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2章、暗がり山の洞窟
9、暗がり山の洞窟④
しおりを挟む「しっかし、信じられねえなぁ。ここにある石柱全てが魔石だって?
俺たち全員、大金持ちじゃねえか!!」
「それを運び出すための道具と人手があればって話だけど。
――そもそもライド。あんた、この洞窟内にいる化け物の存在を忘れているんじゃな~い?」
付近の柱を調べていたバルガスがこう伝えてくる。――「こいつは魔石だ」。
それを聞いたライドは大喜びしていたが、すぐにマリアナから「運び出すことは不可能である」と、現実を突きつけられてガッカリしていた。どう考えても数人で持ち運べる重さじゃない。楽して金を稼げる話なんて、そうそう転がっていないのである。
「……エドワーズ。なんか辺りの空気が重たくて、ドロドロしてる。
――なんで私たち以外の他のみんなは平気なの?」
「俺たちは魔術師だからな。常日頃から魔力というものに直接触れているし、そういった異常を察知する感覚が敏感になっているんだよ」
それでも吐いたりしないだけ、リーゼはマシな方だ。
昔、俺が初めて魔力溜まりの中に入った時は、それはもう酷い目に遭ったのを覚えている。一緒にいた師匠の隣でゲロゲロゲロゲロ……。今となってはまったく問題ないが、それでも滞在していて気分のよい場所ではない。
「なぁおっさん。洞窟の出口までは、あとどれくらい掛かるんだ?」
「もうじきポケットの外に出る。そこから深い谷で挟まれた道を通り抜ければ、昨日ぶりの日の光を浴びることができるだろうさ」
「あれを見てみろ」――ライドが示す方向にある柱の数が少なくなっている。どうやら出口が近い証拠らしい。魔力溜まりの影響で探知の魔法が使えないため、辺りの様子を隅々まで注意深く見渡していく。
(静かなもんだな)
洞窟の主である魔物の全長は十メートル以上あるらしい。そんな巨体が隠れ潜めそうな場所は殆んど無かった。一定の離れた間隔で魔石の柱が並び立つ。古い遺跡の神殿の中を歩いているみたいだ。
透明感を帯びた美しい表面。この辺りのものは特に変質化が進んでいた。浮かない顔つきをしていたリーゼが隣で息を呑む。
一緒にいる他の面々も同じようにして、周辺の光景に見入っていた。
「こんなとんでもないお宝の山を、みすみす諦めろっていうのかよぉ~?」
「まぁ、そう落ち込むなよライド。気持ちはわかるさ。
――それにしても見事なもんだ!ここはまさに自然の宝物庫ってところだろう」
「証拠として、いくつかの魔石の欠片を持って帰ればいいじゃない。
街の冒険者ギルドに報告すれば、きっといくらかの報酬金が支払われる筈よ?」
俺は、その辺に転がっていた魔石の一つを手に取ってみる。
……この程度の質では使い物にならないな。一瞬で中身が空になってしまうだろう。内側にメラメラと揺れ動く、炎のような魔力の輝きを宿していない。
歩く度に、砕いたガラスの上を踏みつけるような音が響き渡る。
この辺りは地面にまで変質が及んでいた。足をつけた箇所から数メートルの範囲に大きな亀裂が走る。まるで氷の張った湖の上だ。
リーゼは目を閉じて、周辺の音に耳を澄ませている。他の皆は、足元にある魔石の欠片をせっせと拾い集めている最中なので、全く気にもしていない。
「どうしたリーゼ?何か気になるものでもあったのか?」
「あっちの……多分、あそこに立っている柱の方角。何か今、変な音が聞こえた気がして……」
数メートル先の方に見える魔石の柱。周囲のものと比較すると、凡そ倍近くの太さがあった。地面の上に深々と突き刺さり、埋まっている。めくれ上がった土の色は真新しい。
――ん?待てよ。そもそも何故あそこだけ、あとから取って付けたような形跡が残っているんだ?
