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3章、水の都の踊り子
7、リーゼ対ティア
しおりを挟む「ウソ……!まったく反応できなかった……」
「フフン~!どうよリーゼ?これがあたしの、本来の実力よー!!」
呆然と呟くリーゼ。ティアは、どや顔で自らの勝利を宣言していた。
ティアがやったのは至極単純なことである。リーゼが動くよりも先に己の肉体を加速させ、距離を詰めた。それだけだ。
「……いくらなんでも速すぎる!!」
リーゼの想定を遥かに上回る速度。しかもだ。先ほどのティアは、『魔力防御』を利用した身体強化をまったく使っていない。
「どうだリーゼ?俺の言った通りになっただろ?」
「………」
余程ショックを受けたのだろう。俺とおこなう日々の訓練内容は過酷なものだ。その苦労した記憶と達成感が、今のリーゼが持つ自信を一から構築し、支えている。
「これが獣人族だ。俺たちよりも力が強く、速くて頑丈。肉体の基礎的な能力が全然違う。
――やるじゃないかティア。見直したよ」
「エヘヘー!スゴいでしょ?エドワーズ。もっと褒めて~」
気が緩んだせいだろう。ティアの頭の上から、ピョコンと二つの大きな耳がはえてくる。
それを撫でながら労ってやっていると、目の前で静かに押し黙っていたリーゼがポツリと、小さく言葉を口にした。
「……もう一度」
「えっ?」
「もう一度、今度は私の方から、ティアに対して勝負を挑む!」
無策でやっても、ティアに勝てる筈がない。何か考えがあるのだろう。
「いいわよ。このまま引き分けっていうのもつまらないし。正々堂々、この手で決着をつけてあげるわ!!」
「一応言っておくけど、魔法はなしだぞ?
それでも大丈夫なのか?リーゼ」
「問題ない」
改めて両者が一定の距離をとる。想定どおりの流れだ。他種族との戦い、俺はその差をリーゼに実感してもらいたかった。
お互いに手の内は割れている。己よりも、速度で勝るティアにどう立ち向かうのか。リーゼの対応力の見せ場である。
俺は頭上に挙げた腕を振り下ろし、試合開始の合図を出す。
まず先にティアの方が動いた。迷いなく、一直線に。どれだけ速かろうが、俺にはその動きが手に取るように見えていた。
この世界の生物は『魔力防御』の有無に関係なく、常に微量の魔力を無意識に纏っているものだ。鍛練を重ね、それを見る眼と感覚を養っておけば、自ずと相手の動きを知覚することが出来る。
「ウッソッ!?」
――パシンッ!
ティアの重い一撃を、リーゼは危なげなく真正面から防ぎきっていた。反撃に転じたリーゼが、その場で自らの身体全体を大きく捻る。
回転の力が加わり、持っていた木刀を鎌を振るうようにして真横からなぎ払った。
「――ハアッ!!」
「ワワッ!ちょ、ちょっと待っ――ッ!!」
リーゼの攻撃を、ティアは自身の上体を反らすことでギリギリ躱してみせた。即座に追撃がくる。
後方へばく転し、距離を取った。そんなティアを逃がすまいと、息もつかせないリーゼの連続攻撃が襲いかかる。
「こん……のぉ~!!」
ティアが鬱陶しそうに腕を払う。リーゼには掠りもしない。ティアの攻撃は、そのことごとくを全て見切られてしまっていた。
(大した運動力だな)
一方的にやられているのが気に食わないのだろう。冷静さを欠いた、ティアの蹴り技が空を切る。苦し紛れの反撃だった。
その隙を見逃さず、ティアの懐に潜り込んだリーゼが、自身の木刀を頭上高くから勢いよく振り下ろす。
「これで、おしまい!」
「ちょっと、一体、な、ん、な、の、よー!!」
絶体絶命のピンチを前に、ティアの姿が消えた。いや、リーゼの背後に一瞬で回り込んでいる。
「――ッ!?後ろッ!!」
「ちょ!これでも防いじゃうの?」
すんでのところで、リーゼが真後ろからの攻撃を受け止めていた。
『魔力防御』によって強化されたティアの動きは、確かに速い。
しかし、その練度はリーゼのものと比較すると大きく劣っていた。つけ入るなら、恐らくそこしかないだろう。戦いが長引けば、自分の方が状況的に不利となる。リーゼはそれを理解していたのだ。
肩、腰、脚の関節部分を全力で駆動させ、一撃必殺の突き技を背後に向けて放つ。死角を利用した奇襲のような攻撃であり、躱せる余地はない。
今度こそ勝負は決まった……そう思った瞬間、リーゼの目の前から、ティアの姿が先ほどと同じようにしてまたも消えた。
「えっ!?」
離れた位置から見ていた俺には分かる。リーゼからの攻撃がくる直前、ティアは自らの体を地面の上に伏せていたのだ。
切り上げる動作で、ティアの木刀の切っ先が真上に向かう。僅か一秒の間の出来事に、その存在を見失ったリーゼが対応できる筈もなく……。
*****
「おかわりっ!!」
ティアの元気な声が、夜の闇の中に響き渡る。
今夜は外で野宿だ。すでに夜営の準備を終えており、今はこうして三人で食事をとりながら寛いでいる。
「……お椀。どのくらい、よそえばいい?」
「そんなの決まっているわ!山盛りよ!!」
ティアの様子は特に変わらない。
反対にリーゼの方は、先ほどから落ち込んだ表情で小さな溜め息をついてばかりいた。
「ハァ……」
「(アチャー!こいつはかなり重症だ)」
こうなるように仕向けたのは俺自身だ。あとでフォローをしておこう。
正面でお椀の中身をかきこんでいるティアに向かって、俺は気になった事をいくつか尋ねてみることにした。
「ティア、聞いてもいいか?」
「ムシャムシャ……ゴックン!――えっ?何を?」
「さっきのリーゼが放った最後の一撃。なんで避けれたんだ?完全に見えていなかっただろ」
腑に落ちないことがある。リーゼは、師匠である俺が教えた通りの動きをしていた。自らの気配を殺し、回避不能の攻撃をゼロ距離で叩き込む。
戦闘の基礎もできていないティアが、あれを躱せた理由が分からなかった。獣人族の優れた身体能力に任せた、猪突猛進の戦闘スタイル。それが二人の戦闘を見て俺が下した、ティアに対する評価である。
「あっ、それね!なんかお尻がムズムズしたのよ!!」
「……頼むから、もうちょい分かりやすい言葉で説明してくれ」
「え、えーっと、そのぉ……つまりね。そうっ!昔から危ない時があったら、何故かお尻の方がムズムズするのよ。どう?これでいい?」
「ああ、そうだな。多分、何となく分かったよ」
つまり直感で動いたってことか。ティアはアホだが、潜在的な能力に関しては想像以上のものを持っているのかもな。
「リーゼと直接戦ってみて、どう思った?」
「もうビックリしたわよ~!――正直、なかなかやると思ったわ!!」
「(ガーン!)」
「なんという上から目線……」
リーゼは、俺のすぐ傍でガックリと肩を落としていた。ティアに至っては、大した自信家である。将来はとんでもない大物になりそうな予感がするな。
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