23 / 85
2章、暗がり山の洞窟
2、眠れない夜
しおりを挟むリーゼの様子を窺う。……やはり疲れているな。何か口に入れさせた方がいいだろう。俺も腹が減っていることだしね。
手持ちのリュックの中身を物色してみる。干し肉とチーズ、それと厚みのあるパンを見つけた。半分に切ったパンの間に具材を挟む。リーゼが普段から作ってくれる手料理と比べてみると、その出来映えは微妙なものだが。
手渡した自作のサンドイッチを、リーゼは一口ずつ黙ってもくもくと食べ始めてくれた。昨日の夜から歩き通しで、ようやく少しだけ体を休ませることが出来そうだ。
建物の外側にある通りから、誰かの怒号が聞こえてくる。
――「この盗っ人が!」「あっちへ逃げたぞ!」「捕まえるんだ!」。
なるほど。この街じゃ、盗みなどの犯罪行為は日常茶飯事ってわけかい。この時間から買い出しに出掛けるのは危なさそうだ。今のリーゼを一人にはしておけないし……。
「……エドワーズ」
「ん?――どうかしたのか?リーゼ」
それまで長いこと閉ざしていた口を、リーゼが開いた。
食事を取ったお陰だろうか。先ほどまでとは違い、今は顔に若干血色が戻りつつある。
「私たち……一体これからどうするの?」
「まずは予定通り王都へ向かう。そこで『暗がり山』の洞窟に関する情報を集めてみるつもりだ」
「そう……」
最悪の場合は、山を越えて行くしかないだろう。
「とてつもなく長い洞窟がある」――ローレンはそのように言っていた。王都の街から反対側にある麓までの距離は、地図を見る限りだと百キロ以上。しかもここ数年の間、人の手が一切入っていないらしい。道なき道を延々と進むことになる。
ほんの数日程度の日数で抜けきることは、事実上不可能に近いと思われた。
「エドワーズは……平気なの?おじいちゃんが、あんな風に死んじゃって……」
「平気なもんか。……でも立ち止まってはいられない。頼まれたことがあるからな。
――それは、リーゼも同じだろう?」
俺だって、精神的にはかなり参っているさ。
こうして常に先のことを考えておかないと、頭の中がどうにかなってしまいそうだ。
「エドワーズは強いね。……私は無理。もうこの先どうしたらいいのか……分からなくなっちゃった」
「俺は大層な奴じゃない。まともに飯は作れないし、それ以外にも出来ないことが山ほどあるんだ。
――だからさ。これからもリーゼの助けが必要になるんだよ」
「わた……しの……?」
嘘ではない。過去に痛いほど思い知らされた。たった一人で困難に立ち向かう愚かさを。誰かを頼るということが、自分にとってどれだけ大きな支えになるのかを。
「……そう。うん……うん、分かってる。エドワーズの面倒は私が見てあげるって、ずっと前にそう自分で決めたから」
バシンッ!と、リーゼが自らの頬を両手で叩く。どうやら気合いを入れたつもりらしい。凄く痛そうだ。
無理にでも元気を出してもらわないと、心がもたない。旅は始まったばかりなのだ。目的の地、北のオストレリア王国への道のりは、まだまだ掛かる。
灯りの火を消してから、リーゼと背中合わせでベッドに入った。
湿っぽい室内の匂いが俺の鼻を突く。寝心地はお世辞にも良いとは言えない。目を閉じて、なんとか眠りにつこうとしたその時。背後から、昨日の今日で懐かしさを覚える人物の声が聞こえてくる。
《聞こえるかのう、リーゼ?ローレンじゃ。
聞こえたら返事を返しておくれー》
……『音声記録箱』だ。魔力を込めると、保存されていた情報が音となって再生される。生前のローレンの声が唯一残された魔導具。リーゼはそれを繰り返し、繰り返し、自身の魔力を使用して再生し続ける。
《聞こえるかのう、リーゼ?……聞こえるかのう……返事を……ローレンじゃ。聞こえたら……返しておくれー……聞こえたら……》
「止めてくれ」とは、口が裂けても言えなかった。
死に際のローレンの顔が、頭の中から離れそうにない。その日は眠れない夜が延々と朝になるまで続いたのだった。
日が昇ると共に、部屋の入り口のボロい木の扉が叩かれる。
開けてみると、そこには仏頂面をした宿の婆さんが立っていた。
――朝飯だよ!!
