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5章、呪われた二ディスの沼地

4、作戦前日の騒動

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 「……不味いことになったぜ。ありゃあサイラスだ。バロウと同じ、評議会のメンバーだよ。冷酷無慈悲。冗談が通じないって点は、そこにいるミレイナ犬っころと同じだな。
 ああいう奴が権力を持つと、大抵ろくなことにならねえ。……気いつけろ。目をつけられちまったら、俺たちまとめてあっという間におしまいだからな」



 ガロウジから、忠告を聞いた俺は頷く。意外にも情報通らしい。オカマ男の登場で、皆一様に縮こまってしまっている。
 ……冷酷無慈悲ねえ?どうもそれだけが理由じゃない気もするけど。


 
 「いやねえ。なんて窮屈な所なの。……それに嫌な臭い。お肌がジメジメして気持ち悪いわ!」

 「知っている者も少なからずいるだろう。サイラス殿だ。私と同じく、議会から派遣されてきた監視役として、これからおこなわれる会議の場に参加させてもらおう」
 
 「バロウ様、サイラス様!ギルドマスター代表のクランツと申します。
 この度は遠路はるばる、わざわざこのような所にお越しいただきまして――」

 「ああ、いらないから。そういうの。
 いいから早く、始めてちょうだい」



 サイラスは、心底どうでもよさそうに、細い板状のヤスリを使って自身の爪を磨いでいる。



 「そういうことだ。クランツ君。サイラス殿は、少しせっかちななようだな。
 我々ふたりのことは特に気にせず、会議を始めてくれたまえ」



 バロウ、サイラスをはじめとした地位のある者たちが、中央にあるテーブルの席につく。
 各パーティーからやって来た代表者たちは、全員その場に立ったままだ。俺は、なるべく目立たないように、ガロウジの傍からひっそりと離れて端の方へ移動する。



 (うまく紛れ込めたな)



 先ほど紹介されたブレイズと視線が合った。何故か、俺のことを気にかけているらしい。理由は不明だ。
 あとで話をする機会はあるだろう。
 

 会議の内容は順調に進んでいく。
 出発は明日の早朝。遺跡への侵入経路は、北西二十キロ先にある地下洞窟を使う。大人数でも一度に通り抜けられる広さだ。運搬用の荷馬車も楽々入る。


 沼地を支配している魔物の正体に関しては、変わらず不明のままだ。
 作戦の参加者たちは、事前にふたつのグループに分けられている。遺跡への突入組。もう片方は、戦闘の役割を担った別働隊である。そんな貧乏くじ、進んで引き受ける者なんて誰もいない。


 ブレイズとミレイナの二人は、当然のように割り当てられていた。総勢五十名ほど。その中には、あのザジもいる。
 不満の声は上がったが、「各パーティーに金貨四十枚の追加報酬を支払う」というギルド側の提案を受けて、一旦は落ち着いた。
 

 ガロウジとは、あとから別の場所で合流する手筈になっている。
 どうやって抜け出すつもりなのかは知らないが、きっとうまくやるだろう。
 俺たちが使うのは、ガロウジだけが知る秘密の通路。目的の純魔石を手に入れたら、突入組よりも先に遺跡内部から離脱する。
 「下見はこちらで済ませた」とガロウジは話していたが、おそらくそれは、『金星』冒険者であるブレイズの協力があってのことだろう。



 (それにしても……このオカマは、一体ここへ何しに来たんだ?)



 先ほどから、サイラスは一切発言をしていない。髪を整え、爪を磨き、手鏡に映った自らの顔を見て恍惚の表情。関わっちゃいけないタイプだ。
 サイラスの両目が大きく見開く。嫌な予感がした。こっちに向かって手招きしている。左右を見た。そこに立っていた両者共に首を振る。
 ――ッて、まさかの俺かよ!



