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3章、水の都の踊り子
9、二人の連携
しおりを挟む俺とリーゼは、元から遠近両方の戦闘を得意とする魔術師だ。
『超近接型魔法戦闘技法』。俺の考案した戦闘スタイルは、使い手の火力と生存力を大幅に向上させる。故に固定的な役割に囚われない。
たった一人で全ての状況に対応できる。そこに新たな仲間を入れる余地はないだろう。そのように考えていたのだが。
(なかなかどうして……役に立つじゃないか!)
獣人族である、ティアの優れた身体能力。中でも特筆すべきは、リーゼにも勝るその速さだ。
辺りを縦横無尽に駆け回り、敵の注意を大きく引く。一定の箇所には留まらない。まるでカマイタチだ。
ティアが通り過ぎたあとには、一陣の風と斬撃の跡が残るだけ。
そこに撃ち込まれるリーゼの魔法。互いの実力を把握し、信頼し合っている者同士だからこそ実践できる。強力な連携攻撃だ。
「なんか小さい獲物ばっかりで物足りないわね。
もっと大物と戦いたいわ!!」
「同感。正直相手が弱すぎて、練習にもならないレベル」
ティアとリーゼ、二人が揃って文句を言っている。ティアはともかく、リーゼの方までそんなことを口にするとは。
一緒に戦っている内に、ティアの楽観的な性格が伝染してしまったのだろうか?
まぁ、確かに今のところは楽勝だ。後方から眺めている俺の出番は皆無である。
所詮、『聖木』の加護を突破できない個体しかいないのだ。魔族領に出る魔物たちはこんなもんじゃない。北へ近づけば近づく程、それを思い知ることになるだろう。
「ティアにとっての大物って、例えばどんなものなの?」
「そうねー。伝説の竜族とかかしら!!」
「アホか。絶対無理に決まってるだろ」
世界最強の『魔力防御』を持つ種族。その鱗は千の魔法を浴びたとしても、傷一つ付かないという。
数百年の間、目撃された例は無く、まさに伝説級の生物として語り継がれているのだ。今のティアたちが戦って、どうにかなる相手じゃない。
「ほら、二人とも。次の相手が正面からやって来たぞ。望み通り、かなりの大物だ。
――多分、図体だけはな」
熊のような見た目をしている。長くて巨大な左右の腕。
鋭利な爪は、人間の腕と同じくらいのサイズがあった。あれが魔物の武器だろう。緑の毛皮の下には頑丈な筋の層がある。
切り裂き熊。リーチの長い腕による攻撃は厄介だ。それを鞭のようにしならせて、素早い範囲攻撃を仕掛けてくる。
「あたしが行くわっ!!」
ティアが一直線に突っ込んだ。作戦も何もない。その動きにリーゼが合わせ、援護する。それが二人の戦い方であり連携だ。
切り裂き熊が、己の最大の武器である両腕を、勢いよく前方に向かって振り下ろす。大地が抉られ、茶色の土煙が広範囲に飛散した。
《――!?グオオオオオオンッ!!》
悲鳴を上げたのは魔物の方だった。一拍ほど遅れてから、赤い鮮血が宙を舞う。
脇腹からダラダラと流れる血。しかし、動きを止められる程の傷ではない。怒り狂った様子の切り裂き熊が咆哮を上げた。
そして斜め後ろの足元に立っているティア目掛けて、頭上から覆い被さるように腕を広げながら襲い掛かる。
《グ……オ……?》
そんな状況を目にしても、ティアは先ほどから一ミリたりとも動いていない。
にもかかわらず、その体に魔物の攻撃が届くことはなかった。
「ティア。相手が弱いからって、油断のし過ぎ」
「だって後ろから、リーゼが来ているのが見えたしね~。
それにしてもスッゴい切れ味!!あたしがやっても、流石にそうはならないわよ?」
切り裂き熊の肩から下にある両腕が地面に落ちていた。よく見ると、その傷口は魔法で凍りついている。
青き死神。リーゼの氷の鎌が、魔物の首を一瞬で切り落とす。目の前で力なく崩れた巨体。暴れ足りないのか、ティアはそれをブスッとした表情でつまらなそうに見つめていた。
「あたし、ちょっと一人で先に行って、辺りの様子を探ってくるわ!!」
「あっ!おい、待てって――」
止める間もなく駆け出して行ってしまった。
まぁ、ティアほどの足の速さなら、不測の事態に遭遇したとしても逃げ帰ってこれる筈だ。気が済むまで放っておこう。
「朝から戦いっぱなしなのに……。ホント、ティアの体力は無尽蔵」
「いつも通り、ある程度時間が経ったら戻ってくるさ。
リーゼの方こそ大丈夫なのか?もう何時間も休憩を取っていないんだ。かなり疲れているだろう?」
「全然余裕。殆どの戦闘は、ティアが勝手に突っ走っているだけだから。
