虹の魔術師~元最強の異世界出戻り冒険録~

ニシヒデ

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2章、暗がり山の洞窟

8、暗がり山の洞窟③

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 周辺の壁、地面、洞窟内の天井全てが軋んでいる。パラパラと真上から落ちてくる小さな瓦礫。他の仲間たちも全員飛び起きていた。
 地震のような揺れが暫く続いたあと、やがて何事もなかったかのように辺りがシーンと静まり返る。



 「おっさん、今のは?」

 「さーてな。しかし……こんなことは今までに無かった筈だぜ?」

 「早いところ、荷物をまとめちまった方がいい。
 やっぱりここは不気味なところだ……」

 
 
 バルガスの意見に賛同した俺たちは、すぐにその場から出発することにした。
 岩肌が放つ、青白い光の色は変わっていない。隣を歩くリーゼからは、あとで散々文句を言われてしまった。
 


 ――緊急事態だと思って起こそうとしたのに。エドワーズがいつまでも間抜けに寝てるから!
 


 そいつはすまない。とんでもない悪夢にうなされていたのだよ。
 地震の原因に関しては不明だが、こうして問題なく先に進めているうちは気にしなくても良いだろう。


 ……そういえば魔物の姿が見当たらないな。戦闘をおこなわずに済んでいるのでラッキーではあるのだが。やはりここは特別な場所なのかもしれない。
 この光る鉱石が『聖木』と似たような効果を発揮しているのだろうか?急に先頭を歩いていたバルガスの足がピタリと止まる。
 目の前の進路が行き止まりになっていた。継ぎ目のない壁で隙間なく塞がれている。周囲に落石などの跡は見当たらなかった。



 「なんだこの壁は?どうなっていやがる?」

 「困ったわね~ん。前はちゃんと通れていたのに……」

 「さっきの揺れで、洞窟の天井が崩れてきた……ってわけではなさそうだ」



 どうやらこれは、ライドたちにとっても予想外の事態らしい。
 マリアナが自らの拳を構える。それから一発、渾身の威力の突きを正面に向かって繰り出した。



 ――ドッゴオォォン!!



 (ウヒー!なんちゅう威力だよ……!)



 打撃を打ち込んだ箇所が崩れて陥没し、壁全体に大きな亀裂がピシリと走る。
 「このままいけそうか?」と思いきや――。



 「あらん?……やっぱりダメだったみたいね」

 

 ライドの時と同じく、折角できた割れ目が瞬く間に修復されていく。
 決まりだな。自然のものではなく、明らかに魔法によるもの。誰がなんの目的で作ったのかは知らないが、どこかしらにこの先へ進むためのヒントが隠されていないだろうか?
 


 「どうしようエドワーズ……。何かわかる?」

 「(このまま攻撃を与え続けていれば、いずれ修復に必要な洞窟内の魔力が枯渇するかも?いや、そもそもこの長さの範囲を何年も結界化しているんだぞ?そう簡単にうまくいくとは思えない……)」



 大抵こういうものは、予め決められた合言葉を唱えるか、秘密のスイッチを押せば万事解決する……ってことがあるかも。そんな気がする。



 「オンダバァ~!?オンデレケッケッ、ケッケッパー!!」



 早速実践してみたが、数秒待ってみても目の前の壁に変化は表れなかった。
 ――やめてみんな。そんな痛々しい人を見るような視線を、俺に対して向けないでくれ。



 「……おいリーゼ。エドワーズの奴は、一体どうしちまったんだ?」

 「大丈夫、安心して。昔から、こういうことはたまにあるから。
 ――エドワーズは頭の病気なの」

 「おお……そいつはかなり、なんと言うかその……大変だったな。
 かわいそうに。腕のいい医者に看てもらうことが出来ればいいが……」

 「まさか、あの子にそんな事情があっただなんて。
 リーゼ、あなたってこれまでに随分と苦労をしてきたのね?」



 どいつもこいつも言いたい放題言いやがって。俺はこれでも真面目にやっているんだぞ!
 突然、それまでなんの反応も示さなかった壁の表面に文字が浮かび上がってくる。森人族エルフが用いる精霊文字。そこには次のような言葉が書かれていた。
 
 

 ――『パランデの回廊』、その権限を得たくば、己のうちに宿る力の証をここに示せ。



 (パランデの回廊?力の証?なんじゃそりゃ?)