 「そこにいる可愛いらしいあなた!こっちよこっち!ワタクシの所にまで来なさい」
 
 

 無視するわけにはいかないだろう。俺は、その場にいる全員の注目を浴びながら前へと進み出る。
 ガロウジは、そっぽを向いていた。知らん顔を決め込むつもりらしい。助けは期待できないと思い、俺は腹をくくった。



 「何でしょう?」

 「あなた、お名前はなんて言うのかしら?」

 「エドワーズ、といいます」
 
 「いい響きの名前じゃない。気に入ったわ。顔も体格も、とーっても好み!
 ワタクシね、若い男の子が好きなのよ」

 「……そうっすか」



 舐め回すような視線を感じた。強い香水の匂いが漂ってくる。吐きそうだ。



 「で?あなたみたいな子どもが、何故こんな所にいるのかしら?」



 「ヤバい」と思った。返す言葉が思い浮かばない。
 好奇心だけで尋ねてきたのだろうか?判断しかねる。どうしよう……。


 
 「その子は俺の連れだ」



 「えっ?」と、周りにいた者たちが、一斉に声のした方を見る。
 ブレイズだ。庇うようにして、俺の目の前に立っている。



 「あらら、そうなの?でもそれは、今のワタクシの質問に対する答えには、なっていないわよねぇ?」
 
 「……どうやら勝手に入り込んでしまったらしい。そのことについては謝罪する」

 

 ブレイズが小さく頭を下げた。
 明らかな嘘。しかし、誰も何も言わない。その様子を目にして一番驚いていた人物は、ミレイナである。



 「ふーん……?まぁ、いいわ。別にその子をどうこうしようってわけじゃないの。だから、そんなに怖い顔をしないでちょうだい?少しね、気になっただけよ。そんなことよりも――」



 サイラスが、ゆっくりとした動作で片手をあげる。



 「ワタクシの方からひとつ発言、いいかしら?」



 何を言い出すのだろう。横に座っていた同職のバロウが「……まさか」と、その思惑を察したかのように呟いた。



 「この作戦、ワタクシ自身も遺跡にまで同行するわ」

 「サ、サイラス様?それはいったいどのような――」



 その場を取り仕切っていた、ギルドマスターのクランツが、混乱した様子でサイラスの口から出た発言の真意を問い掛ける。
 

 
 「わからないの?あなた。一緒に行くって言ったのよ!何か不都合でもあるのかしら?」

 「いえ!決してそのようなことは……。しかしその、何といいますか。とにかくあの場所はとても……」

 「とても?」

 「……危険でして」

 「ハッ!笑わせてくれるわね。そんなことは百も承知よ。ワタクシはねぇ、ここにいるあなたたちみたいな無能と違うの。
 ――どいつもこいつも間抜け面ばっかり!いいわ。知らないみたいだから教えてあげる。ワタクシの力はね……」



 クランツが、恐怖の表情を浮かべて後退る。サイラスの足元から、魔力の流れを感知した。
 それは絡みつくようにしてクランツに襲い掛かり、全身を強い力でギリギリと締め上げる。



 「ヒィ!?お、お許しを!サイラス様ッ、どうかお許しをッ!!」



 黒い影のいばら。命の危険を感じ取ったクランツが、必死の形相で助けを乞う。
 その姿を間近で目にして嗤うサイラス。この男が入ってきた瞬間、全員の間に緊張が走った理由がようやくわかった。



 「おいっ、ふざけんじゃねえぞ!殺す気か!!」



 勇敢にも、冒険者のザジが助けに入ろうとした。
 しかし、彼以上の体格を持った何かがその行く手を阻み、地面に向かって勢いよく押し倒す。



 「グハッ!?クッ……クッソ……!」

 「野蛮ねえ。いかにも頭の中が、空っぽそうな見た目をしているわ」



 魔力が人型の形となり、動いている。細長い手足。それでも人の身体よりは遥かに頑丈だ。折れても千切れてもすぐに再生できる。
 「悪魔だ……」と、誰かが言った。魔法それは心を持たない。サイラスの非道な命令を行使する、使い捨ての操り人形。



 「どうかしら?これがワタクシの【影の人形シャドウドール】よ」
 
 

 


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