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2章、暗がり山の洞窟

6、暗がり山の洞窟①

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 王都の外。塀から少し歩いた先には、一本の巨大な木が植えられていた。
 ――『聖木』である。
 見上げる程の高さがある光の柱。『暗がり山』へ近づくにつれて、それがもたらしてくれる守護の効果は段々と弱まってくる。
 強力な個体の魔物に対しては全く効果が無い。……つまり、仮初の平穏なのだ。
 

 しかし、人々はそれを良しとし、いつ崩れるかも分からない現状の生活に満足している。大半の者たちがそうだ。
 まさか「そんなことが起こる筈がないだろう」と、高を括っている。心のどこかで危機感を抱いていたとしても、行動には起こさない。手の打ちようがないと理解しているから。
 

 彼らにとっては天変地異に等しい存在。そんなものが襲い掛かってきたら、抗うことなど不可能である。
 今や各地にダンジョン化が広がり、どこの国もその対応で頭を抱えているのだ。
 

 進み続けていくと、辺りの空気が徐々に変わるのを感じ取る。
 聖なる守りの外側。北東の森に辿り着くまでの距離は七キロほど。今のところ魔物の姿は確認していない。大人組に気づかれないよう、こっそりと探知の魔法を使用する。
 

 ――何も引っ掛からない。野生動物の一頭も。
 

 先頭を歩くのはドワーフのバルガス。真ん中に俺とリーゼ、そしてライド。後方の殿はマリアナだ。


 バルガスの装備は青銅色の大盾。風打ちと呼ばれる特殊な製法で作られた物らしい。最高級の鉱石『ミスリル』が練り込まれている。非常に頑丈で軽い素材。
 試しに持たせてもらったが、それでも結構重かった(体感で二十~三十キロ)。
 これを持って、辺りを平然と走り回れるのがドワーフだ。怪力と持久力、この二点が他のどの種族よりも優れている。バルガスの年齢は八十六歳。ドワーフの平均寿命が大体二百歳前後となっているので、人族の年齢的にはちょうど中年のおっさんくらいになるだろう。
 盾の裏側に仕込まれた片手斧。投擲用のため、柄の先端部分には長いロープが付いている。重量感のある鎧を全身に着込んだ姿は、まるで歩く城塞だ。
 その名も『鉄壁のバルガス』。前衛として、常に敵の攻撃から俺たちの身を守ってくれる。頼りになるパーティーの壁役だ。


 ライドの装備は二本の短剣。機動性を考慮した軽装備……というわけではなく、実際のところは単なる荷物持ちだからである。
 背中に背負ったリュックの中身は人数分の食糧、飲み水、そして酒がたんまり入ったボトルだ。魔導具なので、見た目よりも荷物をたくさん詰められる。仲間内で半年ほど貯金をして、ようやく手に入れた物らしい(ちなみに同様の効果がある自作品を、俺とリーゼも持っている)。
 戦闘時には仲間を援護する形で立ち回り、状況を見て撤退などの判断を決めるのがリーダーであるライドの務めだ。
 

 マリアナは、両手の拳にメリケンサックを付けている。名称は破壊者の拳ブラストナックルと呼ぶそうだ。めちゃくちゃ強そう。
 突起物はない。「そんな小細工、あたしには必要ないのよ」と、本人は言っていた。人族なのに、何故かドワーフのバルガスより力持ち。ホントに人か?
 髪は三つ編み。相変わらず化粧が濃い。体つきは大きいがスピードもある。
 肩に装備したプレートが最大の武器だ。フィジカルにものを言わせた殺人タックル。その桁外れの威力の前では、大抵の雑魚魔物たちはイチコロだろう。
 
 
 俺とリーゼは、魔術師としてパーティーの後衛役だ。不測の事態が起きた場合、躊躇せずに本来の実力を発揮するつもりでいる。
 【虹の魔法】は最後の切り札。基本的には戦闘のほとんどをリーゼに任せるつもりでいた。
 

 
 「リーゼは分かるが……お前まで同じ魔術師だって?
 ――ハッ!俺には、そんなに頭が良さそうには見えないけどな?」

 「ほっとけ!!」



 ライドからは「疑わしい」と馬鹿にされたが、披露する機会はない方がいい。森に入り、暫く歩いていった先でライドが隠れるように合図を出す。
 茂みの隙間から覗いてみると、少し離れた位置にある洞窟の入り口付近に数体の魔物が集まっていた。四足歩行の獣の群れ。ギョロつく赤い目、裂けた口元。後ろ足の上部分が二つのコブみたいになっている。



