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5章、呪われた二ディスの沼地
3、面倒な事態
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「………」
大剣を背負った男が振り向いた。歴戦の戦士。一目見ただけでそれだと分かる。
短髪、隻眼、傷だらけの頬。まるで城壁だ。ザジが驚愕した様子で、己の拳をいとも簡単に受け止めた男を見つめる。
「誰だ?テメエ……」
「なんだ、ノッポのハゲ頭。お前知らねえのか?
……こいつが『豪剣』のブレイズだよ」
「おい、今の聞いたか?」「ブレイズだって?『金星』の冒険者じゃないか!」――周りの反応を聞いて、「なるほどな」と思う。どおりで他の者たちとは違うわけだ。
この男には強さがある。戦力として数えられる、まともな強さが。
「邪魔すんじゃねえ!なんでそんなクズを庇いやがるんだ!」
「……悪いがここをどくつもりはない。
――お前も、余計な挑発はするな。殺されたくなければな」
「へいへい」と、反省の色がない様子で肩をすくめるガロウジ。それでもザジの気は収まらない。大勢の人前でコケにされたのだ。
「だったら、力ずくでどかしてやるよッ!」
ワッ!と周囲の人間たちが後ろに下がる。ザジが腰を低く落とした。勢いをつけて飛び掛かる。
大剣の男、ブレイズがそれを正面から押しとどめた。ガチリと組み合う。ザジが大きく頭を引いた。頭突きを食らわせるつもりである。
――ドンッ。
重い音が響いた。双方が至近距離で睨み合う。とんでもない石頭。
ブレイズには劣るが、ザジの方も相当やる。魔力の一点集中。二人の間を隔てる魔力が徐々に縮まる。ギルドの女性職員がオロオロとしているが、止めろと言うのが無理な話だ。気迫に押されたガロウジが一歩後ずさる。
「しっかり見とけよ!この俺を舐めたことを後悔させて――」
突如、ザジの体が真横に吹き飛ぶ。現れたのは細身の女。腰には二本のレイピアを差している。今の不意打ちは彼女の仕業だ。見下すような視線をザジに対して向けている。
周りにいた観衆たちが、一斉に色めき立つ。「『双棘』のミレイナだ!」――どうやらブレイズと同じ、『金星』ランクの冒険者らしい。
ガロウジが、傍らに立っていた俺にボソリと呟く。巷では有名な実力者。頑固で融通のきかない、自分たちにとっては厄介な相手であると。
「まったく……何をやっているのですか?あなたたちは」
「それがよぉ。あんたがぶっ飛ばしたそこの男が、俺たちに対して妙に突っかかってきていてなあ――」
「ブレイズ。ここで何があったのか、あなたの口から説明してもらえませんか?」
「なんでぇ!無視するんじゃねえぞ。このクソアマ!」と、ガロウジが語気を荒げるが、ミレイナからひと睨みされただけで、大人しく引き下がった。
相変わらずの小物っぷりである。
「あまりワタシを失望させないでください。このような連中たちと、行動を共にするなんて。時間の無駄です。
あなたにとって相応しい居場所は、ワタシのパーティー『折れぬ薔薇の剣』。決して悪い話ではない筈です。いい加減、こちら側の勧誘を受け入れたらどうですか?」
「その件については、前にも答えただろう。俺は基本的に、誰とも組まない」
「……だったらあなたの後ろにいる、下賎で汚ならしいその男はなんですか?」
「奴と俺は、別に組んでいるわけではない。お前には関係のない話だ」
「関係ない?よくもそんな……。
ブレイズ。ワタシはただ、それがあなたのためになると考えて――」
「やいやい。黙って聞いていれば、好き放題言ってくれるじゃねえか?情けなくギルドに尻尾を振り続ける、上品な犬っころがよぉ!」
「痛えじゃねえか、クソがッ!この俺を、こいつらみたいなクズと一緒にすんじゃねえ!
まさか『金星』様が不意打ちを仕掛けてくるとはな。……女であろうと容赦はしねえ。この場にいる全員、この『鉄拳』のザジ様が、まとめて相手してやるよッ!!」
四者それぞれがいがみ合う、この状況。収拾がつきそうにない。
ガロウジめ。とんでもない場所に連れてこられた。俺がこうして無関係を装っていられるのも、今だけだろう。
――誰でもいい。早くこの面倒な事態をどうにかしてくれ!