「おい、みんな――」
俺とリーゼの二人は、正面を見据えながらゆっくりと後退る。その間、徐々に変貌を遂げていく魔石の柱。
先端が黒く染まり、その色が全体に向かって波紋のように浸透する。下から上にピシリと入った巨大な切れ目。パックリと花が咲くようにして開いた内側から、粘液で覆われた乳白色の胴体部分が露出した。
「(マズいマズいマズいマズいマズいマズいッ!!)」
「なんだエドワーズ?そんな引きつったような声出して。糞でもしたくなったのか――」
こちらに振り返り、異様な光景を目にしたライドが言葉を失う。
その後ろではバルガスが、持っていた魔石の欠片をポロポロと地面の上に落としていた。マリアナは驚きのあまりに目を見開いている。
「こいつは……!!」
「何よ?あれ……」
地響きと共に、魔物の胴体が横倒しの状態で地面についた。根本から僅かに覗いている赤い色。嘴だ。鎌首をもたげるようにして引き抜かれる。
奈落の瞳孔がこちらに対して向けられた。眼球は入っていない。
それでも奴は、俺たちの存在を間違いなく知覚できているのだろう。四枚の羽を大きく広げた姿はまさに怪物。洞窟内に突如現れた死の影、悪魔の死蛾の口元が上下二つにパックリと割れる。
《――ギエエエエエエエエエ!!!》
足元にある薄い魔石の層が全て剥がされ、吹き飛ばされていく。
舞い上がる風。ビリビリと震える周囲の柱。
寝起きのためか、少々全身の動きが鈍く見える。ムッとする悪臭が俺の鼻を突いた。腐敗しきった……死肉の臭い。羽が触れた部分の柱が音を立てて倒壊し、周辺のものを巻き込んでいくつか将棋倒しとなる。
「お、おい!お前ら……とにかく、ここから逃げるぞっ!!」
我に返ったライドが大声で指示を出す。全員がその場から一目散に走り出したが、俺は動かなかった。
寧ろ、これはチャンスかもしれない。ここで洞窟の主を確実に仕留めきる。片腕を突き出し、狙いを定めてタイミングを見計らった。
「――クッソ!!」
突然、俺の真横を鋭利な形の影が通り過ぎる。幾度となく高速で突き出される巨大な嘴。地形が変わる程の威力だ。回避に専念するしかない。一旦、魔物から距離を離して体勢を立て直す。
(なっ!?あいつ……まさか逃げるのか?)
俺が見たものは、残った柱の間を縫うようにして飛んでいく悪魔の死蛾の姿だった。
真後ろからの追撃を警戒している動きである。見る見るうちに遠ざかっていき、やがて視界の中から完全に消えてしまった。
「エドワーズ!!」
「おい坊主!一体全体、この状況はどうなってやがるんだ?」
あとから遅れてやってきた俺を見て、リーゼとライドの二人が同時に詰め寄ってくる。
「俺たちを襲うのを諦めた」ということなら話は早いが、そう簡単にはいかないだろう。俺の魔法をまともに食らえば一撃で命取りになる。それを理解していたのだ。驚くべき知能。いや、本能で事前に危機を察知していたのかもしれない。
「この馬鹿がっ!!あんな化け物の目の前にわざわざ残って……死ぬ気かよ?」
「……ごめん」
「もういいから、早く先を急ぎましょ。
――『加勢に行く!』って言い出したリーゼのことを引き止めるの、本当に大変だったんだから」
「おい、みんな。あっちの方からやって来る……あの煙みたいなモヤモヤは一体なんだ?」
バルガスが示す方向。紫色の煙霧が広範囲に渡って一気に押し寄せてきている。見るからに毒々しい。キラキラと輝く何かが混ざっている。あれは恐らく、悪魔の死蛾の羽の裏側から放出された鱗粉だろう。
「……多分、毒だ」
「毒ゥ?まさか……あれが全部そうだっていうのか?」
「ヤバイぞ、ライド。このままここで待っていたら直撃だ。全滅しちまう」
「任せて。この辺り一帯の空間を、私の魔法で全て凍らせるから。
【氷竜の――】」
「こんなところで大量の魔力を使ってどうすんだ!
――いいから走るぞ。今日中に出口へ辿り着けなければ、どの道マズいことになる」
俺は咄嗟に、リーゼの腕を横から掴んで動きを止める。
その場にいる全員が一斉に駆け出し始めた。道幅が狭くなっていき、ライドが言っていたポケットの出口らしきものが見えてくる。
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