 「まいったな。ハイウルフかよ……!」
 
 「三、四、五……あそこに見えているだけでも八体はいるわね」

 「どうする?いくらなんでも、チョイとばかり数が多すぎるぜ」

 
 
 困り顔のライドたち『おまるの集い』のメンバーに向かって、リーゼが指先を立てながら、自信満々な様子でブイのポーズを取る。



 「大丈夫。
 あのくらいなら、私一人でも全然ヨユー」

 「……仕方ねえ。ひとまず少しの間、この場所に隠れて様子を見るか。
 ――バルガス、いつも通り背後の警戒はお前に任せた」

 「了解」

 「エドワーズ。……私やっぱり、おっさんのこと嫌い!」



 当然だが、リーゼの発言は華麗にスルーされていた。
 ハイウルフ。高い狂暴性を持つ、狼の姿をした魔物。コブの中の筋肉がバネのように可動することで、高い跳躍力を得ることができる。……カエルかよ。
 

 しかし、ああして数が集まれば厄介だ。戦わずに済むのなら、それに越したことはない。
 十五分以上待っていても、状況は変わらなかった。完全に居着いてしまっている。やるしかない。作戦を立て終えたライドが、周りの仲間たちに対して指示を出す。
 


 「マリアナ、バルガス。お前たちの役目は砲弾・・だ。
 ガキどもは……いや、すまん。エドワーズとリーゼの二人は、俺が許可を出すまでそこに隠れて待っていろ。
 ――連携の打ち合わせも終わってないんだ。頼むから、味方に攻撃だけは当てるなよ?」

 「ムッ!味方に魔法を当てるなんて、私そこまで馬鹿じゃ……モゴモゴモゴ(リーゼの口を俺が両手で塞ぐ)」

 「はいよー(砲弾だって?どういう意味だ?)」



 マリアナが、バルガスの体を軽々と頭上高くにまで持ち上げた。そのまま担ぐようにして、肩の後ろに振りかぶる。
 まさか……。

 
 
 「どおぉぉぉおりゃあ!!!」
 
 

 マリアナが吠えた。大盾を構えたバルガスのことを、勢いよく空中に向かって放り投げる。異常を察したハイウルフの真上に着弾した。ほぼ即死。
 間髪いれずにタックルの体勢を取ったマリアナが、魔物たちの群れのド真ん中に突っ込んでいく。


 
 《ガウ?ォ――》

 (スッゲエ……!!)
 


 ドンッ!と物凄い音がした。二体のハイウルフをまとめて吹き飛ばす。断末魔をあげる間もなく息絶えた。残りは五体。
 ライドが駆け出した。自らの腰に手をやり、握り締めた短剣を狙い定めて投擲する。ハイウルフの眉間の間に深々と突き刺さった。すれ違いざまに引き抜いてから鞘の中に戻す。
 洞窟を背にして、合流した三人の周囲を魔物たちが取り囲んだ。あっという間に半数がやられても、逃げ出す様子が一切ない。


 寧ろ、より狂暴さが増している。素早い動きで襲い掛かってきたハイウルフの爪を、バルガスが大盾を使って受け止めた。両脇はライドとマリアナが背中合わせで迎え撃つ。しかし、



 《――グルオオオオオオン!!》



 最後の一体が飛び上がり、がら空きになった頭上目掛けて強襲してきた。そのことに気づいたライドたちの顔に焦りが浮かぶ。
 勝ちを確信したハイウルフの口元が凄惨な笑みで歪んだ。その肉体を、真後ろから飛来してきた氷の刃が真っ二つに寸断する。
 


 「なっ!?」
 「えっ?」
 「一体なんだ?」



 続けて放たれた三発の【氷の魔矢アイシクルショット】が、生き残った全ての魔物たちを絶命させた。ポカンとしているライド、マリアナ、バルガスの三人。
 「何が起きたのか分からない」――そんな表情をしながら、茂みの中から出てきた俺とリーゼの姿を見る。



 「スゲエじゃねえか!あんな魔法もの、俺は今まで見たことも――」

 「まって、エドワーズ……何かが後ろから沢山来てる!!」
 
 「全員、急いで洞窟の中まで走るんだ!――走れ!!」


 
 どこから現れたのだろう?魔力探知に膨大な数の反応が引っ掛かる。十や二十じゃない、もっといる。考えている暇はなかった。
 全員が洞窟の内部に入ったのを確認した俺は、入り口付近の壁に魔法を撃ち込んだ。衝撃による地響きが発生し、俺たちの退路は天井から降り注いだ落石によって完全に塞がれる。
 
 
 



 


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