「こらこら。よさないか、お前たち」
不思議とよく通る声だった。
ガロウジ以外の全員が、声のした方にパッと振り向く。あご髭をたくわえた初老の男がそこにいた。
ふっくらとした体つき。いかにも偉そうな立場の人物である。胸元に付けている金のバッチは、冒険者ギルドのマークだ。
「バロウ評議員……!何故ここに……」
「それは私が、今回の作戦の監視役を任されたからだよ。ミレイナ団長」
評議員。冒険者ギルドの上に立つ最高権力者。四十名ほどの人数で構成された組織だと、前に聞いたことがある。
表向きは、ギルドに加盟する連合国。その実態は、大国との間に存在する戦力差を埋めるための軍組織。一国の王ですら席を置いている。
つまり、ガロウジの言葉を借りるなら、金に縁のある人間ということだ。
「ふーむ。そこにいるお前は……ザジか。ここ数年で、随分と体が大きくなったな。どうだ、元気にしていたか?」
「へ、へいっ!バロウさんもお元気そうで……」
「そっちはブレイズか。お前が面倒事に巻き込まれるとは、珍しい。原因は後ろにいる男かな?『遺跡を目にして、唯一帰ってこれた者』。報告にあった例の案内人か」
「ガロウジでさあ。俺はお役に立ちますよ?覚えておいてくだせえ。評議員の旦那どの」
ガロウジが、すぐに抜け目なく媚びを売る。他の者たちは、借りてきた猫のように大人しくなった。
三人とも、評議員のバロウとは少なからず面識があるらしい。
作戦前日にやって来たところを見ると、急遽決められた来訪なのだろう。もう一人、後ろの方から見知らぬ誰かが入ってくる。
厚化粧。魔女のように長く伸びた爪。強い香水の匂いが鼻をつく。
女性ではなく、若い男だった。その姿を目にした周りの者たちが一瞬で凍りつく。一難去ってまた一難。面倒事は、どうやらまだまだ続くらしい。
大剣を背負った男が振り向いた。歴戦の戦士。一目見ただけでそれだと分かる。
短髪、隻眼、傷だらけの頬。まるで城壁だ。ザジが驚愕した様子で、己の拳をいとも簡単に受け止めた男を見つめる。
「誰だ?テメエ……」
「なんだ、ノッポのハゲ頭。お前知らねえのか?
……こいつが『豪剣』のブレイズだよ」
「おい、今の聞いたか?」「ブレイズだって?『金星』の冒険者じゃないか!」――周りの反応を聞いて、「なるほどな」と思う。どおりで他の者たちとは違うわけだ。
この男には強さがある。戦力として数えられる、まともな強さが。
「邪魔すんじゃねえ!なんでそんなクズを庇いやがるんだ!」
「……悪いがここをどくつもりはない。
――お前も、余計な挑発はするな。殺されたくなければな」
「へいへい」と、反省の色がない様子で肩をすくめるガロウジ。それでもザジの気は収まらない。大勢の人前でコケにされたのだ。
「だったら、力ずくでどかしてやるよッ!」
ワッ!と周囲の人間たちが後ろに下がる。ザジが腰を低く落とした。勢いをつけて飛び掛かる。
大剣の男、ブレイズがそれを正面から押しとどめた。ガチリと組み合う。ザジが大きく頭を引いた。頭突きを食らわせるつもりである。
――ドンッ。
重い音が響いた。双方が至近距離で睨み合う。とんでもない石頭。
ブレイズには劣るが、ザジの方も相当やる。魔力の一点集中。二人の間を隔てる魔力が徐々に縮まる。ギルドの女性職員がオロオロとしているが、止めろと言うのが無理な話だ。気迫に押されたガロウジが一歩後ずさる。
「しっかり見とけよ!この俺を舐めたことを後悔させて――」
突如、ザジの体が真横に吹き飛ぶ。現れたのは細身の女。腰には二本のレイピアを差している。今の不意打ちは彼女の仕業だ。見下すような視線をザジに対して向けている。
周りにいた観衆たちが、一斉に色めき立つ。「『双棘』のミレイナだ!」――どうやらブレイズと同じ、『金星』ランクの冒険者らしい。
