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2章、暗がり山の洞窟

7、暗がり山の洞窟②

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 真っ暗で何も見えない。手元に光球を生成し、それを足元から数メートル離れた地点にまで浮き上がらせた。
 大人の身長程度の高さがある通路がずっと続いている。光球を先導させるように浮遊させ、深緑色の苔がこびりついている道を進んでいった。
 

 後方からガリガリと、何かを引っ掻くような音が聴こえてくる。
 積み上げられた岩の向こう側に、大量の魔物が押し寄せてきているのだ。入り込んでくることは万が一にも無いだろうが、執念深くいつまでも続けている。



 「ハアハア……!!いきなり大声で『走れ!』なんて言い出すから、何事かと思ったら……。なんで分かったんだ?坊主?」

 「たまたまだよ、本当に。運が良かっただけさ」

 「たまたまって、お前なあ……。
 でもまあ、まさに間一髪ってところだったな。助かったぞ坊主」
 

 
 息を切らしながら話し掛けてくるライドには、適当なことを言って誤魔化しておいた。
 追い立てられるようにして歩いて行った先に、全員が寝転べるほどの広さのある空洞が現れる。それが部屋のようにいくつも繋がっていた。最奥には石造りの便器が置かれている。ライドから聞いていた通りの立派な物だ。その他には何もない。
 

 マリアナが壁の一部に手を掛ける。よく見ると、触れた箇所だけが僅かに窪んでいた。それを真横に向かって引きずるように動かしていく。


 ――ズズズズズゥゥ。
 

 
 (岩戸になっているのか……)



 開いた隙間の部分から光が射し込んでくる。青白く、優しい色。
 通り抜けた先の岩肌が発光していた。脈打つように、果ての方まで。目を見張る光景だ。リーゼも驚いている。まるで大地の血管だ。



 「凄い……!洞窟の中なのに、まるで外にいるみたい」

 「どうなってるんだ?なんでこんなに光ってる?
 ――おっさん!」

 「さあな、理由なんて分からねえよ。でもまぁ、とりあえず俺たちの体に対して害はない筈さ。
 ここを進むと、明日の朝には例の三つ目のポケットの手前辺りに着いている」

 「スゥ~ッテキな所でしょう?
 ――あたしたちだけが知っている、特別な場所なのよん!」

 「毎度のことだが……俺はどうにも落ち着かねえ。
 まるで得たいの知れない何かの中にいるみたいだ……」



 バルガス一人だけは、居心地が酷く悪そうだった。
 ライドが「見てろ?」と言いながら、持っていた短剣で目の前の壁を軽く切りつける。表面が削れて傷ができたが、すぐ元通りの状態に戻ってしまった。これには流石の俺も驚かされる。
 


 「気色悪っ!!」

 

 得たいの知れない何かねえ?修復と同時に微かな魔力の流れを感知した。恐らくは魔法的な何かが関係しているのだろう。
 ライドの「害はない」という言葉に確実性はないが、俺たちはこの場所を進むしか他に道がない。
 


 「そういや、さっきのは凄かったな!ハイウルフをまとめて四体も。一瞬のことだ」
 
 「ん。私にとって、あのくらいの魔法なら別にどうってことない」

 「リーゼ、もしかしてあなた……一人だけで、さっきのあれを全部やったの?
 ン~マッ!!驚きね。『シルバー』帯くらいの実力はあるんじゃない?」



 人族出身で、まともな魔法を扱える奴なんてそんなにいないからな。マリアナたちが称賛するのは当然のことだろう。
 バルガスが、俺の腰回りを励ますように何度か叩いてくる。
 なんだそれは。もしかして俺は、彼に哀れまれているのだろうか?



 「おう!エドワーズ。お前の使う魔法も十分凄いぞ。
 ――お陰で、ここに来るまでは松明いらずだったからな!」

 

 馬鹿にされているようにしか聞こえない。ムカついた俺は、目の前で笑い転げているライドの股間を蹴りあげてやった。
 ――ざまあみやがれ!
 それにしても不思議な所だ。こんな空洞が地下に向かって何キロも続いているなんて。にわかには信じがたい。
 

 かなりの長い距離を歩いたあと、道幅の広い空間で数時間の休息を取ることになった。
 ライドとバルガスの二人が荷物を置き、その場で夜営をおこなうための準備を始める。
 

 
 「さーて、今晩の飯はどうするか……って!ウオッ!?」

 「なんと。こいつは……ぶったまげたな……!!」



 リーゼが自らの腰に巻いてあるポーチの中から、特大サイズの鍋を一つ取り出した。俺以外の全員が、口を開けてその様子を眺めている。
 王都に着くまでの道中で買っておいた肉、野菜。料理をするための調理器具。椅子や作業台などの道具が次々に何でも出てくる。