でも、そのお陰で魔力の使用量を節約できてる。詰めの作業がいらない分、こっちは体力を温存しやすい。とっても効率的」
べた褒めじゃないか。ティアがこの場にいたら、間違いなく自分の尻尾を振って喜ぶだろう。
噂をすればなんとやら。遠くの方から、ティアがこちらに向かって走ってくる様子が見えた。随分と早いお帰りである。このようなパターンは初めてだ。
単に走り回ることに飽きただけか。もしくは自身の手に負えない魔物と出会し、慌てて逃げ帰ってきたのか。恐らく、そのどちらかだろう。
「ハァ……ハァ……!エドワーズー!!」
「どうした?何かあったのか?」
ティアは息を切らしている。それだけ必死だったということだ。
リーゼが遠方に視線を移す。それから「エドワーズ、あれ見て」と、その方向を指差しながら声を掛けてきた。
「おっきい岩……!!」
それが動いている。いや、正確には歩きながらこちらに向かって来ている。
「何……あれ?もしかして魔物……なの?」
「なんか見つけたから、試しに斬りかかってみたのよ。そしたら簡単に弾かれちゃって――」
「敵わないと思って、そのまま逃げてきたのか?」
「うん、そうっ!!」
ティアはすぐに頷く。そういう場面に遭遇した場合はこうしろと、ティアに教えたのは俺自身だ。
「言いつけ通りにできて偉いね!」と褒めてやってもいいが、今はそれよりも先に、迫り来るあの魔物をどうにかする必要がある。
「なによあれ!剣が効かないなんて反則じゃない!!」
「任せて。ああいうタイプは、きっと真下からの攻撃に弱いはず。
――【氷山剣《アイシクルソード》】」
下から突き上げる無数の氷の刃。リーゼの魔法が、魔物の体全体を貫いたかのように思えたが……。
――バキッ、バキバキバキ!
「硬い……!!」
簡単に踏み越えられてしまう。足止めにすらなっていない。
白く、巨大な岩を背負った亀の魔物だ。四本の脚はそれぞれがひび割れており、一見すると脆そうに思える。が、そんなことはない。
リーゼの魔法は、大概の魔物が持つ『魔力防御』を貫通する。それが効かないのだ。
この魔物の正体については知っている。水上都市の冒険者ギルドで得た情報。ニディスの地下にある石材を、己の食糧としている珍しい魔物だ。
(あれが白い岩宝亀か)
聞いていた通りの異常な固さだ。岩の表皮を突破するのは容易ではない。地響きを立てながら突進してくる。
動き自体は遅いので、逃げ出すまでには若干の猶予が残されていた。打つ手がないのなら、そうするべきだろう。俺は、自身の指に嵌めてある『永久貯蔵魔石』の指輪に意識を向けた。
「ちょ、ちょっと!何やってるのよ、エドワーズ!?
――リーゼ、あれ止めなくてもいいの?」
「止めなくていい。大丈夫」
真っ直ぐに歩みを進める。ただならぬ雰囲気を感じ取ったティアが、俺の背後で大きく息を呑んでいた。
魔法で作り出した光剣を握り締め、振りかざす。【極彩の魔剣】。縦一閃、圧縮された魔力の刃が、音もなく前方に向かって解き放たれた。
――ズズズズズズゥ……。
「えっ……エエエー!?」
魔物の体がパックリと二つに割れた。その内側から黄金色に輝く核が露出する。長い年月を掛けて蓄積された魔力が体内で変質し、魔石の塊となったのだ。
「こいつは高く売れるぞ!!」
俺は、大喜びでそれを拾い上げる。そこでティアの様子がおかしいことに気がついた。ワナワナと震えながら口元を動かしている。
しかし、どうやらすぐに言葉が出てこないようだった。
「スッスッスッ……!?」
「……ティア?」
「スッゴいじゃない!エドワーズ!!なによ今の?なんなのよ今のは?
あ、た、し、に、も、教えなさいよー!!」
興奮しながら一気に詰め寄ってくる。
【虹の魔法】。そういえばティアには、まだ見せたことがなかったな。
「悪いが、そいつは無理なんだ」
「なんでよっ!教えてくれたっていいじゃない!!」
面倒なので、説明はリーゼに任せた。俺は、近くに転がっていた白い岩宝亀の残骸を漁ってみる。
全体がほぼ岩だった。これが意思を持って動いていたなんて信じられない。売ったら金になりそうだが、この重量の石材を運んでいくのは難しいだろう。
リーゼとティアが、こちらの方に歩いて近づいてくる。上手いこと説得して諦めさせた……わけではないらしい。リーゼの目がそう言っている。
「エドワーズ。あたしね、自分だけの必殺技が欲しいのよ!!」
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