頼んでいない。渡された盆の上には、スープの入ったお椀と小さなパン切れが二人分載っていた。婆さんは、それ以上何も言うことなく、その場から去っていってしまう。……銀貨四枚の請求はされなかった。
朝食を食べた後、魔法で少量の湯を沸かし、温めたタオルで体を拭く。リーゼのことを待っている間、俺は外にある市場の様子を見に行ってみることにした。
リーゼは、まだ以前のような元気を取り戻していない。それでも大分持ち直してきたようだ。これなら少しの間くらい、一人にしておいても問題ないだろう。
「リーゼ~?ちょっとの間だけ、市場の方に出掛けてくるけど……大丈夫かー?」
「ん、私はもう大丈夫だから。――いってらっしゃい、エドワーズ」
俺は、扉越しに行き先を告げたあと、宿を出てすぐの通りを真っ直ぐ西へ向かった。
歩いている人々の波が、街の流通が盛んな場所を示してくれている。
露店には蜘蛛やトカゲ、それとネズミなどの害獣が食用として売られていた。ここだとネズミ肉は一般庶民の間でよく食べられているものらしい。……俺は、何があっても絶対に食おうとは思わないが。変な病気とかに罹りそうだし。
匂いに釣られて、通りにあった串焼きの屋台を覗いてみる。
――『ネズミの丸焼き、一個銅貨五枚』。すぐ見なかったことにした。
家畜、鳥類もちゃんと置いてある。目の前で捌かれていた少量の生肉を購入した。堅焼きと呼ばれている乾パンのような食料も、それと合わせて何枚か買っておく。その後、辺りを適当にぶらついてみたが、これっといってめぼしいものは見当たらなかった。
宿に帰ると、何やら建物の中がかなり騒がしい。
――ドッカン、バッタン!!……只事ではない雰囲気を感じ取る。
「ちょっとあんた!ありゃあ、一体どうなっているんだい?」
宿の入り口付近にいた婆さんが、驚いた様子で真上にある天井の壁を見つめていた。いや、まぁね……何となく察しはつきますよ?
予想通り、部屋ではリーゼが掃除をしている最中だった。水の魔法を使用した跡がある。この短時間で見違えるほどピカピカになっていた。破けていたベッドの上の布団まで、綺麗に縫い合わせてある徹底ぶり。
「ようやくいつもの調子が戻ってきたな」と、ここは素直にリーゼの回復を喜んでおくべきだろう。
「ごめん、エドワーズ。わたし、我慢できなくて……」
「はぁ……ま、仕方がないか。気の済むまでやってくれ。
――俺に、何か手伝えることはあったりするか?」
リーゼと手分けして、汚れた宿の掃除に取り掛かる。俺たち以外、他に泊まっている客はいなかったので、人目を気にせず魔法を使用した(婆さんだけは例外である)。
三十分かそこらの短時間で、あっという間に作業が完了する。まるで新築同然だ。決して大袈裟なことではなく、本当に。
「……二人とも、ちょっとそこで待っていな」
その様子を最初から最後まで、目を丸くして見ていた婆さんが何処かに消える。暫くしてから戻ってきたその手には、一枚の金貨が握られていた。そして、それをリーゼに手渡す。
えーっと?つまりこれ……どういうことなの?
「うちの宿を綺麗にしてもらった代金さ。別に頼んじゃいないが、これが礼儀ってものだからねぇ。
――報酬として、ありがたく受け取っておきな」
「ありがとう……ございます?」
信じられん。意地悪で金に貪欲な婆さんじゃなかったのか。
「あんたたち、この街の人間じゃないんだろう?身なりで分かるよ。まだ若いが、恐らく冒険者ってところだねぇ。
――それで?ここを出たあと、何処へ向かうつもりなのさ?」
「王都の……その北側にある『暗がり山』を目指しています」
「……なんだって?よりによってあの場所かい。
――やめときな。あの山はね……光が一切無いんだよ」
「光が無い?」
どういう意味だろう?
「言葉通りの意味さ。これまでに何人も死んでいる。自分から命を捨てに行くようなものだよ。
だがね、それでも行きたきゃ――」
またもや婆さんが何処かに消える。持ってきたのはボロい封筒。どうやら中に手紙が入っているらしい。
「これを王都の冒険者ギルドにいるライドって奴に渡しな。そいつが、そこらの事情に関してかなり詳しい。案内を頼めば、きっと快く引き受けてくれるだろうさ」
「(ま、マジか……!!)」
こんな所で、一番必要としていた情報が手に入るとは。滅茶苦茶ツいてる。王都に到着したら、すぐそこにある冒険者ギルドを訪ねてみよう。
荷物をまとめて、リーゼと一緒に宿を出る。婆さんが建物の外にまで、俺たち二人のことをわざわざ見送りに来てくれた。
……リーゼと、何か話をしている。思いの外、この場所で世話になってしまったな。昨日、最初に会った時の印象とは違い、親切で優しい性格をしている婆さんじゃないか。俺は見直したよ。
「じゃあね。二度とこんな場所に来るんじゃないよ。
次来たら、その時は……一泊あたり銀貨二十枚の宿代を請求してやるからねぇ」
最後の瞬間まで、金にがめつい婆さんだったな。
「二度と来るか!」――俺は、心の中で悪態をつきながら、リーゼと共に一晩過ごしたその街をあとにした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~
日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!
斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。
偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。
「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」
選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる