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5章、呪われた二ディスの沼地
2、純魔石
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「いよいよ明日か」
「えっ、何のこと?」
「例の沼地の攻略作戦。エドワーズは、うまくいくと思ってる?」
「さあな。ダンジョン化を作り出している魔物についての情報が無さすぎる。
対策の立てようがないだろうし、ギルド側も頭を悩ませているかもな」
「そんなの簡単じゃない?あたしたち三人で協力して倒しちゃえば、全部解決よ!」
「「それは絶対にダメ」」
「ウッ!……な、なによ?二人揃って。言ってみただけじゃない!」
ティアが、すねた口調で抗議をしてくる。
血の気が多いのは結構なことだが、それは無謀だ。
予感がする。『暗がり山』の時とは比較にもならない強さを持った怪物が、そこにいるかもしれないと。
「巨大な何かの姿を目撃した」――自国の王宮に向けて石材の山を運搬していた貴族の話を思い出す。
古代魔導具の遺跡が奴の巣穴だ。出くわす可能性は高くなるだろう。欲しいものだけをいただいて、さっさと退散するに限る。
……そう上手くいくとは思えないが。
床に並べた魔装具の整備をしていると、ここ数日の間に見知った男が顔を覗かせた。まだ昼間なのに顔が赤い。リーゼとティアが露骨に嫌そうな反応をしている。
「よぉエドワーズ。やっと帰ってきたのか……ゲーップッ!」
「何の用だよ?……ガロウジ」
ギョロギョロと動く目。黄ばんだ歯。だらしない体つき。胡散臭そうなこの男こそ、遺跡に住む魔物から逃げ延びた唯一の生存者。ガロウジだ。
俺たちが今いる場所は、ガロウジがギルドから支給された物である。お互いに協力関係を結んだ際に、快く明け渡してくれたのだ。
どこで寝泊まりをしているのかまでは知らない。『銅の三つ星』冒険者。
第二王都の街で聞いていた情報通り。金に困っており、朝から晩まで沼地の近くにある村の酒場で安酒をあおり続けていた。
遺跡を発見した功労者として受け取った報酬は底をつき、他人から借りた金で賭け事に興じているクズ中のクズ。
案の定、目の前で金をちらつかせてみると、すぐに何でもベラベラと話し出し始めた。
突如沼の中に引きずり込まれ、気づくと全身を白い繭で拘束されていたらしい。
不思議と簡単に抜け出せたそうだ。他にも繭は沢山あったが、どれも触れてみると鉄のように固くなっていたという。
魔物の食料保管庫の隣はごみ捨て場になっており、古代魔導具も含めた価値ある品がいくつも転がっている。
出口と思われる穴は合計六つ。壁の表面はヌメリとしており、そこには巨大な何かが這ったような跡が残されていたそうだ。
主が不在の間に運良く逃げ出すことができたガロウジは、その道中で信じられないような光景を目にしたらしい。
「こいつは誰にも話しちゃいないんだがな。バカデカイ宝石だよ。それが天井の辺りに埋まってたんだ。ありゃスゲえ!!
売れば一生、金に困ることなく遊んで暮らせるぜ!」
高い酒を飲み、警戒心が薄れたのだろう。
ガロウジの口から出た言葉が気になった俺は、さらに詳しく話を聞いてみる。
「デカイ宝石ねえ?大きさはどのくらいの物なんだ?」
「だいたい馬車一台ほどだ。とんでもねえだろう?キラキラ光っていて、まるで星が落ちてきたみてえだった。
不思議なことに、水面のような波紋が浮き出ていてな。そいつが広がっては消え、広がっては消えを繰り返し……」
「形は?もしかしてこう……無数の半円が重なったような。
近くの景色が揺らいでいるように見えただろう?」
「おぉ!よくわかったな?そうだぜ。まさにその通りだったさ」
酔っ払いの戯言だと、考えるのは間違いだ。数百年の時間をかけて生成される。天井に埋まる宝石。恐らく、それは純魔石だ。
洞窟内の鉱物のように変質した物ではない。高密度の魔力の塊。
一般人とさほど変わらないガロウジですら、魔力のオーラを知覚することができるのだ。蓄えた魔力量は相当なものだろう。
それをリーゼの魔法と合わせて使えば――、
「私の【氷竜】の魔法で、一気に飛んでいける?」
「そういうこと。つまり俺たちはその純魔石を、なんとしても手に入れる必要があるんだ」
オストレリア王国へ辿り着くまでの期間を、大幅に短縮することができるのだ。
ガロウジに約束した対価は金貨百五十枚。案内料にしては手痛い出費である。ガロウジはケチることなく、こちら側が示した提案を受け入れた。運び出す手間と、換金時に足がつくことを考えれば当然そうなる。
とはいえ、俺たちはガロウジのことを一切信用していない。前金として報酬の半分の額を。残りはあとから必ず支払うと約束した。
一応、表向きは対等な協力関係。……あとで裏切られないように、しっかり見張っておかないといけないな。
「外で待ってるぜー?お嬢さん方の視線が怖いしな」
「そうしてくれ」
ガロウジの用事を片付けるために立ち上がる。
作戦決行日の前日とあってか、外の様子は普段よりも少し騒がしかった。
「でかけてくるよ」
「エドワーズ、気をつけて。あの人は信用できない」
「リーゼの言う通りよ!あいつね、なんだか嫌な感じがするもの」
確かに。あまり良い噂は聞かないからな。
仲間内の冒険者たちから、返すあてもない金を借りて、そのままトンズラ。
新米の冒険者に対して、安物の装備品を高値で脅して売りつけるなど。これまでの悪行をあげたらキリがない。恨みを持つ者は多いだろう。
(まったく……面倒事だけは、本当に勘弁してくれよ?)
ガロウジに案内された場所は、ギルドの本部。各パーティーの代表者たちが集まる、作戦会議場だった。
強面の男たち。一部、女性の冒険者もいる。賑やかに談笑する姿に、緊張の様子は見られない。これだけの人数が一度に集まる、大規模な作戦だ。誰も失敗の可能性なんて、微塵も考えちゃいないだろう。
「なぁ、ガロウジ。こんなところ、俺たち本当に入れるのか?」
「問題ねえさ。いいから黙って見てろって」
堂々と正面から中に入っていく。舌打ちが聞こえてきた。
「あのクソ野郎!」、「あんな奴に案内を任せるだと?冗談じゃねえ!」――周りの反応は最悪だった。ガロウジはその真っ只中を、涼しい顔で歩いていく。
「ある意味大物だな」と思っていると、早速トラブルの種となりそうな人物が、俺たちの目の前を遮るように立ち塞がった。
「おいっ!お前、俺をおぼえているか?」
スキンヘッドの頭。服の上からでもわかる程に身体を鍛えている。
前に、街で起きた乱闘騒ぎの中心にいたザジという男だ。ガロウジのことを見下ろすようにして立っている。何故か相当お怒りらしい。今にも掴みかかってきそうだ。
一瞬即発の状況に、周りにいた者たちが息をのむ。
「知らねえな。金に縁のある奴は大体覚えちゃいるが、その中にあんたの顔はない。ってことは、俺にとっちゃどうでもいい奴ってことだ」
「てめえ!忘れたとは言わせねえぞ?
以前、うちのパーティーにいる若手を騙して、装備を売りつけていっただろう。何が『足が早くなる魔法のブーツ』だ。鑑定に出してみたら、魔装具ですらない偽物だったぜ!」
「ハッ!そいつは騙される方が悪いんじゃねえのか?あの程度の物すら見極められないようじゃ、もともと冒険者には向いてないってことよ。文句を言われる筋合いはねえ。
――分かったら、俺たちの前からとっとと消えな。ノッポのハゲ頭さんよぉ」
「コ……コココココ……ッ!」
ヤバい。ザジの方は完全にブチギレている。ガロウジは、ここからどうするつもりだ?
「殺すッ!!」
襲い掛かるサジ。ガロウジは逃げもせずに立っている。馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま。
突き出された拳は速かった。助けるかどうか一瞬迷う。ガロウジの前に現れた何者かが、ザジの攻撃を受け止めた。背中には大剣。二メートル近くの大男。全身に強固な『魔力防御』を纏っている。
「紹介するぜ、エドワーズ。こいつが金に縁のある男だよ」
「えっ、何のこと?」
「例の沼地の攻略作戦。エドワーズは、うまくいくと思ってる?」
「さあな。ダンジョン化を作り出している魔物についての情報が無さすぎる。
対策の立てようがないだろうし、ギルド側も頭を悩ませているかもな」
「そんなの簡単じゃない?あたしたち三人で協力して倒しちゃえば、全部解決よ!」
「「それは絶対にダメ」」
「ウッ!……な、なによ?二人揃って。言ってみただけじゃない!」
ティアが、すねた口調で抗議をしてくる。
血の気が多いのは結構なことだが、それは無謀だ。
予感がする。『暗がり山』の時とは比較にもならない強さを持った怪物が、そこにいるかもしれないと。
「巨大な何かの姿を目撃した」――自国の王宮に向けて石材の山を運搬していた貴族の話を思い出す。
古代魔導具の遺跡が奴の巣穴だ。出くわす可能性は高くなるだろう。欲しいものだけをいただいて、さっさと退散するに限る。
……そう上手くいくとは思えないが。
床に並べた魔装具の整備をしていると、ここ数日の間に見知った男が顔を覗かせた。まだ昼間なのに顔が赤い。リーゼとティアが露骨に嫌そうな反応をしている。
「よぉエドワーズ。やっと帰ってきたのか……ゲーップッ!」
「何の用だよ?……ガロウジ」
ギョロギョロと動く目。黄ばんだ歯。だらしない体つき。胡散臭そうなこの男こそ、遺跡に住む魔物から逃げ延びた唯一の生存者。ガロウジだ。
俺たちが今いる場所は、ガロウジがギルドから支給された物である。お互いに協力関係を結んだ際に、快く明け渡してくれたのだ。
どこで寝泊まりをしているのかまでは知らない。『銅の三つ星』冒険者。
第二王都の街で聞いていた情報通り。金に困っており、朝から晩まで沼地の近くにある村の酒場で安酒をあおり続けていた。
遺跡を発見した功労者として受け取った報酬は底をつき、他人から借りた金で賭け事に興じているクズ中のクズ。
案の定、目の前で金をちらつかせてみると、すぐに何でもベラベラと話し出し始めた。
突如沼の中に引きずり込まれ、気づくと全身を白い繭で拘束されていたらしい。
不思議と簡単に抜け出せたそうだ。他にも繭は沢山あったが、どれも触れてみると鉄のように固くなっていたという。
魔物の食料保管庫の隣はごみ捨て場になっており、古代魔導具も含めた価値ある品がいくつも転がっている。
出口と思われる穴は合計六つ。壁の表面はヌメリとしており、そこには巨大な何かが這ったような跡が残されていたそうだ。
主が不在の間に運良く逃げ出すことができたガロウジは、その道中で信じられないような光景を目にしたらしい。
「こいつは誰にも話しちゃいないんだがな。バカデカイ宝石だよ。それが天井の辺りに埋まってたんだ。ありゃスゲえ!!
