん……うん、分かってる。エドワーズの面倒は私が見てあげるって、ずっと前にそう自分で決めたから」

 

 バシンッ!と、リーゼが自らの頬を両手で叩く。どうやら気合いを入れたつもりらしい。凄く痛そうだ。
 無理にでも元気を出してもらわないと、心がもたない。旅は始まったばかりなのだ。目的の地、北のオストレリア王国への道のりは、まだまだ掛かる。


 灯りの火を消してから、リーゼと背中合わせでベッドに入った。
 湿っぽい室内の匂いが俺の鼻を突く。寝心地はお世辞にも良いとは言えない。目を閉じて、なんとか眠りにつこうとしたその時。背後から、昨日の今日で懐かしさを覚える人物の声が聞こえてくる。
 
 
 
 《聞こえるかのう、リーゼ?ローレンじゃ。
 聞こえたら返事を返しておくれー》



 ……『音声記録箱ラバール』だ。魔力を込めると、保存されていた情報が音となって再生される。生前のローレンの声が唯一残された魔導具。リーゼはそれを繰り返し、繰り返し、自身の魔力を使用して再生し続ける。
 


 《聞こえるかのう、リーゼ?……聞こえるかのう……返事を……ローレンじゃ。聞こえたら……返しておくれー……聞こえたら……》



 「止めてくれ」とは、口が裂けても言えなかった。
 死に際のローレンの顔が、頭の中から離れそうにない。その日は眠れない夜が延々と朝になるまで続いたのだった。





 日が昇ると共に、部屋の入り口のボロい木の扉が叩かれる。
 開けてみると、そこには仏頂面をした宿の婆さんが立っていた。
 ――朝飯だよ!!
 頼んでいない。渡された盆の上には、スープの入ったお椀と小さなパン切れが二人分載っていた。婆さんは、それ以上何も言うことなく、その場から去っていってしまう。……銀貨四枚の請求はされなかった。


 朝食を食べた後、魔法で少量の湯を沸かし、温めたタオルで体を拭く。リーゼのことを待っている間、俺は外にある市場の様子を見に行ってみることにした。
 リーゼは、まだ以前のような元気を取り戻していない。それでも大分持ち直してきたようだ。これなら少しの間くらい、一人にしておいても問題ないだろう。
 

 
 「リーゼ~?ちょっとの間だけ、市場の方に出掛けてくるけど……大丈夫かー?」

 「ん、私はもう大丈夫だから。――いってらっしゃい、エドワーズ」

 

 俺は、扉越しに行き先を告げたあと、宿を出てすぐの通りを真っ直ぐ西へ向かった。
 歩いている人々の波が、街の流通が盛んな場所を示してくれている。
 露店には蜘蛛やトカゲ、それとネズミなどの害獣が食用として売られていた。ここだとネズミ肉は一般庶民の間でよく食べられているものらしい。……俺は、何があっても絶対に食おうとは思わないが。変な病気とかに罹りそうだし。
 

 匂いに釣られて、通りにあった串焼きの屋台を覗いてみる。
 ――『ネズミの丸焼き、一個銅貨五枚』。すぐ見なかったことにした。
 家畜、鳥類もちゃんと置いてある。目の前で捌かれていた少量の生肉を購入した。堅焼きハフスと呼ばれている乾パンのような食料も、それと合わせて何枚か買っておく。その後、辺りを適当にぶらついてみたが、これっといってめぼしいものは見当たらなかった。


 宿に帰ると、何やら建物の中がかなり騒がしい。
 ――ドッカン、バッタン!!……只事ではない雰囲気を感じ取る。
 


 「ちょっとあんた!ありゃあ、一体どうなっているんだい?」



 宿の入り口付近にいた婆さんが、驚いた様子で真上にある天井の壁を見つめていた。いや、まぁね……何となく察しはつきますよ?
 予想通り、部屋ではリーゼが掃除をしている最中だった。水の魔法を使用した跡がある。この短時間で見違えるほどピカピカになっていた。破けていたベッドの上の布団まで、綺麗に縫い合わせてある徹底ぶり。
 「ようやくいつもの調子が戻ってきたな」と、ここは素直にリーゼの回復を喜んでおくべきだろう。
  
 

 「ごめん、エドワーズ。わたし、我慢できなくて……」

 「はぁ……ま、仕方がないか。気の済むまでやってくれ。
 ――俺に、何か手伝えることはあったりするか?」



 リーゼと手分けして、汚れた宿の掃除に取り掛かる。俺たち以外、他に泊まっている客はいなかったので、人目を気にせず魔法を使用した(婆さんだけは例外である)。
 三十分かそこらの短時間で、あっという間に作業が完了する。まるで新築同然だ。決して大袈裟なことではなく、本当に。



 「……二人とも、ちょっとそこで待っていな」



 その様子を最初から最後まで、目を丸くして見ていた婆さんが何処かに消える。暫くしてから戻ってきたその手には、一枚の金貨が握られていた。そして、それをリーゼに手渡す。
 えーっと?つまりこれ……どういうことなの?



 「うちの宿を綺麗にしてもらった代金さ。別に頼んじゃいないが、これが礼儀ってものだからねぇ。
 ――報酬として、ありがたく受け取っておきな」

 「ありがとう……ございます?」



 信じられん。意地悪で金に貪欲な婆さんじゃなかったのか。



 「あんたたち、この街の人間じゃないんだろう?身なりで分かるよ。まだ若いが、恐らく冒険者ってところだねぇ。
 ――それで?ここを出たあと、何処へ向かうつもりなのさ?」

 「王都の……その北側にある『暗がり山』を目指しています」

 「……なんだって?よりによってあの場所かい。
 ――やめときな。あの山はね……光が一切無いんだよ」

 「光が無い?」



 どういう意味だろう?



 「言葉通りの意味さ。これまでに何人も死んでいる。自分から命を捨てに行くようなものだよ。
 だがね、それでも行きたきゃ――」



 またもや婆さんが何処かに消える。持ってきたのはボロい封筒。どうやら中に手紙が入っているらしい。



 「これを王都の冒険者ギルドにいるライドって奴に渡しな。そいつが、そこらの事情に関してかなり詳しい。案内を頼めば、きっと快く引き受けてくれるだろうさ」

 「(ま、マジか……!!)」



 こんな所で、一番必要としていた情報が手に入るとは。滅茶苦茶ツいてる。王都に到着したら、すぐそこにある冒険者ギルドを訪ねてみよう。
 

 荷物をまとめて、リーゼと一緒に宿を出る。婆さんが建物の外にまで、俺たち二人のことをわざわざ見送りに来てくれた。
 ……リーゼと、何か話をしている。思いの外、この場所で世話になってしまったな。昨日、最初に会った時の印象とは違い、親切で優しい性格をしている婆さんじゃないか。俺は見直したよ。



 「じゃあね。二度とこんな場所に来るんじゃないよ。
 次来たら、その時は……一泊あたり銀貨二十枚の宿代を請求してやるからねぇ」
 
 
 
 最後の瞬間まで、金にがめつい婆さんだったな。
 「二度と来るか!」――俺は、心の中で悪態をつきながら、リーゼと共に一晩過ごしたその街をあとにした。







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