ガロウジが、傍らに立っていた俺にボソリと呟く。巷では有名な実力者。頑固で融通のきかない、自分たちにとっては厄介な相手であると。
「まったく……何をやっているのですか?あなたたちは」
「それがよぉ。あんたがぶっ飛ばしたそこの男が、俺たちに対して妙に突っかかってきていてなあ――」
「ブレイズ。ここで何があったのか、あなたの口から説明してもらえませんか?」
「なんでぇ!無視するんじゃねえぞ。このクソアマ!」と、ガロウジが語気を荒げるが、ミレイナからひと睨みされただけで、大人しく引き下がった。
相変わらずの小物っぷりである。
「あまりワタシを失望させないでください。このような連中たちと、行動を共にするなんて。時間の無駄です。
あなたにとって相応しい居場所は、ワタシのパーティー『折れぬ薔薇の剣』。決して悪い話ではない筈です。いい加減、こちら側の勧誘を受け入れたらどうですか?」
「その件については、前にも答えただろう。俺は基本的に、誰とも組まない」
「……だったらあなたの後ろにいる、下賎で汚ならしいその男はなんですか?」
「奴と俺は、別に組んでいるわけではない。お前には関係のない話だ」
「関係ない?よくもそんな……。
ブレイズ。ワタシはただ、それがあなたのためになると考えて――」
「やいやい。黙って聞いていれば、好き放題言ってくれるじゃねえか?情けなくギルドに尻尾を振り続ける、上品な犬っころがよぉ!」
「痛えじゃねえか、クソがッ!この俺を、こいつらみたいなクズと一緒にすんじゃねえ!
まさか『金星』様が不意打ちを仕掛けてくるとはな。……女であろうと容赦はしねえ。この場にいる全員、この『鉄拳』のザジ様が、まとめて相手してやるよッ!!」
四者それぞれがいがみ合う、この状況。収拾がつきそうにない。
ガロウジめ。とんでもない場所に連れてこられた。俺がこうして無関係を装っていられるのも、今だけだろう。
――誰でもいい。早くこの面倒な事態をどうにかしてくれ!
「こらこら。よさないか、お前たち」
不思議とよく通る声だった。
ガロウジ以外の全員が、声のした方にパッと振り向く。あご髭をたくわえた初老の男がそこにいた。
ふっくらとした体つき。いかにも偉そうな立場の人物である。胸元に付けている金のバッチは、冒険者ギルドのマークだ。
「バロウ評議員……!何故ここに……」
「それは私が、今回の作戦の監視役を任されたからだよ。ミレイナ団長」
評議員。冒険者ギルドの上に立つ最高権力者。四十名ほどの人数で構成された組織だと、前に聞いたことがある。
表向きは、ギルドに加盟する連合国。その実態は、大国との間に存在する戦力差を埋めるための軍組織。一国の王ですら席を置いている。
つまり、ガロウジの言葉を借りるなら、金に縁のある人間ということだ。
「ふーむ。そこにいるお前は……ザジか。ここ数年で、随分と体が大きくなったな。どうだ、元気にしていたか?」
「へ、へいっ!バロウさんもお元気そうで……」
「そっちはブレイズか。お前が面倒事に巻き込まれるとは、珍しい。原因は後ろにいる男かな?『遺跡を目にして、唯一帰ってこれた者』。報告にあった例の案内人か」
「ガロウジでさあ。俺はお役に立ちますよ?覚えておいてくだせえ。評議員の旦那どの」
ガロウジが、すぐに抜け目なく媚びを売る。他の者たちは、借りてきた猫のように大人しくなった。
三人とも、評議員のバロウとは少なからず面識があるらしい。
作戦前日にやって来たところを見ると、急遽決められた来訪なのだろう。もう一人、後ろの方から見知らぬ誰かが入ってくる。
厚化粧。魔女のように長く伸びた爪。強い香水の匂いが鼻をつく。
女性ではなく、若い男だった。その姿を目にした周りの者たちが一瞬で凍りつく。一難去ってまた一難。面倒事は、どうやらまだまだ続くらしい。
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