売れば一生、金に困ることなく遊んで暮らせるぜ!」
高い酒を飲み、警戒心が薄れたのだろう。
ガロウジの口から出た言葉が気になった俺は、さらに詳しく話を聞いてみる。
「デカイ宝石ねえ?大きさはどのくらいの物なんだ?」
「だいたい馬車一台ほどだ。とんでもねえだろう?キラキラ光っていて、まるで星が落ちてきたみてえだった。
不思議なことに、水面のような波紋が浮き出ていてな。そいつが広がっては消え、広がっては消えを繰り返し……」
「形は?もしかしてこう……無数の半円が重なったような。
近くの景色が揺らいでいるように見えただろう?」
「おぉ!よくわかったな?そうだぜ。まさにその通りだったさ」
酔っ払いの戯言だと、考えるのは間違いだ。数百年の時間をかけて生成される。天井に埋まる宝石。恐らく、それは純魔石だ。
洞窟内の鉱物のように変質した物ではない。高密度の魔力の塊。
一般人とさほど変わらないガロウジですら、魔力のオーラを知覚することができるのだ。蓄えた魔力量は相当なものだろう。
それをリーゼの魔法と合わせて使えば――、
「私の【氷竜】の魔法で、一気に飛んでいける?」
「そういうこと。つまり俺たちはその純魔石を、なんとしても手に入れる必要があるんだ」
オストレリア王国へ辿り着くまでの期間を、大幅に短縮することができるのだ。
ガロウジに約束した対価は金貨百五十枚。案内料にしては手痛い出費である。ガロウジはケチることなく、こちら側が示した提案を受け入れた。運び出す手間と、換金時に足がつくことを考えれば当然そうなる。
とはいえ、俺たちはガロウジのことを一切信用していない。前金として報酬の半分の額を。残りはあとから必ず支払うと約束した。
一応、表向きは対等な協力関係。……あとで裏切られないように、しっかり見張っておかないといけないな。
「外で待ってるぜー?お嬢さん方の視線が怖いしな」
「そうしてくれ」
ガロウジの用事を片付けるために立ち上がる。
作戦決行日の前日とあってか、外の様子は普段よりも少し騒がしかった。
「でかけてくるよ」
「エドワーズ、気をつけて。あの人は信用できない」
「リーゼの言う通りよ!あいつね、なんだか嫌な感じがするもの」
確かに。あまり良い噂は聞かないからな。
仲間内の冒険者たちから、返すあてもない金を借りて、そのままトンズラ。
新米の冒険者に対して、安物の装備品を高値で脅して売りつけるなど。これまでの悪行をあげたらキリがない。恨みを持つ者は多いだろう。
(まったく……面倒事だけは、本当に勘弁してくれよ?)
ガロウジに案内された場所は、ギルドの本部。各パーティーの代表者たちが集まる、作戦会議場だった。
強面の男たち。一部、女性の冒険者もいる。賑やかに談笑する姿に、緊張の様子は見られない。これだけの人数が一度に集まる、大規模な作戦だ。誰も失敗の可能性なんて、微塵も考えちゃいないだろう。
「なぁ、ガロウジ。こんなところ、俺たち本当に入れるのか?」
「問題ねえさ。いいから黙って見てろって」
堂々と正面から中に入っていく。舌打ちが聞こえてきた。
「あのクソ野郎!」、「あんな奴に案内を任せるだと?冗談じゃねえ!」――周りの反応は最悪だった。ガロウジはその真っ只中を、涼しい顔で歩いていく。
「ある意味大物だな」と思っていると、早速トラブルの種となりそうな人物が、俺たちの目の前を遮るように立ち塞がった。
「おいっ!お前、俺をおぼえているか?」
スキンヘッドの頭。服の上からでもわかる程に身体を鍛えている。
前に、街で起きた乱闘騒ぎの中心にいたザジという男だ。ガロウジのことを見下ろすようにして立っている。何故か相当お怒りらしい。今にも掴みかかってきそうだ。
一瞬即発の状況に、周りにいた者たちが息をのむ。
「知らねえな。金に縁のある奴は大体覚えちゃいるが、その中にあんたの顔はない。ってことは、俺にとっちゃどうでもいい奴ってことだ」
「てめえ!忘れたとは言わせねえぞ?
以前、うちのパーティーにいる若手を騙して、装備を売りつけていっただろう。何が『足が早くなる魔法のブーツ』だ。鑑定に出してみたら、魔装具ですらない偽物だったぜ!」
「ハッ!そいつは騙される方が悪いんじゃねえのか?あの程度の物すら見極められないようじゃ、もともと冒険者には向いてないってことよ。文句を言われる筋合いはねえ。
――分かったら、俺たちの前からとっとと消えな。ノッポのハゲ頭さんよぉ」
「コ……コココココ……ッ!」
ヤバい。ザジの方は完全にブチギレている。ガロウジは、ここからどうするつもりだ?
「殺すッ!!」
襲い掛かるサジ。ガロウジは逃げもせずに立っている。馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま。
突き出された拳は速かった。助けるかどうか一瞬迷う。ガロウジの前に現れた何者かが、ザジの攻撃を受け止めた。背中には大剣。二メートル近くの大男。全身に強固な『魔力防御』を纏っている。
「紹介するぜ、エドワーズ。こいつが金に縁のある男だよ」
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