 他のみんなの様子を伺ってみる。特に何も変わらなかった。
 まさかとは思うが……見えていないのか?これだけはっきりとした文字が記されているのに?
 リーゼの方を見てみると、「どうかした?」というような表情をしながら首を傾げていた。なるほど、どうやら本当にそうらしい。
 俺にしか見えない謎の文字。何か条件があるのだろうか?たった一回の適当な合言葉で当たりを引いてたわけではない。もっと別の……。



 (一応、試してみるか)



 俺は、障害となっている壁のすぐ目の前にまで近づくと、そこに自身の広げた手のひらを押し付ける。
 目蓋を閉じて、もう一度それをまた開く。右側の瞳の奥に聖痕を浮き上がらせた。すると、それに対して周辺の岩肌が呼応するかのように震えだし、ボロボロと崩れた瓦礫の先から水の流れる音と湿気った風が吹き込んでくる。



 「(――やりぃっ!ビンゴ!!)」

 「お、おい!今の見たかよ?バルガス……」
 
 「あっ……ああ!ライド。もちろん目にしたぞ」



 仰天する一同を背にしながら、俺はたった今空いた目の前の穴から顔を出して、その向こう側の景色を覗いてみた。



 (これは……!想像していたよりも、かなりとんでもない所だな)



 まるで深い谷を見下ろしているかのようだ。丸い形をしている綿のような何かが、洞窟内の至るところを漂うように浮遊している。
 蝋燭ろうそくクラゲ。ボンヤリとした光を周囲に放つ生き物だ。ダンジョン化した領域内では多く見られる。真下を流れる地下水脈の川。あぜ道状に広がるいくつもの水溜まり。地上とはまったく違う、別の世界だ。
 

 穴から真下にある地面までの高さはかなり離れている。俺とリーゼの二人はともかく、一緒にいる他の仲間たちまで飛び降りさせるわけにはいかない。骨を折る程度では済まないだろう。
 俺の片腕に装備されている『反射の籠手リフレクター』。その内部に収納してある『魔鋼糸』を利用して、岩壁を伝うための頑丈なロープを作成した。
 魔力を通すことで、数百メートルの長さにまで自在に伸び縮みする。それを穴の縁の数か所に括り付けて固定した。



 「みんな、ロープはしっかり掴んだか?じゃあ、いくぞー?」

 「いくってどういうこった?エドワーズ……って!ウオオッ!?」

 
 
 全員がぶら下がっている状態で垂らしたロープ全体へ魔力を通し、地面に向かってスルスルと引き伸ばしていく。驚いた様子で声を上げたバルガスが落っこちないように、速度には十分気をつけながら。
 やがて何事もなくそれぞれの足裏が、固さのある地面の上に着地する。幾重にも編んだ『魔鋼糸』を細い糸の状態に戻したあとで、それを手元の魔装具の収納箇所へと巻き取っておいた。



 「……坊主。さっきお前が上でやってみせた……ありゃなんだ?
 まさかあれもまた、たまたまって言うんじゃ――」

 「いやあ、それが俺にもよく分からないんだよね」



 俺は『パランデの回廊』なんて存在自体知らなかったし、この場所へやって来たのも初めてのことだ。
 あっ!そもそもライドたちに、先ほどのあの精霊文字で書かれた言葉は見えていないんだっけ。



