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5章、呪われた二ディスの沼地
5、危うい現状
しおりを挟む「ウッ……ァ……!」
クランツの顔が青くなる。流石に黙っていられなくなったのか、ミレイナも含めた数名の者たちが声を上げた。
「お止めください、サイラス様!それ以上は……彼が死んでしまいます!」
「ええ、そうかもね。だから何?ワタクシはね、証明しているだけなのよ。
ここにいる大半の無能たちとは違う。クランツは、ワタクシの身を案じていたようだけど、その必要はないわ」
「だって、ねえ?」――サイラスは、己の前で膝をつくザジの姿を見て、馬鹿にするようにフッと息を吐く。
――自分の身は自分で守れるもの。
「ですが――ッ!」
「あーら?あなた。このワタクシに対して、口答えをするのかしら。随分と生意気ねえ。知ってるわよ?『金星』の冒険者なんですってね。
そんな称号、ワタクシの言葉ひとつで簡単に帳消し。あなたのこれまでの努力は、全て無かったことになる。
――そうなっても構わないのかしら。えぇ?答えてみなさいよッ!」
これは脅しだ。上の意見に逆らう者は、容赦なく切り捨てられる。それが組織。
――ああいう奴が権力を持つと、大抵ろくなことにならねえ。……気いつけろ。
ミレイナの立場からすれば、さぞ危ういことだろう。悔しげな表情で歯噛みする。
「噂通り、とんでもない魔法の使い手だ……!」
「ああ。何も言い返せねえよ。ありゃあ、相手が悪すぎるぜ」
周りの反応を見ていて、「正直大したことはない」と思った。
【影の人形】。リーゼが作り出す、氷の分身の方が余程凄い。「よく言えたものだ」と呆れてしまう。サイラスは、今回のダンジョン攻略を甘くみているようだ。
評議員のバロウ。その他、戦力として数えられる一部の者たちの表情は険しい。彼らだけが、正確な現状を把握している。
「このままでは、全滅してしまう可能性も大いにあるぞ」と。
「もう十分だろう、サイラス殿」
バロウが、諭すように口を開いた。
――この場にいる全員が納得した筈だ。彼を解放してやっていくれ。
「……ええ、そうね。だったらまぁ……いいでしょう」
クランツの拘束が解かれていく。ザジを突き飛ばした黒い影も消えて無くなった。
「バロウが相手では分が悪い」と考えたのだろう。「もう用はない」と言わんばかりに、サイラスが席を立つ。
「では、バロウ殿……ワタクシはこれで失礼させてもらうわよ?」
そしてそのまま出て行った。周囲に張り詰めていた緊張の糸が、ようやく途切れる。
「ヘッ、やっと消えやがったか。あのカマ野郎が」
「危ない所だったな」と、ガロウジが声を掛けてきた。
……やはり信用できない。裏切り行為は当たり前。ガロウジはそういうヤツだ。
去り際にブレイズが、俺の肩の上を叩いていく。
――また明日、よろしく頼む。
すぐにいなくなってしまった。助けてもらったお礼を伝えそびれてしまう。
「あのクズは何処に行きやがった!」――起き上がったザジが辺りを見回すも、ガロウジの姿はすでにない。
ミレイナから、視線を向けられているのを感じ取る。結局何も言わずに目の前を通り過ぎていった。
ブレイズとは、どういう関係なのだろう?「ただの知り合い」という雰囲気ではないように思える。
外に出ると、北側の空の上が、不気味な灰色の雲に覆われていた。
『黄泉への入り口』。わざわざ『死』に向かって飛び込むようなものである。それはなんとも間抜けな話だ。
欲というものはどうしようもなく、人の目を曇らせる。……だったら俺も同じか。あの日から、俺の胸の中にはドス黒い感情が渦巻いている。
リーゼには決して明かせない。それは俺自身の手で、直接やるべきことなのだから。
*****
日の昇らない時間帯。俺とリーゼは、予定通りに目を覚ます。
ドタバタと、大勢の人間が移動する音。大地が揺れる。そんな中でもただ一人、獣人娘はぐっすりと深い眠りに就いたまま。
「ティア、起きて」
リーゼが体を揺すっても反応がない。口元からはヨダレが垂れている。寝間着の下の部分が捲れており、腹は丸出し。
淑女という言葉は、永遠に似合いそうにないな。
「ムニャムニャ……リ~ゼ~……」
「なに?」
「おなかがね~……へったの!」
「ん、分かった。待ってて。すぐに用意するから」
何故か、二人の間で会話が成立していた。
外の様子を覗いてみる。誰もが「先を越されないように」と大急ぎだ。全員が出払うまで時間は掛からないだろう。
俺たち三人が向かうのは、彼らとは別の場所である。
「もう少しだけ寝かせてやるか」――そう考えて眺めていると、寝返りを打ったティアが、俺の右手首にカプリと噛みついてきた。
「ふぁ~にぃ?……じぇんじぇんかみきれないじゃない……」
「いや、やっぱり起こしておこう!」
すぐに方針を変えた。しかし、どうやって起こそう?
ティアの鼻をつまんでみる。フガフガと苦しそうに呻いているが、ダメだった。
お次はケモ耳と尻尾。撫でるようにくすぐってみる。
「あっ……やっ……!」――なんかエロい声が出た。興奮してくる。
もっとよく聞こうと思い、口元に耳を近づけた。すると、
「……ブアックショイッ!!」
ティアが乙女にあるまじき、盛大なくしゃみをする。お陰で上から下まで全身鼻水だらけだ。
俺は、朝っぱらから一体なにをやっているのだろう……。
「エドワーズ」
「ブホッ!?」
唐突に、目の前の視界が塞がれる。リーゼが白いタオルを、こちら側に向かって投げてきたのだ。
こうなることが分かっていたらしい。相変わらず準備がいいというか、ティアの扱いに慣れていらっしゃる。
「それで顔を拭いたら、すぐに服を着替えて。ティアも、あと三十秒くらいで目が覚める筈だから」
「ずいぶんと具体的だね?」
リーゼが、温めていた鍋の蓋を取り外す。
立ち昇る白い湯気。ほぼ同時に、ティアの両目がパチリと開いた。
「なによ~……もうあさ~?」
「はぁ?そんな簡単に起きるんかいっ!」
ドッと疲れた。こっちの気も知らずに、ティアはグッと片腕を自らの頭上に掲げて、声高らかに宣言する。
「さっ、あたしたちも冒険に出発するわよー!!」
いよいよだ。求める宝は純魔石。遺跡の奥で待ち構えるのは、正体不明の沼地の魔物。
俺たちの旅の命運を左右する、長い一日が始まった。
*****
空を飛ぶ監視者。沼地に潜む怪物が、訪れた者たちを黄泉の底に引きずり込む。
――『二ディスの沼地』攻略編。
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