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3章、水の都の踊り子

6、ティアの実力

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 風を受けて波打つ草原。右手には広大な森が広がっている。光降り注ぐ美しい大地。つい最近まで住んでいた、ベルリナの風景を思い浮かべる。
 

 前を歩いているティアを見た。栗色の髪がサラサラと風になびく。
 長袖の白いシャツ。太股の部分が大きく開いたズボンを穿いている。ギュッと腰に回されたベルトが、ティアの引き締まった体つきを強調していた。そこに差された一本の剣。相当古く使い込まれているようだ。



 「ティア~。その剣、ちょっと見せてもらってもいいか?」

 「えっ?――うん、いいわよ!」



 こちらに振り向いたティアが、自らの腰に付いた剣を「エイヤッ!」と引き抜く。刃先の曲がっている曲剣だった。構えたその姿は思いの外、様になっている。
 俺の隣に立つリーゼも、感心したような声を上げていた。



 「フフンッ!どうよ?カッコいいでしょ!」

 「そうだな、意外と……!!」

 

 見た目は普通の剣だった。柄とは違い、傷ひとつ無い鋼の刀身。しかし、この感覚には覚えがある。
 使い手のものではなく、その武装自体が微量の魔力を纏っていた。鼓動するかのように脈打っている。まるで生きているみたいだ。恐らく「魔力の流れを見る眼」を極限まで鍛えていれば、その異常に気づくことが出来ただろう。
 

 ティアとリーゼ、先ほどから二人の様子は変わらない。
 分かっていないのだ。術式を必要としない魔法の力。その特異性を。



 「純魔剣……『神装』か。一体どこでこんなものを?」
 
 「あたしの家の蔵に置いてあったのを、持ってきたのよ!」

 

 無許可で持ち出してきたのか。ティアの様子を伺う。特におかしな変化は見られない。体調は問題なさそうだ。
 つまり現段階で、この神装はティアのことを使い手として完全に認めており、同調している・・・・・・

 
 
 「魔剣……なの?でもエドワーズ。ティアの持っているそれ、どこにも魔法の術式が見当たらない」
 
 「ああ、それについては実際に見せた方が早いな。
 ティア、すまないがその剣を鞘に入れた状態で俺に貸してくれ」

 「分かったわ!」



 ティアが頷き、自身が持っていた剣を鞘に収め、俺に向かって手渡してくる。
 不思議そうに見守るリーゼの前で、神装が俺の手に触れようとした、その瞬間。



 ――バチンッ!!

 
 
 「「あっ!!」」



 勢いよく弾かれた。ティアの方は何ともない。
 神装は俺のことを拒絶するようにして、プルプルと小刻みに震えている。



 「な、なによ?今の!」

 「そいつは『神装』と言って、適正のある者以外に扱うことは決して出来ない。つまり、ティア専用の特別な魔装具ってことだな」

 「あたし専用の?スゴいじゃないっ!!」



 ティアは大喜びしているが、それには通常の魔装具ものとは違う危険がつきまとう。



 「喜んでばかりはいられないぞ?『神装』は非常に強力な武装だが、時には使用者の意識を乗っ取ってしまうこともある」

 「えっ?」

 「どういうこと?」



 パッとしないのだろう。俺の言葉を聞いたティアとリーゼは、その意味を理解できずに首を傾げている。



 「簡単に言ってしまえば、ティアが理性を失った怪物になるってことだな」

 「ティアッ!その剣、今すぐどこかに捨てて!!」

 「キャー!!ちょっとちょっと、エドワーズ!この剣、あたしの手から離れなくなっちゃってるんだけど!?」



 パニックに陥ったティアが、掌の部分にくっついた剣を四方八方に向かってブンブンと振り回す。



 「ま、今のところは大丈夫だろ。目立った異常はないみたいだし」

 「お、脅かさないでよ!ビックリしたじゃない!!」

 「でも、私は不安。ティアって凄くおバカさんだから、意識なんてすぐに乗っ取られちゃいそうだし……」

 「『神装』の力の一部も解放できてはいないんだ。その時がきたら、きっと剣の方からティアに向かって語りかけてくるだろうさ」



 昔、師匠の口から聞いた話だ。俺にも正確なことは分からない。
 神装には意思がある。その力を自在に引き出すことができれば、相当な戦力になるだろう。もっとも、それを目の前にいるティアが実際にできるなんて微塵も思ってはいないが。
 