 「まったくよお……お前には、この場所に来てから驚かされてばかりだぜ!」

 「ビックリしたわよね~?あたし自身の拳でも、どうすることも出来なかったのに」

 「まあ、エドワーズのお陰で、こうして無事にここへ辿り着けたんだ。それでよしとしよう」
 


 先ほどのことに関して深く詮索されずに済んでいるのは、この場いるパーティーメンバー全員の人柄の良さのお陰だろう。
 彼らとは知り合って間もないが、俺とリーゼのことを一切疑わずにここまで付いてきてくれている。洞窟のダンジョンを突破できるまでの距離は、恐らくあとほんの少しだ。


 三つ目のポケットがある場所を目指して、俺たち五人は洞窟の先へと進む。蝋燭クラゲが照らす付近の灯りを頼りにしながら。
 斜面を這う大きなムカデ。水辺に集まる岩の甲羅を背負った魔物。奴らを引き寄せてしまう可能性があるため、ここから先の魔法の使用は極力避けていくべきだ。
 


 「ね、エドワーズ。――ちょっとあれ見て」

 「なんだありゃ?黒くてデカい……ダンゴムシ?」



 リーゼが指す方向を見てみると、何か丸くて大きいシルエットのものがゴロゴロと、こちらに向かって転がってきている。近くの壁に衝突してひっくり返っているその姿からは、まったく危険度というものを感じなかった。



 「ああ……。こいつは鉄鉱スカラベだ。表面の殻を剥いだあと、高温の熱で溶かせば鉄より固い素材になる。ドワーフの故郷じゃ、その辺の洞窟でよく見かけるやつだな」

 

 バルガスが所持していた片手斧で魔物を突っつく。すぐに二本の鋭い牙を出して噛みついてきた。裁断用のハサミと変わらない。人間なんて簡単に八つ裂きにすることが出来そうだ。



 「ヤッバ。こいつメチャクチャ狂暴じゃん!――普段は何を食べて生きてるの?」

 「魔物だからな。基本何でも食べるが、好物は人の肉」

 「ぶち殺せー!!」
 
 
 
 俺は、鉄鉱スカラベを思い切り足の先で蹴り飛ばす。かなり遠くの方へ飛んでいったので、もう戻ってくることはないだろう……って!



 「痛ってえー!!なんだよあいつの固さ?まるで鉄じゃん!」

 「もうっ、エドワーズ……。バルガスが私たちに今してくれた話、ちゃんと聞いてた?」



 リーゼ以外の他のみんなも呆れ顔だ。
 ――なんだよ?だってあんなに固いものだとは思わないじゃんか!
 


 「ウウウ……!!バルガスゥ!あいつに弱点とかは、何かないのかよお?」
 
 「熱にも寒さにも強い魔物だ。――しかしなあ。俺は鉄鉱スカラベを足で蹴り飛ばす奴なんて初めて見たぞ?」

 

 うるさいやい!それにしても、まるで異世界のゴキブリだな。
 一匹、二匹程度ならどうってことないが、大量に集まってきたその時は……想像しただけでも、見も毛もよだつ光景だ。
 

 やがて周辺を漂っていた蝋燭クラゲの数が徐々に少なくなってくる。地面からタケノコのように高く伸びる石柱。上と下が真逆になったかのような、これまでとは違う異質な雰囲気の空間が俺たちの目の前に広がっていた。



 「この場所が三つ目のポケットで、通称『岩の森』と呼ばれているんだが……」

 「ライドよう。おかしいとは思わないか?以前よりも周りの柱がなんと言うか……ちょいとばかり光っていやがる」

 「(よりによって魔力溜まりか。……あまりいい予感はしないな)」

 

 ライドたちは気づいてないようだが、非常に濃い大量の魔力が辺りに満ち満ちている。リーゼが気味悪そうな表情をしながら、俺の方を見つめてきた。
 周辺の石柱が光っているのは、何年も時間を掛けて内側に魔力を溜め込んできたからだろう。その内の一部が変質し、純度の低い魔石となっている。ずらりと並ぶ、奥行きの見えない岩の森。まるで巨大な生き物の口の中だ。
 俺たちはお互いの背を守るようにして陣形を組み、少しずつポケットの中に足を踏み入れていく。
 






*****



次話、5/7(日)夜更新。
 
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