 「凄いじゃない!リーゼのポーチそれ、魔導具なんでしょう?
 うちのパーティーで使っている物より高性能じゃな~い!!」

 「そんなの当然。だってエドワーズが作った物だし。
 ――ね?」



 そこで俺に話を振るのか……。彼らの常識では、そういった類いの品々は専門の職人が作るものだ。市場に出回っている物はどれも高額。魔導具の性能も製作者によってまちまちである。



 「ま、そう簡単に出所は言えねよなあ……」

 「きっと名高い職人が作った物に違いない」

 「ハ……ハハハハ……(いやいや、普通に教えちゃってるんだけどね!)」

 
 
 ライドたちが勝手に勘違いをしてくれているなら都合がいい。面倒な説明する手間が省けるからな。
 具材がたっぷりと入ったシチューが出来上がった。リーゼの手作りなので味は保証されている。



 「おまっ!エドワーズ!こんなうまいものを毎日食ってんのかよ?」

 「本当に美味しいわ!リーゼってば、料理が物凄く上手なのね~」

 「王都南部のエルメス通りにある店を知ってるか?
 このシチューの味は、あの人気店で出されているものに匹敵するぜ!!」
 


 それはそうだろう。『妖精亭』の主人、ミラの旦那さんはエルメダの店の味をよく知っている。メニューを考える上で参考にしていてもおかしくない。リーゼは、少しだけ誇らしそうな表情をしていた。
 ライドとバルガスの二人は酒を手にしており、すでに飲み始めている。最初はどうなることかと思っていたが、結果的にここにいる『おまるの集い』のメンバーに案内の依頼をしたのは正解だったな。
 
 

 「ドワーフってのは、どいつもこいつも気難しい奴だとよく言われている。しかぁし!そいつは間違いだ!!
 俺たち同族の間では特有の挨拶の仕方がある。それを示せば、どんな奴でも兄弟同然のように接してくれる筈さ。覚えておけよ?」

 「へぇー。それで?その挨拶のやり方はどうやるの?」

 「それはな、よく見とけよエドワーズ。……こうだ!!」



 その場で仰向けになって寝転んだバルガスが、四肢を垂直に立てた状態でこちらを見上げる。



 「これがドワーフ流、親愛の証ってやつさ!!」

 「(どう見ても服従のポーズにしか見えない……)」



 マリアナは、リーゼと二人で楽しそうにおしゃべりしている。
 ライドから酒を勧められたが、遠慮しておいた。こうして賑やかにしていると、ベルリナの街で過ごしていた時のことを思い出す。



 「おい、エドワーズ!――そういえばお前、あれの経験はあるのかよ?」

 「……あれ?」

 「とぼけるな。あれと言えば、そりゃあもちろん……シモの話よ」



 酔ったライドが、俺の肩の上に腕を回しながらニヤリと笑みを浮かべた。



 「そ、そんなの……あるわけないだろっ!!」

 「カァー!情けねえ!!俺が若い頃は、それはもう毎日のように女を取っ替え引っ替えしていたもんだ」

 「どうした二人とも?なんの話をしている?」



 スープのおかわりを取りに向かっていたバルガスが、俺たちの会話の中に入ってくる。

 

 「エドワーズこいつが未だに女を知らない、初心うぶな野郎だってことさ」

 「悪かったな!俺はおっさんと違って経験豊富じゃないんだよ!!」

 「おう、エドワーズ。気にすることはないぞ。
 ライドの奴は、お前に自慢できるほどの経験があるってわけじゃないからな」

 「ちょーっと待て!!バルガス。お前まさか、俺の昔の話を――」

 「その話、是非とも詳しく聞かせてくださいっ!!」
 
 

 俺は、焦るライドの体を押し退けながら、目の前のバルガスに対して話を続けるように懇願する。
 
 

 「ライドの奴が、街の娼館で初めて女を買った日のことだ。
 いざその時になって、結局何もすることなく女の方がその場から逃げ出したんだよ。
 ――ライドの股の間からぶら下がっているものを目にしてな」
 
 

 そこでバルガスは、少し離れた位置に座っているマリアナの姿を指差した。
 
 
 
 「あいつは『怒れる女狂戦士バーサーカークイーン』、俺は『鉄壁のバルガス』なんて大層な呼び名を持っている。
 それでライドに付けられたあだ名なんだが……フッ!……ハッハッハッ!!
 なんと『種馬ライド』だ。――とんでもなく酷い話だろう?」