 ティアは早速、自身の手元にある剣に向かって話し掛けている。
 ――あたしはティアよ。これからよろしくね!
 神装はうんともすんとも言わない。これでいきなり言葉を話し始めたら驚きだ。当面の間は、長い目で見ていく必要があるだろう。



 (そういや、まだティアがどれだけ動けるのかを俺たちは知らないんだよな)



 多数の魔物を単独で討伐できる戦闘能力(本人談)。
 その真偽を確かめるためには、お互いに直接手合わせをするのが一番早い。



 「リーゼ、ティア。今から二人で、ちょっと軽く手合わせをしてみろよ」

 「私が……ティアと?」

 

 俺からの突然の提案に対して、リーゼが驚く。



 「俺とリーゼは、ティアの実力に関して何も知らないし、それはティアの方も同じだろう?
 これから一緒にパーティーを組む以上、その辺りの情報は共有していく必要性があるからな」



 俺は腰に付けた魔導具のポーチの中から、四十センチほどの長さの木刀を二つ取り出す。
 一本をリーゼに、もう一本を対戦相手であるティアの手に握らせた。



 「何よこれ?」

 「模擬戦用の木刀だ。相手に触れる直前で動きが止まるように、魔法で細工をしてある」



 リーゼは、俺から受け取った木刀を慣れた動作でクルクルと回している。普段から、俺との訓練で使用しているものだ。
 リーゼが漆黒のマントを脱ぐ。ノースリーブの衣服。肩の下に見えている、健康的な白い脇が美しい。
 
 
 大きく脚を開き、構える。
 得物を後ろに、重心は前のめりに。無理な体勢でもバランスを崩すことなく立っていた。



 「受けて立つ」

 「えっ?嘘!本気でやるつもりなの?
 魔術師のリーゼが、剣士のあたしと?」
 
 「そういうことだ」



 リーゼは完全にやる気である。一方のティアは気が進まないのか、なかなか木刀を構えようとしない。



 「なぁ、ティア。魔術師だからといって、近接戦で剣士に敵わないなんて道理はない。リーゼなら、それを身をもって証明してくれる筈だ」

 「あー!もうっ!……分かったわよ。やってやろうじゃない!!
 ケガしても知らないんだから!」



 ティアが力強く得物を握り締めた。準備完了である。
 


 「まぁいいわ。二人とも、あたしを舐めているようだけど。
 リーゼ、覚悟しなさい!速攻で片づけて――」

 「じゃ、始めてくれ」



 ゴウッと、勢いよく風が舞った。俺の目の前を青い残像が通り過ぎる。
 リーゼの木刀が、ティアの喉元に向かって突きつけられていた。『魔力防御』による一瞬の加速。油断していたティアの方が後れを取ったのは、当然のことだろう。



 「はい、私の勝ち」

 「ま……待って待って!今のなし!もう一度やり直しで。ノーカンよ!!」

 

 ティアは抗議しているが、結果が全てだ。本来であればこれで決着。
 しかし……。



 「油断していたティアが悪い。が、もう一度だけチャンスをやろう。
 ――リーゼ、お願いできるか?」

 「多分、何度やっても変わらないと思うけど?」

 「さーて、そいつはどうだろうな。次やったら、今度はリーゼの方が負けてしまうかもしれないぞ?」

 

 リーゼが、ムッっとした表情で俺の方を見る。相変わらずの負けず嫌いだ。
 だが、俺がこうしてリーゼを煽ったのにはわけがある。
 

 
 (俺の期待が外れていなければ、だけどな?)

 

 ティアが、木刀を垂直に突き出す。リーゼの方は、先ほどと同じ構えだ。
 


 「いくわよ~……リーゼ!!」

 「ティアには悪いけど、偶然でも絶対に勝たせてはあげられない」

 

 リーゼが全身に強力な『魔力防御』を纏う。最初から全力だ。一切の隙がない。
 両者の間に緊張が流れる。音は無く、瞬きもしない。そして、俺がゆっくりと試合開始の合図を出した、その瞬間。



 「……えっ?」



 加速に入ろうとしたリーゼよりも、数段早く動いたティアが、その手に握っていた木刀をリーゼの顔の前に突きつけていた。



 
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