 「ギャッハッハ!!種馬……種馬って……ヒィーヒィー!!
 おっさんそれは……それはマジで死ぬ!笑い死ぬ……!!」

 「笑いごとじゃねえ!!お陰で俺は、今でも街中の冒険者たちからそう呼ばれているんだぞ。十年以上もだ!!」

 

 ひとしきり騒いだあと、それぞれが交代で眠りにつくことになった。
 俺とリーゼは、見張りをする必要はないと告げられた。ライドたちにそういう意図はないのだろうが、洞窟の主である魔物と遭遇してしまった場合、真っ向から対処できるのは恐らく俺たちだけだろう。ありがたく休ませてもらうことにした。
 

 すぐ近くにリーゼの寝顔がある。気を張っていたからだろう。完全にぐっすりだ。どうやらここに来るまで、だいぶ無理をさせてしまったらしい。
 今からでも遅くはない。彼女一人だけでも、エルメダの所に帰すべきだろうか?しかし、リーゼはそれを絶対に嫌がるだろう。
 呪いのせいで力が弱ってしまった状態の俺では、正直どこまでリーゼのことを守り通せるか分からなかった。



 (この先も順調であれば、明日には隣国のニディスへ到着……か)
 


 洞窟内に潜む怪物、悪魔の死蛾モスターナ。実物は一体どのような姿をしているのだろうか。
 バルガスの絵に描いてあった、四枚の歪な形をしている巨大な羽。魔物というものは、その場その場の環境に己の体を適応させる。あらゆる耐性、高度な擬態能力。人はそれを進化と呼んでいる。
 

 強力な個体として新たに生まれ変わった魔物を、人の手で討伐することは不可能だ。
 とても恐ろしく、理解できない存在。故に『超特殊個体《ノーヴァ》』。古い言葉でそのように言い表すと、過去に教えてもらったことがある。
 悪魔の死蛾例の奴がその類いではないことを祈るばかりだ。俺は自身の瞳を閉じて、数日ぶりとなる深い深い眠りについた。
 




*****
 
 
 


 柔らかな感触を頭部に感じて目を開ける。俺は誰かに膝枕をされていた。首を動かして真上を見上げる。デカイ。デカイ双璧が俺の視界を埋め尽くす。



 「あらあらまあまあ。エドワーズ、ようやく目が覚めたのね?」



 声の主は大好きな大好きな皆のお姉ちゃん、ミラ姉さんのものだ。二つのたわわに実った果実が、俺の顔面に真上から押し付けられる。



 (こ、ここは天国なのか!?)
 
 
 
 鼻から空気を思いっきり吸い込んだ。やべえ、何も考えられない。脳ミソの中が空っぽになっていく。一生こうしていたいかも。
 そう!俺は赤ん坊だ。きっと転生して赤ん坊になったんだ。俺の第二の異世界生活がこれから始まる!!



 「どおぉん?あたしの膝枕の寝心地は?」

 

 俺はハッとして、勢いよくその場から立ち上がろうとした。しかし体が動かない。頭を強い力で左右から無理やり固定させられている。
 視線の先には、何故か頬を赤らめているマリアナが。いつの間に入れ替わったんだ?というか、これ一体どうゆう状況?めちゃくちゃ嫌な予感がした。



 「あたしね……実はあなたのことがタイプだったのよ」

 「……へ?」


 
 そう言うと、マリアナがキス顔でこちらに対して迫ってくる。逃げられない。なんてごつい手だ。微動だにしなかった。



 「ギャー!?まってまって!ちょっとまって!!」



 三十センチ、二十センチ……どんどん近づいてくる。お、俺の初めてがまさかこんな……こんなことになるなんて!



 「絶対イヤだーーー!!!」



 大声で叫んだ瞬間、マリアナの顔がどんどん遠くに向かって離れていく。地面が崩れ、俺の体は真っ暗闇の底へと落ちていった。グルグルグルグル、何もかもが回って揺れている。
 「エドワーズ……エドワーズ!」――呼び掛けてくる誰かの声に気づいて手を伸ばし――、



 「痛だあ!?」

 「エドワーズ!もうっ……やっと起きてくれた」



 頬に痛みを感じて飛び起きた。リーゼが俺の顔を引っ叩いて起こしてくれたらしい。
 何もそこまでしなくても……。でもまあ、結果的に悪夢から目覚めることができたので結果オーライ!最後の方は馬鹿みたいにグルグル回って、延々揺れ続けていたからな。しかし、何か様子がおかしい。まだ足元がフラフラしている。というかまさかこれって?



 「えっ?なんかマジで揺れてない?」
 





 

 
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